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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第伍章 『心の剣』
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第105話 変わる世界

 ここ数日、我の家来達は我をないがしろにしすぎである。


 たった一人。

 我のお気に入りでもあったその娘が欠けただけで何というていたらく。

 あの娘がいなくなった事で元気が無くなるのは仕方の無い事。

 だが、我の世話をするために集められた者達だというのに、その最も大切な我の世話をぞんざいにするというのはいかがなものか。


 あの娘が最も我の事を大切に扱っていたのは言うまでもない。

 むしろ好いていたと言っていい。

 惚れているのだと感じた事も多々ある。

 それ故か、我の世話の多くもあの者が率先して行っていた。


 そのツケがここできたというのか。

 あの者の献身的な姿に我もついつい寵愛を与えすぎた。

 その分、他の者達は我の寵愛を受ける事が出来ず、すねてしまったという事なのだろう。


 人一人いなくなっただけで随分と慌ただしくなった食事場へと赴いても、誰も我に構う事をしない。

 鳴いて食事を欲しても、聞き流されるだけ。

 若干1名が僅かに反応するが、我の事を見ると泣きそうな瞳を浮かべるのはやめて欲しいものだ。

 きっと我を通してあの娘の事を思い出しているのだろう。

 こういう場合、面倒な事になりそうなのでその場を後にする事を我は選ぶ。

 巻き添えは御免だ。

 皿が雨霰と降ってくるのは二度と経験したくない。

 あれはいい思い出……そこで終わらせておかなければ、我の命が危うい。


 表に出ると、やはり重い空気で満たされていた。

 狭い村だ。

 あの娘が失踪したという話はとっくに広まっているのだろう。

 村から娘が消えるなどたまにある事だというのに、毎回これでは気が気でないな。

 さて、前に娘がいなくなったのは何年前だったか?


 村の空気は重すぎる。

 いくら鳴いても我の食事を用意してくれる事もない。

 その辺を歩いているゴロツキどもも何もくれない。


 仕方ない。

 たまには森の別荘にでも出かけてみるか。

 鈍った身体を解すにも丁度良いだろう。


 森の中を失踪する。

 当然、猫ごときの速さではない。

 我が輩は猫ではない。


 我は猫の中の猫。

 長き生を持ち、世界に君臨し続ける覇王種『偉大なる九王獣】が一つ、ケット・シー。

 その王たる血を正当に受け継ぎし神獣。

 この世界で唯一無二の存在、それが我である。


 ……よくその事を忘れるがな。

 妄想でもなんでもないぞ?

 顕然たる事実だ。

 時々、本当にそうであったのか分からなくなる時もあるが。


 その事を、久方ぶりに身体を動かした事で思い出す。

 我が本気で一駆けすれば大陸などあっと言う間に飛び越えてしまうので、今現在の疾走速度は思わず欠伸が出てしまうほど遅い訳なのだが、無理して力を制御している分、我が肉体への負担は大きい。


 ふぅ……疲れるな。


 あっと言う間に森の中にある別荘へと到着する。

 まずはぐるりと回りを一周して異常がないかを調べる。

 何しろ、久しぶりだからな。

 痛んでいる場所がないか調べておかないと、夜な夜な不審な輩がたくさん発生するので、おちおち寝てもいられなくなるのだ。


 うむ、異常なし。

 では入るとしよう。


 我だけの専用の入り口を通って中に入る。

 テツゴウシのスキマ、とも言うのだったか?

 勝手な名前を付けてくれる。

 これは我専用の入り口だというのに。


 まぁ我は寛大だからな。

 実害がないのであれば気にしない。


 我が別荘はとにかく広い。

 いくら献上品とはいえ、この広さは少し贅を尽くしすぎなのではと思うぐらいに広い。

 特に地下は広かった。

 100階にもおよぶ階層は、下に降りれば降りるほど更に広くなっていると聞く。

 部屋によっては暑かったり寒かったりと色々な気候が楽しめる様になっていたり、種々様々な家畜を飼っていたりもするという。

 我が散歩をする際、少しでも楽しんで貰おうという魂胆なのだろう。


 その心意気は買うが、作ればいいというものではないだろうに。

 広すぎて散歩に出かけるのも面倒だ。

 だから我は、一度全体をざっと見ただけでそれ以降は地下には散歩に出かけていない。

 そういう贅沢も、王の特権である。

 我の権力が絶大である事を示すには丁度良い無駄であった。


 石造りの床の中央を歩いて良き臭いが香ってくる方へと足を運ぶ。

 その我とは違い、すれ違う者達は皆、道の端を姿勢低く歩いている。

 時々、我の姿を見つけて歓喜し飛びかかってくる狂信者もいるが、優しき良君である我はその者達の暴挙を許し、我に触れる事も許す。

 時には頬ずりの洗礼を行い、時には清め舌でその身を舐めてやり、時には我が聖手にて慈愛の烙印を押してやる。


 暫くこの別荘にはあまり足を運んでいなかったので、今日は狂信者が少し多かった。

 よく働いた分、空腹の身に響く。

 朝から何も食べていないため、漂ってくる良い香りが我の理性を吹き飛ばしてしまいそうだった。

 我の威厳にかけて、その様な事には絶対にならぬが。


 臭いの元は、どうやらこのドアの向こうから漂ってきていた。

 さて?

 ここは炊事場では無かったと思うのだが。

 いったいいつの間に部屋を変えたのだろうか。

 我は許可していないぞ?


 だが、今は先に食事がしたい。

 中途半端な時間に別荘を訪れたため、いつもの場所に行っても恐らく食事は無い。

 それを覚悟の上で我はこの別荘を訪れた。


 ただ、幸運にもこの部屋では今頃になって食事の用意を行っている様だ。

 いささか不躾ではあるが、本日は王の特権を利用して、このドアの向こうにいる者達から食事を徴収するとしよう。


 ドアの端をガリガリと爪で攻撃する。

 このドアには我が攻撃した痕がなかったため、初めて訪れる部屋だった。

 先にも言った様に、別荘はやたらと広いからな。

 そういう部屋は多い。

 特にこの辺りは我の記憶では同じ内装の狭い部屋が並んでいる区画だった筈なので、わざわざ足を運ぶ理由がない。


 毛繕いを行いながら待っていると、ドアが勢いよく外側に開いた。

 その構造を我は当然知っていたので、すぐ横の安全な場所で待機して、ドアが開いてすぐに部屋へと入る。

 見慣れぬ黒髪の娘とすれ違ったが、その娘の方はどうやら我に気付かなかった様だ。



「なんじゃ、ぬしは」



 しかし、部屋の中で座っていた狐の様な小さき娘には見つかってしまう。

 更に二人、どこかで見た事のある黒い雄と人形の様な娘の瞳が我の姿を映す。


 まず最初に狙うとすれば、あのローブ姿の無防備な娘の方か。

 もう一方の見た事のない白い服を着た娘の方は、残念ながら諦めるしかなさそうだ。

 机の上にも一つある。

 だが、わざわざそちらを狙う必要もないだろう。


 良い香りの元もその机の上か。

 それは後で馳走になるとしようか。

 もしかすると香りは良くても我の口には合わぬかもしれぬからな。

 二兎を追わず、先に空き腹を満たす事にする。


 気配を消して、音も無く忍び寄っていく。

 そして飛び上がろうとした瞬間。


 背後から気配無く近寄っていた黒髪の娘の手によって、我の方が捕獲された。



「猫ね。非常食かしら?」



 そのあまりの冒涜に、我のお腹が抗議の声をあげた。

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