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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第伍章 『心の剣』
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第102話 聖静のシェフィーニア

「……珍しいわね、あなたが主を持つなんて。天変地異の前触れかしら?」



 いつのまにか青天状態となっていた俺の胸を、容赦なく少女が踏みつけている。

 明らかに体重をその足へとのせた状態で。



「むぅ……折角面白い所じゃったのに、もう終わりかや」

「あまり良い趣味とは言えないわね。私も人の事を言えたものじゃないけど」



 冷たい瞳を携えた美少女が俺の事を見下ろしながら会話を行っていた。

 しかしそれよりも、姿を消し話しかける事もしないと言ったユフィの声が聞こえてきた事に俺は疑問を持つ。

 嘘が嫌いだと言ったユフィが、シェイニーと言葉を交わしている。

 その矛盾に混乱する。



「どうやってこのクズを焚きつけたのかしら? まさかこんなクズに私の催眠祈祷を解除させられるとは思わなかったわ。人生最大の屈辱ね」



 シェイニーは俺に向けて吐き捨てる様に言う。

 気のせいか、胸を踏む足の力も激増していた。

 いや、気のせいではないな。

 《痛覚麻痺》の呪いのせいで分かりにくくなっているが、確かに踏みつける力は強くなっている。

 胸骨がミシミシ鳴っていた。



「流石にの、あのままでは我の主様が死んでしまう事は目に見えたのでな。それをちょっと自覚して貰ったのじゃよ。ほとんど賭けみたいなものじゃったが……その分では、首尾良く上手くいった様じゃの」

「……やっぱり、あなたに譲るべきではなかったわね」

「終わった事を悔いても仕方あるまい。それにまだお主の戦いは終わっておらぬじゃろう? 第一関門は何とか無事に抜けられた様じゃが、流石にその後の事までは我も手助けは出来ぬ。催眠祈祷じゃったか、それが解けてすぐに、あっと言う間に我の主様をこんな状態にしてしまったお主じゃからの。主様の勝算はやはり1割にも満たないじゃろう、というのが我の見立てじゃ」

「この状況で1割? ハッ、もう決着が着いてるじゃない。このゴミを消すのに一欠片も失敗する可能性なんてないわよ」



 シェイニーの持つ槍刀の切っ先が、ギラリという嫌な煌めきを放ちながら俺の喉へと突きつけられる。

 研ぎ澄まされた刃に月の姿が映り込んでいた。


 月が、見えた……。

 まるで幻想の様に、刀身に浮かび上がっている。

 その瞬間、記憶の端にチリチリと何かが引っかった。



「これで決着ね」



 無慈悲な宣告が告げられ、それが実行に移されるまでの間、必至にそれがいったい何であるかを考える。

 この圧倒的に不利な状況を覆すだけの何か。

 俺が持っている力。

 俺が扱うことの出来る力。


 呪いと――心剣と――。



「死ぬ前に何か残しておきたい言葉はある?」



 その答えを見つけて、刀身に映る月の姿を眺め続ける。

 一言も言葉を交わさず、ずっと同じ姿勢を維持し続けた。

 言葉無き俺に、シェイニーが訝しげな瞳となる。


 変化はすぐに現れた。


 思った通りの存在が月の中央より現れ出でる。

 その者は長い得物を手に、真っ直ぐにこちらへと突き向かってくる。

 満月となった月を背にして、シェイニーの持つ得物の刀身に映り込んでいた。


 そして――。



「なっ!?」



 点から一気に刀身に映らない程の大きさになったその者は、そのままの勢いでシェイニーを真横から斬りつけた。

 その奇襲攻撃に、驚いたシェイニーが咄嗟に回避行動を取る。

 と同時に、俺はその場から逃げる。


 その者は、俺と全く同じ姿をしていた。



「……1割、それだけあれば十分だ」



 窮地をどうにか打破した事に安堵する。

 出来る限り悠然と佇む俺の視界に、何をされたのかを理解したシェイニーが舌打ちする姿が映った。



「下等生物の分際で私を騙すなんて。あの子はそこまであなたに気を許したというの?」

「さて、その自覚はないな。だが、使い方は何となく理解した」

「ハッ、それで? そんな覚えたての借り物の技で、雑魚がこの私に勝てるつもりになったというの? 笑えるわ。1割あれば十分? それは私に対する挑発のつもりなのかしら、お馬鹿さん」



 俺が先程使ったのは、ユフィには使えないと言われていた幻想幻術の力。

 刀身に映った月の中に自分自身の姿を想像し、その姿を徐々に大きくしていく事であたかも俺自身が別に存在するかの様にその幻想を思い描いた。

 それは予想外に成功し、現在へと至る。


 シェイニーも、まさか俺が幻術を使えるとは思っていなかったのだろう。

 そして恐らく、ユフィから何度も幻術をかけられ多少疑心暗鬼になっていた事で、大人しくしていた本物の俺を逆に幻術だと思ってしまい咄嗟に反応してしまった。

 そんなところか。


 俺が幻術を使えたのは、ほとんど賭けではあった。

 ユフィは嘘が嫌いだと言っていたが、ユフィの性格上、それには何か裏があると考えるべきだろう。

 それに気が付いたのは、ユフィがシェイニーと会話をした時に感じた疑問から。


 記憶を掘り返せば、ユフィは以下の事を俺に言っていた。

『これよりは我も消えるとしよう。主様に話しかける事もすまいて』

 この言葉から、俺は当初ユフィは完全に沈黙するものと思い込んだ。

 しかし、よくよくこの言葉を考えれば、ユフィは『姿を消す』『俺には話しかけない』と言っているだけに過ぎない。

 つまり、シェイニーと会話をするのはOKだという事である。


 そこから更に遡り、以下の言葉を考えると。

『我の力の本質である幻想はまず間違いなく今の主様では使えぬから、我の心剣グランスヴァインだけを手にあやつと戦う事になるじゃろうて』

 前半部分は『その時の俺では幻術を使えない』となり、今使えないと言っている訳ではないという事になる。

 恐らく、トランス状態で襲ってきたシェイニーの第一関門を切り抜けた事で、ユフィが俺に対して心を開いたという事なのだろう。


 また、後半部分に関しては『心剣だけを手にして戦うだろう』と言っているだけである。

 だろう……つまり、ただの予想に過ぎない。

 それに今の俺は他に武器は持っていないし、幻術は手に持つ武器でもない。


 嘘と言うよりも、俺がただ単にちょっと思い込み過ぎただけであった。



「いや、この力を使うつもりはない。言葉通り、覚え立ての借り物の技だからな。付け焼き刃を使って勝てるほど思い上がってはいない」



 ただ、幻術を使えたからといって、この戦局が有利に運ぶ訳ではなかった。

 何故なら、幻を出すために多大な集中が必要となるからである。

 思考を並列にするのは当然の事ながら、幻の方は強くイメージしながら遠隔操作する事になるので、普段の何倍もの思考能力を必要とする。

 先程はほとんど動けない状態で幻を見せる事だけに集中したから出来たものの、とてもではないが幻を見せながら戦うというのは無理難題過ぎた。



「あら、残念。思い上がっているブタを容赦なく仕留めてあげようかと思ってたのに。あなた、意外に慎重なブタなのね」

「命がかかっているみたいだからな。慎重にもなる」

「でも無駄な努力だと気付かないのだから馬鹿なブタね」



 そんな薄ら寒い毒舌を吐きながら、シェイニーがゆっくりと槍刀の切っ先を後ろに引いていく。

 俺もそれに習って斧槍の切っ先を後ろに引く。

 シェイニーの一挙手一投足を真似て再現する。


 と、そこである事に気付く。

 シェイニーの身体中でぶら下がっているアクセサリーの数々が、不自然にユラユラと動いていた。

 身体は制止してもアクセサリーは動き続けている。



「その汚い目で私の事を見ないでくれる? 虫酸が走る」



 シェイニーの身体が虫酸が走った様に震える。

 まるでそれを隠すかのように。



「殺す」



 その理由を考える前に、シェイニーが俺へと向けて加速。

 対する俺は、思考を中断しその動きを出来る限り再現する。

 それこそ付け焼き刃などで真似る事など出来ない筈なのだが、ユフィが俺に力を貸してくれているのか、シェイニーの手が動くのと俺の手が動くのは同時だった。


 そして一閃。

 二つの刃が交差する。



「……?」



 が、返ってきた手応えには奇妙にも一瞬のタイムラグが生じていた。

 冷たい瞳の下に冷笑が一瞬浮かび上がる。


 疑問に思う間もなく、力負けしたシェイニーの動きを引き続き真似て再び刃を交差させる。

 シェイニーの動きは人形めいていた時と同様の速度。

 素人の俺でも十分対応可能な戦闘領域にある。

 否、ユフィの心剣の力で俺の戦闘能力がその域にまで高められているのか。


 そのまま数合ほど撃ち合う。

 一撃の重さは俺の方が上だが、切り返しの早さはシェイニーに軍配があがる。

 恐らくその差は剣の重みの違い。

 自らの心を剣と化して使っているシェイニーが感じている重みと、ユフィの心を剣として使っている俺が感じる重みが同じである訳がない。

 威力の差という腑に落ちない点はあるが、その疑問はやはり後回し。

 今は目の前の敵に集中する。


 身体中のアクセサリーを盛大に揺らしながら、シェイニーが無音で俺の死角へと移動していく。

 それをさせまいと俺も身体の向きを変えながら疾走。

 月明かりに照らされながら並んで走る二つの影が、ちょうど縦に重なった所でシェイニーが先に地面を蹴る。

 俺はその場で上半身の動きのみを真似て斬撃を放つ。


 速度を乗せた一撃と上半身だけの力で放った一撃とが激しくぶつかり合う。

 タイミングが一瞬ずれ、シェイニーの刃が俺の刃を一足早く迎撃していた。

 中心よりやや俺寄りの位置で刃同士が斬り合い、抜ける。

 返す刃でまた撃ち合う。


 更に数合。

 速度の差で徐々に俺の間合いが浸食され始める。

 正面からぶつかり合うことをシェイニーがやめたからだ。

 同じ動きをすれば威力の高い俺の方に当然軍配があがる。

 ならば真似出来なくすればいいという簡単な発想。


 心剣の加護らしきもので何とかシェイニーの動きに追いついていた俺だったが、必殺ではない牽制や削り技の連続攻撃によって徐々に傷付いていく。

 時にはグランスヴァインが間に合わず、刃を交わす事すら出来ないまま攻撃を受けた事もあった。

 《痛覚麻痺》の呪いでほとんど痛みはないが、鋭い刃が俺の肉を断ち血が渋くたびに焦りは増えていく。

 その血化粧、とても似合ってるわね――という様な感情の色がシェイニーの瞳に浮かんでいた。


 シェイニーの攻撃にまた斧槍の刃が間に合わず、残像の刃だけがグランスヴァインと一瞬だけ重なり合う。

 まるでジワジワといたぶるかの様に、槍刀の刃が俺の肌を浅く斬り裂く。

 構わず、シェイニーの動きを真似て次の斬撃へ。

 だが劣化コピーの斬撃はまた紙一重間に合わず、連続して攻撃を受けてしまう。


 流石に限界か。

 俺はシェイニーの真似をやめて、後ろに跳躍して次の攻撃を回避した。

 刹那――。



「!?」



 確かに回避した筈なのに、俺の身体に新しい傷が増える事となった。


 驚愕する俺の瞳の中で、シェイニーが薄ら笑いを浮かべながら槍刀を上段に振りかぶる。

 それを受けるべく、俺はグランスヴァインを両手で持ち構える。

 しかし、シェイニーの斬撃はそのグランスヴァインを突き抜け、直接俺の身を斬り裂いた。


 槍刀の刃が今まで以上に俺の肉を深く断ち、血が渋く。

 受けが間に合わなければそうなるだろうとは予想していたが、間に合ったにも関わらずその未来がやってきた事に驚く。


 その俺へと向けて、シェイニーは容赦なく次の刃を振るう。

 動けばやたら五月蠅そうに鳴る筈のアクセサリーを全身に身に着けながら、何故か音の無い(ヽヽヽヽ)斬撃で俺の身へと襲い掛かる。

 否。

 意識を向ければ音は確かに聞こえていた。

 但し、意識して耳を澄ませなければ聞く事が出来ないほど遠い音色で。


 傷を負いながらとにかく距離を取ろうと後方に下がる俺を追って、無慈悲にもシェイニーは攻撃の手を緩めない。

 その合間にも、現実が俺の認識とどんどんずれていく。

 目に見える光景と、聞こえくる世界の音と、身体に走る痛みがずれていく。


 だんだんと、何が何だか分からなくなっていく。

 世界が俺の意識から離れていく。

 まるで気絶する前兆の様に、意識がゆっくりと遠のいていく様な、そんな現象。



「……」



 血を、流しすぎたか……。

 そう口走ったのに、俺の耳に届いてこない。

 三半規管もやられたのか、平衡感覚も失っていた。


 ……。

 三半規管が、やられた?

 それはつまり……。



「ッ!!」



 その事に気が付いて、俺は最後の力を振り絞る。

 声を張り上げてがむしゃらに斧槍で目に見える全てを大きく薙ぎ払った。


 長大な斧槍心剣グランスヴァインと同じく長い得物である槍刀を手にしたシェイニーはその攻撃範囲内にいない。

 構わず斬る。

 にも関わらず、一瞬何かにぶつかる感覚が腕を伝ってくる。


 やはりそういう事か。


 斧槍を身体ごと回転させて、もう一撃。

 今度は空を斬る。

 斬り返す刃でもう一度風を切り、大気を震わせる。

 グルグルと回転させて大気を撹拌する。

 シェイニーが近づいて来れない様に縦横無尽に周囲を斬りまくる。

 それでも足りない様だったので、今度は大地を穿つ。


 程なくして、世界の音が俺の耳の中に復活した。



「音による催眠攻撃……その全身のジャラジャラは、ただの飾りではなかったという事か」



 俺のその言葉に一瞬シェイニーが僅かに目を見開く。

 その口元に薄い笑みが浮かぶ。

 冷笑とは異なる、少し柔らかさのある笑み。


 シェイニーが着ている戦闘衣装は、ただの部族装備ではなかった。

 そもそも、何の意味も無くあのような奇抜な格好が出来る筈もない。

 いくらなんでも恥ずかしすぎるだろう。


 全身に散りばめられた大小様々なアクセサリー。

 そこから発する音を使って催眠音波を生みだし、相手を惑わせる一種の催眠術。

 恐らくシェイニーが生まれた部族では、舞踏、武闘、祈祷、催眠を合わせもったその複合技を使う事で力を誇示してきたのだろう。

 戦を常とする部族だとユフィは言っていたが、なるほど納得のいく言葉だ。


 場合によっては自身にもその催眠術をかけて、戦闘に特化した人形と化す。

 音による攻撃なので、今現在俺達がいる虫の鳴き声すら聞こえないこの静かな空間であれば多少離れた所でその効果範囲内に入ってしまう。

 しかも無音なので気付きにくい。

 先程の様に、無理矢理騒音を発生させない限り打ち破る事も出来ない。


 幸いにして、催眠術をかけるにはそれなりに時間が掛かる様だった。

 ユフィの幻術に様に即効性はなく、遅効性の広域範囲技。

 視覚ではなく聴覚を襲う術技。

 しかもほぼ無音。


 聖静のシェフィーニア。

 言葉の由来は、なるほどそこからきているという事か。



「惜しいわね。もう少しであなたの心が折れると思ったのに」

「いつでも殺せたのに殺さなかったのは、それが理由か」

「いいえ? 単なる私の趣味よ。弱者をいたぶるのって楽しいじゃない」

「その言葉通りに受け取るには、いささかユフィから聞きすぎたな。生粋の武人である者の口から出てくる言葉とは到底思えない」



 シェイニーの眉根がピクリと動く。

 ユフィは嘘が嫌いなタイプだが、シェイニーはその逆といった所か。

 但し他人を拒絶する意思は本物だろう。

 色々な意味でユフィとは対照的な存在。



「そう……あの子は私の事をそんな風に言ってたの。他には何か言ってた?」

「逃げるな、不埒な事を考えるな、正々堂々と戦えとも言ってたな」

「ちっ。つくづく余計な事ばかりしてくれるわね。さっきからずっとあなたがおかしいと思ってたのだけど、ようやく納得がいったわ」



 そこまで言って、シェイニーは凍る瞳に僅かな温もりを灯して言葉を続ける。



「なら、もうあなたを試す必要はないわね」

「試す?」

「あの子から聞いているのでしょう? 私達囚われの心剣士は、契約のための誓約を皆それぞれ己に課している事を」

「……それはつまり、俺はシェイニーに認められたという事で良いのか?」

「そんな訳がないじゃない、クズ。何をとぼけた事を言ってるのかしら」



 どうやら温もりを感じたのは一瞬だけだった様だ。

 少女の瞳が再び極寒の地に彩る。

 急激に体温が下がっていく様に寒い。

 いや、寒いのは身体から血が失われているためか。



「あの子の言葉を借りるなら、第二関門突破といった所ね。きちんと戦士として戦う気構えがあるのなら、心を折る様な面倒な事はやめて本当に殺してあげるわ」

「出来れば御免被りたい」

「それが不可能だという事もあの子から聞いているのでしょう?」

「確かに」



 苦笑したい所だが、心を引き締め続けるために堪える。

 シェイニーの方はまだまだ余裕がありそうだが、俺の方は全く余裕がなかった。

 当然だろう。

 それが歴然とした力の差なのだから。



「やはり500年の重みは違うわね。あなた、ちゃんと気付いてあげてる?」

「……何をだ?」

「あなたの持つ心剣が何で私の心剣をこうも容易く弾き飛ばしてしまうのか。あなたも少しは疑問に思ってるんじゃないかしら?」

「その辺りの疑問に関しては、この戦いに勝利した後でじっくり考えるつもりだ」

「心残りを持ったまま死ぬとアンデッド化するわよ」

「既にそういう呪いがこの身にかけられているから問題無い」

「笑えない冗談ね」

「冗談で言ったつもりはない」

「……」



 俺の言葉に、少しだけシェイニーの言葉が途切れる。



「……どうでもいい事ね」



 その言葉を最後に、シェイニーは沈黙した。

 シェイニーが無言のまま槍刀を構える。

 解答はくれないのか。



「そう言えば、その武器の名を聞いていなかったな。何て言うんだ?」

「――イヅルギ」

「槍刀イヅルギか。良い名だな」



 褒められたのが余程嬉しかったのか、シェイニーの口元が少し綻ぶ。



「殺してあげる」



 そして零れてきた言葉は、殺すと言われた時よりも怖かった。


 有言実行すべく、シェイニーが矢の如く加速する。

 それが戦闘再開の合図。


 下段から斬り上げられてきた刃を斧槍で防ぎ、前へと出る。

 回避という後ろ向きな考えではまず勝ち目がないからだ。

 俺の返す刃より、シェイニーの二撃目の方が遙かに早く空間を凪ぐ。

 その軌道上に俺の血肉を入れて。


 分かっていた事だが、元々の実力が違いすぎた。

 これが本当にシェイニーの実力なのかどうかは疑わしいが、それまでの攻防がただの児戯であったかの様に、面白いほどシェイニーの攻撃が俺の血肉をさばいていく。

 だが俺も黙ってやられる訳ではない。

 出来る限り最速で、グランスヴァインを振るう。


 速度はシェイニーの方が上。

 威力は俺の方が上。

 力と技の戦いに戦闘経験値を加味すれば、消極的な戦い方では俺の方が簡単に追い込まれる。

 それでなくとも真っ向勝負でシェイニーを降さなければならないのだ。

 時間が経てば催眠術の効果も浸透してくる。


 ダメージが蓄積していくばかり。

 なのに猶予はない。

 どう考えても、俺のシェイニーの間には1割の勝率も見えてこない。


 リスクを承知で、ここは一気に決めるしか手がない様だった。



「先に言っておく」



 俺の斬撃を軽々と躱しながら、まるで踊るように俺の身体を斬り裂いていくシェイニー。

 試す、という言葉が手加減という意味であった事を物語っていたかの如く攻撃の速度を数段階あげたシェイニーに、俺は為す術もなく血達磨へと変わっていく。


 そのダメージを無理に押し切って、あくまで前へと出ながらグランスヴァインを振るう。

 痛みをほとんど感じないからこそ出来る無謀な特攻。

 玉砕覚悟とシェイニーは思っているのだろう。

 冷徹な双眸は、その死を覚悟した特攻に対して一切の油断なしに引導を渡すといった感情の色がよく見て取れた。


 その美しい顔にもう一度肉薄した時を見計らって、シェイニーに聞こえるようにまた言葉を発する。

 周囲の音を消していくシェイニーにも届くように、言葉を告げる。



「何が起こっても、出来れば怨まないでくれ。ここからはもう制御出来なくなる」



 そして俺は、切り札である禁断の狂戦士化(バーサークモード)を発動させた。

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