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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第伍章 『心の剣』
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第99話 幻の心剣士の誓約

 助け船が入ってきたと思ったら、すぐに見捨てられた。



「折角じゃから、お主にもこれを紹介をしておくかの」



 顔の真横を突き抜けた斧槍の刃が壁に刺したまま、巫女服姿の武闘派少女が口元に笑みを浮かべながら言う。

 その刃に映る俺の顔には、いったいどんな表情が彩っているのか。

 栗色髪の狐姫が傾斜のほぼない胸を自慢げにはりながら言葉を続ける。



「我が手に持つこの得物は、名を心剣グランスヴァインと言う。心の剣と書いて、心剣じゃ。つまり、我は心剣使い、心剣士じゃ」



 すぐに記憶の中を探り、その言葉に該当する情報がないかを検索する。

 該当はなし。

 どうやら初めて聞く言葉の様だった。



「その分じゃと、お主は知らぬ様じゃの。まぁあまり有名ではないからの。知らなくとも無理はない」



 チラッと横目でグランスヴァインと呼ばれた武器を見る。

 全長は軽く2メートルを越え、穂先と刃の金属部でさえ相当な重量を思わせる斧槍。

 やはり間近で見ても、それはユフィの様なか弱い少女が細腕の片手で軽々と振るえるような代物ではなかった。



「これはの、我の心の剣じゃ。我の心が形となり、剣となった姿なのじゃ」

「……その心の剣を自ら振るって戦う者だから、心剣士、と?」

「じゃの。じゃからお主が最初からずっと気にしておるこの得物の重量は、実はほとんど無いに等しいんじゃ。何せ我の心じゃからの。重荷になっておったらとても困ろう」



 にやりと笑うと、心剣使いの少女は、遠くで月を見上げながら黄昏れている毒舌少女の方を指差した。

 さっきまでと一転変わって、随分と絵になる姿である。

 そのままずっと絵のモデルでも演じてくれていれば俺としても嬉しいのだが。



「ちなみに、あれも我と同じ心剣使いじゃ」

「という事は、俺が持っている心砡石という珠には、全て御前達と同じ心剣士が入っているという事か」

「我も確信は持てぬが、たぶんそうじゃろうの。そしてそんな事をしおった犯人は、お主も知ってのあの骸骨お化けじゃ。我もこの力をあの骸骨お化けの賢者殿に目を付けられて、あの特殊な珠に封じ込められたという訳じゃ」

「身体を小さくされてか?」

「だったら我はもう死んでおるじゃろうの。我はこの様な子供の姿をしておるが、この身体は仮初めのものでの。実際にはこっちの剣が本体じゃ。本物の身体の方は、たぶんあの賢者殿に捕らえられた時点で使い物にならなくされた事じゃろうて。どういう理屈かは知らぬが、あの珠に封印されておる我の心が外に出ると、こうして仮初めの肉体を持つ事が出来るのじゃ」

「つまり、俺と同じ様に魂を別の器へと移されたという訳か」

「そういう事になるの」



 ユフィが薄く微笑んで頷く。

 昔の事を思い出しているのか、少しばかり遠い目をしていた。



「恐らく、我を捕らえたのはこのグランスヴァインを欲しての事じゃろう。先程も言うた様に、我の本体はこの剣ゆえ、我は心を持った武器にも等しい希有な存在じゃ。しかもかなりのレアもののな。じゃから、あの賢者殿が我の様な心剣使いに興味を持ち集めたとしても別に不思議ではない」

「レア武器のコレクション扱いか」

「そういう訳じゃ。レア武器を欲しいと思うのはあれも同じじゃった様じゃ。とはいえ、流石に我もあの賢者殿に捕らわれた身ゆえ、あれには我の心であるこの心剣は絶対に使われとうない。じゃから、あれに我は使えぬ。使われるぐらいなら、死んだ方がマシじゃ」



 だからレビスは俺やファーヴニルに心砡石を預けたのか。

 いくらレア武器だからといっても、自分で使えないものを後生大事に持っていても仕方がない。

 故に、研究目的も兼ねて俺の様な者に無理矢理使わせたという次第か。



「先に言うておくが、お主が我との契約に成功した暁には漏れなくこれもついてくる。うまく扱えるかどうかは別じゃがの」

「さしずめ、その心剣の重さはユフィの心の重さという訳か?」

「おおう、阿呆で助平だと思っておったが、少しは頭が回る様じゃの。正解じゃ」



 頭が回るついでに、ユフィの実年齢を考えてみる。

 あの身体が仮初めのものだという事は、年を取らないという事にも繋がってくる。

 レビスに捕まった時の年齢が見た目の推定で13歳――かなり大きくサバを読んでの年齢だが――ぐらいだったとしても、生きてきた年数はどう考えてもイコールではない。


 所謂、ロリば……



「――とても不愉快な事を考えておるな、お主。我の年を考えるでない。とはいえ、流石にもうどうでもいいと思うぐらいの年月が経っておるからの。あまり頻繁に勘ぐられても困るから、それとなくヒントだけは言っておくかや」



 心剣グランスヴァインがいつの間にかユフィの手元に戻り、いつでもまた振り下ろせる体勢へと構えられる。

 何となく、その言葉から発生するイライラを解消するための前振りの様な気がした。

 逃げる心構えをとりあえず持っておく。



「我はもう500年以上もこの心剣として生きておる。まこと、思い出しとうない年月じゃ」



 そしてやはり、その嫌な事を思い出した腹いせに、ユフィは斧槍で俺の事を斬ってきた。

 同時に右側にも左側にもユフィの姿が現れ、逃げ道を塞ぐように攻撃動作を取る。


 迷わず俺は、真正面にいるユフィの方へと走り出した。



「む?」



 そして、まだすぐ横にある筈のユフィの本体を掴み取る。

 予想通り、壁を突き刺していた心剣は姿を隠しただけで、まだそこに存在していた。



「ようやく抵抗してくれるのかや?」

「だからその気は毛頭ないと言っている」



 掴んだ事でそこにある事を確認した後は、すぐに手を離し全速力でその場から逃走を企てる。

 しかしユフィの方が一瞬早く逃走経路に先回りしてきた。

 だがその手にはグランスヴァインは握られていない。



「言い忘れておったがの。心剣グランスヴァインは我の本体じゃが、形の無い心でもある。じゃから」



 言うが早いか、予想以上の速さで俺の目の前に先回りしてきたユフィが、空だったその手にグランスヴァインを何処からか呼びだして握りしめる。



「一時的にこの肉体の方に魂を移しておけば、ほれこの通り。ちょいと望むだけで現れてくれるんじゃよ」

「ずるいな」

「お主も我を使える様になれば、きっと真似する様になるじゃろうて」

「つまり、いつでも何処でもやり放題という訳か」

「いや、まぁそうじゃがの。そっち方面の利用は出来れば御免被りたい。永遠にの」



 迫り来る刃を右に左に躱しながら、ゆっくりと後退していく。

 攻撃されている最中に踵を返しても、回避行動が遅れて斬られる可能性が高くなるだけである。

 どういう訳かユフィは手加減をしてくれているのだが、だからといって俺の身を傷付けないという事はまるでなかった。


 左腕は未だにほとんど動かないまま。

 出血多量でいつ死んでもおかしくないというのに、生傷は更に増える一方。

 だというのにまだ動けるというのは、この身体が持っているスペックの御陰なのだろうか。

 HPの数値は一桁をキープしているというのに、先程からずっと1から5の間をいったりきたりしていた。



「ほれ、好い加減に少しは抵抗してみせい。いつまでも逃げてばかりおる輩を斬り殺しとうない。出来れば歯向かってきてくれる輩を我は斬りたいの」



 無茶な事を言う。

 それじゃまるで歯向かった瞬間に殺すと言っている様なものじゃないか。

 ――いや、もしかしてそれがユフィの望みなのか?



「己の命がかかっておるというに、戦わずしてどうする」

「勝てないと分かっている勝負に挑む気はない。だから逃げ続けるだけだ」

「口はいっぱしの事を言っておっても、すぐに追い詰められておっては世話がないの。ほれ、今度はもう逃がさぬぞ」



 また、俺の背後には壁があった。

 というよりも、グランスヴァインの尾の一撃を受けてめり込まされたとうべきか。

 壁に縫い付けられる、まさにその言葉の通りの状況となっていた。



「我は寛大じゃ。じゃから、お主がやる気になるまで待ってやる。ほれ、構えよ」

「……断ると言った筈だ」

「何故にそこまで拘りおる。我には理解出来ぬ」

「女に剣を向けるのは趣味じゃない」

「この場合、剣は比喩じゃな。その意思を持ちとうないという事かや? たまにそういう阿呆がおるのは知っておったが、お主の柄ではないじゃろうに。何か理由があるのかのぉ」



 理由か……。

 それは俺も知りたいぐらいだ。

 恐らく失われた記憶の中に何かヒントがあるのだろうとは思うが、その記憶は本物の俺の肉体と共にある。

 何か死にまつわるトラウマでもあったのだろうか?



「俺はユフィとは戦いたくない。だが、殺されたくもない。どうしたらいいと思う?」

「……」



 ユフィが押し黙ってしまう。



「ぐっ!?」



 しかしその代わりに、とてつもなく大きな殺意の塊が叩き付けられた。

 細められた瞳が同時に痛いほど突き刺さってくる。


 シェイニーが叩き付けてきた殺意が生暖かいと思ってしまう程の熱量。

 あまりの恐怖で手が勝手に震え始める。

 全身から汗が吹き出る。

 気を強く持っていなければ、ただその気当たりだけで意識がぶっ飛びそうだった。


 それが正味、5分ほど続いた後。

 否。

 実際には1分も経っていないだろう。

 もしかしたら10秒程度の事だったかも知れない。


 そんな時間感覚まで訳が分からなくなっていた俺の身体は、次の瞬間、ユフィの鋭い斬撃によって斬られていた。


 気が付いた時にはグランスヴァインが構えられ、そして一閃される。

 刃は正確に俺の動かない左腕を肘から完全に断つ。

 既に体内の血はほとんど残っていないのか、今度は渋く事はなかった。


 そんな事を考える余裕もなく、恐怖に竦んでいる俺の瞳には無慈悲にも次の斬撃の動作が映し出される。

 返す刃で、今度は左肩が下から真上に斬り取られる。

 更に次は右足を脛を断たれる。

 地面に斬り離された右足が落ちる前に、今度は左足首が別れを告げた。


 右手の指が一本ずつ丁寧に斬られていく。

 腹を斬られた時には中に詰まっていた臓物が飛び散った。

 右の瞳にグランスヴァインの穂先が突き入る瞬間に感じた恐怖は、身体を斬り刻まれるよりも遙かに恐ろしいものだと無理矢理に分からされる。

 悲鳴をあげそうになった喉を斬られたと理解したのは、声を出す事が出来なかったと気付いてから。


 左腕に続いて、左足も完全に付け根から切り離される。

 次は右足。

 そして右腕。

 手足を失い蓑虫状態になった俺の片眼に映るのは、その今し方斬り取られた手足が斬り刻まれるという光景。

 一閃一閃がすべて鋭く眼前を舞い、そのたびに俺の手足とその中に内包されている血と肉が断ち斬られていく。


 壁にめり込んでいた俺の背中が血でずるりと滑り、地面にぼとりと落ちた。

 それを許すまじと、グランスヴァインの穂先が俺の肩を突き刺し、ゆっくりと持ち上げる。

 瞬間、肩に痛みが走る(ヽヽヽヽヽヽヽ)


 これから何をするのか、何となく予想出来た。

 先程と同じ様な事を、この残った身体にも行うつもりなのだろう。

 それをしようとする月光に照らされた狐巫女を思わせる少女の可愛いらしい顔には、もはや笑みは浮かんでいなかった。


 肩に痛みが走ったまま(ヽヽヽヽヽ)、グランスヴァインの穂先が俺の身体から離れる。

 そして一閃。

 一刀両断という言葉が良く似合うだろう鋭い斬撃が走り、遅れて俺の身が縦に真っ二つへと分かれていく。

 瞳のない右半身が重力に引かれて地面に落ちる前に、またグランスヴァインが斜めに一閃。

 振り抜いた刃はすぐに返され、今度は左半身もまとめて断ち切られる。

 右半身に続いて左半身の胸から下も失われた。


 ユフィの残虐な猛攻は続く。

 臓腑と血と肉が飛び散り続ける。

 細切れとされて山となっている手足の残骸の上に、新しく出来た血と臓物のソースがビチャビチャとかかっていく。

 その光景を、宙に固定されたままの(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)左目が見ている。

 とてもおぞましい光景だった。


 そして最後に、残っていた部分へと刃が走り始める。

 左半身の最低点、胸の部分からゆっくりと斬り取られていく。

 肩が細切れにされ、首が微塵斬りにされ、口と頬がブロック状に斬り取られ、そして瞳からも光が失われる。

 最後には闇だけが残った。


 そんな状況でも、まだ俺は生きていた(ヽヽヽヽヽ)



「……何故、殺さない」



 あまりの殺意と恐怖で止まってしまっていた呼吸に気付き、無理矢理に肺から空気を絞って俺は問いかける。

 肺から空気を抜いた事で僅かに緊張の糸がほぐれたのか、随分と細くなっている気道を新しい空気が少しずつ通って萎んだ肺を膨らませていくのが分かる。

 まるで喘息の様な息苦しさ。

 だが、それを数回繰り返すとだんだんと呼吸が楽になっていった。



「それだけの殺意を俺にぶつけているというのに、どうしてだろうな。御前からは殺す意志を感じられない」



 まさか、それがユフィの誓約なのだろうか。

 それとも、代償なのか。

 心剣士としての業という訳でもあるまい。


 俺を殺すなら、最初の一撃で済んだ。

 シェイニーにしても、俺を殺すだけならばいつでも出来た筈だ。

 にも関わらず、俺はいつまで経っても殺される様な事がない。


 これには何か裏があると考えるしかなかった。


 ユフィが俺を殺さない理由。

 果たしてそんなものが本当に存在するのか。

 それを確認するために、俺は闇に閉ざされた視界の中でユフィがいるらしい場所を見つめ続ける。


 少しして、幻術の闇が消え去った。


 そして現れた五体満足の俺の身体と、未だに俺の肩を突き刺しているグランスヴァインの姿と、じっと俺の方を見続けているユフィの姿を瞳に映す。

 あの強大な殺意の塊は、既にユフィからは放たれていなかった。



「……」



 互いに言葉がないまま、また暫く時が経つ。

 今度はおおよその時間の流れは認識する事が出来た。


 ただ、見つめ合うという行為自体を俺はとても苦手としている。

 それでも今は見つめ続けるべきだと思ったため、頑張ってユフィの月色の瞳を真っ直ぐに見つめ返し続けた。



「もう一度……言う。俺は、御前の全てが欲しい」



 そしてユフィを心砡石から喚びだした時に願った言葉を口ずさむ。

 正確にはその後に色々と余計な飾りがついていた訳なのだが、最初のその言葉だけを俺は改めてユフィにぶつけてみた。

 それが、契約の鍵となる可能性を考えて。


 というか、ユフィの瞳を見つめ続ける行為があまりにも辛すぎて、その言葉でちょっと俺の心を補強した。


 それからまた暫くして――。



「ふむ、どうやら時間切れじゃの。まことに不本意なのじゃが、どうやらお主は我の主様としては一応合格になってしまったらしい。まことにまことに不本意なのじゃがの」



 盛大に溜め息を吐いた美少女がそう言って、俺の肩からグランスヴァインを抜き取った。

 そして嫌嫌そうな瞳でまた俺の事を見る。

 なのにその顔に浮かんでいる表情は、何故かちょっと嬉しそうに見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。



「どういう事だ?」

「どうもこうも、そういう条件じゃったからのぉ。我も随分と頑張ったのじゃが、主様もその邪な心で随分と頑張ってしまったからの。悔しいが、根負けじゃ」



 手をヒラヒラとさせながらユフィは言う。

 いつの間にかあの物々しい斧槍は姿を消していた。



「半刻じゃ。その間ずっと、我に対しあらゆる攻撃の意思を持たぬ事。それが我と契約するための条件の一つじゃ」

「……」

「うぬ? ここまで言ってまさか分からぬのか? やっぱ主様は阿呆じゃのう。それともただ惚けておるだけなのかや?」



 いつの間にか呼び方が「お主」から「主様」に変わっていた事に俺は気付く。

 それはつまりご主人様という事を意味する。

 何となく同じ様な意味で誰かが俺の事をそう呼んでいた気がしたが、それとはまた違った喜びが俺の中に発生していた。

 そして色々と不埒な妄想も浮かび上がってくる。


 いや、まぁそれはいい。

 そういう事は……そういう事をするのは、また後だ。

 今は現実を片付ける方が先決か。



「そんな簡単な条件で……」

「阿呆が。簡単な訳がなかろう。普通、我の様な小娘から攻撃されれば、少しぐらいは反抗心を持つ。最初に主様のその軽そうな頭を小突いたのも、怒りを煽るためじゃ。だいたいいつもそれで片がつく」

「もしそれでユフィに対して反抗の意思を持ってしまったらどうなる?」

「死ぬの。主様の魂の中に潜り込んだあの珠が主様の力を際限なく吸って死に至らしめる。我がわざわざ手を汚す必要もなくの」

「それはまた、随分と理不尽な条件だな……」



 と言っても、そこまで理不尽という訳でもない。

 ユフィはその子供という姿を利用して怒りを煽った訳だが、人によってはただ相手が子供だという理由だけで一切の攻撃意思を持てない者もいる。

 更に人は大きな恐怖を感じてしまえば、反抗する気すら起こらなくなるだろう。

 逃げ続けていれば半刻という時は……1時間という時間はそれほど長くない。

 先に他の珠を使ってしまった時点でアウトだという条件に比べればまだマシな部類の条件だろう。


 但し。

 契約を結ぶ、という事を予め知っていた場合には、相手を倒せば契約出来るという考えが先に浮かんでしまう可能性がある。

 ユフィの言い方だと、構えるという素振りだけでなく、意思すら持ってはいけないという事になるため、逆にそれを知っているだけでかなり致命的になってしまうのではないだろうか。

 俺も契約と聞いて召喚獣を思い浮かべ、力で屈服させるという内容を頭に浮かべた。


 とはいえ、ユフィとの実力差をその時既に理解していた俺は完全逃げ腰体勢だったので、それを実行しようなどとは露にも思い浮かべなかった訳だが。



「ちなみにどうやら主様は知らぬ様じゃから言っておくがの、契約の儀式中は我の事を攻撃しても我は絶対に死なぬ。何しろ、我の本体は主様の中にあるからの」

「……さっきはあの心剣が本体だとか言ってなかったか? それに、嘘を吐く事は嫌いとも言っていたな」

「別に嘘は言っておらぬ。我のこの身体の本体はあの心剣じゃが、心剣の本体はあの珠の中にある。珠が心剣を生み、心剣が我という姿を生み出しておるという事じゃな」

「その中間にあたる心剣が今は見あたらないんだが?」

「姿が見えぬのは、主様がそれを望んでおらぬからじゃよ。契約はなった。つまり我は主様の思うがままじゃ。主様が望めば心剣は我の手にも主様の手にも現れる」

「そして俺が望んでいるから、ユフィはいつまでも姿を現したままという訳か」

「じゃの。更に言うなら、我の本体である珠は主様の魂の中にあるため、別に我はこうして外に出ておらずとも主様が望むだけで我とは会話する事は出来る。念話みたいなものといえば分かるかや?」

「ふむ……こんな感じか?」



 とりあえず思いついた事を色々と心の中で思い浮かべてみる。



「なっ!? ……主様よ、少しは雰囲気というものを大切にして欲しいんじゃがの。それに、いくら我が遙か昔にアイテム化されたと言っても、心も身体も見ての通りまだ(うぶ)な小娘のままなのじゃ。外に出る機会も、会話をする機会もなく、ただただ時間が流れすぎていっただけのな。じゃから、あまり過激な内容は慎んではくれんかの」



 それはつまり……。



「これこれ、思い切り我にも丸聞こえじゃ。主様、わざとやっておるじゃろう」

「……念話の調整が難しいな。今のは別にユフィに伝えるつもりはなかったんだが」

「まぁ、それほど喜んでくれておるというのなら、我も悪い気はせんから別に良い。じゃが、そういう事はやはりもっと雰囲気を作ってからにしてくれの。我は、契約するのも実は初めてなんじゃ。じゃから……優しく、してくりゃれ?」



 男を手玉に取るような言葉をユフィは口ずさみながら、恥ずかしそうな素振りを見せる。

 明らかに演技だという振り。

 なのに思わずその場の雰囲気に流されて《欲望解放》の呪いが発動しそうになった。


 が、元々からかうつもりだったユフィがすぐにしてやったりとケラケラ笑い始め、自らそのムードをぶち壊したため事なきをえる。

 何となくその唇を無無理矢理塞いでそのまま腹いせに《欲望解放》の赴くままに虐めてやりたい気持ちにもなったが、そんな事をしたら思い切り嫌われそうな気がしたので今は止めておく。

 今は、やめておく。

 いつか、きっと……。



「じゃから丸聞こえじゃというのに。どうやら主様は見た目通り精神修養が全然足らぬようじゃの」

「……見た目で分かるものじゃないだろうに」

「ま、その辺の事はとりあえず置いておくかの。今はもう少し込み入った話をするとしようか。このままじゃと、ようやく我の事を大事に大事にしてくれそうな?主様が現れたというのに、すぐに死んでしまいそうじゃからの」



 そこに疑問符はいらない。



「これこれ、そんな所を気にしてどうするというのじゃ。主様がこのままだともうすぐ死んでしまうという事を気にせよ」

「……どういう事だ?」

「変な間があったの。まぁよいか。それこそ今は気にするべき事ではないからの」



 そう言ってから、ユフィは続いてよっこいせと言ってその場に座り込んだ。

 その動作の間にあった言葉は兎も角、容姿は絶世の美少女なのでたったそれだけの動作でも随分と絵になっていた。

 思わず少し見え隠れした生足などに視線が向かい、その先にある闇の中に光が差さないかとつい思ってしまう。



「我の姿に見惚れてくれるのは嬉しいんじゃがの、一緒に流れてくる思考はもう少しどうにかしてくれんかの。ほれ、少しばかり話が長くなりそうなので主様も座るがよい。あと、変な気は起こさぬようにの。まだここは戦場じゃ」



 言われるまま、俺も座る。

 よく考えれば左腕が半分ほど切断されていたり、右肩に穴が空いていたりと、結構なダメージを受けているんだったか。

 そんな状態でもそこまで痛みを感じないし苦しくもないのは、果たしてこの器の性能なのか、それともやはり《痛覚麻痺》の呪いの影響なのか。

 ここ最近、リーブラがかけた呪いの影響が薄い様な気がするのも、果たして俺の気のせいなのか。


 そんな事を思いながら崩れた石壁に背を預けて少し気を抜いたら、急に世界が真っ白に染まっていった。

 とても心地よい気分。

 意識が急激に遠のいていく。


 ああ、これがもしかして死というものなのか……。

 そう納得しながら、俺は意識を手放した。

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