表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第肆章 『魔者の軍団』
101/115

第94話 誰が為に裏切り、何の為に終焉の鐘を鳴らすのか

 グランティースの街を訪れた隣町の人々は、その街に誰もいない事を一日掛けて念入りに確認した。


 生きている者が一切いない街。

 それどころか、その街には壊れた建物の残骸はあっても死体は一つも見つからなかった。


 街が魔者に襲われ壊滅したという事は分かるが、何故瓦礫の下にも死体が全く見つからないのだろうかと、やってきた者達は不思議に思う。

 血の跡が生々しく残っている事から、確かにそこには人が存在し争いが起こっていた事はハッキリしている。

 しかし、それをもう少し具体的に説明してくれる筈の情報――例えば死体の状況から、襲ってきた魔者の種類を判別するなど――が見当たらないため、彼等は次に取るべき行動をどうするか迷い、その街で一泊するという選択を選んでしまう。


 故に、彼等は逃げ遅れる事となった。


 空から監視していた魔者の報告によって、再びグランティースの街は魔者の軍団によって密かに取り囲まれる。

 そして寝静まった夜になって、魔者達は一人また一人と獲物を狩り取っていった。

 例え気が付かれても、街の外で待機している魔者によって逃げる事は叶わない。

 残念ながら、誰も気付く事は出来なかったが。


 そして朝が来た時。

 幸運なのか不幸なのか、まだ捕まっていなかった者達は愕然とした。

 仲間がいない事に気付き、慌ただしい朝が始まる。

 その騒々しさで魔者達は獲物に気が付かれた事を知り、一斉に奇襲を仕掛ける。


 戦いは、一瞬で決着が着いた。


 新しい戦果を手に、魔者達は迷宮へと戻っていく。


 捕らえられた者達の運命は、そこで終わる。

 一日ごとに一定数の人数が、彼等に喰い殺されていくという悲惨な末路で。












「話を進めてくれ、イリア」

「はい」



 子供達が天井隅に出来た触手のマユに飛びついて触手剥がしゲームをやり始めたのを横目に、話を戻す。



「まず、皆様に愚痴を聞いてもらいました」

「御前はいったい何をしている……」

「当然だと思いますが? 私達も日々鬱憤が溜まっていましたし、愚痴ぐらいは言いたくなります」

「ウィチアも愚痴ったのか?」

「はい」



 ウィチアも淀みなく答えてくる。

 ここは閉鎖空間だしな。

 俺には楽しみがあるが、二人にはあまり楽しめる事はなかったのかもしれない。



「まぁいい。それで?」

「そうしましたら、皆様に倍返しで愚痴を聞かされました。なので、更に倍にしてお返し致しました」

「そうか。それはさぞ楽しかっただろうな」

「はい。恐らく私達のこの機転がなければ、ハーモニー様は今頃アレーレ様の永久肥料となっていた事でしょう」



 それを機転と言うのか。

 というか、永久肥料を実際に体験した後でそれを言われると説得力がありすぎて怖い。



「その愚痴の言い合いの中で、色々と彼女達に情報が漏れてしまいました」

「……具体的に言うと、どんな情報だ?」

「ほぼ全てです」



 いったい何をしてくれているんだ、御前らは。

 いや、そもそも俺は二人に情報統制を強いたんだったかな?

 勝手に二人が内密にしてくれていると思い込んでいただけだったという事か。

 不死賢者レビスからの命令は俺の世話をするだけで、実はそれ以外には全く制約が無かったと。


 ちょっと俺は沈黙する。



「続きを聞こう」

「はい。その漏れた情報の中で、彼女達は一つの可能性を試す事にしたそうです」

「それが、レビスがつきつけてきた条件の達成か」



 というか、そんな事まで喋ったのか。

 どこまで口が軽いんだろうな。



「ただ、彼女達がそれを実行しようとしても解決出来ない障害が多いのは御存知かと思います」

「だろうな。迷宮を実際に操作出来るのは俺だし、この部屋にはカチューシャ達は入れない。俺を脅したとしても、それが本当に実行に移されるかどうかも分からない。イリア達に直接お願いしたとしても、さて、可能か?」

「迷宮内での行動は制限されていますので、不可能かと」

「となると、本格的に計画され始めたのはアレーレが来てからか」

「ご推察の通りです」



 アレーレは迷宮内にいる仲間とコンタクトが取れる。

 その事がカチューシャ達の耳に入れば、当然イリアかウィチアを通じてアレーレとコンタクトを取ろうとするだろう。

 そしてアレーレの協力が取り付けられれば、ほぼ手段に関しては問題がなくなる。

 後はどうやって条件を満たすかだ。



「アレーレは首を縦に振ったのか?」

「いえ、横に振りました。アレーレ様には何の利益もないため」

「ならば何故、今アレーレは協力的なんだ?」

「それは、必至にアレーレ様を懐柔致しましたので」

「いったいどうやってだ」

「主にカチューシャ様方が作られた物品の献上という形でです」

「あいつらが突然に生産職に目覚めたのは、実はそれが理由か……」



 となると、もしかしたらファムシェをのけ者扱いにしていた事も、実は作戦の内なのかもしれない。

 俺に同情させて何かと便宜を図らせ、天才であるファムシェに突破口を開かせる。

 現に俺はファムシェを気に入り、研究室という別室を与えてしまっていた。


 例え牢が外から丸見えだったとしても、イリア達からその情報が筒抜けだったなら俺に対する対策は幾らでもたてられるだろう。

 牢の中で喋った声は外に漏れないので、独り言だったり二人で話し合っている様に俺に見せかけて会話する事は簡単に出来る。

 俺がやってくるタイミングもイリア達から事前に情報が流れるようになっていたとすれば、演技もばれにくい。


 俺が勝手に思い込んでいたイリアとウィチアの前提条件が崩れた今、二人が実はカチューシャ達にとても協力的だったとしてもまったく不思議ではなかった。



「アレーレの協力を取り付けた後はどうしたんだ?」

「そこなのですが、実は別の大きな問題が生じてしまいまして」

「大きな問題?」

「はい。ピクシー達が私達を裏切りました」



 おっと、意外な所で意外な奴等の名が出てきたな。

 ピクシー達はウィチアと特に仲が良かったから、裏切るとは思わなかった。

 さて、理由は何だろうか。



「以前、ハーモニー様がピクシー達に行った仕打ちが思いの外効果があった様でして」



 そういえばそんな事もあったな。

 あの時は、ピクシー発生地点を閉鎖して仲間をもう増やせないようにしたんだったか。



「加えて、例の幽霊魔者に一度全滅させられかけた事で、種族存亡の危機を酷く感じられた模様です。ハーモニー様も御存知の通り、その頃から徐々にピクシー達はハーモニー様のご機嫌を取り始め、印象を良くしようと頑張られていました」

「俺の目には普通に楽しんでいた様にも思えるんだがな」

「それはハーモニー様の目が節穴なだけです」



 節穴かどうかは分からないが、まぁ慧眼には程遠いだろうな。



「そして、その頑張りが認められハーモニー様の恩赦が出た事で、まことに残念な事なのですがピクシー達の忠誠心もあがってしまいました。結果、私達とはたもとを分かち、独立愚連隊となりました」



 ……それはもしかして、愚連隊とグレたをかけたのだろうか?

 いや、考え過ぎか。

 そもそも、イリアは独立愚連隊などという言葉は知らないはずだしな。



「気が付いていましたでしょうか? 第2階層に陣取っているピクシー達は、カチューシャ様達がアレーレ様を通じて派遣した魔者達も排除していましたことを」

「まったく気が付かなかったな。そんな事をしてたのか」

「はい、していました。第1階層まで辿り着けば、侵入者達の捕獲も、迷宮の外に行って人狩りをする事も出来たのですが。当時行った企ては全てピクシー達によって潰されてしまいました」

「キュリン」

「キュポッポ」

「キュプウキュップ」



 個性を出すためか個体ごとに必ず違う鳴き声をしているピクシー達が、褒めて褒めてと言わんばかりに俺の回りを飛ぶ。

 うざったいことこの上ない。

 なので、遊びたい盛りのフォーチュラ達を手招きで呼んで、ピクシー達と遊ぶようにお願いする。


 悪戯好きのピクシー達は、理屈の通じない子供とは意外に相性が悪い。

 ピクシー達はすぐに蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 ただ逆にそれがフォーチュラ達の遊び心に却って火を付ける行為となっているので、きゃっきゃっと叫びながらフォーチュラ達はピクシー達を追いかけ始める。

 結果、ただでさえ狭く感じる部屋の中で子供達とピクシー達が鬼ごっこを始めた事で、余計に五月蠅くなってしまった。


 こら、俺の頭を踏み台にして宙に浮いてるピクシーに飛びかかろうとするな。

 痛いし、危ないだろうに。

 こんな時、アレーレの触手があれば全員捕縛して強制的に大人しくさせる事が出来るのだが、残念ながらアレーレはまだ触手のマユから出てこなかった。


 アレーレはウィベスに俺から吸い取った力の一部を譲ると言っていたが、見た目はまるっきり奪っているようにしか見えないんだが。

 さて、ウィベスは無事なのだろうか?

 ちゃんと俺の分も残しておいて欲しいな。



「ここまで言えば、ハーモニー様もだいたいの事はご想像できるのではないでしょうか?」

「察するに、俺が迷宮へと送り込んだ部隊を利用したな? 迷宮に部隊を送り込む時には階層は関係ないからな。ファーヴニル迷宮に送り込んだ部隊が帰還すれば、そこは第1階層。つまりピクシー達のいる第2階層を通る必要なく、第1階層に行けるという事になる」

「はい。もっとも、実際にそれが成功した時にはピクシー達はハーモニー様の迷宮からいなくなっていましたので、結局その必要はありませんでしたが」



 となると、実行部隊は例の最強軍団か。

 アレーレの仲間が指揮していた、蠱毒の呪法で徹底的に仕込んだ魔者達。

 そんな一番最悪な奴等をカチューシャ達は操って、計画を実行したという事か。


 つまりファーヴニル迷宮から帰還したその部隊が、俺が目を離した隙に迷宮の外へと出て行った事は、実は予め計画されていた事になる。

 そして、必要な人数を捕らえた。

 個々の強さが圧倒的なのだから、それはあまり苦ではなかっただろう。

 ピクシー達がいなくなった事で、他の魔者達も迷宮の外へと送り出す事が出来るようになったしな。



「その辺はだいたい分かった。なら今度は牢から出てきた経緯を知りたい。アリエスも最初から一枚噛んでいたのか?」

「いえ。アリエス様は……見ての通り、あまり話の通じる方ではありませんでしたので」



 アリエスの方をチラッと見ると、先程と変わらず御飯をただただぱくついていた。

 その周囲ではエルフ達の何人かがアリエスに話し掛けているがまるで相手にされていない。

 アリエスは適当に相づちを返しているだけで、ほとんど会話になっていなかった。



「食事の邪魔をすると、有無を言わさず攻撃してきます。私も何度か燃やされそうになりました」

「ご飯さえあれば後はほとんどどうでも良いと思っているような奴だからな」

「ですので、アリエス様が牢を力尽くでお出になられた時には流石に私も少し肝を冷やしました。特にアレーレ様のおられる牢へと入っていった時には、計画の失敗も覚悟したぐらいです」



 アレーレは見たまんま、魔者だからな。

 遭遇した瞬間、アリエスが敵と判断して燃やしてしまう可能性は非常に高かっただろう。



「よく燃やされなかったな」

「たまたま私とウィチアがその場にいましたので。特に食事を作っていたウィチアがいた事は本当に運が良かったと思います。アリエス様は食への業が深い分、その食に関わる者に対しての寛容も大きい様です」

「つまりウィチアがいなかったら、今頃アレーレは灰となっていたという事か。そして今のこの状況もありえなかった可能性が高いと」

「はい」



 なるほど、だからアレーレはアリエスの事を非常に危険視していたのか。



「その後はアリエス様と共に他の牢を開放して回り、ハーモニー様も御存知の状況へと繋がります」

「その時、アリエスが俺がいた牢に入ってこなかった理由は何だ?」

「お取り込み中だという事が分かっていましたので、ウィチアの料理を餌にこの部屋へと誘導致しました。まさかこの部屋の罠も解除されるとは思ってもみませんでしたが」



 つまり、不安要素満載のアリエスはとても危険な存在として、事故に見せかけて殺そうとしたという訳か。

 アリエスの事を一番危険視していたアレーレ辺りが有力候補だろう。

 未遂に終わった後も、偽ウィチアと偽イリアを見せるなどとして排除を試みていたしな。


 しかしここで気になる点も出てくる。

 アリエスに枷を付けて捕縛すると同時に、カチューシャ達まで触手で捕縛した事には何か意味があるのだろうか?



「あと、ハーモニー様はまだ勘違いされておられるかと思いますが、アリエス様をアレーレ様が捕縛した時にあの部屋にいましたのは、すべてアレーレ様が作り出した偽物です。つまり、あの場にはハーモニー様とアリエス様とアレーレ様しかいませんでした」

「……ああ、そういう事か。先に見たウィチアとイリアも、その後俺を取り囲んできたカチューシャ達も、全部アレーレの仕業だったんだな」

「はい。その時私達はターチェユ様のおられる部屋に隠れていました」



 隠れる場所として考えるなら、そこかファムシェの研究室か風呂場しかない。

 牢に戻って扉を閉めてしまうと、また出られなくなるしな。

 ウィチアとイリアは自由に牢を出入り出来るが、その場合には牢の中にいる者達を外に出す事は出来ない。


 二人に許可されているのは、迷宮で捕らえた者を牢の中へ入れる事と、食事などを出し入れする事だけである。

 牢の中にいる者達を外に出すことは決して出来ない。

 でなければ、俺に反意を持った二人は、とっくの昔にカチューシャ達を牢から出して別の手段を講じた筈だ。

 ウィチアとイリアを通じて、間接的にアレーレとコンタクトを取る必要もない。



「いや、ちょっと待て。牢は外からは透けて見える。だがあの時、俺は牢の中にカチューシャ達がいる事をこの目で確認していた。そこはどう説明する?」

「アレーレ様は偽物を作れますし、本体から分隊を切り離して自立行動させる事も出来ます」

「……そうだったな。つまりその時見たカチューシャ達も偽物だった訳か。ならば、もし俺がすぐにこの部屋に戻らず他の牢に向かったらどうなった?」

「予定よりも早くアレーレ様に捕まってしまい、そのまま永久肥料となっていた可能性が高いかと思われます。その時にはまだアレーレ様は機嫌を損ねていましたので。私達もどうなっていたか分かりません」

「ならば、俺がターチェユの部屋に向かっていたらどうなった?」

「その場合は、部屋に入ってきた瞬間にカチューシャ様達に取り押さえられていたかと思います。そしてその後は、今とほとんど変わらない状況となっていたと思います。但しアリエス様の姿だけは無かったと思いますが」



 余計な気を起こさなくて良かったと心底思う。

 一つ選択が違えば、バッドエンドや望まないルートへと入っていた可能性が高かったのか。

 そのルートを作った爆弾は、どう考えてもアリエスしかいない。

 俺の造った迷宮を訪れた侵入者達の中で過去最短記録で気絶し捕まっただけに、色々と危険なフラグを持ち合わせている様だ。


 ちなみに、その記録はあと少しで塗り替えられる所だった。

 新しくやってきた奴隷少女リナリーによって。


 アリエスは迷宮入口にある滑る床でつるんっと滑って盛大に頭をぶつけて気絶した。

 リナリーの場合は、聞く所によると、その滑る床に走って突入し、更に後ろから走って追いかけてきた知人に押され、安全ガードとして生い茂らせている草村を越えてその先にある奈落の底へと落ちたらしい。

 ただ、普通はそうなるとまず間違いなく助からない。

 だが、一緒にその穴へと落ちた知人が自ら下敷きとなってくれたため、リナリーは一命を取り留める事が出来たという。

 しかもその知人は、リナリーに対して少なからず好意を持っていた少年だったと。

 少し泣ける話だな。



「そのアリエスだが、よく無事でいられたな。俺がアレーレに自由を奪われてから後の事を教えてくれ」

「特に大した出来事はありませんでした。ハーモニー様も既にお察しの通り、ハーモニー様をアレーレ様が触手の檻の中に閉じ込めたのは、迷宮内で起きている事を知られないためです」

「その時点で既にアレーレ達に主導権があったと思うが? いくらそれを俺が知った所で、実力行使で黙らされれば俺にはどうする事も出来なかった筈だ」

「そうですね。ただ、『横でピーチクパーチク騒がれても五月蠅いだけなので、この際一度痛い目をみさせたら?』というファムシェ様の何気ない意見が満場一致で通ってしまいましたので、そのような事になりました」



 よし、後でファムシェにはお仕置きだな。

 盛大にピーチクパーチク鳴かせてやるとしよう。



「それで、アリエス様なのですが……」

「やはり何かあったか。何があった?」

「ハーモニー様をアレーレ様が亡き者にしてすぐに、また牢を自力で脱出してきました」



 いやいや、俺はまだ亡き者にされていないぞ。



「事前にハーモニー様はアリエス様の部屋に通っていた様ですが、いったい何をしたのですか?」

「何をしたと言われてもな。いつもの事としか」

「やはりそうですか。ハーモニー様、アリエス様にお食事を与えましたね?」



 イリアが批難の目を俺に向けてくる。

 こっそりお菓子を与えていた事がやはりばれていたようだ。

 ――という訳ではやはりないだろうな。

 例の件、実はうまくいってたのか。

 意外とやってみるものである。



「幸いにして、その頃にはアリエス様のあしらい方をアレーレ様も理解していましたので事無きを得ましたが、下手をすればハーモニー様はアレーレ様ごと燃やされていました」



 こんな所にも死亡ルートがあったか。



「餌付け成功という訳か」

「餌付けしたというよりも、あまりにもお腹を空かせていたアリエス様が、アレーレ様の触手を勝手に食べ始めただけなのですが」



 ゲテモノ食いか。

 ほんと、アリエスは何でも喰うな。

 まぁ命がかかっているのだから当然か。



「……よくアレーレが反撃に出なかったな」

「アリエス様の食に対しての業をアレーレ様は見抜いてしまいたので。ほぼ無限に増やせる触手をアリエス様が食べるという事は、アリエス様がアレーレ様を攻撃できないようになると考えたそうです」

「そしてその考えは正しかったと。そして、脅威がなくなった後は牢から出してくれた事に対する感謝だけが残ったと」

「この部屋の罠も解除して頂けましたので。それに、もしかするとアリエス様ならばこの隔離空間の壁を壊して外に出られる様にしてくれるかもしれないと期待し始めています」



 かもしれないではなく、俺はアリエスの口から直接それが出来ると聞いている。

 俺と俺の主であるリーブラとの間にある繋がりを利用して、強引にリーブラのいる場所まで飛ぶ。

 ただ、その飛ばせる人数までは知らなかったので黙っておく。

 下手をすると俺とアリエスが引き離される可能性があったため。


 まだアリエスには聞きたい事が山ほどある。

 引き離されるのはせめてそれを聞いてからだろう。



「あと一つ、私達も驚いた事と言えば、ウィベス様がファーヴニル様の迷宮の最後まで行かれた事でしょうか。実際には突然訪問されたファーヴニル様の口からそれを聞くまでは私達は誰もその事には気が付きませんでした」

「そしてその後、俺を強引にアレーレの触手の檻の中から連れ出したという訳だな」

「はい。アレーレ様は抵抗らしい抵抗は致しませんでした。むしろ恐怖して全く動けなかったというべきでしょうか」

「いくら今は魂だけの存在だとはいえ、ファーヴニルは1万年以上生きていた龍だからな。その分だと、カチューシャ達もすくみ上がっていなかったか?」

「他の方々は恐れていましたが、カチューシャ様だけは普段通りでしたね。流石は長と言った所でしょうか」



 カチューシャの場合、ただ単に気が付かなかっただけだろう。

 長の肩書きは名ばかりだったらしいしな。



「奇しくもハーモニー様がファーヴニル様に連れ去られてすぐに、レビス様より出されていました条件を達成致しました」

「それは分かったが、祝賀会でも開こうとしていたのは何でだ? それに、早く帰ってきすぎだとも言われたな。俺がそのままここに帰って来ないという可能性もあっただろうに」

「事前にファーヴニル様より、ハーモニー様を借りていくという言葉を聞いていましたので。それに、別にハーモニー様が帰ってこられなくともお祝いは出来ました」

「そうか……」



 つまり条件達成を祝うパーティーではなく、俺の追い出し会もしくは俺の追い出し成功を祝う会だったという訳か。

 何となく想像はしてたが、実際にそう言われると少し悲しいものがあるな。



「だいたい分かった。そうなると、俺の天下ももはやここまでという事だな」

「はい。ようやく私達も肩の荷を降ろす事が出来ます」



 これだけの人数が牢から解放されたのだ。

 俺の迷宮で捕らえられてしまった彼女達の力を奪っていた枷ももう付いていない。

 それはつまり、もはや俺個人の力では彼女達を自由にする事は出来ないという事になる。


 これからは俺が彼女達の奴隷として働く毎日になるのかもしれない。

 やはり最有力はアレーレとウィベスの餌扱いだろうか。

 それともサンドバックにされる毎日か。

 これまで俺は彼女達に散々酷い事をしてきたのだから、そうなっても仕方がないだろう。

 殺されないだけマシなのかも知れない。

 いや、殺された方が実はマシなのかも知れない。


 そんな、幸先不安な未来は――。



「どうやら俺達の話が終わるまで待っていてくれた様だな」



 既に分かっていた事だが、そんな未来は当然待ち受けていない。

 条件を達成してしまったのだから、いつまでもその空間にいられるとは限らない。

 何事にも終わりはある。

 アリエスからまだ色々話を聞きたかったが、不可能な様だ。


 俺の見ている世界が、ゆっくりと闇に覆われて遠ざかっていた。

 手を伸ばせばイリアの腕を掴む事が出来たというのに、感覚だけが少しずつ少しずつ離れていく。

 イリアの腕を触っているという感覚すらも徐々に遠ざかっていく。


 子供達の瞳が俺の方を見ていた。

 俺がどんどんとそこから遠ざかっている事に驚いている、そんな不思議色を瞳に浮かべながら子供達が俺の事を見ている。

 その後ろではカチューシャとターチェユが少し寂しそうに俺の事を見ていた。


 ファムシェは俺の方を見ないようにと、必至に隣にいるリナリーへと話し掛けているのが見て分かった。

 その話し掛けられているリナリーの視線はかなり冷たく彩っている。

 ある意味、一番強い想いが彼女から伝わってきた。


 他の者達も、思い思いの感情の色を浮かべて俺の方を見ている。

 後ろにいた筈のアリエスの姿もいつの間にか見えていた。

 なのに、俺はまだイリアの腕を掴んでいる。

 そのアリエスの瞳も、何事かを察している様子だった。

 恐らく、皆こうなる可能性を予想していたのだろう。


 まるで俺のいた場所の空間だけが後ろに伸びていくように、世界が閉じていく。

 徐々にカチューシャ達の姿が闇に覆われて消えていく。

 あらゆる感覚がしぼんでいく。


 そんな中、イリアがゆっくりと立ち上がった。

 その横にウィチアが並び立つ。

 俺が不死賢者レビスによってその空間に放り込まれた時からずっと俺の世話をしてくれていた二人の姿だけが、僅かに残された俺の小さな視界を埋め尽くす。


 俺の腕がイリアの腕と繋がっている事からして二人は俺のすぐ側にいる筈なのに。

 その二人との間にある距離は、物凄く遠い様に俺は感じていた。

 近いのに、遠く感じる距離。

 遠いのに、まだ近くにいると分かる。


 それももうすぐ終わりを迎えるという事は分かっている。

 その二人との繋がりが、俺が咄嗟にイリアの腕を掴んだ事で保たれているのだと、何となく俺は理解していた。


 その俺の腕に、イリアの手が重なる。

 ウィチアの手も俺の腕に触れる。

 二人は薄く微笑んでいた。


 故に――。



「世話になった。また縁があったら会おう」



 俺は彼女達の口から最後の挨拶が零れてくる前に、その言葉を封じた。


 ウィチアとイリアが浮かべていた微笑みが、一瞬驚きに変わる。

 しかしすぐにまた元の表情に戻り、そしてゆっくりと俺の腕をイリアの腕から引き離していく。

 それに俺は抗わない。


 完全にその繋がりが無くなってしまう前に……俺はもう一度、二人の姿を瞳に焼き付ける事にする。

 足先が透き通って消えている少女達の姿を、俺は脳裏に焼き付ける。


 二人には、最初から未来がなかった。

 魂だけをそこに連れてこられた二人は、既に人としての人生は終わっていた。

 だから二人は自由に牢を出入り出来るし、扉を使う必要もない。

 身体を具現化すれば物も持てる様だし、捕らえた女性達から襲われてもその具現化を解除すれば触れる事は出来なくなる。

 例外として迷宮内で気絶した女達を牢へと運ぶ場合のみレビスの力が働いていたのだろう。


 その二人との繋がりが、遂に切れる。

 彼女達をそこから連れ出す事は、やはり許されない様だった。









 ウィチアとイリア。

 戯れに殺され俺と共にあの空間へと放り込まれた少女達。


 クー。

 魂を一度肉体から解離されて獣化してしまったペットな幼女。


 赤髪ポニーと金髪ポニー。

 飼い主に連れられて迷宮に入って来た5人の奴隷少女の内、一刺蜂(ビー・スティンガー)の毒にやられずに生き残った少女達。


 その飼い主の親らしき奴隷商に赤ん坊のフォーチュラをさらわれ、そのフォーチュラを取り返そうと迷宮にやってきてビー・スティンガーの毒にやられたルリアルヴァの女性達。

 ルリアルヴァの長カチューシャと、その娘チェーシアとティナシィカ。

 ターチェユとフォーチュラの親子。

 天才ファムシェ。

 俺を毒殺使用としたリトゥーネ。

 他、エレンミア、ウィーリン、アナセリカ、フィリーチャ、スールーオゥ、ディートリト、レエルノア。


 魔者と人とのハーフである子供達4人。

 迷宮内にいた子鬼(ゴブリン)が迷宮の外から繁殖用に捕まえてきた女性達との間に作った子供達。


 森の精(アルセイデス)のアレーレ。

 ファーヴニルとの間に勃発した迷宮争奪戦争時に迷宮から牢へと招待した魔者。


 《星の聖者》アリエス。

 なんかよく分からないがとりあえず捕まった。


 同じく、奴隷少女リナリー。


 魔の精(マギ)のウィベス。

 ファーヴニル迷宮へと送り出し、そして攻略まで果たした魔者。








 この後どうなる事を望んで彼女達はそれをしたのか。

 今となってはもうそれを聞く事は出来ない。

 タイムリミットだ。


 総勢27名の女性達は、この後いったいどうなるのだろうか。


 俺は彼女達をその場に残して――遂に、その空間から脱出した。

2014.02.16校正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ