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第一話

この物語は同性愛要素(BL・やおい)を多分に含みます。苦手な方はご覧にならないようご注意下さい。



木下きのした裕二ゆうじ 二十八歳

スポーツメーカー社勤務

家族構成 両親 弟 妹二人

ただし裕二本人は市内のマンションで一人暮らし

交友及び職場での人間関係は良好

仕事の成績も優秀――

「…私生活も、多少の心配事はあるものの最愛の恋人と共に充実している、と」

 手元の資料から目を離し、短い嘆息と共に呟いた少女は、隣に佇む仲間達を恨めしそうに見上げた。

「……で、いつなの?」

「もうすぐですよ」

 答えたのは二十代後半と思われる青年。

 それに頷いたのは十になるかならないかの幼い少年。

 彼らの返答に、少女は再度嘆息し、目の前の巨大なビルを仰ぎ見た。

 この十七階に木下裕二が勤務している。

「…」

 三人の目が、その辺りの窓を見つめたまましばらく無言の時が過ぎる。

「……ほら」

 少年が低く呟いた。

 遠くから、救急車のけたたましいサイレンが響いてきた。





 1


 自分の人生を振り返ってみて、結構楽しかったよな、と思う。

 学校の成績は良くなかったけれど、要領が良かったから教師の目も厳しくならなかったし、大会、祭りと来れば自分こそが主役だと張り切って参加した。

 大学を卒業するまでの、十六年間の学生生活。

 思う存分に楽しんできたと言える。

 就職してからもイベントの企画・実施を主とする役職は自分の性に合っていたし、周りの上司や同僚、後輩なんかも陽気な連中ばかりで毎日が楽しかった。

「……」

 楽しかったよな。

 こんな充実した人生、なかなか送れるもんじゃないだろ?

 だから、…解っているさ、これ以上のことを望むのは欲張りだってことくらい。

「…はぁ」

 解ってはいるけど、こんな一人きりの病室で寝かされていたら溜息も出るだろう。

まだ若いし。

 やっぱり大勢で騒いでいる方が好きなんだ。

「……家に帰らせてもらえないかな…」

 横を向くと、赤い陽射しが目を眩ませた。

 時計は三時半。

 まだ三時半なのに、この夕陽。

 ほんと、日が短くなった。

 もうすぐ雪だって降る。

 今年も終る。

「……まだ二ヶ月もあるじゃん」

 自分で自分にツッコミを入れて、なんか可笑しくて笑ってしまう。

 ヘンな奴。

 どっか壊れたかな。

 …壊れるよな。

 生まれて初めて救急車になんか乗ってしまって。

 挙句、医者からあんなことを言われたらさ。

 年が明けるまで、まだ二ヶ月もあるなんて言っていられない。

 俺なんか死ぬまであと二ヶ月。

 どうやら年は越せないらしい。

 末期癌――悪性の膵臓癌。

 まだ二十八だけど。

 人生これからって気もするけれど。

 仕方ないよな、人が好いと長生き出来ないって言うし。

「…自分で言うな、ってか…」

 また自分でツッコミ入れて、可笑しくなる。

 おかしくなる。

 何か、ヘンな気分。

「お邪魔するぞ」

「え…」

 まさかと思ったけど、ノックしてすぐに入ってきた相手の姿に、自分でも知らない内に顔が笑っていた。

 やっぱりおまえか。

 葛西かさいしのぶ

 なんでここにいる? …なんて愚問か。

 同じビルで働いているんだ、救急車まで来て何の騒ぎだったのか、話が広まっていればこいつの耳にも入るだろう。

 俺が病院に運ばれたなんて聞いたら来てくれるに決まっている。

 最近、少し変な事もあるけど。

 忍、男だけど。

 俺の恋人なんだから。

「裕二、倒れたって? 会社の子達、きゃあきゃあ言いながらおまえのこと心配してたぜ。どうだったよ、救急車で運ばれる、なんて初体験した感想は」

 言いながら、遠慮なく手近にあった丸椅子をベッドの傍に引き寄せて座る。

「ん?」

 答えろって促しながら見せる笑顔が、…なんつーか、可愛いんだ。

 男相手に、アホかって思われるかもしれないけどさ。

 忍は同じビルにテナントしているIT企業の広報担当で、俺と同じ年齢。

 最初にこいつに気付いたのは駅の構内で、…気になったのは、第一印象が強烈だったせいだと思う。

 だってこいつ痴漢を線路に投げ飛ばしたんだ。

「俺が女に見えたか■■■野郎!」ってヒドイ下品なことを、見た目は儚げな美人が怒鳴っていたら、そりゃ印象に残るだろ?

 美人だなんて本人に言ったら殴られるから絶対に言わないけど、忍は間違いなく美人だ。

 性格は俺よりずっと男らしいし、俺より細いくせして腕っ節も強い。

 だけど口閉じて大人しく座っていたら、本性を知っている俺だって見惚れてしまう。

 俺も学生時代の実績から自分の顔に多少の自信はあったのに、忍の隣に並ぶと落ち着かなくなるんだ、俺なんかが隣にいていいのか、って。

 …そう思う自分がイヤで、それまで以上に仕事を頑張ったりしたんだよな。

 おかげで成績も上がって男も上がって一石二鳥…と、そんなこと思っている場合じゃなかったんだ。

「おい裕二、答えろって」

 救急車の感想を聞かせろってしつこい忍を見ていたら、…なんか、笑えた。

 ほんと、アホだ俺。

 可愛いとか思ってる場合じゃない。

「……忍」

「なに」

「俺、もう止めるわ」

「は?」

「救急車乗ってさ、このまんま結婚もしないで…死ぬのかと…思ったら、すげぇ後悔してさ。……やっぱ、ガキ欲しいし。親も安心させてやりたいし。俺、ちょっと真剣に考えることにする」

「――」

「おまえ…その、女みたいな顔してるからいっかなと思ってたけど…、そろそろ、な」

「………へぇ?」

 あ。

 声のトーンが変わった。

 怖い笑顔。

 殴られるかな。

 …殴られて、終わりかな。

「そっか、ようやくその気になったんだ」

「――」

 え?

 なんか、予想と違う…。

「俺も、そろそろおまえのヘッタクソなセックスに我慢も限界だったんだ」

「――」

「丁度いいじゃん。これで終わりってことで。な」

「ぁ…ああ」

「じゃ、お大事に」

 言いながら背を向けた忍は、片手をヒラヒラさせながら病室を出て行った。

 何つーか。

 …あっけないな。

「ってか…ヘタ…? 俺ヘタなのか…?」

 他にも気にしなきゃいけないことはあるんだろうけど。

 女みたいって言ったのに殴らなかったこととか。

 なんか、いろいろあるんだけど。

「…」

 あぁ…。

 言葉が、出てこない。





 ***





「俺が女に見えたか■■■野郎!」

 背負い投げ?

 砲丸投げ?

 よくは見ていなかったけれど、そんな感じで線路の上に投げ飛ばされたのは四十代前半らしいスーツ姿の男だった。

 毎朝、自分が降りている駅でドアが開いた途端、ただでさえ騒がしい構内はいつになく騒がしく、道行く人の目は何かに吸い寄せられるように一定方向を向いていた。

 俺もつられるようにそっちを見て、そして聞いたんだ。

 すごい勢いで人が飛んで、線路に落ちた。

 そして、とんでもない美人が、とんでもなく下品なことを言っている姿が強烈だった。

 近くにいた駅員は線路に人がいることに驚いたり、投げ飛ばした美人を落ち着かせたりでてんてこ舞い。

 野次馬は好き勝手に噂する。

 俺もその中の一人で、興味本位に眺めていたら、駅員に線路から助け出されていた男が狂ったように繰り返すのが聞こえてきた。

「俺は触ってない、君なんか触ってない、僕は隣の子を…」って。

 つまり、痴漢は間違いなく痴漢だったってこと。

 駅員は男を取り押さえた。

 下品な美人は、

「ばーか」と吐き捨ててその場から立ち去った。

 人込みに紛れる間際、そこにいた女子高生の肩を叩いて。

 いい奴じゃん、と思った。

 言葉遣いはかなり下品だけど、いい奴だ。

 まるで正義の味方だ。

 それが忍の第一印象。

 


 二度目の接触、これがまた酷かった。

 俺は自分の職場に向かって歩いていただけなのに変質者と間違われたんだ。

 仕方ないかな、とは思う。

 駅での印象があまりにも強烈で、あれから二日後、まさかもう一度姿を見かけることになるなんて思ってもみなかったから、実際に前方を歩いているのを見つけて、目が離せなかったんだ。

 じろじろ見られているのに気付いて、気味が悪かったんだと思う。

 だからって、肩の関節外されたらたまらないけどな。

 同じビルに会社があること。

 あの日、痴漢を投げ飛ばしたのがカッコ良くて感動したってこと、慌てて説明したら納得してくれたみたいで、外れた肩を支えながら謝ってくれた。

 葛西忍という名前を知ったのも、この時だ。

 それから、今時、誰もやらないような手だけれど、肩の痛みを理由に、忍の時間をほんの少し束縛した。

 肩が治ってからもたまに一緒に飲みに行ったりして。

 友達になった。

 それが入社したばかりの、六年前の出来事だ。






新連載にお付き合い下さり、ありがとうございます。

全八話を予定しておりますので、お付き合い下さい。

よろしくお願い致します。

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