■1■TRIAL
グルルルアァッ……ァァァァゴゥッ!!
赤髪の青年の右腕から、重低音を含む咆哮が轟く。
収束され凝縮した炎が、轟音の中心から闇色の存在を掠めるように放たれた。そう、掠めるように。
「そっち行ったぜ!ユエン!!お前の実力を俺に見せてみろって!!」
狼を模した闇色の存在は、狂気じみた鈍色の視線をユエンに送りながら踵を返す。
アイツは止めだ、お前を喰い殺す!という明確な意思が、殺意が、双眸から注がれてくるのがわかる。
人ならざるもの、闇色の炎を見に纏う狼の様な獣、ArcA virus(アーカウィルス)の感染者であり保有者──カミ。
「起きろ………ファング」
狼擬きのカミは、体の半分ほどまでに引き裂かれた大口を開いて彼──ユエンを噛み殺そうとしてくる。
その口は大の大人一人が縦にすっぽり入るサイズ。
(攻撃モーションは──デカい。
やれる、落ち着け)
「ッハァッ!」
馬鹿でかい口に、剣を迷わず突き入れる。
が、恐怖と痛みを知らないのか、カミは怯まず突っ込んでくる。
ざぐっ。ぶしゅっ!
刺さる、それでも、尚、怯まない。
まるで逆再生の様な仕草で、剣を引き抜き半身で回避しようとするのだが、
「くっ…」
牙が頬を掠めた。
がぢっ。
顎が噛み合う。
身を翻しながらの回転断ちが閃く。
ぞぐっ!
グガァァアッ!
傷が浅かったのか、カミはまだ立ち上がる。
ユエンは動けない。否、まだ動かない。
(まだだ───)
カミのドス黒い瞳がユエンを再補足する。
(まだ───)
口が開く前の、僅かなタメ。微妙な引きのポイント。刹那の息み。動作。開口──
「───今、だ」
剣を握る右腕が下顎へと変化し、肩からは上顎が形成され、剣は上顎と下顎に牙として多数生え揃う。間、コンマ二秒。
禍々しくもどこか神秘的な、白い竜の頭部を模したアギト、それが──
「剣が牙…?二段変形?ほぉう、これが噂の新型バイト、ヴァルキュリアシリーズか!!ははっ!とんだギフトだねこれは!」
「……噛み千切れ…レギンレイブ」
キュガアアアアッ!!
空が裂けるかと思う程の咆哮が、その場の全員を包み込む。
キュイィィッ!
レギンレイブは短い雄叫びの後に、カミをいとも簡単に捉える。
ばきっぐしゃっ。
キャウンッ!
みしみしっ!
ごき…ん。
紙切れ同然に、狼を模したカミを噛み千切り喰らい尽くす。
見る者にとって悪魔に映るだろうこの姿は、あまり気持ちのいい物ではない。
感触もしかり。
「なるほどなるほど、新型バイトの保有者、ユエン・ハーツ…合格と」
刹那、目の前の全てがカクカクしたポリゴンテクスチャにダウンする。
そして白いノイズの後にブラックアウト。
プツン…。
その暗闇が俺に喋りかける。
「VRテスト、無事終了だ。このシオン・ノッカーが立ち会いの元で、ユエン・ハーツ、ノイジィビートへの入隊を認める!入隊祝いだ、受け取れ」
頭部を覆うVRシミュレータを外しながら受け取ったもの、それは音符を象ったピンバッジだった。
「なかなかカッコいいだろう? それがノイジィビートのシンボルマークだ」
……うわぁ、だせぇ。
それが入隊直後の第一声であり、最初に殴られた瞬間でもあった。