表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

桜と竹刀とタイムマシーン

作者: 棗ひろき
掲載日:2025/11/08

 学生の頃を思い出しながら書いてみました!

 新緑が目立ち始めた10本の桜は残りの花びらを散らしながら春の訪れを喜ぶ。

後ろにそびえ立つ3階建ての校舎は昨年改修されたため眩しいほどの白を保っておりピンクと緑を際立たせている。


 桜が並ぶ校舎側とグランドの間に校舎入り口から正門へと繋ぐ道が通っている。

一年生の小鳥遊光太郎(たかなしこうたろう)は正門へと向かって歩いていた。


 雲ひとつない青空を背景にグランドでは野球部とサッカー部が練習前の準備をしている。

倉庫からボールを運んだり土を慣らしたり分担しながら効率よく作業を進めてゆく。


 体の横を通り過ぎていく心地の良い風。

道路の端に溜まった桜の花びらが舞い上がって風下へと流れてゆく。

ブラザーを手放すにはまだ早いが少し動くと暑く感じる。

ほのかに土の香りがする風がじんわりと湿った肌を乾かしていった。


 入学して1ヶ月。

部活動入部が推奨されるなか光太郎は部活に入っていなかった。

体育の授業でも悪い成績は取ったことはなくむしろ運動神経は良い方ではある。


 理由は別に2つある。

人見知りなため複数人でやるスポーツが苦手なことと単純に興味をそそるものがなかったのだ。


 人見知りとはいえ人当たりはよくこの学校でも友人ができているなどコミュ障というわけではない。

ただ協力してなにかをすることが苦手で表にはださないものの父親譲りの頑固な性格が周りと自分のやりたいことの誤差が自らで許容できないのだ。


 チームプレイでなければいいというわけでもなくワンマンスポーツでもそこ頑固な一面が足を引っ張った。

やりたいことはやる、やりたくないことはやらない。

日常生活のなかでやらなければいけないことはもちろんやってはいるが趣味のこととなると話は別できっかけがなければ熱意が沸かない性格であった。


 一時期は自分に何ができるか探していたことがあり、スポーツに限らず音楽や芸術などのインドアを視野に足を踏み入れたこともあった。


 何も知らない最初のうちは何事もつまらない。

まずは何をやるにしても目標を立てて何ヶ月か取り組んでみることにした。


 音楽をやるなら何曲かマスターする、芸術をするなら数枚を書き終える。

中学時代にこのようなノルマをかけて自分の心に問いただしてみたものの今に至るまでに芳しい反応は得られなかった。


 何もしたくないわけじゃないんだよな、光太郎は1人愚痴りながら敷地を抜けようとしたところに乾いた甲高い音が耳に入ってきた。

それは人の声や車の音などをすり抜けて僅かに聞こえてきてどこから聞こえてきたのかは分からない。


 足を止めて耳をすませてみる。

生徒の雑談、自転車のベル、風がなびき、下駄箱から放り出されるローファーの靴底。そして先程の乾いた音。


 光太郎は振り返って先ほど通ってきた道の突き当たりにそびえたつ体育館を一瞥した。

あそこだ、あのあたりから音が聞こえた。


 このあとは予定がないことを確認してこのモヤモヤを解消することを優先することにした。

確認したらスッキリするだろうと甘い考えを持ちながら体育館へ向かってその道を再び戻って行った。


 早歩きだったとはいえ道のりは長く数分掛かりで辿り着き体育館の入り口まで辿り着いた。

来る途中に謎の音は聞こえてきたが今は聞こえない。

中を覗くため見えそうな場所を探す。


 入り口から除けばいいのだが練習の邪魔をしたくないという心理が働く。

足元の換気窓を見つけてそこから覗くことにした。


 中ではバスケットボール部とバトミントン部が館内の中央を大きなネットで区切って練習を開始している。

ステージ側ではバスケットボール部が二つのコートを男子と女子に分かれて使用していて部員がレイアップの練習を列を作りながら決めている。

どの部員も流れるようにゴールを決めていき見ている光太郎もスカッとした気持ちにさせられた。


 もう反対側には4つのコートに2組ずつ入ってラリーの練習をしている。

一つのコートに上級者と新入生がそれぞれ均等に配置されているようで素人目でもどちらがそうなのかはっきりと分かる。

新入生の方は打ち返す場所が定まらず受け手が動き回ってしまいパスを返すのがやっとで打ち返せたとしても相手が走り回るという悪循環となってしまう。

一方上級者はどちらも安定しておりどの玉も1〜2歩動くだけで済む場所に打ち返しておりそのコントロール技術が垣間見える。

また球の軌道と速さもどれも均一でどのタイミングでみても同じ動きをしているように見えた。


 継続は力なり。

まさにその言葉が似合うだろうその技術は運動センスで補えない地道で膨大な練習時間を垣間見せていた。


 だが、光太郎はこの二つの部活動から謎の音と同じものを見いだせなかった。

バスケットボールが床を叩く音やラケットで羽を打つ音は確かに似てはいるが違うのもののように感じる。


 集中し直して周りの大人耳を傾けてゆく。

周りの音も大きくかき消されながらも聞こえて来るはずだと信じて音がするのを待った。


 すると意外にも目当ての音はすぐに聞こえてきた。それは目の前の体育館ではなくすぐ隣の建物からだった。


 その建物は2階建ての建物で造りは新しく見えるもの校舎と比べると少し劣化が進んでいるように見える。


 気付いたことは先ほどの乾いた音だけでなく建物全体を揺らす地響きのような音も同時に聞こえてきたということだ。


 一体なんの活動をしているんだろうか、満を辞してその建物をに近づくと答えに近いものがガラス製の観音開きの入り口すぐ横の壁に掲げてあった。


 それは縦30センチ、横1メートルの大きなステンレスのプレートでそこには達筆な筆記体で『武道場』と書かれてあった。


 ここを訪れることは初めてであったが柔道部が活動していることは知っていた。

ではそこから聞こえてきたのだろうか、仮定を確信に変えるべく中へと一目に付かないように入ってゆく。


 入り口をくぐると茶色のタイルで敷き詰められた靴脱ぎ場に20足ほどの靴が並べられている。

その先の踊り場を超えた先の両開きの引き戸が開いていて中の様子がハッキリと見えた。


 緑色の畳マットが敷き詰められたところで胴着を着た部員が稽古をしている最中だった。

高校生の中でも大きな身体をした者たちが同じくらいの体格の者を軽々と投げ飛ばしてゆく。

マットに叩きつけられる度に地面ごと揺れるような音が道場内に響き渡っていく。


 音の正体はこれだったのか。

近くに来ると案外違う音に聞こえるものなんだなと思いながらそろそろ立ち去ろうと後ろに振り返るとその音は聞こえてきた。


 この音だ!遠くから聞こえたものと全く同じ音が両耳に届いてきた。

それは前の柔道場ではなくこの建物の上から聞こえてきたのだ。


 周りを見渡すと柔道場の入り口の脇に上へと登る階段を見つける。

柔道部員に見つかることなど気にせず靴を投げるように脱ぎつつも後々気になって段差の端に踵を揃えて並べてから階段へと駆けた。


 階段は折り返しになっておりそこを抜けると下の道場と同じように踊り場と入り口があった。

入り口は閉ざされており中の様子を見ることはできなかったが入り口の手前に置いてあったものにより音の正体は判明した。


 そこには竹刀が立てかけてあった。

ここは剣道部が活動する剣道道場の入り口だったのだ。


 先ほどまで聞こえた音は階段を登っている途中から潜めてしまい今は静かさを保っているが人の気配は向こう側から感じることはできた。


 竹刀の立て掛けてある入れ物に再び目を向ける。

ホテルや銭湯にある傘立てのようなものに1マス毎に1本ずつ刺さる構造になっており、3×10マスの長方形のそれにはおよそ半分ほどがすでに竹刀で埋まっている。


 傘立てのようなものに対して竹刀は下向きにして柄の部分が飛び出した状態で立てかけており綺麗に整列している。

右から左へと視線を流していくとどれも同じサイズの竹刀が立てかけてあるのに対して1番左側に置かれている3本だけ一回り小さいことに光太郎は気がついた。


 他のものと比べて数センチは短くなっており心なしか柄の部分だけでも随分細いように見える。

練習用だろうか?だがその竹刀を含めてどれも持ち手と思われる部分は藍色に染まっていることから普段から使用しているものなのだろう。


だが色の濃さや範囲はまちまちで使い手がどれほど使い込んでいるのかが素人の彼でも一目で分かる。

だがその竹刀は他のものと比べても異様なもので、色の付き方が一段と濃くて特徴的であった。


 また色の付いている部分は柄の後端と鍔の真下、つまり柄の後端から1番離れたところだけであり他の部分は新品同様の白さを保っている。

どれも後端と先端が濃く染色されているのは同様なのだが中心がここまで極端に本来の色を保っているものは他にはない。


 質感も強く握られているのか新品のケバケバしたような質感が完全に消え失せて光沢が見えるほどのツルツル。

内側の竹の参加が見えてくるのではないかと錯覚するほど圧着されたような薄さとなっている。


 おそらく持ち主は同一人物であろうことは察しがついたが、その者は何者なのかに光太郎は興味が湧いてきた。

そのためにはこの閉ざされた入り口のドアを開くしかない。


 好奇心と羞恥心の狭間で揺れはしたが自分の欲求には耐えることはできず己の気持ちを優先して意を決した。


 そろりとドアへと近づいて引き戸の溝へと指を掛けたところで少しではあるが両扉の間に隙間が開いており中の様子を観察できることに気が付いた。

体重を掛けて音でも出してしまうと本末転倒だと思い体重は掛けないように顔を近づけて覗いてみる。


 奥行き30メートルほどの空間で木造の床と広がっていて突き当たりの壁も木造なことが伺える。

中央から手前と奥側でそれぞれ白線で囲われておりコートが二面に分かれていることが分かった。


 体育館と大きさ以外は同じ作りのように見えるがそれよりも年季が入っている印象を受ける。

 おそらく素足で使っているため汗が床に染み込むのだろうか全体的に変色しており特に奥と手前のおそらくコートの中心だと思われる部分が比較的に浅黒い。


 しばらく見ていると手前のコートの両脇からそれぞれ左右から1人ずつ防具をつけた人物が中心へ向かって歩み寄ってきた。

お互い竹刀は左手で剣先が後ろになるように鍔側の刀身を腰に付けるように持っており中心から離れたところで立ち止まった。


 左右の者を見比べるとどちらも遠目から見ても対照的な体格差。

右側の人物は背が高く少なくとも180センチはあるだろう大きな男性だ。紺の剣道着と黒の袴に身を包んでおり、太ってはいないが身体付きがよく仕上がっていることが伝わる。

特に肩周りと二の腕が顕著で分厚いであろう剣道着の外側からもそのでかさが分かるほど。


 一方左側の者は右の者どころか平均の生徒と比べてもかなり小柄なことが伺える。

頭4つ分は違うだろう身長は相手を見上げるだけでも大変そうなほど顔と思われる部分が上を向いている。


 身長だけでなく大きな防具を付けているにも関わらず小柄な方の光太郎と並んでも変わらないであろうと思われるほど小さい体格。

まるで巨人と小人だ。


 そして目を引くのは全身が暗い色の右側の人物に対して上下白の剣道着を身につけていたことであった。


 真っ白な剣道着は黒い防具を際立たせており面や小手や胴の動きが鮮明に細かく観察することができる。


「お互いに!礼!!」


 2人の中央の位置に対して光太郎から見て向こう側で立っていた人物が低くも迫力のある声で号令をかける。

あれは隣のクラスの担任教師である加藤先生だと記憶の中から絞り出し思い出した。


 号令が叫ばれると左右の人物は軽いお辞儀をし、それが済むと一歩、二歩、三歩と歩みを進める。

互いに2メートルかと思われるところで右足を前にしながら立ち止まり右手を左腰から突き出た柄を掴む。


 掴んだ右手をぐるんとへそと胸の前で振り上げて刀身の延長線を相手の眉間へと向けながら静かに蹲踞をしてゆく。


 お互いに刀身を向けながらしゃがんだ状態になったところで束の間の沈黙が道場内を包み込む。

あれほど人の気配を感じた道場内には緊張感が漂い自分以外は元からいなかったかと錯覚をするほどの静かさ。


 しかし中央の人物、後に知る主審と呼ばれる審判が号令を掛けたことで沈黙が破られる。


「始め!!!」


「「ヤー!!!」」


 蹲踞から立ち上がると共に凄まじい掛け声が両者の間で響き渡る。

それは声は他のスポーツでは聞いたことのない怒号は見ている光太郎の身体を硬直させるも一つの発見をしたことですぐに回復した。


 先程までの疑問点がいまの掛け声で一瞬で解決した。

問題など最初から何でもなく考えてみればすぐに分かる簡単なもの。


 細い竹刀の謎と小柄な上下白の部員と甲高い声質。

これらの謎は()()()()()ということで全て解決するものだった。


 そして、後々わかったことだが男性用と女性用の竹刀の違いは重量のみで長さが変わらない。

彼女の竹刀が短かったのは中学生用の3尺7寸竹刀を使用していたからだ。

彼女は光太郎と同じ新入生であった。


 だが、それが分かったことでスッキリするどころか不安がさらに込み上げてくる。

相手側の声や動きからも分かる熟練度。

さらには壮大な体格差はどこからどう見ても絶望感的であった。


 いくら彼女が上手かったとしてもこのままではーーー


「面!!!」


「面あり!!」


 彼女の声と主審の判定、そして探し求めていた竹刀が面を叩く乾いた音と踏み込みの振動が光太郎の思考を吹き飛ばした。


 何が起きた……?

一瞬意識を逸らした瞬間に彼女の打突が決まった。


 目線だけは向けていたつもりだったが打つ前と打ったあとしか記憶に残っていない。


「面あり!2本目、始め!!」


ここまできて何も見れなかったなんて死んでも嫌だった光太郎は次は見逃しまいと二戦目に集中する。


 今度は男が先手を仕掛けていき素早い足捌きで距離を詰めて一気に面を狙っていく。

タイミングと狙いは完璧、このまま打突が決まると思われた。


 だが彼女はそれよりも早く正確に動き出す。

ここからの動きを光太郎は将来一度も忘れたことはなかった。


 人は動き出す前に必ず初動が生じる。

歩き出す前に身体の重心が後ろにいって反動で前に進むとか一瞬頭が動くとか人によって様々だが大小限らず生じるはずだ。


 しかし彼女は前触れもなく突然始まり鮮やかな逆胴が綺麗な有効打突を生み出した。

それはまるで風に舞う桜の花びらのようであった。


「胴あり!!勝負あり!!!」


 加藤先生が彼女の方へ旗を上げつつ勝利を宣言する。

拍手もなく声も上がらないが向こう側からは感嘆の息遣いが聞こえてくる。


 光太郎はいまの光景を整理しつつ興奮を隠さなかった。

いままで見てきた動きの中で芸術的だと思ったことは一度もなかった。

僕もあんな試合をしてみたい、そう心に誓うと身体は勝手に動き出していた。


 閉じられていた扉が急に開かれて1人の学生が入り口の前で立ちすくんでいた。

正座の状態で整列していた加藤含めて他の部員達は突然の来訪者に驚きながら視線を向けた。


「1年の小鳥遊光太郎と申します!本日付で入部させてください!!」


 全員がヒソヒソと話を掛け合う中でようやく防具と手拭いを外し終えて周りの喧騒を見渡した。

先程までは書かれていたボブカットのストレートの黒髪が男の方を振り向いたのと同じ軌道でなびく。


「面白い人」


 鷹野桜(たかのさくら)は誰にも聞こえないような声で呟いた。

その口元は僅かに微笑んでいるようにも見えた。


 ◇


「じゃあな桜、大学でも稽古頑張れよな」


「うん、光太郎くんの分も頑張るよ!」


 桜の花びらが満開に咲き誇るなか、2人は高校最後の別れを告げていた。

その手には卒業証書の冊子が持たれている。


 2人は同学年ながらも師匠と弟子の関係として3年間を過ごした。

あの出会いから桜は自分の技を叩き込み光太郎を一端の剣士として育て上げた。

教育係は代々1学年上の先輩が面倒を見るものだが光太郎の熱い要望もあり桜のもとで剣道の全てを学んでいった。


 経験が全ての剣道の世界において彼は持ちながらのセンスと情熱でグングン伸びていき優勝と行かずとも最高で地区の大会では準々決勝まで行けるほどの成長を遂げた。


「まさかここまで伸びるとは思わなかったよ」


「こんなに頑張れたのは桜の試合に心掴まれたからなんだぜ、お前のおかげだよ」


「もう、それ言うの何回目よ」


 そう言うとお互いに笑いながら下を目を逸らした。

言葉が途切れたら2人の高校生活は終わりを告げてしまう。

光太郎はこの楽しい時間を終わらせないためになんとか続けたいと言葉を探すも何も見つからなかった。


 笑いが徐々に静かになっていき2人は目を上げないまま沈黙が訪れる。

もう潮時か、今度こそ別れを覚悟して光太郎は顔を上げると必死に笑顔を作りながら涙を流す桜の姿があった。


「光太郎がもっと早く剣道やってたらどうなってたのかな」


 桜がこう言うのにも理由がある。

彼女と光太郎は同じ大学を目指していた。

だが県大会で上位を勝ち取った桜は突然県外の強豪大学から剣道部として入学を推薦されたのだ。


 剣道を愛していた彼女はその魅力的な提案に揺れつつも恋人である光太郎との約束を果たそうとしていた。

だが光太郎は後押しをした。

自分を導いてくれた人物を今度は見送ってあげようと。


 剣道が出来なくとも同じ大学を目指そうとした光太郎だったが親の体調が芳しくもないことから実家を離れることができずに離れ離れになることになってしまった。


「……毎日電話するから。週末は絶対に会いに行くから!4年間なんてあっという間だよ」


 光太郎はそう励まそうとするとますます自分で気持ちが暗くなってゆく。

昔から剣道をやっていたらなんて何度も想像しては虚しくなっていた。

彼女の悲しそうな顔を見ると悔しさが胸を締め付けてくる。


 そうして別れを告げて3年間通り続けた校門を抜けるとある場所へと駆け出した。


 それは昨晩出会った怪しい男の元へ。

桜へのお守りを買いに訪れた神社で出会った自称神主の元へと向かってゆく。


 ◇


 山道へと20分走った後に最後の200段の桜の木に囲まれた階段を勢いのまま登り切りそびえたつ石彫りでできた鳥居を潜り抜ける。

足元には石畳の通路が真っ直ぐに続いており地元でも随一の大きさを誇る拝殿が桜の花びらに覆われながら聳え立つまでいる。

 

溢れるような汗がとめどなく流れてくる。

地面にを見つめながら酸素を取り入れようとするも荒くなった呼吸で喉と肺が切り裂かれるように痛む。


「ようやく来たね、待っていたよ」


 苦しさで膝に手を付く光太郎に茶化したような口調で自称神主の馬場が声を掛ける。


「君はずっと来る気がしていたんだよ」


「昨日の話は本当なんだろうな!」


「本当だよ、言った通りここは巨大な()()()()()()()だ!」


 馬場が両手を振り上げると満開に咲いた桜の花びらが舞い上がった。

昨日彼から話を聞いた時は胡散臭くて信じることは出来なかったが彼女を悲しそうな顔を見てしまった後では奇跡に賭けてみたい気持ちに駆られる。

神にでもなんでも運命を渡す覚悟は出来ていた。


 光太郎は山道へと歩みを進める。

どうすればいいのかは不思議と理解していた。

祈るのだ、あの頃へ戻りたいと。


「それで未来がどう変わろうとこれは一度きりだ。それだけは頭に入れておいておくれよ」


「分かった、色々とありがとう」


「感謝は私にではなく主へと伝えてください」


 では幸運を、と馬場はいうと深々と頭を下げて彼を見送った。

その姿を背で感じながら光太郎は拝殿へと辿り着き2度頭を下げる。

ぱしん、ぱしん。

2度手を叩く。

そして、頭を下げる。


 下げながら願った。

あの頃へと戻してください、彼女と出会う遥か前に。

桜に涙を流させないために!


 光太郎は願った。

願って願って願い続けた。

すると不意に声が聞こえた気がした。

あとはお前次第だ、と。


 ゆっくりと目を開ける。

その光景は先程までと変わらぬ拝殿と桜の吹雪だった。

奇跡は起こらなかったのか?その疑問を確かめようと馬場の方へ振り返る。


 しかし石畳の上には積もった花びらしかあらず、彼の姿はどこを見渡しても見当たらない。

たまらず周囲へ声を掛ける。


「おーい、馬場さんどこだよ?」


 すると異変に気がつく。

何故ならいつもと自分の声が違う、高くなっているのだ。

頭によぎる不安を払拭すべく身体を触るとそれが的中したことを告げる。


 小さくなっているのだ、体全体が。

そして肩に何かが掛かっていることに気がつくとそれを外して確かめてみる。


 ひんやりとした革の感触、跳ね返る黒の光沢。

6年間世話になったはずのランドセルが目の前にあった。


 ◇


 それから光太郎は2度目の中学生活を送った。

もう過去へは戻れないというアドバイスを守り一つを除いで1回目と同じように生活するように心がけた。


 勉強もほどほどにして重要なイベントはできる限り忠実に再現した。


 だが例外というのは剣道部に入ったということだ。

剣道を6年間学び桜と肩を並べて同じ大学へと推薦をもらう。


 女子と男子では枠は分かれているので同じ以上の成績を取ればいける算段である。


 こうして光太郎は中学生でちゃくちゃくとその名を広めつつ3年前に卒業した母校へと入学した。


 入学して早々剣道場へとかけて行った。

桜の話だと彼女は初日から稽古に参加していたらしいので久々の再会を果たすために向かっていた。


 本来は1ヶ月後に会う予定だがこのくらいなら変わらないだろう。

光太郎は喜びを胸に剣道場のドアを開いた。


 そこには顧問の加藤先生と懐かしき先輩達の姿があった。

だがあの懐かしい白い剣道着を身に付けている物はいなかった。

加藤が光太郎に声を掛ける。


「えっと、君は一体?」


「鷹野桜はどこですか!?」


「鷹野?そんな名前の生徒は知らないな。誰か知ってるか」


 部員たちは首を振る。

それはおかしい、彼女は事前に話を通していたとも言っていた。

たまらず飛び出し桜の花びらが舞い散る校門への道を駆け出した。

走りながら懐かしの彼女へと想いを馳せていた。


 後日分かったことがある。

彼女はこの高校へと入学をせず隣の強豪私立校の剣道場へと入部した。


 理由はもっと上を目指すため。

中学の地区大会で自分と同じスタイルかつ実力の上回る選手に嫉妬心を抱いたことがきっかけだという。

光太郎はあるべき未来を変えてしまったのだ。

 

拙い文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

少しでもいいなと思ったら⭐︎の評価を頂けるととても励みになります!!

気軽によろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ