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5

真夜中のフランス。ヴァンセンヌの森の近くは、深い静寂に包まれていた。街灯もほとんどなく、どこまでも濃い闇が広がっている。


そんな中に、廃墟のような教会がひっそりと建っていた。

セレナは、教会の外観を観察するふりをしながら、周囲の気配を窺う。


(師匠は、人気が少ないから魔術を使っていいと言っていたけど、私一人で大丈夫かなぁ…)


彼女は、ホテルでの会話を思い出していた。



「セレナ、今回は君一人で人狼と戦ってくれ。」


「私一人でですか⁉︎、絶対に無理ですよ!」


セレナはイグに抗議の目を向ける。

そんな視線を無視して、イグは話を続けた。


「人狼はこの下水道のルートを頻繁に使用してる。よって、このルート周辺の人通りが少ない道にいれば網にかかる。」


「……。」


セレナは分かっていた。師匠は一度言ったら聞かず意見を曲げてくれないことを。

そんな視線に気付いたのかイグはセレナに言った。


「安心しろ。援護も入れるし、危険な状況になったら必ず助けに入る。」

「それに、『吸血鬼』という種は、圧倒的な生物の格を持つ。人狼といえど、単独で吸血鬼に勝てる相手はそうはいない。」



セレナがホテルでの会話を思い出し、憂鬱な気持ちになっていると、かすかに獣と血の匂いがした。


(来た!)


セレナは人狼が自分の近くにいることを確信し、全身の血液の循環をゆっくりと早める。


次の瞬間、セレナの目に映ったのは、小型のナイフほどある爪を大きく振りかぶる姿だった。茶色の体毛を持ち、体躯は2m近く、目は夜目が利くように大きな黒目を持つ。その姿はまさに人狼と表現する他ないほどに、人狼であった。


セレナは即座に右腕を掲げ人狼の爪を防御する。

しかし、容易く腕を切り裂かれ、血が飛んだ。


(しっかり血液を集めてガードしたのに…!)


セレナが血流操作で蓄積させた血が宙を舞い、人狼とセレナに降りかかる。人狼は初撃で仕留められなかったことに驚愕しつつ、油断せずに次の攻撃を繰り出す。

セレナは腕を再生させながら防御する。


攻防がしばらく続くが、セレナは焦っていた。

(っ!、このままじゃ再生が追いつかない。)


ジリジリと間合いを詰められ、セレナは徐々に押され始めた。人狼の爪は彼女の腕を何度も切り裂き、血が舞うたびに肉がえぐられていく。再生が追いつかず、セレナの左腕が肉を引きちぎられて飛ぶ。人狼は勝機を確信し、残った右腕に狙いを定める。


その勢いのまま、人狼の爪がセレナに届く刹那、人狼の動きが止まる。


人狼の体に付いたセレナの血が網目状になり、その動きを拘束していた。セレナは切断された腕を血で引き寄せ、切断面に押し当てて再生する。


爪で首に傷をつけ、自身の血を流し込む。直後、人狼の体内でセレナの血が混ざり、脳への酸素供給量が低下。人狼は気絶した。


「ふぅ……。師匠、終わりましたよ!」


「あぁ、見てたよ。」

「血液操作に関してはまだ苦手なようだな。セレナのポテンシャルがあれば、攻撃した相手の爪では擦り傷で済んだはずだ…。それはそれとして…、」


セレナは追加の課題を予感し、気が滅入っていた。


「良くやった。苦手を工夫で克服する試みはとてもいい。」

珍しくまっすぐ褒められ感動しているセレナを横に、イグは気絶した人狼を無表情に見つめ、呟いた。


「…しかし、こんなに早く現れるとはな。それに、事前に聞いていた個体は、こいつか…?」


セレナもイグの言葉に共感していた。

「それは、私も感じていました。師匠に聞いていた話だと、手も足も出ないと思っていたのですが…。私の目でも追えるくらいの速さで……。」


イグは気絶した人狼の口内、爪、体についた傷を検分するかのように見つめる。何かに気づいたイグはセレナに話しかける。


「セレナ、こいつ例の個体じゃない。牙や爪はまだ柔らかく、体についた傷も最近のものばかりだ。この人狼はまだ若いぞ……。」


イグが言い終わる前に、街灯の柱が人狼の心臓に刺さった。イグは間一髪で躱し、大きく後退する。


その場に、爆音と土煙を上げて着地した者がいた。


その存在は、先ほどセレナと戦っていた人狼より一回り大きく、その体毛は夜闇を照らすかのように、まばゆい白に輝いていた。鋭く尖った耳、そして赤く光る瞳からは、深い知性と、底知れない飢えが感じられる。


白い人狼は、片手に握りしめた若い人狼の生首を、まるでゴミでも捨てるかのように放り投げ、血に濡れた口元をゆっくりと舐めた。その所作には、一切の躊躇や感情が読み取れず、ただただ圧倒的な存在感がそこにあった。


イグは、懐からライターを取り出し、額に汗をかきながら火をつけた。その小さな炎が、彼の顔を照らし出す。その顔には、驚きや恐怖といった感情はなく、ただただ、遠い記憶を呼び起こすかのような、懐かしさにも似た苦い表情が浮かんでいた。


「…こいつは驚いた。まさか『白王』の登場とはな…。」

イグは煙草をくわえ、ゆっくりと煙を吐き出した。

「気をつけろ、セレナ。こいつは人狼の王だ。」

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