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猫脚の家具、彫刻が施された大きな本棚、それに革張りのソファなどアンティーク調の部屋の真ん中で金髪の吸血鬼セレナは佇んでいた。


目の前では、煙草をくゆらせる一人の男。髪をきっちりとオールバックに纏め、重厚な本を読みながら問いかける。


「『魔術』と『奇跡』は何であると言われている?」


セレナは全身の血流に意識を張り巡らせたまま、慎重に答える。


「…魔術とは、魔の道に通じるものが持つ固有の能力。奇跡とは…神に使える使徒が神から力を借り起こす現象です。」


「そうだ。」


男——イグは本を閉じ、指先で弄んでいたコインを軽く弾いた。


「セレナが今行っている血流操作も、代表的な魔術のひとつだ。血を司る君たちは、己の血流を循環させ、蓄積させることで爆発的な身体能力と耐久力を生む。」


「…師匠、あと何分ですか…?」


セレナは苦しげに声を絞り出す。


「あと5分だ。」

イグは即答し、煙を吐いた。

「次の質問だ。魔術には先程挙げた血流操作、

眷属の使役…様々なものがある。では奇跡では

どうだ?」


セレナは残りの時間が思ったより短いことに安堵しながら答える。


「…病気の治療、自然の再現など…『御業の再現』を可能にしてくれます。」


「正解だ。」

イグは薄い笑みを浮かべる。


セレナは問答の終わりを察し安堵する。その刹那、イグが持っていたコインを指で弾き、セレナの眉間に命中させる。


「——あっ!」


集中が途切れた瞬間、セレナの左肘から先が爆ぜた。


床に転がる自分の腕を拾い上げ、切断面に押し当てながら、セレナは恨めしげにイグを睨む。


次の瞬間——血が逆流するように集まり、肉が蠢き、骨と筋が編まれていく。まるで逆再生の映像のように、失われた肘から先が完全に再生した。


「血流操作は派手さはないが、極めて実践的な魔術の一つだ。」

イグは煙草を灰皿に置き、淡々と答える。

「それに”蝙蝠”と違って人目につきにくい。」


その口元には、セレナを揶揄うような笑みが浮かんでいた。


セレナは気まずそうに背を向け、再び血流操作に集中した。


やがて机に置かれたスマホが震え、イグは画面を確認する。立ち上がり、クローゼットに向かい外出の準備を整えた。


「外出されるんですか?」

練習を続けながらセレナが問う。


「あぁ、次の依頼の話が来た。夕飯の準備を頼む。」


と言い残し部屋を出ていくイグの背に、再び破裂音が響いた。

(…血流操作は、まだ時間がかかりそうだな)


イグは煙草の余韻を肺に残したまま、思索に沈んだ。


イグは家を出て、骨董品屋の扉を押し開ける。カウンターに立つのは、手の甲に古傷を刻んだ短髪男だった。その佇まいは老兵のそれだった。


「最近人使いが荒くないか?」

イグが笑みを浮かべて声をかける。

「お前の顔を見る頻度が増えて気が滅入るよ、ロレンツォ。」


「ハッ、泣き言か?イグナティウス!」

ロレンツォはニヤリと笑い返す。

「だったら仕事も武器も回さねねぇぞ。お前みたいな懐古厨趣味に付き合えるのは、この街じゃ俺だけだ。」


とロレンツォと呼ばれた男も笑いながら憎まれ口を叩く。

その後、イグとロレンツォはお互いの近況を話し合い本題に入った。


真剣な顔でロレンツォに問いかける。

「で、次は何だ?、依頼を終えてすぐに連絡するんだ。

 ……緊急か?」


ロレンツォは口元の笑みを消し、低く答える。

「あぁ…人狼だ、それも聖戦時代の生き残りだ。」


その言葉に、イグの瞳が鋭く細まった。

かつて教会と怪物が全面戦争を繰り広げ、五年前に終結した。戦場に吹き荒れた血と煙の記憶が、二人の脳裏に蘇る。


「依頼主は誰だ?」

イグは煙草を取り出しながら問う。


「フランスの大聖堂から、内々での依頼だ。司教選が近いから、司祭の誰かだろうな」

ロレンツォは肩を竦めてみせる。


「……何も変わらないやつらだ。」

イグは火をつけた煙草をくゆらせ、吐き捨てるように呟いた。


しばらくの沈黙が続いた後、ロレンツォが口を開く。


「…なら断るか?お前が受けなくても、教会が部隊を派遣してるから問題はないと思うが…。」


イグは少し考えた後、煙を吐き出す。

「…情報は端末の方に送っておいてくれ。」

「翌朝ローマを立つ。」


そう言い残し、店を後にした。

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