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07 茶会

 セオドア・カートレットは、まるで海のような色合いの青い髪に私達と同じ青い瞳をした少年だ。

 私と同い年の十五歳で、私達の従兄弟にあたるらしい。

 私がリーチェに成り代わってから今日までの淑女教育の一環で、公国で権力を持っている貴族や他国の皇族や王族などの大貴族について学ぶ機会があった。

 その時に知ったことだが、この国で王位継承権を持つのは私とカシスの他に彼、セオドアだけだ。

 現状最も有力なのは当然カシスだが、血筋だけで言えばセオドアも負けず劣らず良い。父であるカートレット侯爵は王弟で直系の王族だし、母であるカートレット侯爵夫人も高貴な家柄だ。

 カシスの王位継承に綻びが生じるとしたら彼が原因となるだろう。この機会にじっとセオドアを観察してみることにした。

 …なるほど顔は整っている。カシス程じゃないけども!何というか、カシスが耽美系だとしたらセオドアは爽やかな好青年系だ。


「…」

「…あの、公女殿下。失礼ですが私の顔に何かついていますでしょうか…?」

「!あ、いえ。何でもありませんわ。」


 何だかぎこちない感じになってしまった。誤魔化す為に傍にあったマカロンに手を伸ばす。

 程よい甘さが口に広がった。


「ところで、今日はまさか公女殿下もいらっしゃるとは驚きました。」

「えぇ…、令息たちの集まりに飛び入り参加なんてしてしまって。最近は暇でカシスと遊んでばかりですから、この子についてきてしまいました。」

「いえ、光栄です。」

「おや、意外です。公女様はカシス殿下といつの間に仲がよろしくなったんですね。」


 茶会に参加していた令息、ロン・ダドリーが口を挟んできた。彼は赤みがかかった茶髪にふくよかな体格をしている。焦茶の瞳がきゅ、と細められた。


「お二人でする遊びと言いますと、人形遊びや飯事(ままごと)でしょうか?よくお似合いだと思いますよ。」

「ロン、お前…」


 セオドアが何か言いかけたが、それを手で制してロン・ダドリーと向き合った。


「それはどういう意味でしょう、ダドリー家の御令息。」

「どうもこうも、お二人のなさる遊びは人形遊びや飯事ではないのでしょうか、と申し上げたのです。まさか狩りや乗馬をなさる訳ではないでしょう?」

「やめて差し上げろよ、ロン。公女様と公子様のひ弱な腕じゃ、男らしい遊びなんてできる訳ないさ。」


 もう一人のお茶会の参加者、ベンジャミン・ギーズがそう言ってくすりと笑った。いや、(わら)ったのだ。


「散歩や読書をよくしますわ。人形遊びや飯事なんて、子供じゃありませんもの。私達を馬鹿にしたのかしら。」

「いやいや、馬鹿になんてとんでもございません!」

「しかし、散歩や読書とは、女性ならば良いかもしれませんが公子様はどうなのでしょう?それでは少々見た目通り女らしいといいますか…これは失礼。」


 失言でした、とわざとらしく頭を下げているが、口元はニヤニヤにやけている。もう我慢ならない。此奴等は、今明確にカシスを侮辱したのだ。


「…ロン・ダドリー、ベンジャミン・ギーズ。」


 足に魔力を集中させると、ビキビキビキ、と氷が床を凍結させ、辺りには冷気が漂う。


「?!うわっ、あ、足が!!」

「っ冷た…っ」


 氷は彼らの足を始め、下半身全体を覆い尽くそうとしていた。

 私の魔力で生み出される氷は特に冷たく、頑丈だ。二人はどうにか氷を破ろうと試みており、ティーテーブルの上のカップが床に落ちてガシャンと割れた。


「氷が貴方達の足を覆ってるんじゃなくて、貴方達の足が凍ってる(・・・・・・)のよ。つまりその氷が割れたということは貴方達の足が砕け散ったということよ。」


 これが“リーチェ”の氷の力。人に向けて使ったのは初めてだったが、強力であると同時に危険な力だ。


「早く謝った方がいいわよ?その氷は、氷の魔法が扱えるフロスト王家の人間にしか溶かせないもの。」

「っ俺達は間違ったことは言ってない!!こんな女みたいな顔した貧弱そうな奴、次期公王になんて相応しくねぇよ!」

「そうだ!!お前等なんて公王からも公妃からも見向きもされてないくせに…っ?!」


 さて次はどんな目に遭わせてやろうかと考えていたところに、ヒュ、と何かが彼等の首に当てられた。


「いい加減にしろ。王族への侮辱は不敬罪だ。」

「…っ!」


 セオドアだ。彼の剣が二人の首筋に当てられていた。

 そこでようやくロンとベンジャミンは頭を下げた。本当は土下座でもしてもらいたいところだが、今彼等は下半身が氷漬けにされているのでそれは見逃してやることにした。


「申し訳、ありませんでした。」

「…度重なる無礼をお許し下さい。」

「…いいわ。でも次はないわよ。」


 カシス、私の魔法を解除してあげてと言うと、カシスは少しの間私をじっと見、そうして頷いて二人に手を翳した。

 すると、みるみるうちに氷と化していた下半身は人間のそれに戻っていく。


「私からも謝罪致します。そして公女殿下、お慈悲をありがとうございます。」

「お礼ならカシスに言ってください。それとそこのお二方、ご存知ですか?カシスも今の私と同じようなことがいとも簡単にできてしまうのですよ。私達は同じくらい強力な氷の力を待っていますから。」


 だから、命が惜しければあまりカシスを舐めない方がよろしくてよ?

 そんなことを囁いてやったが、二人はそれでも私を強い瞳で睨みつけ続けた…訳でもなく、ぶるぶると震えているのを全然隠せていない。みっともなくてしょうがない。


━━━━━━━━━━━━━


 そうして、リーチェとカシスが一足先にその場を去り、セオドアが見送りに出た後のこと。

ロンは唇を噛み締め、ベンジャミンは怒りからか羞恥からか、顔が真っ赤に染まっていた。


「あの女…っ、我儘ばかり言う顔と魔力意外取り柄の無い馬鹿な奴だとは思っていたが、まさかここまでとは…!」

「はっ、次の舞踏会で今日公女がやったこと、大衆の前で暴露して大恥かかせてやるさ!覚えてろよ、あの糞女…!!」


「糞、なんて言葉、仮にも貴族が使わない方がいいと思うが。」


 ここにいるはずもない人物が現れ、ロンとベンジャミンはぎょっとして後退る。


「こ、公子殿下、何故ここに…」

「もう王宮に帰られたとばかり…」

「僕の事は、何を言っても構わないよ。」


 そう、カシスは今日のような侮辱を受けても、特に何とも思っていなかった。

 「女みたいな顔」だの「ひ弱な見た目」だの、ゴツいほど逞しい父と比べられてこれまで何度も言われたことがある言葉だ。

 カシスに媚び諂う貴族達も一定数いる訳で、その者たちがそれを咎めたらカシスを庇う事もこれまで多くあった。

 しかし、今回姉であるリーチェはそんな理由ではない、ただ弟である自分が馬鹿にされて怒って、それで庇ってくれた。

 嬉しかったのだ。


「でも、姉上がそうしてくれたように…僕も姉上のことを悪く言うのは許さない。」


 その場に冷気が漂う。つい先程も味わった恐怖が、再び頭の中を支配する。

 ロンとベンジャミンはまだ何の攻撃も受けていないのに、身が凍りついていくような感覚がした。


「分かってるよな?ましてや大衆の前で姉上を貶めようとすることなんて、絶対に許さない。」


 姉が弟を想うように、また弟は姉を想っているのだ。

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