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06 馬車

「あのですね…姉上、招待を受けていない者が茶会に参加するのは失礼に値するんですよ。」

「そんなの知ってるわ。」

「招待状を持っていないからと門前払いされる可能性もあります。姉上の身分だとそれはないかもしれませんが…」

「そうねぇ。」

「それでもきっと社交界で噂が立ちますよ。」

「噂なんて怖かないわよ。」


 暫く押し問答を繰り返すと、ついにカシスははあぁぁと大きなため息をついた。私の勝ちである。


「仕方ないですね…。でもお願いですから茶会で問題は起こさないでくださいよ。」

「分かったわ、さすがカシス!」


 ここ最近ずっと、私はカシスと一緒に行動していた。淑女教育だとかいうつまらない授業を幾度となく抜け出し、カシスに会いに行き、時にはその時の担当教師から説教されることもあったけど、代わりにカシスとのかけがえのない時間を過ごすことができた。

 この期間で正直カシスとだいぶ仲良くなることができたと思う。カシスは私を姉として慕ってくれていることは伝わってきているし、私もカシスのことを弟として愛するようになった。

 前世でも得られなかった愛を、カシスは私に与えてくれた。

 “リーチェ”の願いだから、カシスを救わなくてはと考えその為に行動を始めたけど、もう今は私自身の意思で何としてもカシスを失いたくないのだ。

 原作でカシスは馬車の事故で亡くなる。ならば徹底的にその可能性を排除しよう。

 幸いカシスは物静かな子で、リーチェのようにしょっちゅうお茶会やらパーティやらに参加しようと外出することは殆どないので、カシスの馬車を使った外出の度に私が毎回ついて行けばいいだけの話だ。

 私が一緒に乗っていれば、氷の魔法で事故の衝撃を和らげることなど容易い。

 カシスは私と同等の強い氷の力を持っていることは最近あった魔法の授業で知ったのだが、まだ十三歳の子だ。突然の馬車の事故に反応して正確に魔法を発動させることは難しいだろう。

 馬車の事故からカシスを救えたとして、大人になったカシスはどんな感じなんだろうか。

 きっととても美しい男性になるだろうから、公国中の令嬢が放っておかないだろうな。でもカシスの花嫁は私が認めた相手じゃないと絶対に駄目だ。

 リーチェより美人で、魔法が使えて、頭が良くて、性格が優しくて…いいや、それよりもカシスを一番深く愛してくれる人。


 時折そんな妄想をしているうちに、ついにカートレット侯爵家でのお茶会の日が訪れた。


「公女様、とてもお美しいですわ。」

「ええ、もうなんとお褒め申し上げたら良いのか…!まるで冬の妖精のようですわ!」

「褒めすぎよ、ルーナ。」


 私がメイドに当たり散らさなくなってから、少しずつ使用人たちの態度が変わってきた。

 今では進んで私の手伝いをしてくれるし、何ならルーナのように新しく私の専属メイドになりたいと申し出る者も現れたくらいだ。

 ルーナは新人メイドだが明るく良い子で、真面目で静かなマリーと相性が良い。褒めるのも上手で人から好かれそうな子だ。

 今私はルーナに褒めすぎだとは言ったが、本音で言うとルーナが褒めるのも無理はないと思う。

 それほどに鏡に映る(リーチェ)は美しかった。緩く編んだ白銀の三つ編みには所々パールが輝き、青を基調とした茶会用のドレスがよく似合っている。

 傾国の美女と謳われた母に似た顔立ちは、十五歳という年齢からあどけなさはまだ残るものの、もう二年もすれば大人の女性としての魅力も一気に増すだろう。


「カシス!なんて格好いいのかしら、白のジャケットがんなにも似合う人なんて貴方以外居ないはずよ。」

「大袈裟です。姉上こそとてもお美しいですよ。」

「あら、ありがとう!こんなにイケメンな上にきちんと女性を褒められるなんて…貴方が令嬢に人気があるのも頷けるわ。もっと年を重ねたら公国中の女性がカシスと結婚したがってしまうわよ。」


 馬車で揺られている時間は基本的にすることがない。景色も暫くは見慣れた風景が続くので暇なのだ。

 だから私は暇潰しにここ最近よく考えていたことを話すことにした。


「カシスの花嫁になる人はね、私より美人で強くて教養があって性格も良いような女性じゃないと駄目よ。できれば家柄も優れていて。」

「それでは僕が独身になってしまいます。」

「大丈夫よ、一番はその方がカシスをどれほど愛しているかだもの。もちろんカシスの気持ちも大事よ。」

「姉上…」

「ただ私が最終チェックするってだけで。」

「お手柔らかにお願いしますね。」


 姉上のチェックが入るなら誰も花嫁に立候補しなさそうだな…なんてカシスが考えているなど露知らず、ふと外の景色を眺めると、険しい崖に差し掛かっていた。


「ちょっと、貴方!ここは今どこなの?」

「カートレット侯爵領に行くのに通らなければならない崖です。それから公女殿下、ここは少々危険ですので窓から身を乗り出さないようにお願いします。」


 王室専属の御者が言うには、偶に小さな石や岩の破片が落ちてくることがあるらしい。

 それでも馬車が壊れてしまうほどの大きい物が落下してくる可能性はないので安心して欲しいとも言っていたが、原作のカシスが馬車の事故で亡くなったという事実、そしてこのタイミングで危険な崖を通らなくてはいけないという状況から私は少し身構えた。


「っカシス!!頭を守りなさい!!」

「っ?!」


 もう一度窓の外を見ると、岩の破片というには大きすぎる、いやもはや岩そのものが転がって物凄い勢いで落石してきていた。

 氷の魔法を発動し、崖の表面を凍結させ何とか馬車に到達する前に岩を氷漬けにすることができた。


「ご、ご無事ですか!!公女殿下、公子殿下!」

「カシス、怪我はない?!」

「はいっ、僕は大丈夫です…!姉上はっ」


 慌てて剣を構えた護衛騎士数騎が駆け寄ってきた。

 岩に気づいて避けようとした馬車が酷く揺れたが、幸いカシスに怪我はないようだ。


「本当に良かったわ…魔法の授業だけは真面目に受けていて。」

「はい、本当に助かりました。僕も姉上のように氷の魔法を操れるように頑張ります!」


 全員の無事を確認したところで、再び馬車を進めることとなった。

 あの岩が馬車に当たっていたら馬車はひとたまりもなかっただろうし、当然中にいた私達も命の危険に晒されていたからこのまま王宮に引き返すという選択肢もあっが、もう崖は終盤の方に差し掛かっていたので、ここからなら侯爵領の方が断然近いということからの判断だ。

 帰りは、侯爵家にもいるであろう転移魔法の使える魔法師に頼めば良いし。

 王宮にも勿論転移魔法の使える魔法師はいるが、転移魔法は扱うのが難しく、失敗するリスクもあるので貴族と言えど常用はしない。

 本来余程遠い他国へ行く時などでしか使用しないが、このような事態の時は例外だから侯爵も快く了承してくれるだろう。


「カートレット侯爵の茶会に招待されたカシス・フロストだ。それから今日は姉もいるんだが…」

「ようこそおいでくださいました、公子殿下、公女殿下。侯爵閣下がお待ちです。」


 門番をしていた騎士に通され、侯爵家の執事に案内されて辿り着いたのは侯爵邸の中庭だ。

 既に何人かの貴族の令息が集まっているが、令嬢の姿はない。なるほどカシスが言っていた通り、今日は令息だけの茶会らしい。

 少し肩身が狭いが結果馬車の事故が起こるのは今日だったし、これくらいは我慢だ。


「公子殿下、それから公女殿下。ようこそお越し下さいました!」

「招待感謝します。」

「突然来てしまって申し訳ないですわ。私、やっぱりお邪魔かしら。」

「滅相もございません!馬車で大変な目に遭われたでしょう、どうぞお寛ぎ下さい。」


 令息たちが座るティーテーブルに案内されたので、遠慮なく座ることにした。

 参加者は私とカシスを含め五人程度で、かなり小規模なお茶会のようだ。

 けれど私でも知っているような公国で権力のある家柄令息しかいないようだから、小規模でありながら次世代の政権の中心となる者達同士の顔合わせ的な意味もあるのだろう。


「さぁ、私はもう行くから、あとはしっかりやるんだぞ、セオドア。」

「…分かっています、父上。」


 侯爵は茶会に参加する訳ではないようだ。息子であるセオドア・カートレットの肩をポンと叩き、私達にお辞儀をすると庭園を出て行った。


「公子殿下と公女殿下に挨拶申し上げます。セオドア・カートレットです。」


 こうしてお茶会は幕を開けるのだった。

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