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04 弟を救え①

 夢で見たのは、幼いリーチェと彼女を拒絶する両親の姿だった。

 どうやらメイドたちがコソコソ話していた内容の通り、リーチェは自分に関心を持って欲しいがばかりに駄々を捏ねたり騒ぎを起こしていたりしていたことがあったらしい。きっと浪費もその一環なんだろう。

 私は黙って(リーチェ)の体を抱きしめた。できるならあの頃のリーチェを抱きしめてあげたいが、夢の中では体の自由がきかないのだ。

 私が憑依した結果、本当のリーチェの魂がどこに行ってしまったのかは分からない。でもこんな風にリーチェの過去や境遇を少しでも知ってしまった以上、やっぱり彼女の為にも絶対に生き残らなくては。

 改めて気合いを入れ直したところで、ふと私の指が震えた。


「え」


 痙攣し始めたと思うと、私の意思とは全く関係なくすいと何やら机の上に指を滑らせ始めた。

 何?魔法?怪奇現象?

 色々なことが頭を過ったが、この体で起こる私の意思とは関係ないことと言えば一つだ。

 “リーチェ”の意思だろう。

 暫く勝手に動く指の動きを観察していると、同じことを何度も繰り返していることに気付いた。

 もしかして何か伝えようとしている?

 私が分かる日本語と、この世界の言葉は違う。だが、私は最初からリーチェの体に染み付いている記憶で文字や言葉は日本語と同じように識別できる。

 お

 と

 う

 と

 …“弟”?

 原作のキャラクター紹介の欄に載せられていた情報を思い返してみると、家族構成も書かれていたことを思い出した。リーチェは物語では悪役だけど主要な人物でもあったから、しっかり目を通した記憶がある。

【[リーチェ・フロスト]

年齢:十八歳 好物:アップルパイ 身分:皇后(結婚後)、公女(結婚前) 魔法属性:氷 家族構成:夫父母弟(幼い頃に馬車の事故で他界)】


「ねぇ、マリー。」

「はい。」


 専属メイドのマリー(名前は昨日聞いた)に声をかけると、すぐに返事が返ってきた。

 マリーは、特に私に忠誠を誓っている訳でも慕っている訳でもないが、仕事はきちんとこなす真面目な性格らしく信用ができるというのが今の評価である。


「弟の所に連れて行ってくれない?」

「公子様の所へですか?」


 “弟を助けて欲しい”、きっとそれがリーチェの願いだ。


「リーチェよ、入っていいかしら?」

「姉上?」


 相変わらず豪勢な扉をノックすると、すぐに扉が開き、中からとんでもない美少年が出てきた。

 サラサラと揺れる白銀の髪にサファイアのような青い瞳。顔立ちはリーチェとそっくりで、成長したらもっと男らしくなるだろうが、今はまだまるで少女のようだ。

 もしかしたら弟は母ではなく父に似ているかもしれないと思いつつ来たので、その分衝撃が大きい。

 黙って胸を抑えていたので、弟は少し不審そうな顔をしたが、すぐに部屋の中に私を招き入れソファへ座らせてくれた。

 彼の専属メイドらしき女性が香りの良い紅茶を出すと、弟が口を開いた。


「で、何か御用でしょうか。」

「いいえ、特には。用事がなかったら来ちゃいけないのかしら?」


 私がそう言うと、弟は驚いたように目を見開いたが、すぐに元の表情に戻り、ティーカップを持った。

 少しの沈黙が流れる。彼のメイドも私についてきてくれたマリーも気まずそうである。

 私はこの弟を馬車の事故から救わなくてはいけない訳だが、現状“幼い頃に馬車の事故で他界した”ということしか知らないので、あまりにも情報が少なすぎる。せめて何歳の時か分かっていれば…と心の中で地団駄を踏んだが、無い物ねだりは良くない。

 まずは少しでも弟について知らなくては。


「…貴方、紅茶が好きなの?」

「いえ、別に。」

「なら甘い物は?貴方マカロンとか似合いそうだわ。」

「甘い物もそんなに…」

「お肉は?」

「肉は好きですが…というか、姉上」


 おっと、質問しすぎて怒らせてしまっただろうか。そんなにしつこくはしてないと思うんだけど…。

 そんな私の心配とは裏腹に、弟は予想と斜め上のことを言った。


「何故僕の名前を呼んでくださらないんですか。」

「え?」

「さっきからずっと“貴方”って…。僕にはカシスという名前があるのに。」


 別に呼んで欲しい訳じゃないですけど気になったので、と慌てて付け加える弟…カシスがとても愛おしく見えた。

 用がないと話さない程度の、決して深くはない姉弟関係。それでもそこに愛がなかった訳じゃなかった。


「カシス」

「…はい、姉上。」

「ありがとう。」

「?」


 ありがとう、(リーチェ)を愛してくれていて。


 そこから私はカシスと色々な話をした。好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味や最近あったことまで。


「姉上は散歩が好きなのですか?初めて知りました。てっきりダンスがお好きなのだとばかり。」

「ダンス?あぁ…これからの私のダンスにはあまり期待しない方がいいかもしれないわ。」

「?そうですか?あ、それなら明日庭園に行きませんか?」


 きっと楽しめますよ、というカシスの誘いに乗り、次の日二人で庭園に訪れた。


「うわぁ…!何て素敵なの!」

「これまで何度も見ているじゃないですか。」


 北部の寒い地域だからか太陽に照らされても少しも暑くなく快適だし、噴水から溢れる水は光に反射してキラキラ輝いている。

 庭師が丁寧に手入れをしているのだろう、様々な種類花は美しく咲き乱れている。

 ふと夢で見たあの光景を思い出した。ここと同じ庭園何だろうが、少し雰囲気の違う、母と会った場所。

 現実で見たらどんなに綺麗なんだろう。

 キョロキョロ辺りを見回して探してみると、離れた所に一角こことは異なる庭園が見えた。噴水は無く、ただ花だけが咲き誇っている、夢で見た場所だ。


「ちょっとあっちに行ってみましょうよ!」

「え、姉上?!あっちは…!」


 カシスが何か言いかけたが、私は既に走り出していた。それなりに距離は離れていたが、間も無く辿り着いた。

 そこは、夢で見た通り…いやそれ以上に美しい場所だった。花の楽園とでも言おうか。まるであの母のように、絶対的な美の魅力のようなもので溢れていた。


「綺麗…」

「姉上、もう戻りましょう。あっちにも花はありますから…」


 後から追いついてきたカシスは落ち着かない様子だった。「あっちの花とはまた違うじゃない、もう少しだけ…」ここにいましょう、と言いかけた私の口をカシスが手で覆った。


「むぐっ?!」

「…」


 カシスの視線の先には、母がいた。

 輝く金髪も、菫色の瞳も、白い肌も、彫刻のような顔立ちも、夢で見た姿と同じだ。

 まだ母はこちらに気付いていないようだった。


「姉上、早く」


 小声でカシスに促されるまま、逃げるようにその場を去った。


「確かに母上に会うのは不味いかもしれないけど、あんなに怯えて身を潜める必要まであったかしら?」


 元いた庭園に戻ってきて、噴水の周りに腰をかけたところでそう聞いてみると、カシスは驚いたような表情をして言った。


「ありますよ。あの庭園は母上専用のもので、僕達は立ち入りを禁止されてますから。」

「は?!立ち入り禁止…?」


 まさか忘れてたんですか?と信じられないものを見るような目で見られたので、少し傷付いたが知らないものは知らないので頷くと、カシスはため息をついた。


「あの庭園は父上が母上の為にわざわざ作らせたものらしいですが、僕達は生まれた時からあの庭園に立ち入るのは禁止されています。」

「それはまたどうして…」

「さぁ、僕も詳しいことは知らないんですが、母上が僕達のことを嫌って遠ざけているのは確かじゃないですか。」

「…」


 そう話すカシスは何も期待などしていない目をしていた。

 リーチェと同じ境遇に置かれたカシス。それでも両親に愛を求めたリーチェと違い、カシスは両親から愛を得ることをとっくに諦めていた。

 その点だけで言うと、前世の私の兄に似ている。兄は家族に何も期待せず、外に自分の居場所を作った。

 兄がどうなったかは分からないが、きっと私が死んでも特に気にせず普通の生活を送って幸せになっているんだろう。

 もしかしたら“私”も“リーチェ”も、愛を貰えない所に愛を求めすぎてしまったのかもしれない。

 リーチェにはカシスがいたように、愛を貰える所は他にもあるかもしれないのだから。


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