18 ヒロイン
「せっかくお越しの所大変申し訳ないのですが、皇帝陛下は現在魔物の退治に出掛けておいででして…」
昨日の失敗を挽回しようと再び執務室に訪れたら、執事のアドルフ(皇帝がそう呼んでいるのを聞いた)が申し訳なさそうに謝ってきた。
どうやら帝国の東部に魔物が多数出没したらしく、応援要請が来た為、早朝に皇帝自ら出向いたらしい。最近魔物の数が増えていて、国民にも被害が及んでいるのだとか。
「そうなのね、それなら陛下が帰ってきたら是非お出迎えしたいわ。」
「きっと皇帝陛下もお喜びになりますよ。」
「…そうだと嬉しいけれど。」
「では私は仕事がありますので失礼致します」と言うアドルフを見送ると、近くで廊下を掃除していたメイドがくすくすと笑う声が聞こえた。
「やだ、皇妃様がお出迎えしたって皇帝陛下がお喜びになる訳ないじゃない。」
「執事長はお優しいから…。皇妃様が勘違いしないと良いけどね。」
「ちょっと、聞こえるわよ。」
「構いやしないわ。どうせ何も言い返してこないもの。余所者だって自覚はあるんじゃない?」
「いくら皇妃って言ったって所詮公国出身だしね。私達帝国民とはやっぱり違うでしょ。」
「でも公国じゃかなり我儘放題だったらしいわよ。そのうち本性を表すかもしれないわ。」
やれやれまたか。こんな侮辱にも慣れたものである。今まで…と言ってもここ数日程だが、私はこんな風にこそこそと、それでもしっかり聞こえるように侮辱されても、罰を与えたり怒鳴ったりは決してしなかった。
原作のリーチェがしたことはしないと決めていたし、これを耐えれば逆に無害アピールに有利に働くんじゃないかと思ったから。
けれどだからか私への侮辱は日に日にヒートアップし、今回の言葉は流石に聞き捨てならない。今彼女達はフロスト公国のことも馬鹿にしたのだ。
まるで公国の人間が帝国民よりも下賤で劣っているような言い方。
彼女等をどうしてやろう、手足を凍らせた後バキバキに砕いてしまおうか。それとも二度とその生意気な口をきけないように喉を凍傷させしまおうか。
「辞めなさい、貴女達。」
彼女達に手を伸ばしかけた時、その場に凛とした声が響き渡ってハッと我に返った。声のする方を振り返ると、女性達に厳しい視線を抜ける女性が一人。
ルビーの如く赤い髪、瞳は艶やかな緑色。色彩の組み合わせから、薔薇を彷彿とさせる華やかな美女。
『薔薇の聖女様』の紛うことなきヒロイン、オフィーリア・プリムローズだ。
「せ、聖女様!」
「帝国の聖女様に挨拶申し上げます…!」
「私への挨拶はいいわ。まずは皇妃様にご挨拶するのが先じゃなくて?」
そうして彼女は私を振り返ると「ご機嫌麗しゅう、皇妃様。お初にお目にかかります、オフィーリア・プリムローズと申しますわ。」と言いぺこりと頭を下げた。
あ、この場面見た事ある、と思った。確かオフィーリアとリーチェが初めて会う場面もこんな感じだった。
原作ではメイドを氷漬けにするリーチェを偶然皇宮に来ていたオフィーリアがどうにか止めて、その後に挨拶していたけど。きっと私がもう少し我慢できていなかったら、原作のリーチェと全く同じようにオフィーリアと初対面を果たすことになっていただろう。
私が少しでも気を抜いたり思いのままに行動したら、本当に原作通りに話が進んでいってしまうようでゾッとした。
「こ、皇妃様に挨拶申し上げます…」
「皇妃様に挨拶申し上げます…」
「…貴女達は挨拶の他にも皇妃様に申し上げることがあるわよね。最後の方しか聞こえなかったけれど、貴女達の態度は決して許されるものじゃないわ。この国で皇族冒涜罪は重罪なのよ。」
腕組みをしたオフィーリアに睨まれ、さっきまで意気揚々と私を侮辱していた彼女達は「もっ、申し訳ありませんでした、皇妃様!」「悪気があった訳ではなかったのです、どうかお許しを!」と弁明を始めた。
悪気しか感じなかったが、ある程度落ち着くことができたので「もう分かったから下がりなさい」と言うと、聖女であるオフィーリアに諌められたのが余程答えたのか風のような速さで去っていった。
「プリムローズ嬢、庇って下さりありがとうございます。」
「いいえ、とんでもない。あの様なことはよくあるのですか?」
「ええ、まぁ…。けれど私が余所者なのは事実ですので。」
「余所者などではありませんわ!」
オフィーリアは私の手をぎゅっと握った。
「貴女様はもうシルベスター帝国のたった一人の皇妃様なのです。皇妃様を余所者などと言って侮辱する者は私が許しません!」
流石正ヒロイン、と言った所だろうか。オフィーリアはとても性格が良く、まさに聖女様だ。
けれどどうしてだろう、原作のリーチェが死ぬ要因の一つだからだろうか。どうしてもオフィーリアに純粋な好意を抱けない。
「…あ、ありがとうございます。心強いです。」
「私、皇妃様と仲良くなりたいのです。実はキリアン…皇帝陛下とは幼馴染でして、妻となられた皇妃様といろいろお話できたら、と思っていました。是非私のことはオフィーリアとお呼び下さい!私もリーチェ様、と呼んでもいいですか?」
「勿論です、オフィーリア。」
誰にでも優しく、皆から愛される聖女様。
ゆくゆくは世界を救い、皇帝と結ばれる幸福な女性。
彼女はヒロインで、間違いなく善人な筈なのに、こうも胸騒ぎがするのは私が“氷の悪女リーチェ”だからなのだろうか。
諸事情の為、暫く更新を救済致します。




