17 無害アピール
テスト期間に入ったので投稿頻度落ちます。
「きゃー!なんて素敵な剣捌きなの!!」
今日は今日とて、私は無害アピールに勤しんでいた。
桃色のドレスに白い日傘を持ち、騎士団に剣の訓練をつけているらしい皇帝に声援を送る。そんな私を騎士達は怪訝そうな顔で見るが、そんなのお構いなしだ。
「出て行って頂きますか?皇帝陛下。」
「放っておけ。時期に飽きて勝手に出ていくだろう。」
「ですが此処は貴婦人が来るのには少々危険だと思うのですが…、此奴等もあまり集中出来ていないようですし…」
訓練中に女性が来るのが珍しいのか、訓練の合間にもちらちら此方を見ている者が何名かいる。
皇帝がため息をつき、遂に此方に近づいてきた。
「おい、こんな所面白くも何ともないだろ。部屋に戻って本でも読んでいたらどうだ。」
「あら、そんな事ありません!皆さん格好良くていつまでも見ていられます!」
それともお邪魔ですか…?と皇帝の顔色を窺いながら言うと、「勝手にしろ」と言って戻っていった。
よし、言質は取ったからね!
連れてきたルーナと一緒に暫く観戦を楽しんでいると、急に「危ない!!」「あっ皇妃様の方に!」という声が聞こえたかと思うと、弾かれた剣が勢いよく此方に吹き飛んできた。
軌道的にこのままでは串刺し、良くて掠って出血である。それに隣にいるルーナも危ない。
私は咄嗟に魔法を使い、剣を弾き飛ばした。
「…」
「…」
「…えっと…と、とても吃驚しました!運良く氷が出せて本当に良かったです!」
いつの間にか私の近くまで来ていたらしい皇帝と氷の壁越しに目が合う。
不味い。やむを得なかったとはいえ、か弱いお姫様として認知されるにしてはやりすぎてしまった。周りにいる騎士団の人達の皆ぽかんとして私を見つめている。
しかし私もこのような状況を想定していなかった訳ではない。生き残る為にありとあらゆる場合を想定して戦略を練ったのだ。
「…っ」
「?!リ、リーチェ様?!」
「大丈夫よ…、眩暈がしてしまって…きっと力を使ったからだわ。」
私はふらりとよろけてその場にへたり込んだ。
「えっ、どうしてでしょう、いつもは力を使ってもピンピンして…もごっ」
「シッ、私に話を合わせなさい。(小声)」
「か、かしこまりました…?」
「おい、お前はフロストから来た侍女だな?皇妃はどうしたのだ。」
「えっと…昔から、リーチェ様は魔力を使うとこの様になってしまうのです。」
「強力な氷の力を有しているというのは知っていたが…本当なのか?皇妃。」
「はい。私はどうも体が弱く…、力を連発すると気を失ってしまう程なのです。」
ナイスよルーナ、流石空気の読める子。これならこの事態を絶好のアピールチャンスに変えられそうよ!
周りの騎士達はザワザワと、「なんかイメージと違うな、皇妃様は。」「噂では氷を自由自在に操ることができるって聞いたけど。」「まさかお体が弱いとは…」「確かに儚い雰囲気だよな。」なんて言い始めている。
肝心の皇帝の様子を窺おうと伏せていた目線を上げると同時に、ふわっと体が持ち上げられた。
「?!」
「俺は皇妃を部屋まで送り届ける。お前達は訓練を続けろ。」
「「「了解致しました!」」」
まっ、マジか〜!!
斜め上にはまるで彫刻の様に整ったご尊顔。このアングルから見ても美しいって凄いと思う。シャツ一枚越しに感じる体は筋肉だからか硬い。おまけに何だか良い香りがする。訓練中で汗をかいてる筈なのに何故だ。
ルーナは口元を両手で覆い、頰を赤らめて興奮した様子で私達を見送っていた。「これが狙いだったんですねリーチェ様!流石です!」という声が聞こえてきそうだ。
うーん、此処までは流石に私も予想してなかったんだけど。まさに棚からぼたもち。
取り敢えず私は具合が悪い設定なので、正直全然元気だが皇帝の肩に頭を預かる事にした。自然と顔が近くなるが不可抗力だ。
私の部屋に着くまでに通った通路にいた者は、例外無く皆綺麗に二度見三度見をかましていた。
皇帝が初夜に来なかったことは、何故か次の日にはこの皇宮にいる全員が知る事実となっていた。だから私は“皇帝から何の興味も示されていない皇妃”だと思われたのか、侍女をはじめメイドにすら舐められていたので正直良い気分だ。
部屋に着くと、皇帝は躊躇いなく扉を開けベッドにやや乱暴に私を降ろした。私一応貴方の妻で皇妃だよ?もうちょっと丁寧に扱ってよ。
「あ、あの、ありがとうございました…、迷惑かけてごめんなさい。」
「…訓練場には二度と来るな。」
結果的に私のせいで訓練を抜けることになった訳だし、迷惑だし邪魔だから来るなって言いたいんだろうな。少しだけ悲しい気持ちになった。
だけど私は何が何でも生き残らなくてはならない。自分の悲しい気持ちには気付かないふりをして、正直これ以上話したくはなかったが、去ろうとする皇帝を引き留める。
せっかく私の部屋に二人きりなのだ、アピールに絶好の機会じゃないか。
そうだ、何故初夜に来なかったのか聞いてみよう。
初夜に無断で来なかった上、後日謝りもしなかったなんて常識的に考えてあり得ない事だ。皇帝がしたのは怒って然るべき行為だからこそ、それを私が悲しそうにしながらも、健気に笑って許せば良いアピールになる。
しかし、現実はそう甘くなく、自分の感情に完全に蓋をするなんて不可能だった。
「待って下さい!…一つだけ質問してもいいですか?」
「手短にしろ。ただでさえ時間を取られてるんだ。」
「…どうして、あの日初夜に来なかったのですか。」
「…質問とはそんな事か?」
そんな事?そんな事ですって?
この人は自分が初夜に来なかったせいで、私が使用人からどんな目で見られていたのか知らないのか?きっともう少しすれば社交界でも話題に上がってしまうだろう、シルベスターの貴族達にも馬鹿にされるに決まっているのに。
頭に血が昇りかけたが、あくまで皇帝の返答を待った。
「別に、態と行かなかった訳ではない。お前は知る必要のない事だ。」
「そう、ですか。」
ここで笑って、「もう、私も傷付いたんですから!けど今日の事に免じて許してあげます!」とでも言えば良い。
頭では分かっていたのだが。
「…貴方も、私を見てくださらないのですね。」
ついそんなことが口をついて出た。皇帝は何も言わない。
はっとして顔を上げると、此方を見る皇帝と目があった。赤い瞳は僅かに驚きの色を湛えている。
顔の血の気が引く感じがした。完全に失言だった。
「わ、私ったら何を言っているのかしら!体力を消耗したせいでしょうか、どうか今のは忘れて下さい!」
「お前は…」
皇帝が何か言いかけたが、私はそのままベッドに潜り込んで音を遮断した。
せっかく誰に何を言われてもどんな態度を取られても我慢していたのに、思わぬ所で、しかもよりによって皇帝の前でボロを出してしまった。
“頭が弱くてふわふわしたお姫様”は、か弱くて、天真爛漫でなくてはならないのに!
いつの間にか皇帝は私の部屋を去っていた様だ。
私は声を押し殺して泣いた。皇帝の言葉に傷付いたからか、自分の未熟さに苛立ったからかは分からない。




