15 帝国
少し短いです。
「リーチェ・フロスト公女様が皇宮にご到着なさったようです。」
「そうか。」
「…お迎えには行かれないのですか?」
「必要ないだろう。」
どうせすぐ式で会うんだ、と言い捨てたのはキリアン・シルベスター。シルベスター帝国の若き皇帝である。
夜闇を溶かしたような黒髪に、ルビーの如く光る瞳が精悍な顔立ちを引き立てている。
たった今、彼の妻となる他国の公女が皇宮に到着したとの知らせが入ったが、キリアンは構わずに剣の訓練を続行した。
この世界には、大陸で主に権力を掌握する五大帝国が存在する。
南部に位置する炎の“フローレス帝国”、そして西部の土地には風の“ハイド帝国”、東部には大地の“オールストン帝国”、やや寒冷な北部には水の“スチュアート帝国”。加えて、中央部の広大には剣気の“シルベスター帝国”が位置する。
この五大帝国の他に王国や公国が存在しており、フロスト公国はスチュアート帝国より更に北にある小さな国だ。
しかし、その他の王国や公国では、王族に受け継がれる魔力が“浮遊”であったり“聴力強化”であったりする中、フロスト公国では五大帝国に引けを取らない程強い氷の力を受け継ぐ。特に今の公女と公子の魔力は別格だと言う。
近年は前フロスト公王の代から現公王の代にかけて、北部であるが故の厳しい気候条件を克服しつつあり、公国が著しい成長を果たしている為、同盟を強化するに越したこともない。
つまり何が言いたいのかと言うと、この結婚は完全な政略結婚であり、キリアンは花嫁に欠片も興味が無いということだ。
「キリアン。」
「…オフィーリア?」
暫くして剣の訓練を終了し、シャワーを浴びてこれから小一時間程で始まる結婚式の為に身支度を整え終えた時。
彼の部屋に、まるで薔薇のような色合いの髪を瞳と同じ色のエメラルドでまとめあげた美しい女が執事に通されて入ってきた。
キリアンの幼馴染であり、聖女と謳われるオフィーリア・プリムローズである。
「遂に貴方も結婚なのですね。何だか寂しくなって、式が始まる前に貴方に会っておこうと思って来ちゃいました。」
「お前、俺の花嫁になる女には会ったのか?」
「リーチェ・フロスト様ですよね。ええ、先程会った…というか遠目からですが見てきましたわ。皇妃となるお方に興味津々な国民が大勢いたので、お話はできませんでしたが。…やはり気になるのですね、何だか妬いちゃうわ。」
「そういう発言は控えろ。」
「やだ、相変わらず釣れないですねぇ。私達の仲じゃないですか。」
キリアンの逞しい腕に触れるオフィーリアを彼が鋭い眼光で睨みつけると、彼女はパッと手を離した。
「冗談ですよ、こういうおふざけももうできなくなりますからつい。性格に難があると言われる公女様に見られでもしたら大変ですもの。」
「…性格に難がある?」
「あら、知らないのですか?そうか、肖像画しか送られてきていないなら無理もないですわよね…、有名ですよ、何でも相当我儘で問題ばかり起こしてきたとか。気に入らないことがあると暴れるとか。」
「そんなことはフロスト公王は申してなかったが。」
「それはどうしてもキリアンと自分の娘を結婚させたかったからでしょう。」
整った眉根に皺を寄せるキリアンを見、オフィーリアは美しい笑顔を見せた。
「でも心配しないで下さい、きっと私がキリアンを守って差し上げますから。」
「あと少しで式が始まってしまいますわ、では私はこれで」、とオフィーリアが出て行った後の部屋で、キリアンは額を抑え、彼の一番の腹心である執事、アドルフを呼んだ。
「はい、お呼びでしょうか、皇帝陛下。」
「式が終わったらリーチェ・フロストの公国での評判について調査して報告しろ。それと、もし目に余るような行動を取ったらその場で取り押さえても構わない。」
「仰せのままに。」
そしてそれを盗み聞いていた者が一人。
「皇帝陛下は執事にリーチェ・フロストについて調査させるようです。後もし目に余る行動をした場合は取り押さえても構わないと指示しておいででした。」
「そう、ふふ…よくやったわ、ラティア。これからもよろしく頼むわね、私の為に。」
「…はい、お姉様。」
「リーチェ・フロスト。聖女であるこの私からキリアンを奪うなんて、たかが公国の公女の癖してなんて生意気な女なのかしら。身の程知らずには罰を与えないとね。」
こうして役者は揃い、遂に『薔薇の聖女様』の原作部分に突入しようとしていたのであった。




