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14 出立

 白銀の髪にはレースの薄いヴェールがかかり、決して派手でない装飾品と純白のウェディングドレスは、サファイアのような瞳と、その顔立ちの美しさを際立たせている。

 あぁ、こんな時でも一等美しいなんて、何て皮肉なんだろう。


「遂にこの日が来ましたね、リーチェ様…!」

「ええ…」


 成人式から、更に一年。私は十七歳になった。

 もうじきシルベスター帝国から迎えの騎士と魔法師が来る。私は今日、結婚する為にこのフロスト公国を出るのだ。


「浮かない顔ですね、公女様。」

「何がご不満なんです?乙女の夢の結婚、加えて相手はあのシルベスター帝国の皇帝陛下で、すっごい美男子な上剣の天才だと噂のお方なのに!」


 すっかり物が減ってがらんとした部屋を見渡し、最後の掃除を済ませたマリーと、まだ私の髪をちょいちょいと整えているルーナがそう言う。

 そりゃ浮かない顔にもなるわよ、原作のリーチェは帝国で死ぬんだから。これから死ぬかもしれない所に行くのに「わーい私も遂に結婚だ!」なんてなる訳ない。


「ルーナ、公女様のお気持ちをよく考えてみなさいよ。帝国に嫁いだら公子殿下ともカートレット侯爵令息とも、ロレーヌ伯爵令嬢とも早々簡単には会えなくなってしまうのよ。」

「あっそうか…!全く知らない他国に嫁ぐんですものね…。」


 愛する弟であるカシス、時折相談相手になってくれる従兄弟で友達のセオドア、たった一人の親友の可愛いベル。

 他にも怖がらずに会話をしてくれるようになった王宮の使用人の皆や、いつでも力になってくれると言ったカートレット侯爵夫人。

 今までのように皆と毎日顔を合わせる事ができなくなるなんて寂しくて変わらない。


「ですがリーチェ様、私とマリーはお付きの侍女として帝国でも一緒にいられますから!リーチェ様の寂しさを紛らわせるように頑張ります!」

「ふふ、頼もしいわね。私があげたブローチ、絶対に無くさないでよ?」

「勿論です!」

「肝に銘じます。」


 フロスト公国では身の回りの世話や掃除をする基本的な使用人は執事とメイドであり、家族からも平民からも抜擢される役職だが、シルベスター帝国では執事、侍女、メイドがいるらしい。

 専属メイドの代わりに侍女が進んで貴族の身の回りの世話をし、メイドは主に平民からだが侍女は貴族からしか採用しないのだとか。

 マリーもルーナも貴族の出だし、私の専属メイドだと言う事で帝国には私の侍女として連れて行くことにしたのだ。

 その証としてサファイアのブローチをあげるととても喜んでくれた。ベルにあげたペンダントには遠く及ばないが、私の魔力をこめてある物だ。


「公女殿下、帝国から迎えの騎士と魔導士が到着したようです。既にお見送りをする国民と貴族達も集まっています。」


 執事から迎えの到着の報告を受けると、私は立ち上がり、部屋を出る前にぐるりと一面を見渡した。

 “リーチェ”か十五年間過ごした部屋で、私が二年間過ごした部屋。

 原作でリーチェは帝国に行ってからこの部屋に帰って来ることなく死ぬ。私は果たして生きてまたここに来ることがあるのだろうか。

 いや、後ろ向きな事を考えるのは辞めよう。生き残る事だけを考えるのだ。

 もう一度身を奮い立たせて部屋を出る。

 すると、すっかり見慣れた白銀の美男子がすぐに視界に飛び込んできた。


「姉上。…花嫁衣装、とても美しいです。」

「ありがとう、カシス。私も遂に結婚なのね。何だか実感が湧かないわ。」

「同じような事を昨日も言っていましたよ。」


 カシスは一年前より背が伸び、日頃の鍛錬の成果あってかある程度筋肉も付き、顔つきも段々大人びて紛う事なき美青年へと成長を遂げていた。成人する二年後には立太子される彼を、女らしいだとか公王に相応しくないだとか言う者はもう誰一人いない。

 他愛も無い話をしながら、少し上になった位置に目線を合わせ、私達以外の人影がない王宮の廊下を歩いた。


「誰もいないわね。」

「皆姉上を見送る為に、外の魔法陣の周りに集まっているのです。外に出たら驚きますよ。」

「!」


 カシスの言う通り、王宮の外は人で埋め尽くされていて、私は目を見開いた。


「公女様!フロスト公女様万歳!!」

「ご結婚おめでとうございます!」

「公国に恵みを齎さん事を!!」


 原作のリーチェも、こんな風に祝福を受けて送り出されたのだろうか。そうだったら嬉しいな。

 この結婚もこんな風に色々な人の笑顔が見られるものなら、そんなに悪いものではないのかもしれないと思えたから。


「リーチェ!!」

「うわっ、ベル?!」

「うわぁぁぁん行かないでー!!」


 王宮の城門の前に大きな布に書かれた魔法陣があり、そこで公国のものとはデザインの違う甲冑や鎧を身に纏った騎士と、これまた装いの異なる魔法師がいる。おそらく帝国からの使者だろうその人達の方へ近付こうとすると、一人の少女が飛び出してきた。


「あっ公女様に何て無礼な!」

「いいのよ、やめて頂戴。この子は私の親友よ。」

「ぐすっ、嫌よ…私、やっぱりリーチェと離れたくないわ!」

「私もよ、ベル。でもね、これは仕方のない事なの。」

「う゛〜!」


 離れまいと私のドレスの裾を掴んで尚も泣きじゃくるベルを、傍にいるマリーが流石に引き剥がそうとした時、別の人物が現れた。


「ロレーヌ嬢、ずっとそのままではせっかくのウェディングドレスがくしゃくしゃになってしまいますよ。」

「!!セオドア、様…!」

「貴方も来てくれたのですね、セオドア。」

「勿論です、リーチェ様。ご結婚おめでとうございます。」

「ありがとう。カートレット侯爵夫人は元気ですか?」

「はい、本日も参上していますよ。直接話す事は叶わないけれど、よろしく伝えて置いて欲しいと母に頼まれました。…それからリーチェ様、私と前にお話したことを覚えていますか。」

「?ごめんなさい、どれのことでしょう?」

「…いつでも戻ってきていい、という話です。」


 確かに昔、セオドアとそんな話をした。寂しくなったらいつでも公国に戻ってくれば良いと、彼は言ってくれた。


「あの時は言えませんでしたが、リーチェ様が戻ってきて、それを陛下がお咎めになったとしても、リーチェ様の居場所が無くなることは有り得ませんから。」


 そう言った後、「ウェディングドレスを着た女性に言う事ではありませんね、忘れてください。」と彼は謝ったが、私は笑って「そんな事ない、嬉しいです。」と言った。

 そうしてじきに友人達との楽しい談笑も終わり、最後に王族に挨拶をして出立する時間になった。


「では行って参ります、父上、母上。」

「あぁ。結婚おめでとう、リーチェ。こうしてお前が成長した事、嬉しく思うぞ。」


 今後はシルベスターの皇族としても役目をきちんと果たすように、との父の言葉に頷き、隣に居る母を見た。

 今回も、このような日でも母が私を見ることはないだろうと思っていたが、予想外に母は菫色の瞳に私を映した。


「…いいえ。けれど、私にとってお前達は“罪”なの。」

「え?」

「これが、一年前の質問の答えよ。今日は、結婚おめでとう。」


『貴女は…、母上は私やカシスが憎いのですか。』

『どうして母上は私達を愛して下さらないのですか。』


 今でも覚えている、これが私が一年前の成人式の日、母にした質問だ。

 私達が母の“罪”、とはどういう意味なのだろう。

 一年越しに質問に答えた母の瞳は、酷く悲しそうに見えた。


「姉上。」

「カシス…」


 いよいよ魔法陣に入らなくてはならない時、カシスが後ろから抱きついてきた。

 時々鼻を啜る音が聞こえるのを鑑みるに、きっと泣いているのだろう。


「カシス。離れていても、私はずっとずっと貴方を想っているわ。だから悲しまないで、勿論私も寂しいけれど…いつかまた絶対会いに来るわ。」

「…本当ですか。」

「ええ、本当よ。その時に更に立派になった姿を私に見せて頂戴。…大好きよ、カシス。愛する私の弟。」

「僕も姉上を一番に愛しています。夫となる男が姉上を泣かせたら、その時は僕が黙っていません。」


 ぎゅっと強くカシスを抱きしめ、身を離す。そして魔法陣の上にある、煌びやかな装飾の馬車に乗り込んだ。


「どうかお幸せに、姉上。」


 魔法師の転移魔法の呪文の合間に聞こえた、カシスのそんな言葉を最後に、私はこの場を去った。

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