13 成人式
「フロスト公国第一公女、リーチェ・フロスト公女殿下と、フロスト公国第一公子、カシス・フロスト公子殿下の御成です!!」
カシスにエスコートされ、一緒に会場の扉を通る。公王と公妃の玉座を見ると、まだ空席だった。
父と母が到着する前には間に合って良かった…、いくら王族と言えど、公王と公妃よりも遅れては礼儀に反してしまう。
「姉上がイザベル嬢と一緒に物凄いスピードで走ってきた時には本当に吃驚しましたよ…」
「ごめんってカシス…つい話が盛り上がっちゃってね。」
「全く貴女って人は。」
「公女殿下と公子殿下に挨拶申し上げます。」
挨拶してくる貴族達を適当にあしらい、カシスと一緒に話をしているとセオドアが現れた。
カシスは他の貴族と同じような他人行儀な挨拶が気に入らなかったらしく、「僕らに向かってそんな挨拶しなくていい。」なんて言っている。もう…仲良くなっちゃって、姉上嬉しい。
「ではお言葉に甘えて。カシス殿下は先日会ったばかりですが…リーチェ様はお久しぶりです。」
「ええ、お久しぶりです。二人は先日会っていたんですか?」
「偶々ですよ。暇潰しに繁華街に行った時、ブティックで会ったのです。」
「はい。私は式用に新調しておいたズボンの丈が合わなくなっていることに気付きまして、急遽行きつけのブティックに。」
「あら、それは大変でしたね…、」
新調したズボンの丈が短くなっているなんて、一体どれくらいのスピードで成長しているんだ。
ここ一年で一気に身長が伸びたセオドアは、初めて会った時は私より少し高いくらいだったのに、今はもう大分差がついてしまった。
「セオドア、ちょっと背が伸びてるからって調子に乗るなよ。」
「カシス殿下、大丈夫ですよ。殿下はまだ十四歳ですし、私位の年齢になると一気に伸び始めますから。」
「べっ別に気にしてるなんて言ってない!それに僕だって決して低い訳じゃないからな?!」
最近カシスがミルクを進んで飲んでいることを知っている私は思わず吹き出しそうになったが、カシスに怒られそうなのでどうにか我慢した。
それにしても、あの事件以来二人はかなり仲が良くなった。カシスに仲が良い子が増えるのは嬉しい事だ。
微笑ましい気持ちで眺めていると、パパーンとトランペットの音が高らかに鳴り響いた。
「フロスト公国公王、ドウェイン・フロスト公王陛下と、フロスト公国公妃、シエラ・フロスト公妃陛下の御成です!!」
父のエスコートで母が入場すると、拍手の間から所々貴族達の会話する声が聞こえてくる。
「公王陛下と公妃陛下が一緒にいる所を見るのは、何だか新鮮な気持ちね。」
「公王陛下は流石の威厳をお持ちだわ。」
「公妃様を見るのは建国祭以来だが、やはり魔性の美しさですな…、十年前と見目が全く変わらないとは。」
「やはり公女も公子も完全に公妃様似ですわね。」
「これより、今年度の成人式を開式することをここに宣言する。今年成人となる者は、順に整列せよ。」
「頑張って下さい」とカシスから小声で励まされ、会場の中央に整列した。
「今後、今ここに整列している者達が我がフロスト公国の為尽力することを願っている。王族、侯爵、伯爵、子爵、男爵…、様々な身分の者がいるだろうが、各々自らの使命をしっかり果たすように。では、これから成人の誓いを立ててもらう。代表者は前に出るように。」
代表者は、その年成人する者達の中で最も身分が高い者が務める。つまるところ、代表者は王族である私だ。
会場中の何個とも分からない程の数の目が一様に私を見ている。
心臓が煩く鳴っているが、気付かないふりをして父の方へ歩を進め、跪いた。
「もうお前達は子供ではない。成人を迎えた者として、これからは国の為、その身を捧げることを誓うか。」
「はい、誓います。」
「…良かろう。」
公王が私達の頭上へ魔力を放ち、きらきらと小さな氷の粒子が舞う。
「貴殿等に祝福があらんことを。」
立って踵を返す時に、ちらりと両親の方を見てみると、相変わらず父は私に興味を示さず、母は私を見ないようにしているようだった。
この一年、格段に自分達との関わりが減った娘に、かける言葉もないとは。
「姉上、とても立派でした。」
「緊張なさったでしょうに、素晴らしかったです。」
それでも私は構わない。他に私を愛してくれる人達が、ちゃんといるのだから。
「あ、あれはイザベル嬢ではないですか?」
「え、本当?」
カシスが指差す方を見てみると、確かにベルがいるが、カーテンに隠れるようにしてあわあわしている。
あぁ、なるほど。彼がいるからか。
「ベルー?そんな所にいないでこっちに来なさい!役目を果たした私に労いの言葉もないなんて酷いじゃない。」
「う〜、リーチェは本当に凄かったよ!けどあっちにはちょっと…っ」
「そんなこと言わないの。何事も行動よ!」
ベルの腕をぐいぐい引っ張ってカシスとセオドアのいる所に戻ったが、ベルは今度は私の後ろに隠れてしまって出てこない。
「む、無理よ、リーチェ!私やっぱりカーテンにっ…」
「オホホ…ごめんなさいね、この子ちょっと照れてるみたい。貴方から話しかけてあげてくれる?セオドア。」
「?はい、勿論です。…お久しぶりですね、ロレーヌ伯爵令嬢。」
「!はっ、はいっ!おひ、お久しぶりでしゅっ、すっ…」
にっこり笑って挨拶するセオドアに、ベルは茹蛸のように顔を真っ赤にして応じる。
そんな二人の様子を私は微笑ましく、カシスはやれやれと言った様子で眺めていたが、邪魔者になってはいけないと思いその場を離れることにした。
「じゃ、私はちょっとデザートでも取ってくるわね。」
「僕も他の貴族に挨拶に行くから。」
成人の儀が終わってから用意された長テーブルには、数々のスイーツが並べられている。
前世では食べたら食べた分だけ太ったが、どうやらリーチェは基本的に太らない体質らしく、好きな物を好きなだけ食べれるのは嬉しい。
結局苺のタルトとパイナップルゼリーのような物を皿に取って、傍にあったソファに寄り掛かり、改めて会場を眺めた。
天井は高く、吊るされているシャンデリアは豪勢で、一流の音楽家が奏でる演奏は耳障りが良い。
ふとカシスの姿を探すと、すっかり令嬢に囲まれている。セオドアもだが、美男子で身分も申し分なく、私のように性格に難がある訳でもない彼等は貴族令嬢にとても人気があるのだ。前にカシスは「囲ってくる奴等がうざったい」的な事を言っていたけど。
ベルとセオドアも会話までは聞こえないが、ちゃんと話せているようで良かった。
「公女様、でいらっしゃいますよね?」
青髪の美しい女性が立っている。裁判で見たのを最後にずっと見かけていなかった、セオドアの母君だ。
「カートレット侯爵夫人!裁判以来ですね。令息とは仲良くさせて頂いております。」
「リーチェ・フロスト公女殿下に挨拶申し上げます。息子がお世話になっておりますわ。」
「いいえ、逆に私やカシスが令息のお世話になってしまっているくらいで。」
此方へお掛けになられては?と向かいの椅子を勧めると、夫人は腰を下ろし、近くに居たウェイターにワインを持ってこさせると一息ついて再び口を開いた。
「私、ずっと公女様に御礼を申し上げたかったのです。セオドアに良くしてくださっていることもそうですし、裁判でのことも…」
「そんな、御礼には及びませんわ。ただの私の我儘ですから。」
「いいえ、本当に感謝しています。夫の身勝手であの子や家門まで巻き添えになるのだけはどうしても避けたかったことですから。それに私のことだって、夫の目論見に気付くことが出来なかったのですから、処刑になって当然なのに助けて頂けて…。」
夫人が頭を垂れる。セオドアと同じ色の髪がさらりとその白い頬にかかった。
侯爵夫人は、裁判に憔悴し切った様子で現れた。食事も喉を通らないのか痩せ細り、頬はこけ、髪は艶を失って黒の瞳の下にはべっとりと隈が棲みついていた。
裁判も無事に終わり、暫く社交界には出ずに療養していたお陰か今ではすっかり以前の美しさを取り戻している為、一瞬誰だか分からなかった程だ。
それ程息子であるセオドアのことを心配し、家門の行く末に責任を感じていたのだろう。
「あの子には辛い思いをさせてしまいました。公女様、図々しいお願いかもしれませんが、どうか今後もあの子を…セオドアをよろしくお願い致します。」
「ええ、勿論です。…令息は幸せ者ですね。こんなに素敵なお母上がいらっしゃるのですもの。」
少し羨ましいですわ、なんて言葉が思わず口から溢れでてしまっていたようだ、夫人は目を丸くした後、「シエラ様…、公女様の母君の事なのですが」と予想外の話題を持ち出した。
「母君がお二人にどのような態度をとっているのかは存じております。しかし、どうか母君を憎まないで欲しいのです。勿論、お優しい公女様と公子様の事ですから、こんな事申し上げる必要もないかもしれませんが…」
「…確かに私もカシスも母を憎んだ事はありませんが、マイナスな感情があるのも確かです。夫人が母と友人関係なことは聞いたことがありますが、それ故に母を庇うのですか?」
「無礼を承知での発言でした、申し訳ありません。仰る通り、シエラ様と私は友人関係にあります。それこそ、シエラ様が人質として初めてこの国に来た時からの。」
公国の社会情勢と他国との間柄を学ぶにあたって、私も母について知る機会があった。
現公妃、シエラ・フロスト。旧姓はシエラ・スタンホープ。
ハイド帝国にあるスタンホープ公爵家の娘で、前公王がハイド帝国に戦争を仕掛け国境を制圧したことから、停戦するにあたって人質としてフロスト公国に連れて来られた、悲運の令嬢。
結局、フロスト公国とハイド帝国は和解し平和協定を結ぶことになり、母は当時公太子だった父と結婚した。
国同士の事情でたった一人で他国に渡り、知らない土地での生活を強いられた境遇では、辛い思いをしただろう。
それでも、生まれてきた子供を遠ざけ疎ましく扱うのとは話が別じゃないか。
私だって今後人質としてではなくても政略結婚で一人で他国に渡り、親しい人なんて誰もいない知らない土地で生活することになる。それでも生まれてくる子供にこんな扱いは絶対にしないだろう。
「…シエラ様には、色々な事情がありました。私の口からお話しすることはできませんが、せめて“あんなこと”が無ければ、シエラ様もこんな風には…」
「セレーナ」
夢の中でしか聞いたことがない声が聞こえ、その人物と今日初めて目が合った。
菫の瞳に私が映ったことが、一体これまでに何回あったのだろうか。
「…母上」
「…意外ね、貴女が侯爵夫人と交友があるなんて。」
「シエラ様…」
「行くわよ、セレーナ。まさかこの子とは話して私とは話してくれないなんてことないわよね?」
この胸に生まれる激情は、“私”の感情なんだろうか、“リーチェ”の感情なんだろうか。
気づいたら私は、侯爵夫人を連れてこの場を去ろうとしている母を引き留めていた。
「待って下さい、母上。」
「…何かしら。」
「貴女は…、母上は私やカシスが憎いのですか。」
「…」
「私はもう時期この国を去ります。きっとこの国を出たらもう母上と話す事はないでしょう。ですから聞かせて下さい、どうして母上は私達を愛して下さらないのですか。」
「…」
終ぞ、母はその問いかけに答える事はなかった。




