12 友達
成人式。
男子は十八歳、女子は十六歳になったら挙げる人生の一大イベントの一つだ。
原作のリーチェには、おそらくこの国で友達と言える人が居なかった。我儘と贅沢を繰り返す公女を、公国の同世代の貴族達は遠巻きにしたのだろう。
リーチェにとっても両親が全てであり、他の人間にあまり興味が無かった為彼女はそれでも構わなかったようだが、私は違う。
死亡エンド回避の為、味方となる友達が多くいるに越したことはない。
幸い公女という立場もあってお茶会や舞踏会、誕生日パーティーなどのイベントへの招待には困らなかった。 特に同世代の子供がいる高位貴族からの誘いには積極的に応じ、ここ一年は色々な貴族との交流を大切に行動したのだ。
その結果がこれである。
「結局殆ど友達はできなかった…」
「?何か言いましたか、リーチェ様。」
「何でも無いわ。」
そもそも皆私に近寄ろうとしないのだ。
カシスが言うには過去に私が話しかけてきた令嬢の言葉遣いが気に入らないとか言ってジュースをぶっかけただとか、お茶会で気に食わないデザートがあるからと言って皿をひっくり返して暴れたとか…、他にもあるようだが、これだけでも近寄りたく無い奴ナンバーワンになるには十分な出来事である。
「ちょっとルーナ、もたもたしてないで、早くドレスの準備をしないと。さ、公女様もお顔を洗ってきて下さい。」
「はいはい。流石マリーは頼りになるわね。」
「そうですね、早くしないとロレーヌ嬢が来ちゃいますものね!」
それでも私に一人も友達ができなかった訳ではない。
一年に一度の建国祭が開催された時、相変わらず私が近寄っても、空気を読む事に長けた上流階級の令嬢は皆私が話しかける前に何処かへ逃げてしまう。
もうこの国で友達を作る事は不可能なのかと泣きそうになった時、パーティー会場で私と同い年位のふわふわした金髪の令嬢が、酔った年上の男に絡まれているのを見つけた。
「ちょっと、貴方何していらっしゃるのかしら。みっともないから何処かへ言ってくださる?」
「何だと?!誰に向かって口聞いてんだ、俺は伯しゃ、…」
漸く私が誰だか気が付いたのか、男は顔を赤から青に変えた。
「あら、意外と早く酔いが醒めたようね。」
「もっ、申し訳ありませんでした!!」
下からちょっと睨みつけてやると、男は脱兎の如く会場から逃げ出した。いやそこまで?そこまで怖かったかな?
もしや令嬢の方も怖がらせてしまったかと思い恐る恐る彼女の方を見ると、予想外に瞳をキラキラ輝かせていた。
「公女様…!助けていただきありがとうございます!!」
「い、いえいえ…困っていたみたいだし。」
「あっ、私、お初に御目にかかります、ロレーヌ伯爵が娘、イザベル・ロレーヌと申します!」
金髪に桃色の瞳が美しく、とても愛らしい少女だ。彼女が言うには、なんと私と話をしてみたかったらしい。
「昔、公女様を遠くから拝見させていただいたことがあるのです。その時なんて美しい方なんだろうと思って…いつかお話ししてみたいと思っていたんですが、公女様は何と言うか、近寄り難いお方だったので…あっ、無礼ですよね、申し訳ありません!」
「全然構わないわ、実際かなりやんちゃしてたもの。今では少し反省してるのよ。」
「でもここ一年くらいでしょうか、公女様は変わられたような気がしていたのです。ずっと他人に壁があったようですが、今ではこうして私の事も助けてくださるようになりましたし。ですから、その…」
彼女は言いにくそうに何度か口を閉開したが、やがてばっと手を差し出してきた。
「どうか、私とお友達になってくださいませんか!!」
嬉しかった。もう少し仲良くなったら私から言おうと思っていたが、彼女からこんな風に言ってもらえるなんて。
思わずにやけそうになる口元を必死で引き締め、それでもぎゅっと差し出された手を握ってありったけの笑顔を作った。
「勿論!」
こうして出来た友達がイザベルである。この日以来、私達は時にはカシスやセオドアも交えて何度か一緒に遊ぶようになり、今では私にとって彼女はかけがえのない友達だ。
「今日はいつも通り会場までロレーヌ嬢とカシス殿下と一緒に行くんですよね?」
「いいえ、今日はカシスだけとよ。ベルにはどうしても式の前に渡したい物があって呼んだの。」
成人式は、公王や公妃も必ず参加するような歴史ある式なので、これまでの舞踏会やパーティーのようにベルと一緒の馬車で行く事はできない。
王族は王族の刻印がある馬車、ロレーヌ伯爵家はロレーヌ伯爵家の刻印がある馬車に乗らなければならないのだ。
「ルーナ、貴女だって一応貴族なんだからそれくらい分かってなきゃダメよ。」
「分かってますよーだ。」
「はぁ…全く。」
「ふふ、相変わらず仲が良いわね。」
「仲良くなんてないですよ。」
「酷いわマリー!今の言葉聞きましたかリーチェ様!」
そうこうしながらもマリーもルーナも私のドレスアップやメイクアップには随分手慣れたもので、瞬く間に身支度が完了していった。
「うーん、ネックレスはエメラルドかサファイア、どちらがいいですか?このドレスにならどっちでも合うと思うのですが…」
「私はどっちでもいいわ。」
「サファイアね、公女様の瞳の色ともよく合っているもの。」
「なるほど。…よし、終わりました!いつも通りとてもお美しいです…!成人式の主役はリーチェ様で決定ですわ!」
「ええ、今日は公国の誰もが公女様に釘付けでしょう。」
「そうかしら。」
リーチェは大衆の中にいてもパッと目を惹く美しさを持っている。令息からの見惚れるような目線や、令嬢からの羨望の目線にも慣れたものだ。
そんな視線に晒されるのは当然疲れるけど、今日は人生に一度しかない一大イベントの日。純粋に楽しもう。
「公女殿下、ロレーヌ伯爵令嬢がお越しです。」
通すよう指示すると、すぐにすっかり見慣れた金髪が部屋に入ってきた。
「リーチェ!うわぁ、とっても綺麗だわ!!」
「ベル、久しぶりね!貴女こそ相変わらず美しいわ。」
ベルは緑を基調としたドレスを身に纏い、いつもはおろされている髪は後ろでまとめられている。
「良かった、そのドレスにならこれも合いそうね。」
「これ?」
「開けてみて。どうしても式の前に渡したかったの。」
準備が忙しくて最近会えてなかったでしょ、と言うと、ベルは差し出した小箱を開けた。
「!リーチェ、本当にいいの?私がこんな物を貰っちゃっても…」
「勿論よ。貴女にだからあげたいの。」
私がベルに渡した物は、青い宝石が嵌め込まれたペンダント。
その宝石はただの宝石ではなく、フロスト王家を象徴する魔宝石で、王族の人間が長い間宝石には魔力を込め続けることで漸く出来る代物だ。
「これを持っていれば、少なくともこの公国で危険な目に遭うことはないわ。心配なのよ、ベルは可愛いから、初めて会った時も絡まれていたし。ずっと私が傍に居ればいいんだけど、そんな訳にもいかないでしょう。」
「リーチェ…」
見るとベルのピンクの瞳がうるうるしていた。
あぁっ泣いたら駄目よ、折角の可愛い顔が涙でぐしゃぐしゃになっちゃうわ!
「私っ、一生大事にする…!いつでも肌身離さず持ってるわ、お風呂でもトイレでも!!」
「お風呂は良いかもしれないけど、トイレで落としたらしないのよ?」
「しないわよ!!」
そして二人で笑い合っていたら、マリーに「もう式の開始まで時間がありませんよ!」と怒られてしまった。
同時に時計を見ると、もう式の開始まで半刻程しかない。私とベルは大慌てで、外に停めてある馬車に向かって走るのだった。




