11 顛末
捕らえた暗殺者二名は、特殊な魔法を扱うことから“針の塔”に監禁されることとなった。
この塔には魔法を無効化する術が何重にもかけられていて、外からも内からの魔法も弾かれるようになっているから、脱獄は絶対に不可能だろう。
暗殺者は、カシスにすぐ暴露した通り依頼主と依頼内容はすぐに話した。二人共供述に食い違いはないので嘘ではないだろう。
やはり自分達の正体や使った魔法に関しては一切口を割らなかったが。
「お父上の事、申し訳ありません。せめて終身刑に留められれば良かったのですが…」
「いえ、父はそれほどの事をしたのですから、どうかお気になさらず。」
私は後日、セオドアを王宮に招待し二人で話をした。
彼の父であり首謀者でもあるカートレット侯爵は捕えられ、つい先日に裁判が行われたばかりである。
判決は処刑だ。
今回の暗殺者の件もそうだし、馬車への落石も侯爵が仕組んだ事だと判明した為である。
公国憲法により、王族殺人未遂は国家反逆罪と見なされ、重罪となるのだ。
「リーチェ様が公王陛下を説得して下さらなければ、私や母も共に罪を償うこととなっていたでしょう。本当に感謝しております。」
「はは、あれは説得というより我儘を言っただけという感じですけどね…、けど父が真っ当な判決をしてくれて良かったですわ。実際、セオドアが居なければきっとカシスは殺されていましたから。」
「いえ、私は当然のことをしたまでです。」
裁判で、初めは“ヴェリテ・カートレットは処刑、妻であるセレーナ・カートレットは残りの生涯を修道院で暮らし、カートレットの侯爵位と財産、領地は全て没収”という判決が出ていた。
私も当然当事者としてその裁判に参加していたのだが、判決があまりに厳しすぎると言って父を説得しようと試みた。
セオドアが事前に手紙で知らせてくれたことや、転移魔法で安全に王宮まで帰してくれたこと、これまで侯爵夫人とセオドアが侯爵にされてきたことを話し、寧ろ被害者だし罰するのは以ての外だと言った。
だが父は、この公国での歴史上、王族の殺害を企てた一族は全員処刑されてきたと言う。息子であるセオドア自身が王族に連なる血筋ということで、これでも慈悲をかけているのだからこれ以上罪が軽くなることはない、と。
確かに父の言うことも分かる。しかし、ここでみすみすセオドアと彼の母を見捨てる訳にはいかない。
そこで私は最終奥義、駄々捏ねを始めたのだ。
「罰を受けるのは侯爵一人だけにしてください。歴史上どうだとか知りませんし関係ありません!じゃないと…」
私は氷柱を創り、その切先を自分の顔に近づけた。
「?!」
「こっ、公女殿下?!何を…!!」
護衛の騎士が止めようとするのに向かって「近づかないで!」と叫び冷気を出して威嚇した。
「この氷柱で私の顔に傷をつけます。この顔を、それはもうとても帝国にお嫁に行けるような物じゃなくして差し上げますわ!」
「…」
「なっ、何てことを…!リーチェ殿下、流石に我儘が過ぎますぞ!!」
外務大臣が焦ったようにそう怒鳴りつけてくるが、そんなのどこ吹く風である。
「父上、私本当にできますよ?結婚なんてしたくないし、自分の顔に傷をつけるくらい簡単です。」
「……」
父は深いため息をつき、額に指を当て眉根を寄せたかと思うとじきに「いいだろう」と頷いた。
「しかしリーチェよ、今後婚約破棄したいなどと言うことは許さないぞ。」
「分かっています、父上。」
もう一度くらい婚約破棄について直談判してみようかと考えていたところだったが、判決を変えてまでシルベスター帝国との結婚の方を優先した所を見ると無駄だろうし、了承した。
はぁ、帝国に嫁いでからどんな風に行動するか、そろそろ考えなくちゃな。何だかんだ後二年しかない訳だし。
こういう訳で、結果的に判決は覆り、カートレット侯爵家の失墜による権力の増強を虎視眈々と狙っていたらしい一部の貴族からブーイングはあったものの、全て「帝国との同盟以上に大切なものなのか?」という言葉と父の睨みによってその場は収まったのだった。
「そう言えば、叙任式はいつ行われることになったのですか?」
「私が成人してからすぐなので、三年後です。それまでは祖父が侯爵代理を務めることになっています。」
原則、成人後でないと爵位は継げないことになっている。侯爵家の財産や権力を狙っている人は山のようにいるだろうから、セオドアが爵位を継ぐまでが少し心配だったが…、前侯爵である彼の祖父が侯爵代理なら安心だ。
ちなみに、男子は十八歳、女子は十六歳で成人と見なされ、毎年決まった時期にその年に成人する者達を祝う成人式が開かれる。
きっと私が結婚してシルベスター帝国に行くまででは一番の一大イベントになるだろう。
「では、セオドアの侯爵叙任式の時には私の事も招待して下さいね。絶対参加したいですから。」
「あ…そうか、その頃にはリーチェ様はもう皇妃となられているのでしたね。」
心做しかセオドアは寂しそうな表情をした。
「…もしかして寂しいですか?」
「!」
「ふふ、なんて冗談です。私は勿論寂しいですが…カシスとも中々会えなくなりますし、セオドアとだって折角お話できるようになったのに。あ、ほら、私って友達いませんし…」
何だかボッチを嘆く悲しい女の台詞のようになってしまった。
気まずくなって誤魔化すようにティーカップに口をつけると、予想外にセオドアは私の言葉に返事をした。
「私も寂しいです。まだ会って間も無いですが、リーチェ様が素晴らしい御人柄なのは十分すぎるほど伝わってきています。」
「そんな、嬉しいです。帝国で心細くなったら、ここに帰ってきてしまおうかしら。」
「はい、いつでも歓迎致します。公子殿下も喜ばれるでしょう。」
「そうですね。でもきっとそれは無理なんです。父がそんな事許す筈ありませんから…」
きっと王宮には入れないですし、帰る場所がありません、付け加えると、セオドアは「なら、その時は私が…」と言いかけ、口を噤んでしまった。
「…」
「あら、カシス!いつからそこにいたの?!」
「少なくともそこの青髪の令息が何かを言いかけたのは聞きましたよ。」
「青髪の令息じゃなくてセオドアよ!一応従兄弟なんだから仲良くしましょう!」
カシスは私の言葉には耳を貸さずにセオドアに「『その時は私が…』…何です?続きが気になります。」なんて絡みに行っている。
もしかしてカシスったらセオドアと友達になりたいのかしら。やだ、なら私今完全に邪魔者じゃない?
「じゃっ、私はちょーっとお手洗いにでも行ってくるから、二人はごゆっくり!」
「え、ちょっと姉上?!」
カシスの制止の声と、セオドアの困惑したような視線を無視し、私はさっさと部屋を出るのだった。




