10 襲撃
「ん?何かしら。」
無事にカシスを馬車の事故から救うことができ、肩の力をようやく抜くことができた今、私は久しぶりに部屋で一人の読書を楽しんでいた。
普段なら暇な時間は必ずカシスに会いに行くのだが、たまにはこういうのも良いだろう。
暫くは静かだったが、じきにコツコツという音がし始めた。不審に思って音のする方を見てみると、小さな青い鳥が嘴で窓をつついているではないか。
「何か足についてる?…って、え。」
小鳥の足に紙が結ばれているのに気付き、それを取ってみると鳥は役目は果たしたとばかりにふわりと消えてしまった。
宛名には私の名前、差し出し主の所には【セオドア・カートレット】と書かれている。
「セオドアったらこんな魔法も使えるのね…」
彼の魔法技術に感心していたが、短く書かれた手紙に目を通して私は固まった。
【父が公子殿下の元に暗殺者を送り込みました。】
暗殺って…侯爵が?
どうして、とも思ったが、侯爵の立場を考えれば十分考え得ることだ。自分が手に入れられなかった王位を息子に継がせようしているのだろうか。
セオドアが侯爵に私達が転移魔法で王宮に帰ることを伝えなかったのも、侯爵がカシスを危険に晒すかもしれないという危惧があったから?
転移魔法は膨大な魔力が必要な分失敗のリスクも高い。もし侯爵の指示で魔法師が転移魔法をわざと失敗させたとしたら、…そんなこと考えたくもない。
というかこうしては居られない。早くカシスの元へ行って無事を確認しなければ。
「カシス!!」
「うわっ姉上、そんなに慌ててどうしたのですか?」
いつもはノックをして声を掛けてから部屋に入るから、私が急に扉を開けたのでカシスが驚いた顔で此方を見ている。
部屋もいつも通りで、特に荒れた様子もない。
タンスや机の引き出しの中、ベットの下なんかも確認したが、危険物のような物も仕掛けられている様子はない。
一先ずカシスの無事は確認できたので、ほっと一息ついて「何でもないわ」と言った。
「そんなことよりカシス、今日から一緒に寝ない?」
「何でまた急に…」
もうカシスは私の急な提案にも驚かないらしく、「怪談の本を読んだら一人じゃ怖くて寝れないのよ」と適当な言い訳をしただけで納得してくれた。
王宮の警備は固い。城門の前には二十四時間衛兵が立って見張っているし、呼べばすぐ王宮に滞在している騎士が駆けつけてくる。
それでも暗殺を計画したのはカートレット侯爵だ。きっと只者ではない者を送り込んでくるに違いない。これまで以上に気を引き締めなくては。
「それとても美味しそうね!私に一口くれない?」
「これですか?どうぞ。気に入ったのなら全部食べても良いですよ。」
「ううん、一口でいいのよ。」
「姉上、寝ないのですか…?」
「本の続きが気になってしょうがないの!あ、灯が眩しいなら消すわよ?」
「いえ、大丈夫ですけど。程々にして寝た方がいいですよ。」
少し不自然だったかもしれないが、こんな生活をすること三日。
四日目の晩、流石に三日も殆ど寝ないでいたので少しうとうとしてしまっていた時。
急に視界が明るくなった。
一気に眠気が覚め、明るさの元を目で辿る。なんと、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がっていた。
「?!」
「これはこれは、まさか仲良く一緒に寝ているとは。お二人はあまり仲がよろしくないとお聞きしたのですが…」
予想外ですがまぁ良いでしょう、と言って現れた黒いローブの男は不気味に笑い声をあげた。
「さぁリーチェ・フロスト公女、そこをお退き下さい、怖い思いをしたくなければね。私が依頼されているのは、弟君の始末だけですから。」
「…依頼って、カートレット侯爵からね?」
「依頼主に関しては守秘義務がありますので。」
「…そう、答えるつもりはないのね。」
「?!」
口を割らないならば用はない。
今の私の最大出力の魔法を、男に向かって放った。
ドカーーン!!
けたたましい音が鳴り響き、石造りの壁を突き抜けて氷が聳り立つ。
もしや吹き飛ばしてしまったのではないかと心配したが、よく見ると男は氷塊の中心部でカチコチに固まっていた。
魔力の衝撃波で顔を覆っていた黒い布が飛んだらしく、男の顔が顕になっている。声の通り若い男の顔だ。目をまん丸に見開き口をあんぐりと開けている。
「ん…、姉上…?」
相当大きな音が鳴り響いたからか隣ですやすや寝ていたカシスが起きてしまったようだ。
初めはとろんとした目で何が起こっているのか分かっていない様子だったが、覚醒していくにつれて状況を理解し出したのか慌て始めた。
「もう大丈夫よ、ちょっと不届者が現れたから私が成敗してやったわ!随分派手な音がしたし、数分もしないで騎士がくるでしょ。」
「不届者…まさか暗殺者ですか?でもどうやってここに…」
そう、それがどうもおかしいのだ。
さっき魔法陣が床に浮かび上がって男が現れたが、普通の転移魔法なら事前にその場に魔法陣を書くか、セオドアが用意してくれたように布に書かれた魔法陣を用いるかしなくてはならない。しかも魔法陣から魔法陣への移動に限られるのだ。
ならば先程のあれは転移魔法ではない?だとしたら…?移動系の魔法で転移魔法以外の物など聞いたことがないが…。
そんなことを思案していたので、私はすぐに気付けなかった。先程とは違う位置に再び魔法陣が浮かび上がったことに。
「!!」
また魔法を発動させようにも、最大出力を出したばかりなので咄嗟に魔力を練ることが出来ない。
やられる___
カシスを庇おうと胸にぎゅっと抱きしめた。が、どうやらその必要は無かったようだ。
刺すような冷気を感じたかと思うと、加勢に来たであろうもう一人の暗殺者は、首から下が見事に氷漬けになっていた。
「質問に答えろ。体が砕けていくのを感じたくなったらな。」
魔法を使ったのはカシスだった。
カシスが魔法を使う所は初めて見たが、確かに原作で“氷の悪女”と謳われたリーチェの弟だ。
カシスは強い。これは確信だ。
「ひっ…どうか、命だけは…!!」
「依頼された暗殺は僕だけか?依頼主は?」
「カ、カートレット侯爵です!私達は公子を暗殺するようにと大老から命令されて…っ」
彼は実にあっさりと依頼主と内容を暴露した。
流石に生きたまま氷となった体が崩れていくのは耐えられないのだろう。
私もただ魔力をぶつけるんじゃなくてこうすれば良かったかな…とも思ったが、相手に触れすらせずにカシスのように精密な魔力操作ができる自信がないので、早々に反省は辞めることにした。
「お前達は何者だ?何故事前に魔法陣を書かずに転移魔法を使えた?」
「!」
私も気になっていたことだ。しかし、その質問をした途端、彼はみるみるうちに顔を青くし震え出した。
「…っその質問だけは答えられません…!!答えれば、私は…っ“呪い”で、っ」
「“呪い”…?」
「公子殿下!!ご無事ですか?!」
「?!おい、公女殿下もいらっしゃるぞ!」
「早くお二人を保護するんだ!」
「その者達を捕えろ!!」
在中の騎士達が到着したようだ。
片や巨大な氷塊に埋もれ、片や頭部以外が凍結されガタガタ震えている暗殺者達に一瞬怯んだようだが、騎士達は慣れた手際で二人を拘束し始めた(勿論拘束の時に魔法は解除した)。
「…姉上、ありがとうござます。」
「あら、偶々よ。カシスこそ二人目をやっつけたじゃない!すごく格好良かったわよ。流石は私の弟ね!」
そう言ってサムズアップをした私を見、カシスは花が咲いたように笑った。
「今度は、僕が姉上をお守りします。何があっても。」
こうして、カシス救出作戦は成功に終わったのであった。




