監視対象コード:FRILL
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
隠しきれない冷や汗が、首筋をだらだらと垂れる。不愉快だけれど、それを脱ぐう暇もない。そんな余裕など欠片だってありはしなかった。着こうとする息はどれも情けないくらいに浅く「ひっ、ひっ、」とまともに酸素も吸えない。
体の震えが止まらない、歩肢が肌に食い込む。じっとりとした高温多湿なここの収容区域で、私だけが寒い。
「フリル、フリル、落ち着いて、?ね?」
近付きすぎたのだ!
どれもこれも、全部上層部からの指示なのに、!私は何も悪くないのに!なんで、なんでこんなこと、こんな場所で死にたくない、死にたくないよ、誰か。
_職員コード『監視人』、今すぐ通信を繋げてください。
繋げられるか!こんな状態で、体にFRILLを巻き付けた状態で機嫌を損ねたりなんかしてみろ、間違いなく殺される。他の監視対象ならまだしも、FRILLなら間違いなくやる。その大きな顎で、私の腕を、足を噛み砕いて、首に巻きついて絞め殺してくるかもしれない、!FRILLの力なら、巻きついて胴体を2つに分けることだってできるかも、…!
_職員コード『監視人』、
分かってる!!やればいいんだろう!
「職員コード『監視人』、業務を開始します、!」
* * *
「へー、業務やるの?オレと居るのに?
オレのつがいってば冷たいなぁー。
なんでそんな寂しいこというの?いじわる?」
確認
監視対象コード:FRILL-1
危険度:High
友好度:High
続いて確認
監視対象コード:FRILL(Original)
危険度:High
友好度:Unknown
FRILL-1は明るい髪色に黒い瞳をした見た目をしている。他の監視対象と比べ、まだ未成熟な幼さを持つ外見をしており、それと反比例するような怪力が確認されている。年齢でいえば、中等部の男子学生程度だと思われる。無邪気に職員を破壊する習性があり、危険度だけならばWITHERと同格であると記録されている。
またFRILL(Original)は巨大なムカデの形をした元素生物であり、大きさだけならばARTSと同程度、施設では上から数えた方が早いほど巨大です。
_カチ カチ
「ねぇ、聞いてるの?『監視人』」
「き、っこ、えて、います、」
謝罪、発声に問題あり。当方が現在感じている恐怖、及びに死への予感からくる問題だと思われる。
「ほら、おれってもうすぐ繁殖期でしょ?
また知らない雌宛てがわれても困るからさぁ」
どうやらFRILL-1は繁殖期の雌が無作為に選ばれるのが気に入らないようです。ですが当方にはそれに判断を下す権限はありません、上層部に確認を取ってください。できれば、至急、出来うる限り早くお願いします。
_FRILL-1に要望を聞いてください。
確認。
「ふ、ふりる、は、どんな子がいいんですか?」
「え!なにそれ!恋バナみたーい!」
要望、至急区域の出入口付近に応援を。
_却下します。
【規制ワード】!…、失礼、通信が乱れました。
「オレは『監視人』さんがいいの!
だから、今日はオレの巣に案内しようと思ってさ!
でも久し振りに実物みたから興奮しちゃった!」
要求を確認しました。FRILL-1が番として要求しているのは『監視人』であると思われます。この提案は却下します。
「フリル、それはできな、っぅ、」
FRILL(Original)の触覚が頬に触れました、顎肢が、喉の辺りを撫でていきます。こきゅ、呼吸がとてもしづらく、硬い体節に縛り上げられている体からみしみしと骨が鳴る音が聞こえます。このままでは窒息の恐れがあります、直ちに支援要請を受け入れてください。
_却下します。
「っは、!?」
「なぁんで出来ないの!?やろうよ!
オレは『監視人』がいいの!お前じゃなきゃヤダ!
ね?オレは良いムカデさんだから、
つがいのことは大切に大切にするよ?」
虚偽です。番にしたい相手のことを縛り付け力で脅すような生き物のことを『良い』とは言いません。
_FRILLの巣の調査をしてください。
_これは命令です。
【規制ワード】!この、【規制ワード】が!金さえ払えばいいと思っているだろう!人の命をなんだと思ってやがる!私は、こんなところじゃ死ねないんだよ!
_職員コード『監視人』、通信が乱れています。
…。…失礼しました、要求『巣の調査』を開始します。
「っわ、わかった、巣を見に行くよ。
今日はそれで許してくれない?
フリルのつがいになるなら、もっと可愛くしてくるから」
虚偽申告です、当方がFRILL-1及びFRILL(Original)と番になる未来はありません。
「うーん、どうしようかなぁ」
「フリル、お願いします。
人間には特別な相手に見せる衣類がありまして、
つがいになる際にはそれを着て来ます」
「そうなの?オレだけ?特別?
あのムカつく蛇もバカなカラスも知らないやつ?」
「はい、勿論です」
「じゃあいいよ!おっけー!!」
FRILL-1からの許可を得ました。
同時に、FRILL(Original)からの圧迫も解除。まだ纏わりつかれたままですが少し楽になったように思える。少なくとも、息はできる。我ながら口先が回ることで生死の境を行き来していると感じることが多々ある。部署が変わってからは、特に。
失敬、業務には関係の無いことです。
「ほら、俺の上に乗っていいよ!
初めて人を乗っけるけど安全運転で行くから!」
硬い、FRILL(Original)の体節の上に乗る。カチカチと地面を叩く爪の音がして、ゆっくりと進んでいく。
「ふふん、このまま監視人のこと連れ去っちゃおかな。
いやいやダメダメ、監視人の特別な姿みないと」
FRILL-1の感情度高揚を確認。感情の振れ幅の激しいFRILL両体だが、気分がいい時は人間にも友好的であり危険度は低いと記録されている。先程までの強引さはなく、あくまで当方の乗り心地を優先してゆっくりと動いてくれているところを見るに今日はもう安心していいと思われる。時折見られる危険な発言は冗談として受け取っておく。
今日はこれからFRILLの巣を確認するため、一時的に通信機の電源をオフにしておく。これは『業務中』という形を嫌うFRILLを優先してのことであって、緊急時にはそちらから連絡を取れるように配慮してもらいたい。
《通信終了》
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部屋から出てすぐ、足の力が抜けてその場にずるずると座り込んでしまった。ああ、前もこんなことがあったような気がする。全くブラックな職場過ぎて困るな。
「こっわ…」
まだ、骨が痛む。引っかかれた皮膚が引き攣る。全身がズキズキと悲鳴をあげていた。何より心がすり減ったような脱力感にも似た虚無感が『監視人』の仮面を被ることを躊躇させる。喉がカラカラだ、心臓が頭にあるんじゃないかと思うくらいずきずきと痛む。FRILLの生態に合わせた室内は人間には暑苦しく、じっとりと肌を濡らす汗が鬱陶しい。
「はー、帰ってタバコ吸お」
切り替えなければ、ここで死ぬ訳には行かないのだから。




