監視対象コード:WITHER
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
今日は一段と気が重い。今から入る扉も、まるで魔王の城の王の座に通じる扉のように見える。だからと言ってここで逃げればそれはそれで死んでしまうのだからしょうがない。悲しきかな私は勇者ではないので、扉向こうの監視対象を倒すことなどできないのだ。
_職員コード『監視人』、職務放棄ですか?
「んな訳無いでしょ、…はぁー。
入りますよ、入ればいいんでしょ!」
今日も業務が始まってしまう。
* * *
「遅い」
「あはは、ごめんねウィザー」
確認
監視対象コード:WITHER(Original)
危険度:High
友好度:Low
WITHER(Original)は(以下からWITHERと呼ぶ)は、黒髪黒目に白磁色の肌を持つ身長の高い男性の姿をしている。筆舌に尽くし難い威圧感を放っており、近付いただけで体調を崩す職員が現れるほど高い魔力を保持が確認されている。
非常に攻撃的であり、高い戦闘能力が確認されていますが、何故か私にだけ攻撃行為を行わない。むしろ、その強さを教えようと教師の真似をするような行動が確認されている。有難いが、残念ながら当方は人間であり、元素生物の身体能力を真似ることは出来ないので今のところ役に立ったことはない。が、彼を『先生』と呼ぶと喜ぶので機嫌を損ねる行為(健康診断、他職員との接触行為)の後には彼を『先生』と呼びその戦い方を聞くなどして機嫌を回復させるという解決策が有効。
「この間は健康診断を受けてくれてありがとう、
流石は私の『先生』だね。
また時間があればサバイバル術を教えてね」
WITHERは表情が変わらないため感情がわかりづらいが腰辺りから生え、監視対象用衣服の間から出ている尻尾を見ると比較的簡単に機嫌の善し悪しが分かる。
_したん したん
こうして、数回に分けて短い回数地面を叩いた時はご機嫌である証拠だ。
「そう言えば、今日はお菓子を持ってきたんだ。
ウィザーにはいつもお世話になってるから、
私が焼いたんだよ?ほら、クッキー、食べる?」
差し出した焼き菓子をWITHERは手に取る。また、この焼き菓子は調理部に依頼し、私自身も制作に加わった為嘘もなく、業務上渡すことに問題の無い代物である。事前に申請はしてはいるので、確認は上層部でどうぞ。
「…貰おう」
他の監視対象とは違い、Originalと端末との区別がないWITHERだが、彼は食事を必要としないためこうして手渡ししたもの以外口にしない。WITHERは旧都市で発見された人造生物、所謂キメラでありどういう理屈かは分からないが外からの補給無しでも少なくとも数億年近く生きることが可能なそうだ。
「ふふ、美味しい?」
「……そうだな」
基本的に無口であり、虚偽申告をしないWITHERだが、味覚がないことを確認されているのにこうして嘘をついてくれることが暫しある。
詳しい理由は不明だがもし理由をつけるのなら恐らく当方を悲しませないように、だろう。
「最近は、なにかあったか?」
監視対象:WITHER(Original)からの要求を確認。この要求には応えることを推奨、WITHERは監視対象の中でも凶暴な素体であり拒絶した場合の当方の安全が確認できていない。WITHERには人間体以外の決まった形はなく、即座に獅子や虎、その他ドラゴン等の様々な姿に変わることが確認されているため機嫌を損ねた際の組織の被害は計算できません。
反応が無い、こちらで判断する。
「最近は、職場が変わったんだよ。
前線監視から元素生物監視に変わったから、
ウィザーとももっと長く一緒に居れるよ」
_したん したん
「暇も出来たから、ウィザーの為にもっとお菓子焼くよ。
ご飯の方が良かったらすぐに言ってね」
「構わん、お前が作るなら、なんでも」
「ふふふ、照れちゃうなぁ」
態々食事を作るのは手間なので暫くは焼き菓子の製作で興味を引きたいと思う。WITHERは【『監視人』が作った】ことに固執しているので問題は無いだろう。
「ウィザーが好きになれるもの、
私以外にも探していこうね」
_したん!
強い尻尾の反応は機嫌が悪い時。
「…、嫌だった?」
「お前以外に気に入る必要のあるものは無い」
理解不可能、判断は上層部に任せることにした。WITHERは時折こうして思考を止める行為が見られる。この行為により脱走、反逆の行為の可能性が低く見積もられているため特に改善の必要は無いと思われる。
「そっか、じゃあ私との時間をもっと増やそう」
_したん したん
「私はウィザーといれるだけで幸せだよ」
WITHERの感情度の高揚を確認。どうやら新しく好物を探すよりも当方と一緒にいることを優先するらしい。
「そうだ、ウィザー、尻尾のブラッシングをしようか」
こちらからの接触、WITHERは嫌がる様子はない。WITHERの尾の元になる生物は恐らくライオンである。細くしなやかな短い毛の生えた尾であり、先端の方は毛足の長い玉のような房状になっておりそれなりに長い。房の辺りをブラッシングすると喜ぶ。このブラッシングで抜けた毛を回収することも業務の一つである。
「好きにしろ」
WITHERからの承諾を確認。
「ウィザー、今日も尻尾かっこいい。
触らせてくれてありがとう」
専用のブラシで房を梳かしていく。絡まり、毛玉は無い。黒い毛並みは手触りがよく、少ししっとりしていて上質な毛皮のようだ。他の職員が触ろうとすると攻撃してくるらしいが今は気持ちよさそうにされるがままになっている。
必要量の被毛を確認。以上のブラッシングは不必要であるためこのコミュニケーション行為を停止します。
「うん、こんなものかな」
_したん したん
WITHERの機嫌も向上したため、今日の調査はここで終わりにしたいと思う。簡易的なケアをした後待機室に帰還する、それまでの通信を一時的に中断します。
《通信終了》
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_職員コード『監視人』今すぐ状況を報告しろ。
「は?…こちら職員コード『監視人』、
現在監視対象の収容部屋から退室したところです」
_お前が収容部屋に入ってから今現在に至るまで、お前への通信が完全に遮断されていた。外からの放送が聞こえていた場合は重要な就業違反と取られるが、聞こえていたのか?
「き、…きこえて、いませんでした」
_了解した。
ぞ、と身体の芯から体温が冷えていく。は、と吐き出す息すら凍りついてしまいそうな恐怖が身の内を支配する。
業務を開始してから、今まで、通信が通じていなかった。この『博士』の焦りようからカメラも起動していなかったのだろう。つまり、中でなにかが起こっていた場合救援は望めなかったということで…。
_今回の通信のジャミングはWITHERが意図的に発生させたものだと確認できた。お前は今、生かされていたんだ。
「ウィザー、!」
もし、尾に触れる指先に間違いがあれば、摂取させた焼き菓子が気に触ったら、己は死んでいたのか。
「っげほ、」
あまりの恐怖に息が詰まる、思わず咳き込んでぐちゃぐちゃと混乱している頭を抱えてその場に座り込んでしまう。先程まで触れていた尾の感覚がまだ残っている。
それが、酷く恐ろしかった。




