事件記録:ERROR
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
頭の中でアラートが鳴っている。
がんがん、と痛むようなそれに目の前が眩む。どうしようも無い寒さに指先がかじかむ。
「なぁ、監視人、俺の、可愛い監視人」
「え、えらー」
なのに、どうしてか目が逸らせない。血溜まりのような赤い瞳が酷く美しく見えて、心の奥底から湧いてくる『好き』と言う気持ちに酔いしれることしか出来なかった。とても、とても眠たくて、この底冷えするような場所で眠ってしまいたいなんて有り得ないことを考えている。
「いい子だな、ほら、可愛いねぇ」
しごとを、しないと。
* * *
ゆっくりとERROR-1の指先が頬を撫でていく。どこか、遠いところで、違う、近いところでざぶんと音がする。
現在当方はERROR-1に抱き締められているところであり、何故かそれを振り解けないところである。いや、恐らく精神干渉系の異能であることは確かだが、それにしてはあまりにも完璧すぎて抵抗しようという気が湧いてこない。理性では振りほどかないといけないと分かりつつも、本能がそれを拒否するかのようにERROR-1に縋ってしまう。
「ほら、監視人、俺の名前を呼んでみろよ。
いい子の監視人なら出来るよなァ?」
呼んでは行けない、唇の裏を噛み締めて今すぐに呼びたいのを我慢していればその指先が唇を撫でる。じゅわりと溶けるかのように肩の力が強制的に抜けた。
「えらー、エラー、」
「…可愛い、可愛いな、お前さん」
ERROR-1、エラーの、熱く煮え滾るような視線が降り注ぐとどうしてか脳みその端がちりちりと焦げていくような感じがする。は、と思わず息を吐き出せば、褒めるように顎をくすぐられて猫のように扱われてしまう。
「もっと、ほめて、」
まるで自分の口から出たとは思えない言葉。
危険である、この思考は即座に辞めるべきである。理解、出来ている。なのに辞めることが出来ない。
「ン、いい子、お前さんは偉いな。
ちゃんと甘えられて、ちゃんと縋って、
お前さん以上に愛おしいもんは知らねぇな。
ほら、もっと甘えろ、な?」
じくじくと脳みそが痺れる。考えようと、思考しようとする理性がどんどん解けていく。だめだ、よくない。至急、至急応答を願います。救援を、どうか、たすけて、
「こーら、逃げちゃダメだろ?」
_…。
心臓が嫌な音を立てたのが分かった。エラーの低い声が、責めるように変わったのを理解してしまえば、先程までの恍惚とした心地良さはどこかへ消え、どうしようも無い寒さに似た恐怖に身体の芯からがたがたと震えてしまう。怖い、こわい、『嫌われたくない』。どうして通信は応えてくれないの、どうして、どうしてこんなにもおかしいのに。
「お前は俺の可愛い監視人、
あぁ、名前、新しいのをやろうか。
そうしたらお前は俺だけのものになるな?
そうしよう、嗚呼、それがいい」
「……っ、ぃ、や、」
「いや?傷付くねェ、なにが嫌だ?」
知らない、エラーに嫌われるようなことは言いたくない、なのに、『それを拒絶しなければならない』と理解している。
「なァ?可愛い監視人、教えてくれよ。
こんなにお前さんのことを愛してるんでぇ、
教えてくれたっていいじゃねぇか。
なぁ、何が嫌なんだ?」
答えなくては行けない、応えなければ。
「ぃや、いや、…?」
なにが、いやだ、?
なにも嫌じゃない。エラーはこんなにも当方を、私を愛してくれていて、それに応えなければいけなくて。だって、エラーと一緒にいれば、仕事だって、契約だってどうにでもなって。だから、私さえ、エラーを受け入れれば…。
「いや、じゃ、…なぃ、?」
_ぷつん ザー、 ザザ
『監視人!!!監視人!戻ってきて!!!』
そ、うじ、や
『監視人!!飲みに行くんだろ!!』
しいくいん、
_聞こえますか!?監視人!監視人!!
_今すぐ応答してください!!
「ッチ、邪魔が入ったか」
わたしは、当方は、何をして、…?
「監視人、ほら、ダメだろ?
ンな奴ら捨ておけ、俺だけを見ろ」
…。
「エラー、ふざけるな、離せ」
…失礼しました、ただいま正気に戻りました。報告に移ります。接触確認、ERROR-1の膝の上に乗せられ瞳を見つめられている。視線による精神干渉と思われる。意識すれば不整脈が止まり、少しばかり楽に呼吸が出来た。身体の震えも止まり、今は先程まで無理やり抱くようにさせられていた好意が薄ら寒く感じる。
「おかしいねぇ…、
もっと強めにかけとくんだったか。
あとちぃとばかし時間が稼げれば…。
まぁ、今日は撤収するかね」
にっこり、全く反省していない顔のERROR-1が、撤収などとのたまいながら頬に触れる。
「くそ、気色悪い」
「ひでぇな、うっとりしてたくせによ」
酒に酔っ払ったようなふわふわとした心地良さはそこにはない、鳥肌が立って、ぞわぞわと不快な感覚に唇を噛み締める。苛立ちに睨み付ければ、それすらも効いていないERROR-1はご機嫌だ。
バン!
「っ!?」
物音に振り返れば、そこには水槽に頭を打付けるERROR(Original)の姿がある。こんな所で出られたら困るとERROR-1の膝上から降りて水槽に駆け寄ればERROR(Original)はくるりとその場で回転してまるで笑うかのように尾を振って水槽の奥へと消えていった。
「なァ、そうやって俺だけ見ててくんな。
そうしたら、俺ァこんな事しなくて済む」
なにを、どの口が! …失礼しました。
「お前は、自分が監視対象って自覚な無いのか?」
「ふ、言葉遣いが昔に戻ってるぜ?」
接触確認。後ろから、包み込むように。その格好付けたやり口にまた苛立つが、これ以上反応すればERROR-1の思うつぼだと黙る。吐き気のような嫌悪感をバレないように、否。バレてもいいと視線を逸らした。
「可愛い、可愛い俺の監視人。
次は、ちゃぁんと『幸せ』にしてやろうな。
そうしたら、お前は俺だけのものに、
俺だけに微笑んでくれるだろ?」
「……気色悪ぃ」
《通信終了》
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「『掃除屋』、『飼育員』、ありがとう」
「うぇぇえん!!!よがった゛!!!」
「おい掃除屋泣くな汚ぇ」
わんわんと泣く掃除屋に、休憩所に来るまでに張り詰めていた精神が崩れてこちらも泣きそうになる。今回ばかりはダメだと思った、持っていかれると、そう思ってしまうような出来事だった。まだ指先が震えている。
汚い顔で泣いている掃除屋を見ると、どっと安心する。
「お前も、簡単に持ってかれんな」
どす、と飼育員にどつかれて、その衝撃でぼろりと涙が零れる。私が泣いたと理解したらしい飼育員が「痛かったのか?!」と困惑した表情をして、泣いている掃除屋が「怖かったんだねぇ!!」と更に泣き出す。地獄絵図のようになっている。自分でも止めなければと分かっているのにどうにも止まらない。
「怖かった…!」
ただそれだけが本音だった。




