監視対象コード:TAKE
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
「ね、マグカップ、次の担当の子なんだけど」
ぽふ、と肩に手を置かれたことで意識が思考の海の底から帰ってくる。しぱしぱする目を何度か瞬かせ、眩しい蛍光灯の光に慣らしながら語りかけてきた『掃除屋』の顔にピントを合わせる。割と整った顔をしている…。
「あぁ、アイツね」
「あの子、最近荒れ気味らしいよ?」
知ってるー、とは言えなかった。恐らく、その監視対象が暴れている理由は自分にあるからだ。
「あの子のファンの研究員が困ってた」
「だからなんだよ」
くあ、と、まだ重たい瞼を無理やりこじ開けて、目の覚めるようなイケメン、…でもない、か。アイドルほどではなく、学舎のイケメン枠程度くらいのその顔は見ていて落ち着く。バケモノじみた美しさの異能種よりマシだろう。まぁ、私は人に言えるだけの可愛さなんて持っていないけれども。
「いってきまーす」
「うん、いってらっしゃい」
* * *
_がしゃん!!
…、入室と同時にコップが飛んできた。それを避ければ、背後の壁にぶつかったのか耳障りな高い音と共にコップだったものがぱらぱらと地面に落ちていく。
「何しに来たの裏切り者!!」
確認
監視対象コード:TAKE-1
危険度:High
友好度:High
続いて確認
監視対象コード:TAKE(Original)
危険度:High
友好度:High
TAKE-1は赤銅色の髪に灰褐色の瞳をした身長の高い個体である、”通常時であれば“友好度はかなり高く、他の職員にも尻尾を振って寄っていく。鼻がいいのか危ない人間は見事に避けていくためTAKE-1の放浪癖は許されている。またTAKE(Original)は赤い毛並みの大型犬であり、かなり大型の部類に含まれるだろうが愛嬌のある顔立ちをしているため特に恐怖は感じない。
「今日も裏切りに来たのかよぉ…」
大きい身体を丸め、タオルケットに頭を突っ込んでソファの上からこちらを威嚇しているTAKE-1に、取り敢えずなだめようと適当な言葉を考える。
TAKE-1は、身長の高さの割に本体と同じく子供らしい顔立ちをしているが、現在はその愛らしい顔をくちゃりと歪めてぼろぼろと泣きながら当方への恨みつらみをこぼしている。それに一々反応していればキリがないので無視をする。
「テイク、具合は悪くない?
最近部屋から出てこないって聞いたよ、
何か問題がないか『報告』して、?」
「うるさい!俺を裏切ったくせに!
何が『報告』だ!もう相棒じゃないんだ!
俺に優しくしないでよ、
俺は、おれは、ずっと待ってるのに、ぃ…」
TAKEと当方との出会いは、当方の前部署である『異能種捕縛戦線基地』の所まで振り返らなければならない。
この実験には関係がないのでカットする。
「ほら!監視人は俺の事捨てるつもりなんだ!」
「そんな事ないよ、どうしてそう思うの?」
「俺のこと撫でない!
前は俺のこと膝に乗せて撫でてくれたのに!
もう俺の事嫌いになっちゃったんだ!」
わぁ!と泣き出したTAKE-1に、慰めの言葉を探す。TAKEの甘え癖はまだ治っていないらしい。昔も、撫でるのを忘れている、と怒って拗ねて仕事をボイコットしようとしたことがあったのを思い出す。その時はどうしたか…。
あぁ、思い出した。
「テイク、顔を上げて、こっちを見て?」
「うるさい!俺の飼い主でもないくせに、!!」
「…テイク、こっちを見ろ」
「っ!」
びくりと肩を揺らしたTAKE-1が、頭に被っているタオルケットの隙間から顔を覗かせる。目を合わせて、「Good boy」と笑いかけてやれば、TAKE-1の近くで伏せをしているTAKE(Original)の尻尾がぶんぶんと喜んでいた。分かりやすくて助かる、本人も顔を赤くしてこちらを黙って見つめているので、よし、と話を続けた。
「私はお前を置いていくつもりは無かったんだ。
それに、テイクの相棒も辞めたわけじゃない」
「…どう、いうこと?」
「上に話を通してたんだよ。
テイクを私のところに連れてきてくださいって」
「!!」
バッタバッタとTAKE(Original)の尻尾が暴れている。TAKEの扱いは割と簡単であり、こうして「信じて」と言えば友人だと思っている相手に限り無償で信じる。この純真さはどの異能種にも見習ってほしい。
「ほ、本当?」
「うん、本当。信じてくれないの?」
気が付けば、巣から出てきたTAKE-1がすりすりと懐くように身を寄せてくる。本当に犬のようだ。
尚、TAKE-1に語ったことは全て虚偽申告である。
「しんじる、信じる!
だって、俺は『監視人』の相棒だもん!
迎え、に…えへへ、うれしい。
じゃあ、もう少し待っておけばよかったなぁ」
思考の中で折り合いが着いたのか、部屋に入ってきた当初の刺々しい殺気は無く、ふにゃりと微笑んで甘えてくる子犬がよじよじと膝に昇ってくる。
「会いに来てくれてありがとう、テイク。
こっちの施設でも私の『相棒』でいてくれる?」
「うん!!うん、当たり前だよ、ぉ!」
優しく頭を撫でてやりなが、一般的に『甘い言葉』と呼ばれるものを多用しながら甘やかしていく。その大半が虚偽申告だが、TAKE-1がそれを疑うことは無いだろう。大好きな飼い主が言うのなら、例えそれが嘘でも本物と信じるのが忠犬というものだ。
同じようにして、飛びつくように駆け寄ってきたTAKE(Original)を受け止めてわしゃわしゃと撫で回す。気持ちよさそうに目を細めている姿は愛らしい。私は猫派でも犬派でも無いので可愛ければそれでいいのだ。
「えへへ、また、監視人が俺を撫でてくれた。
俺のこと好きだって、やってくれた、!
それだけで俺、俺なんだってできるよ!」
別に好きとは思っていないが、本人がそれで満足したのならそれに口を挟むのは無粋というものだろう。
「これからも一緒に頑張ろうね、テイク」
「うん!相棒!」
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思い出すと気が重くなる、戦の記憶。
いつ、どこで、誰が死んだっておかしくない生の匂いが薄い場所でただひたすら駆け回っていた。それしか、生き残る術を知らなかった。強い生き物に気に入られる=生存、簡単な方程式に踊らされて間違った答えを産み続ける。
「『監視人』!俺が援護する!」
「テイク!そっちは任せたよ!」
銃弾を放ち続け、弱い異能種を始末して。上からの命令通りに強い異能種を捕縛する為に”異能種“と協力する。もはや何がしたいのかすら分からない。
分かるのは、気を抜いたら死ぬ、ということだけだ。それ以外は何も、使い捨ての末端兵には教えられない。
ただそこで確かに異能種と絆を作り上げた筈だった。庇い合い、手を差し伸べ合い、守り合う。そうやって生き延びてきた筈だった。大切な隣人であるはずだった。なのにいつから間違えた?いつから、…なにも、わからないのだ。




