ケア行為記録【RAIN】
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
硬いとも柔らかいとも言えないその羽毛を整える。もふ、もふと何度か手で梳いてブラシをかけた。当の本人は、というかRAIN-1は何も言わず、RAIN(Original)の毛繕いをする私をただじっと見つめていた。それがなんとなく怖いような気がしたが、実際はただ気まずいだけなのかもしれない。
「レイン、気持ちいい?」
「…あぁ」
いつも通り、廃棄処分が決定した監視対象の捕食を行ったRAIN両体だったが、いつもならば金銭や食事を報酬として希望するRAIN-1が要求したのは『監視人』との時間であった。なんの気まぐれかは分からないが、それによって休暇が潰れたのだからあまりいい気はしない。脱走されるよりはマシだが、それにしたってその要求は私が仕事の時にして欲しいものだ。
_がぁ
気持ちよさそうにRAIN(Original)が目を細めて鳴く。
「よしよし、今日もお疲れ様」
RAIN(Original)は大きい。身長が180cmの『飼育員』とほぼ変わらないような大きさのカラスだ。急に動かれると心臓が嫌な音を立てる。
「(業務を開始する)」
それでも仕事をしなければならないのが、この職場のブラックなところなのだ。
* * *
「『監視人』、次は俺のケアをしろ」
満足したのか、RAIN(Original)はその大きな翼を広げてばさりと向こうにある止まり木の方へと飛んで行ってしまった。それだけなのに、ぶわりと風が吹いて髪が乱れる。驚いているこちらなど知らないとばかりにRAIN-1が寄ってきて、まるで子供のようにハグしてくるのだから、なんというか少し気後れしてしまう。
「はは、レイン今日は積極的だね?」
「お前が会いにこないから呼んだんだ、
会えなかった分を取り返すのは当たり前だろう」
接触確認、当方よりも身長の高いRAIN-1に抱き締められ、若干の息苦しさが感じられる。が、攻撃という程ではない。寂しかった、ということだろう。RAIN-1はぶっきらぼうだが愛情深い性格であることの確認がとれる。
すんすんと首筋の匂いを嗅がれている。
RAIN両体はそれほど嗅覚が鋭い訳ではなく、寧ろカラスという形をしている以上他の異能種と比べて鈍い方だ。
「なんの匂いがするの?」
優しく髪を梳いてやりながらそう呼びかける。務めて冷静に、を心掛けるが、匂い消しが充分に行われているか不安が過ぎる。匂いが気に入らない、と攻撃をしてくる異能種も多々いる為である。RAINにはその兆候が見られるため匂い消しは必要以上に行っているのだが…。
「なんの匂いもしない。
だから俺の匂いをつけておく」
攻撃、…接触確認。がぶりと首筋を噛まれた。甘噛みの為、敵意はないと思われる。そうか、匂い消しが完璧過ぎるとそういう考えに至るのか。
「いいよ、レインの匂い、いっぱい付けて。
レインのものなんだって、ちゃんと」
「…分かった」
感情度上昇。喜んでいる、ないし興奮していると思われる。これは決して悪い意味ではなく、執着心をくすぐることでRAIN両体の施設への更なる協力を促すための簡単なコミュニケーションの一つだ。
当方にRAIN-1との特別な関係はなく、RAIN-1、及びRAIN(Original)が勝手に当方を『つがい』として言い張っているだけの良好な関係である。そのおかげでRAIN両体は無条件に当方の役に立とうと施設への協力を申し出ている為、この行為は決して無駄ではないと思われる。また、そう思い込んでいるRAIN-1の精神状況はかなり良好な為、この作業は問題が起こるまで中止することは考えられていない。
「レイン、レイン、優しい私のレイン。
いつもお仕事頑張ってくれてありがとう。
レインのお陰でとっても助かってるよ」
未だがぶがぶと噛み跡を残し続けているRAIN-1にそうやって呼びかければ、感情度はどんどんと上昇していく。
「いっぱい食べて、早く強くなってね。
そうしたら、レインとちゃんとつがいになれる」
「分かってる、お前は俺の番だ。
心配しなくとも必ず迎えに行く」
虚偽申告を混ぜたのは、その方がよりRAIN-1が扱いやすくなるからである。当方の本心としては、特定の異能種と特別懇意にすることは決してないと断言出来る。…この噛み跡は、救護部の治療薬で跡形もなく回復するだろう。
「監視人、お前も俺に跡を残せ」
満足したのか、首筋から顔を離したRAIN-1が衣類の胸元を開ける。…職員が実験以外で監視対象に傷を負わせるのは推奨されていない。判断を委ねます。
_お好きにどうぞ。
_今の『監視人』はRAINの『つがい』です。
…。
「痛かったら、言ってね」
RAIN-1の言う通りにしたのは、そうしなければRAIN-1か納得しないだろうからである。決して本心から行いたいと思ったからではない、とここに明言しておく。何が悲しくて異能種と恋人ごっこなんか…、失礼私情を挟みました。
男らしい身体のRAIN-1の首筋をじっと見つめる。それから、しょうがないと諦めた。ここに跡をつけるぞ、と許可を取るように首筋の一点にキスをして、ぺろりと舐めてRAIN-1の反応を伺う。感情度は良好、RAIN-1がこくんと頷いたのを確認してキスマークを付けるためにちゅうと吸い付く。流石に、異能種に噛み付くことは出来ない。
万が一にでも血液を飲み込んでしまえば体が変質しそうだから、とはまぁ、言わないでおくが。
「ン、…ちゅ、……跡、付いたよ」
RAIN-1は、じぃとこちらを見ている。
何も言わないので、気に障ったか?と懐から手鏡を出して「ほら、」と見えるようにしてやれば、RAIN-1の仏頂面が珍しく和らいだ。
「上出来だ、…俺は噛み跡の方が好きだが。
これはこれで、くすぐったくて嫌いじゃない」
優しく抱きしめられ、くしゃりと髪を混ぜるように撫でられれば、なんとも言えない居心地の悪さに身動ぎしてしまう。それを照れている、と取ったのかRAIN-1からの抱擁が更にきつくなって、耐えられずにげほりと息を吐き出せばようやく離してもらえた。
「俺の番、監視人。
まだもう少し待ってろ、すぐに迎えに行く」
もう少し、…その期間が過ぎれば、RAINは何をするのだろうか。それが少し恐ろしくて、そっと顔を逸らしてしまう。今日はもういいだろうと「帰るね」と告げれば、RAIN-1はこくりと頷いてくれた。
《通信終了》
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「わー、びっくりするほど傷だらけ!
男の執着ってほんと怖いよねぇ」
あ、この場合『雄』か。
なんて、私の肌に残る噛み跡に傷薬をかけながら言うのは男か女かも分からない中性的な顔立ちをした『救護長』のぼやきだった。最近多いよねぇ、キミ。なんて言われたって自分ではどうしようもないのだから困る。
「ま、もう無くなっちゃったけど」
そう言われて、傷口に触れようとすればいつも通りのつるりとした肌が帰ってきていた。




