監視対象コード:EAT
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
重たい体を引き摺って作業服に着替える。
あーだるい、なんて言ったってアナウンスはなんにも答えてくれやしない。全く寂しい職場だ。
「監視人、監視人、はやくきて」
収容区域から聞こえる監視対象の方が親しみやすいとは一体全体どういう皮肉か。
「はぁい、今行くからねぇ」
* * *
「やっと会えた、やっと、やっと…。
それで、きっ、今日はなんの遊びする?」
確認
監視対象コード:EAT-1
危険度:Low
友好度:Unknown
見た目は平凡な男子学生、年齢的には高校生のようにも見える。派手な髪色に翠玉色の瞳をしており、体格は見た目年齢からしてみれば普通程度だろう。
「イート、待たせてごめんね」
「っい、い、いいって!
俺みたいなクソザコに構ってくれるだけ、
それだけで有難いからさ、!」
自己肯定感が低く、他の職員に対しては、過剰な被害妄想からの攻撃、という行動が多々見られた。何故当方が許されている、ないし気に入られているかは分からないがこれは組織としては好都合である。比較的(私には)扱いやすく、約束を破らない限り、破ったとしても攻撃されることは無い。監視対象に対するメンタルケアを行わなければならないのが面倒だが、それ以外は模範的な収容生物だ。
「お、俺の糸使ってあやとりとかする、?」
EAT(Original)は大型の蜘蛛の元素生物である。ARTS(Original)ほどでは無いが、人間よりも大きいその巨体は虫嫌いな人間がみたら発狂してしまうであろう。本人もそれを自覚しているのか、本体を見せるのを嫌っている。
が、当方にはなぜかこうして自身の作る糸を使った友好度上昇行為を行おうとしてくる性質が見られている。
それが『求愛』であるのかは現在調査中であり、EAT-1を刺激しないように慎重を期して行動するべきだと思われる。またEAT-1は当方に関してだけでいえば被害妄想が激しくなるということも無いので、これからもEAT-1及びその本体のの調査は『監視人』が行うことを推奨。
「あ、ぁ、お話だけでも大丈夫!
なん、なんて言うか、それだけでも楽しいから」
「じゃあ、お話にしようか。
イートは最近の調査でなにか思ったことはある?」
「お、思ったこと、?
うー、ん…、特にない、っていうか、
監視人がいたら嬉しいかな、って、感じ?
でも、お利口にしてるよ、?」
「あぁ、イートの素行の良さは私も聞いてるよ」
「っほ!ほんと!?
お、れ、俺偉いでしょ、?」
「うん、偉いね」
EAT-1の心拍上昇、高揚しているものと思われる。社交辞令ひとつでここまで心という器官を動かせるのは監視対象とはいえ羨ましいように思える。
「えへ、えへへ、ちょっと、いや、
結構嬉しい、な、もっと褒めてほしい、」
確認
現在のEAT-1からの要求『賛美』を与えますか?
_提案。
_その要求を拒絶してください。
…、了解。
「でも、もう少し我儘を無くせるといいですね」
「え」
行動停止、EAT-1の体がぎしりと固まり、それからさぁっと顔色が青ざめていく。分かりやすい表情の変化は、恐らくこのやり取りを見ているであろう『博士』が喜びそうな反応の大きさである。だからと言って、態々こんなことをさせる上層部の連中の考えなんてわかりたくもないが。
「ご、ごめ、っごめ、ごめんなさ、ごめんなさい!
あっ、あやまる、謝るから、」
接触を確認しました。
作業着の左袖をEAT-1が掴み、
「っ!?」
「ゆ、ゆるして、?ゆるして、監視人、
ほら、おっ、俺の足とか、あげるから!
大丈夫だよすぐに生えてくるし、
けっん、けんきゅ、したいんだよね?
ほか、他に何が欲しい??
糸、あ、被毛とか、?
なんでもあげるから、なんでも、なんでもあげる、
だからおこらないでっ、おれを、
おれを、俺を嫌いにならないで」
確認、確認、至急確認をお願いします。奥からEAT(Original)が現れました。それに伴いEAT-1の活動が激しく、
「イート、落ち着いっ、!!」
確認
監視対象コード:EAT(Original)
危険度:High
友好度:Unknown
押し倒された。が、この反応に対する敵意、及び害意はないと思われる。応援や救助は必要ありません。私一人で対応可能でありいつものコミュニケーションの一環であると考えて問題はないでしょう。
「イート、イート、聞こえますか?」
_カタ、カタ
「監視人に嫌われたら、おれ、俺、
こんな怖いところじゃ生きていけない、
こんな怖い世界、生きてなんていたくない、!
君が、監視人が居ないと、
一緒にいてくれるって言ったよね、!
俺と、ずっと、ずぅっと一緒だって、
うそ、?嘘だったの?
違うよね、?そんな事ないよね、?
監視人は俺に嘘ついたりしないよね!?
だめ、だめ、ダメだよ、居なくなっちゃ。
ぐるぐるにして、いっしょに、ならないと」
_『監視人』あなたに巻き付いている糸の回収を求めます。
今はそんなことを言ってる場合では、いえ、了解。
「イート、イート、約束は守ります。
私はあなたの『監視人』として、
決して、貴方を一人にはしません」
「………、ほんと?」
EAT-1の感情度の低下を確認、興奮状態から平常時へ移行。私がEAT-1に言う言葉は全て業務上の建前であり、決して上層部の方々の信頼を損なうものではありません。
「試すような真似をしてごめんね、
イート、可愛い蜘蛛さん、触ってもいい?」
「……うん」
「イートはつやつやだね、よしよし。
怖がらせてごめん、大丈夫だからね」
EAT(Original)に接触。硬い爪を持っているが、全体的に短く細い被毛に包まれており、触り心地は悪くない。しかし、自身の胴体ほどある硬く鋭い爪に触れられると人間としての生存本能が死を予感してしまう。故に恐怖を悟られないようにコミュニケーションをすることを心掛け、懐柔していく。
「俺のこと、嫌いになった、?」
「なってないよ、私はイートのこと大好きだよ。
ほら、イートもおいで。
2人のイートに抱っこされたいな」
「っうん!」
複数回目の接触を報告。この接触はEAT(Original)及びEAT-1の両体同時であり、2体に挟まれている状況だ。
「えへ、えへへ、監視人、優しいなぁ。
ごめんね、感情的になっちゃった。
俺、監視人のことが大好きで、だから、ね?
…俺に抱き締められてる監視人かわいい。
ね、俺、監視人が言うならもっとお利口にできるよ。
だから俺のこと捨てないでね」
報告、現在からEAT-1のメンタルケア作業に入るため通信器具を外しコミュニケーション作業に移ります。以降の連絡は館内放送にてお願いします。
《通信終了》
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待機室に到着して、ようやく安心出来てどっと疲れが押し寄せてきた。今更ながら心臓がバクバクとうるさい。がんがんと頭まで痛む。その場に座り込んだため、周りからの視線が痛いがそんなこと気にしている余裕なんて無かった。
「こ、こわかったよぉ!!!」
_職員コード『監視人』待機場所では静かに。
「委員長みたいなこと言うなよ!
こっちは今まさに死にかけたんだぞ!」
態々館内放送で注意してくる博士にイラッとしながら、吠えるように吐き捨てれば少しは気分が紛れるような気がした。
「イートまで怖いとかこの職場終わりだってぇ…」
_怖くない監視対象なんて居ませんよ。
全くその通りで、世知辛い世の中に辛酸を舐めた気持ちになって作業着から着替えることにした。




