監視対象コード:DEEP
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
しゅっしゅっ、と消臭剤を作業着に吹き付ける。効かない時は効かないが、それでもしないよりは効果があるので。
今から行く監視対象はちょっと、いや、大分面倒くさいカテゴリに分類されるタイプなのでこういう細かな気遣いは張り巡らせておいて問題は無い。なにかあったら危ないのはこちらだ。ただでさえ危険なのに、はぁ。
まぁ、少なくともARTSやMINEなんかに比べれば幾分かマシではある。アイツらには一般常識がある分面倒だから。今回の監視対象は「これは人間種での常識だ」と言えば納得してしまう馬鹿さがあるので扱い易い。逆に、だからこそ常識が通じなくて面倒な場合もあるが。そこら辺は腕の見せどころだろう。何とかなると信じたい。
昔はもっと馬鹿だったから扱いやすかったが、今はその丸め込んだ反動が来ているのかすこし捻くれた常識をインストールしているので面倒なのだ。
そんなこと言ってる場合ではないか。
「業務を開始します」
* * *
「あ!『おはよーございます』!監視人!
えへ!これであってる!?これが正解?」
確認
監視対象コード:DEEP-1
危険度:High
友好度:High
「あってるよディープ、正解かな」
明るい茶髪に桃色の瞳、一見してふわふわとした印象を受ける出で立ちだが、身体中に巻かれた包帯や血の滲むガーゼを見ればその存在がいかに危ういか分かるだろう。
「また暴れたの?前にあった時より傷が増えてる」
「えー?えへ、そうかなぁ?
えへへ、俺いっぱい怪我するからわかんない!」
DEEP-1は通常時は穏やかな少年(身長は154cm程度)だが、一度目の前の相手から敵意を感じればすぐさま攻撃行動に移る危険な異能種である。そのため普段から規律違反行動が多く職員との揉め事で怪我をしやすい。1番、とまでは行かないが殺した職員の数ならば数ある異能種の中でも上位に食い込むだろう。
「オリジナルの手当をしに来たよ。
会いたいんだけど、今大丈夫かな」
今回の仕事はDEEP(Origina)の手当である。どうやらOriginalの調査中に害をなそうとした職員が混じっていたらしく、暴れたOriginalを『飼育員』が電気銃で制圧した時に怪我をしたらしい。
「えへ!いいよぉ!ほら、こっちこっち!」
調査区域変更:DEEP-1対応部屋→本体収容施設
_ぐるる
DEEP(Original)はライオン型の異能種である。灰色の体毛を持ち、鬣は黒い。モノクロのライオンといえば伝わりやすいだろうか。その威圧感はDEEP-1からは想像もつかないほどであり、牙を向かれれば即死するだろうことが分かる。が、ここで恐怖を抱けばDEEP両体からの不評を買うだけ。
「よしよし、いい子だね。
傷を見せてくれる?ふふ、いい子」
「えへへ〜!なでなで気持ちいい!
もっと耳のとこ撫でて?ふわふわしてるでしょ!
監視人に撫でられたくて整えたからね!
えへ、これ正解?」
確かに、DEEP(Original)は触り心地がいい。大型の肉食獣に見られるゴワゴワとした硬い毛ではなく、どことなく飼い猫のような柔らかいそれはずっと触れそうだ。
「うん、正解。あ、消毒液しみるかも」
傷の治療を開始する。
「うぅ〜、ちょっと痛い…。
でも、これは俺のためなんだもんね?
痛いのは俺を思ってのためなんだもんね?
…なら、我慢する…」
傷を負うことが増えたDEEP両体が怪我をおわせる職員そのものを敵として認識しないよう、「痛いのはDEEPを思っての行為である」という常識を植え付けたために少し認識が歪んでしまった。が、問題は無いだろう。
「大好きなディープに早く良くなって欲しいから、
ね?ほんの少しだけ我慢してね」
「分かった〜」
包帯まで巻き終わった。
「よし、これで終わり。頑張ったね」
ふわふわとした鬣を撫でていれば、DEEP-1が頭を差し出してくる。これは自分も撫でろ、ということだろう。
「よしよし、いい子」
感情度上昇、撫でられるのが好きらしい。扱いやすいのはいい事だと撫で続けていれば、当方の膝の上に頭を置いてごろんと甘え始めた。まぁ、今のところ気がたっている様子でもなかったためこのままケアをしていくとする。
「今日ね?今日、また飼育員に怒られたの。
えへ、俺ってバカだから、また間違った…。
でもね?飼育員が、監視人なら褒めてくれるって!
俺、バカでもいいの?ねぇ、監視人」
虚偽申告をします。
「うん、ディープはそのままでいいよ?
暴れちゃったのも、怖かったからだよね。
よしよし、なんにも悪くないよ」
DEEP両体は確かに癖があるが、その扱いやすさは直すべきではないだろう。DUSTやBELLのように下手に知恵をつけられると余計厄介になると想定される。
「可愛いね、ディープ。バカじゃないよ?
ディープはちょっと怖がりなだけ、
自分を守ろうとするのは偉いんだよ」
「えへ…、えへ!そう、そっか、!
俺、間違ってないのか、…よかったぁ」
DEEP-1との密着を確認、続いてDEEP(Original)も身を擦り寄せてきている。この接触はケアに必要な行為であると思われるため特に止めることはしない。またDEEP-1は正解か不正解かに拘る特性があるため、そこを利用すれば更に扱いやすくなると確認されている。
「ね、ねぇ、褒めて、?もっと、褒めて…」
柔らかなDEEP-1の髪を梳いてやれば、また感情度の上昇が確認される。いい傾向だ。
「俺ね、痛いの、やだけど…。
監視人が愛してくれるって言うなら、
俺、痛くても我慢できるよ、?」
「ディープ、」
「痛くしていいよ?俺、強いから、!
痛いの、大丈夫だから、!
ね、ねぇ、撫でるみたいに、痛くして、」
「ディープ!」
「っあ、ぁ、ごめ、ごめんな、さい」
感情度低下、
_急激な感情度の変化は健全な育成によくありません。
_異能種の為にもケアに集中してください。
了解。
「ディープ、ディープ、可愛い子。
よしよしおっきな声出してごめんね?
怖かったね、ごめんね」
「ちが、ちがう、いいの、謝らないで」
「ディープ、私はディープを甘やかしたいの。
痛いことするより、撫でていたいの。
それじゃあダメ、かな」
「う、ううん、や、じゃない…」
これよりDEEP両体のケアに移行する。万が一を考えて通信をオフにするため、緊急時の連絡の際は館内放送にてお願いいたします。
《通信終了》
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着いたため息は思ったよりもずっと重く、なんとも言えない後悔に近い負の感情が心の内を占めている。
「(子供を堕落させてるようで、なんかなぁ)」
分かっている。DEEP-1が自分よりもはるかに歳上なことくらい。異能種の寿命は人間よりもずっと長い、今押さないように見えても、DEEP-1だけでなく他の異能種達も自分よりずっと長い年月を生きているのだ。
だが、それでもあの無垢な見た目から放たれる言葉を歪めてしまったという事実にほんの少し胸が痛む。異能種にそんなこと考えたって無駄なのに。
「(煙草、吸お)」




