監視対象コード:SEE
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
仕事、仕事の時間だ。
分かってはいるのだけれど、どうにも身が入らない。どれもこれも今から調査する監視対象のせいだ。今の今まで読み耽っていた本を投げ出すことも出来ずにガリガリと頭を掻き毟ってから作業着に着替える。
「職員コード…、業務を開始しまーす」
* * *
「おや監視人、今日は随分やつれていますね」
「全く、誰のせいだと思ってるのかな、シー」
確認
監視対象コード:SEE-1
危険度:Low
友好度:Low
続いて確認
監視対象コード:SEE(Original)
危険度:Low
友好度:Low
たったかたったか、区域内を走り回るSEE(Original)は小さいウサギ型の元素生物である。桃色の被毛に包まれた小さな体に宝石のような赤い瞳を持っており、攻撃性も無いため職員の間では人気のある監視対象だ。
また、SEE-1は桃色の長い髪をした赤い瞳の長身の男であり、遠目から見ると女に見えないこともない。
性格は一言で言うと腹黒い男であり、言葉遊びで人間をからかうことが好きな性格をしている。全くもって扱い辛い監視対象であると同時にその人よりもよく回る頭は施設から重要視されている。ただし本人の機嫌がいい際にしか力を貸してくれないので彼のケアは最重要で行われる。おかげでこの有様だ、本当に面倒。
「今日はちゃんと読み込んできたよ」
当方が差し出すのはチェスの教育本。
次会うまでに覚えてこい、と言われたのを昨日思い出したので一夜漬けで覚えてきたのだ。お陰で眠い。
「おや、いつも通りはぐらかされるのかと…。
では取り敢えず一戦やってみましょうか。
貴女は賢いですから、きっと楽しいですよ」
「はは、お手柔らかに頼むよ」
経過時間:10:23-11:42
「凄いなぁ、本当に勝てないんだ…」
「まだまだですね、監視人」
計十四戦十四敗、やはり監視対象、異能種の知能は人間を大きく上回ることが確認出来た。これはいい調査結果だ。尚、当方がわざと負けた訳でなく本気だったことを追記しておく。業務であるので特に悔しさは感じない。
「さすがだね、シー」
今日は気分がいいようだ、前回ここに訪れた際には健康診断時に職員からの問題行為(本監視対象曰く「失礼なこと」)があったらしく、おもちゃのように壊された職員が区域内に転がっていた。その時の恐怖に比べれば、チェス程度の遊戯でぼこぼこにされるくらいどうってことはない。
「もう一戦やる?」
「いえ、また今度、貴女が強くなってから。
今日は貴女に勝てた勝利を味わっていたいので、
ふふふ、このまま勝ち越させていただきます」
足元を跳ね回っていたSEE(Original)が、机の上に乗って茶菓子をもりもり食べている。随分可愛らしい。
「いつも心ここに在らずで、ふらふらとあちこちに愛想を振りまいている貴女をこうしてめちゃくちゃに出来るなんて、最高の気分です。もっと褒め称えていいですよ?」
本当にいい性格をしてる。
「流石だよ、シーには頭が上がらないなぁ」
「ふふ、でしょう?
貴女に勝てるのは俺だけ、覚えておいてください」
_あまり調子に乗らせないでください。
確認、了解しました。
「前にリバーシをした時も、将棋をした時も、
負けて怒っていたシーとは大違いに見えるね」
「ぐ、」
「私に勝ちたくて、頑張ったの?」
「…そ、れは」
「でも、私に負けてるシーも可愛いよ。
そんなシーが居なくなったら、少し寂しい」
「…、…」
SEE-1の沈黙を確認。感情度低下、悩んでいるものと思われる。このまま言葉で黙らせて立場を思い出させることが有効手段である。また、当方にとってSEE両体及び監視対象は高く見積っても『愛玩動物』であるため、勝とうが負けようがどちらでも構わない。
追記:接触確認。
SEE(Original)が膝の上に乗ってきた。ROUTEとは違う手触りの被毛は綿毛のようにもこもことしており、少し芯があるように思える。
「なぁに、シー、言ってくれないと」
「…ても、ぃい、ですよ」
「あは、聞こえないなぁ?」
「撫でても、!いぃ、…です、よ」
要求『撫で』を確認。こちらで判断する。
「よしよし、ほら、これでいい?」
乱雑に、しかし傷付けないようにSEE(Original)を撫で、机の上に置き直す。SEE-1の感情度低下を確認。
「褒めて、くださいよ」
「なんで?」
SEE-1、硬直。恐らく照れているのだろうと思われる。当方としては想定内の反応であり、作業を止める反応ではないことを確認。このまま『いつものように』丸め込むことにする。これはSEE両体に過剰な自信を抱かせないようにするためであり、個人の意見はありません。
「なんてね。いい子だね、シー。
賢くて、格好よくて、可愛くて。
自慢の子だよ。今日はとっても楽しかった」
「…は、ぃ」
「褒めてって言えて偉いね。
ちゃんと報告ができて、とっても偉い」
こちらからの接触、SEE-1は拒絶しない。
触れたSEE-1の桃色の髪は柔らかく、まるで女の子のような髪質をしている。今度の研究の際に数本欲しいところだが、現在はケアを優先させる。
「可愛い可愛いシー、
私のために勉強してくれてありがとう」
このままケアを続行させるため通信機器の電源を一時的にオフにします。緊急連絡事項は館内放送にてお願いします。
《通信終了》
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「ツンデレって言うのは、
可愛い女の子がするから価値があるんだよ」
「お前も女だけどな」
「『監視人』はツンデレって言うか…」
珍しく同期三人組が揃ったので、『飼育員』『掃除屋』と酒を飲みに来ている。最初は仕事の愚痴でかぱかぱ酒が進んだが、酔いが回るとこうして適当なことを言ってしまう。
「監視人はツンデレっていうか、
甘える人にはデレデレだよね?」
掃除屋がのほほんと言う。ケロッとした顔をしているがチューハイを既に7杯飲んでいる。
「コイツは甘ったれだからな」
飼育員の冷たい一言。こちらは赤ら顔だし、既にビールを9杯飲んでいる。
2人とも大酒飲みだから見ていて気持ちがいいが、私はあまり飲めないのでアルコールが低いカクテルなんかをちびちび飲んでいる。ここが合コンならぶりっ子のレッテルを貼られそうだが、カクテルは味が好きなのだ。取り繕う相手でもなしに好きに飲める。
「そんなにかなぁ?」
「そこが監視対象に目をつけられるところじゃない?」
「げほ、」
カシオレが喉に引っかかった。
「そんなこと、ないと思うけどなぁ、」
思いたい、というのが本音だ。そういう嫌な感じの『女らしさ』というのを売りにしているから強くは言えないが。
「お前はお前が思ってる以上に甘ったれてんぞ」
でも、付き合いが長い飼育員がそういうのならそうなのだろう。知りたくなかった事実だ、別にそんなことないと思うんだけれど。
「気を付けます」
「俺は直さなくていいと思うけどなぁ」
優しいのは掃除屋だけだ…。




