監視対象コード:ARTS
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
_職員コード『監視人』、業務を開始してください。
無機質なアナウンスが鳴り響く、面倒だが、休憩を止めて作業服に着替えることにした。ああいや、制服か。もう現場担当ではないのだから、そういう簡易的なものじゃないのかと自分用のロッカーを漁りながら考える。
_職員コード『監視人』、業務を開始してください。
「わかった、分かったから」
何度も呼ばれる自分の識別番号に応えてみたが、アナウンスに返答したからと言ってそれが止まる訳でもない。
_職員コード、
_『喧しい』
けれど、3度目の放送の前に、そんな人の声が入って『ぶつり』と放送が途切れる。あの声はきっと職員コード『博士』のものだろうと辺りをつけていれば、
_『監視人、始業開始時間は過ぎてる』
と、その声が放送越しに圧をかけてくる。丁度着替え終わったので監視カメラに手を振ってやれば再びスピーカーから叩き付けるような『ぶつん!』と言う音。あの男はどうにも私の事が嫌いらしい、だからなんだという話だけれど。特に気を使ってやる気分にもなれないから、これからもきっと顔を合わせる場面があれば煽り散らかしてやることだろう。
さて、
「職員コード『監視人』、業務を開始します」
* * *
「あ、監視人、今日も来たんだね。
ようこそ、さぁ座って座って」
確認
監視対象コード:ARTS-1
危険度:Unknown
友好度:High
見た目は痩せ型の男性、黒髪に青い瞳、見目麗しい外見をしているが、近付き過ぎた他の職員を【捕食】した疑惑が出ているので努めて境界線を意識するように。
「やぁアーツ、今日もご機嫌だね」
「そりゃあ?好きな子に会えたんだ、機嫌も良くなるさ」
口調は穏やか、口先は軽く優しげ。なるべく視線は合わせないように…、が、合わせてしまった感じ悪意は受け取れないと思われる。以降視線には気を付けて接するように心がけたい。ARTS-1は精神干渉の能力を使う可能性が高い為、調査後のメンタルケアを上司に申告…、
「なに?」
追記:ARTSからの身体接触あり。
「いや?好きな子が、俺を放って寂しいからさ、
気を引こうと可愛らしく意地悪してるんだよ」
右手、手袋越しに感じるARTS-1の温度は人間と変わらない、それかもう少し高いか。「熱い」というほどでは無いが熱を持っているのを確認。部屋奥に居るARTS本体との接触確認次第ARTS-1の健康診断を推奨。
「アーツ、体に変化は無い?
頭、頭部が痛かったりしない?
それからお前の本体に会いたいんだけれど」
「…?別にいつも通り、
むしろ監視人と会って機嫌がいいくらいだよ。
だけど、逢いに来てくれるんなら問題はないね」
調査区域変更:ARTS-1対応部屋→本体収容施設
確認
監視対象コード:ARTS(Original)
危険度:High
友好度:Low
「本体に会いに来るのは久しぶりだね、
元気に…うん、元気そうでよかった」
ARTS(Original)は超大型危険指定元素生物。姿は巨大な蛇であり、その鱗は大戦で使われた盾と同程度分厚い。部屋の奥でとぐろを巻いてこちらに見向きもしない、と言われているが現在は機嫌がいいのか部屋の奥から出てきてこちらに顔を向けているのが確認できる。その瞳はやはり青い、深海のような、飲み込まれそうな、見れば見るほど離せなくなる美しい瞳をしている。まるで銀河のように、きらきらと、輝い、
…。
「アーツ、精神干渉を止めて」
_しゅる、る
ちろりと舌を見せたARTS(Original)に反省の意図は見受けられない。上層部に攻撃の意図ありと報告…は、また今度でいいとして。今は体温の確認を優先。
「アーツ、触れてもいい?」
_しゅる
ARTS(Original)の尾を確認。恐らく、収容施設職員にとってはARTS(Original)の尾を確認するのは初めてと思われる。
尾の先は鋭く研がれた槍の刃先のようになっており、危険なことが分かる。鱗は尾の先に行くにつれて小さくなっているがその分厚くなっており、こちらの方が耐久、攻撃性に優れている可能性が高い。
「写真は?」
「…君が一緒ならいいよ」
ARTS-1の承諾を確認。
触れた感じ、まるでぬるい鉄板に触れているようだ。つるりとしている部分とざらついている部分と分かれている。ざらついている部分は鱗が古くなっているのではなく、鮫肌のようにそう造りが違うものと思われる。ここから先は研究部に対応してもらうように取り次いでおく。
写真は尾の中腹、先、全体図を2枚ずつ計6枚。これ以上は監視対象の期限を損ねる恐れがあるため辞めておく。
「つまらないなぁ、全く。
折角君とお話するために俺が出来たのに、
君ったら喋れもしない俺とばかり…。
そんなのヤキモチを妬いてしまうよ」
ARTS-1の無駄話は一旦放置する方向で。
「アーツ、健康診断をしない?」
_しゅるる
「嫌?…ごめんなさい、
私に貴方の言葉は分からない、分かりたくない。
だからこれを決定事項にしよう。
アーツ、明日は健康診断の予定を入れておく。
出来るだけ嫌がらないで受けて貰えると助かるな」
「酷いこと言うなぁ。
君が、あとほんの少し心を開いてくれれば、
俺の考えも心も分かるようにしてあげられるのに」
「アーツ、同じことを言わせないで。
私は貴方の眷属になんてなりたくない」
「わぁ、ひどぉい。
でもいいよ、君のお願いなら聞いてあげる」
ARTS(Original)、ARTS-1、共に受諾を確認。『監視人』から『博士』に通信。明日、午後13:00からARTS両体の健康診断の実施を要請します。
_確認。
確認を確認しました。
「今日は帰るよ」
「えぇ?今来たばかりなのに」
「次の監視対象のところに、っ!」
「…妬ましいなぁ」
衝撃確認、防御態勢…、否、攻撃態勢に以降。ARTS(Original)、ARTS-1からの敵対心を確認しました。救助は必要ありません、繰り返します、救助は必要ありません。
「ねぇ、俺の、”俺の“【監視人】。
俺の恋心をそう簡単に弄ばないでよ」
「も、もうしわけ、」
「俺が欲しいのは謝罪じゃないよ」
「っじゃ、あ」
ARTS両体からの要求を確認、対象指定物、職員コード『監視人』の【心】。本職員はその要求を却下します。
「わ、悪かった、アーツ、仲直りをしよう」
折衷案としてARTS両体との交流を提案。
「今日はここに居るよ、お茶にしよう。
すぐに用意する、作業着も脱ぐし、
お前が望むなら通信器具も全て外す、どうかな?」
「……、ふーん」
要請、職員コード『監視人』の予定変更を要求します。このままではARTS両体の収容違反に繋がる可能性が高く、ないし当方『監視人』の安全も確認されません。
「作業着脱いで、私服でお話してくれる?」
「…あぁ、勿論だ」
「ふふふ、じゃあいいよ、許してあげる」
「ありがとう」
_確認。
確認を確認。ARTS-1からの要請に応えるため通信器具を外します。緊急連絡時は館内放送でよろしくお願いします。
《通信終了》
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「いやお前ほんと『監視人』の仕事なめんなよ!」
「舐めてねぇよ、なんにも言ってねぇだろ」
いや、別に。本当になんにも言われてないが、何となくバカにされているような気がしたのだ。飲みの席で気が浮ついていると言ってもいい。向かいの席でハイボールを飲んでいる男、職員コード『飼育員』に雑に絡んでおく。
「っどいつもこいつもさぁ!
バケモンみたいな愛し方しやがってよぉ!
怖いんだよばーーーか!!」
本音である。全くの本音だ、どれだけ報告通信で機械的な人間を演じることが出来たとしても酒が入ればそんなの無くなってしまう。今日本気で死にかけたのだからこのくらい羽目を外すのは許されてあって欲しい。社会ってのは本当に厳しい、ウチの会社ブラック過ぎて本当に辞職を考えてしまうほどだ。まぁ、辞職した瞬間に今責任を任せられている監視対象から誘拐されそうなのでしないが。
「普通の男と恋愛して普通の男と結婚したい…!」
「こんな職に着いてんだから無理だろ」
今は正論が一番痛い…。
あー、結婚したい!!