第一章 「黒の魔女」
世界に“黒の魔女”と恐れられる少女がいた。
その名は、凛。全身を覆う黒いマント。その下に潜むのは、重厚な黒のドレス――レース、リボン、そして無数の封印装具。
誰も知らない。
彼女が笑わないのは、感情を失ったからではなく、感情を抑えなければならないからだということを。
言葉が棒読みなのは、言霊に力が宿るからだということを。
そして、彼女の魔力が“黒”であるのは、真の魔力を覆い隠すための仮初の殻であることを。
――これは、封じられた“白”の魔術師が、己の真実に辿り着くまでの物語。
* * *
「……我に、用か?」
声は淡々と響いた。かわいらしい高音、けれど表情は無感動。
目の前で倒れている村の少年に、凛は静かに問いかける。
足元から赤黒い魔力の残滓が煙のように立ち上っていた。
封印が、微かに軋んでいる。
「ち、違うんだ……お姉ちゃんは、助けてくれたんだ……!」
村人たちは口々に言った。
「近づくな」「化け物だ」「黒の魔女め」――かつて投げつけられた言葉が、今は一転して戸惑いと感謝に変わっていた。
だが、凛の目は変わらない。黒い瞳、鏡のように光を反射するだけの無表情。
「……我は、誰も助けぬ。我が力は、すべてを壊す」
彼女の胸元で、銀色のネックレスが微かに震えた。
心の奥で何かが軋んだ。
――あれは、感情? それとも、記憶の断片?
封印された刻印たちは、薄く淡く、音もなく“剥がれ始めていた”。
* * *
次第に、凛の周囲に変化が起こり始める。
傷ついた者たちに触れるだけで、痛みが軽減され、腐った作物が再び芽吹いた。
そして凛は、初めてそれを「黒魔術ではない」と自覚する。
「……これは、我の力ではない。もっと……白い……」
その瞬間、背中に刻まれた“背鎖”が砕けた。
音もなく、黒のマントがほどけ、風に揺れた。
封印の一つが壊れるたび、凛の中の“何か”が目覚めていく――