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 クローゼットから勝手に服を出して、若草色のワンピースを着た。

 赤茶色の髪に似合うかな……と少し不安にも思ったが大丈夫そうだ。

 鏡の前で顔を見た時、今までと同じ筈なのに何故か違和感があるような、そんな不思議な感覚を覚える。


「……なるほど、これが主人公の転生がわかった時の気分……」


 小説のヒロインも、前世を思い出して混乱していたのを思い出す。

 だがマリーはあまり混乱も焦りも狼狽えもなかった。

 なんでだろう、前世の私は図太いのかしら……と首を傾げながら髪を梳かすとノック音が聞こえる。


「……はい」


「失礼いたします……まあ、奥様もう起きて大丈夫ですか?」


「え?」


「昨日は頭痛が酷く意識を失ったと聞きましたが……お体は如何ですか?」


「……ああ、はい。大丈夫です、心配をかけてしまって」


「いえ! 昨日は朝からお疲れかと思います。疲れが溜まっていたのでは無いでしょうか」


 話をしながら侍女はマリーの全身を見る。

 既に手伝う事がないとわかった侍女は体調を確認してから朝食へと向かうように促した。

 

 案内されて着いたのは食事をするための部屋のようだ。

 中心にテーブルがあり、それを囲うようにぐるりと椅子が置いてある。

 すでに夫は座り食事をしていた。

 結婚後は新婚生活を過ごせるようにと2週間の休暇が取れる。

 だから、夫である目の前の男も休日なのだ。


「…………おはよう。体調はどう?」


「おはようございます。大丈夫です」


「そうか、よかった」


 夫となった男からの返事はそれだけで、それ以上の会話を続ける意思はないのだろう。

 テーブルに並べられる朝食。

 サクサクのクロワッサンに、コーンスープ。

 サラダにスクランブルエッグにウィンナー。

 そして果実水。果実水だ。

 

 違和感がすごい。水をよこせ。


「……ごめんなさい、お水をくださる?」


「お水でよろしいのですか?」


「ええ」


 甘味が少ないこの世界では果物の甘さか、砂糖のような甘さかの2択である。

 甘味を好む、特に女性は果実水を食事にも常用していた。

 だが、前世を思い出したマリーは水一択である。

 そんな様子を夫となった男が目線だけを向けて見ていた。


「……そうでした旦那様。食後にお時間いただけます? 聞きたいことがありまして」


 丸眼鏡を押し上げて聞くマリーに、フォークを持つ手を止めて顔を上げたフリーダ。

 使用人の人数が少なく、さらに当主の顔を見ていないからだろうか、フリーダは盛大に眉を寄せて分かりやすく不機嫌な様子を全面に出す。

 だが、マリーは無表情のまま口を開いた。

 

「大事な話です」


「……わかった」


 渋々返事を返し、すぐに目線を外した目の前の男をジッと見てから食事を再開した。

 明らかに話をしたくない様子だわ……と思いながら食事をまるで流し込むように早めに済ます。

 マリーだって、不機嫌な人といる時間は最小限にしたいのだ。


 マリーの食事が終わるまで待っていてくれたらしくコーヒーを嗜んでいたフリーダ。

 マリーは軽く口を拭いてから立ち上がり自分の旦那様を見る。


「お待たせ致しました」


「ああ」


 すぐに立ち上がったフリーダは、マリーを連れて歩き出す。目的地はフリーダの自室だ。


 マリーはあまり昨日の話は覚えていなかった。

 ただ、愛する人がいると言われたのは覚えている。

 自分から話し合いを求めたのだが、どんな話が飛びでるのと考えるマリーは前を歩く大きな背中を眺めていた。


 フリーダ・ナデリスカ伯爵、現在22歳。

 彼の両親は高齢で既に他界している。

 一人息子のフリーダが15歳の成人になった時に家督を継いだ。

 成人ではあるが、まだ思春期真っ只中のフリーダは伯爵を背負って再出発したのだ。

 自分のしたい事を我慢して仕事に慣れるようにただ我武者羅に走り抜けた2年間で彼は少し老けたように思う。

 そんなフリーダは、ある令嬢と何度か舞踏会で会い懇意となった。

 だが不運な事に女性は没落して平民落ちとなったのだが、その女性との交流は今現在まで続いている。


 勿論そんなことを知らないマリーは、呑気にいったいどんな話が飛び出るのかなぁ……とフリーダの後頭部を眺めていた。




「……で、話とはなんだ」


 どさりと椅子に座ってマリーを見ることなく言ってきたフリーダにマリーは立ったままその姿を見てから口を開いた。


「まずは、現状のすり合わせです」


「…………すり合わせ?」


「申し訳ありませんが、昨日頭痛が酷くほぼ旦那様のお話は聞こえていませんでした。ただ、他に愛する方がいらっしゃるとは……聞こえた気がしますが、あっています?」


「…………あ、ああ」


 まさかマリーが面と向かって聞いてくるとは思っていなかったので、動揺しながら頷くフリーダ。

 どうやら昨日1日式の為に一緒にいたマリーを見て、随分と大人しい女だと思ったようだ。

 静かで反発しない女だと。フリーダには都合よく思っていた。

 

 だが、将来死ぬと分かって静かに流れに身を任せることなど出来るはずもないマリーはフリーダに反して動きだす。

 なにより、本編を知った事と前世の影響を受けているのだろうマリーは最早静かな女性ではなかったし、初めてマリーがフリーダを見た時に灯った胸の熱は昨夜完全に消失していた。


「……なるほど。それで、対外的な妻ということですね。では、夜での私の仕事は免除されるということでよろしいですね?」


「……仕事……まぁ、そうだか。君を抱くつもりは無い」


「なるほど。でしたら、私たちの婚姻は3年で宜しいですね。その間は愛人の方と子をもうけることは控えてくださいね。もしご懐妊致しましたらその場で浮気とみなして離縁といたしましょう。この場合は慰謝料を頂きます。妻として対外的な対応はいたしますので、毎月妻に出されるお金は……お給金として頂く事に致します。あとは……」


「……は? いや、何を言っているんだ」


 どんどん話を進めるマリーに、ポカンと口を開けるフリーダ。

 意味がわからないと首を傾げる旦那様の姿にマリーも首を傾げた。


「なにがでしょう?」


「離縁などする気は無いが」


「まぁ、おかしな事を仰る。白い結婚は十分離婚の原因となりますし、結婚して3年たっても子が出来なければ、こちらも離婚理由となります」


「それは必ずしもではないだろう! お互いの同意が無ければ子が居なくても養子をとるとか……」


「それは愛し合う夫婦の場合ですよね? まさか愛人の子を養子にとり、私に育たせようとか子が出来ないから愛人を第2夫人にとか思ってます? 絶対無理ですね。ですので、愛人がご懐妊した場合は3年経たずとも浮気で離縁です。まさか、愛のない結婚を私に強いておいてご自分は幸せに現状維持とか馬鹿な事おっしゃるの? そこに私の幸せってあります? 何が楽しくて蔑ろにされる結婚生活を分かっていて続けたいと思います?」


「………………お前」


「では、あとから嫌だと仰られても困りますので契約書にサインを頂き教会に提出致しましょうか」

 

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女を甘く見てはいけません。 何が楽しくて白い結婚生活をづっと続けるなんて虫の良い考えができるのかしら!? しっかり契約書を作りましょう!www
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