番外編 フリーダの葛藤 2
こうして、フリーダは妻を迎えた。
静かに微笑む赤毛の女性、マリー。
穏やかでお淑やかで、だからこそ大丈夫だと思ったのだ。
だから、予定通りにその言葉を伝える。
「愛せないから無いから白い結婚をしよう」
その言葉を吐いた翌日から、フリーダは恐妻を得て現状を細く丁寧に教え込まれた。
意地悪じゃない、伯爵家の為に懇切丁寧にマリーは全てをさらけ出す。
「いやなら私は離縁でかまいません」
優しく頼りなく、全てを肯定する女性だと思った。
それが大ハズレで逞しくも伯爵家を立て直す女傑だった。
冷たい訳じゃない。むしろ困っているフリーダの相談に耳を傾け、マリーにしてみれば侮辱に値する愛人とのより良い生活をするにはどうすればいいのかを思案し解決策を導き出してくれるのだ。
シェリーにはない頼もしさは次第に居心地良く側にいて安心感がうまれる。
妻なんだから、それは当たり前の事だ。
シェリーがいるのにマリーに感じる安息。
それは勿論シェリーには言えなかった。
次第にヒステリックになり、その次には落ち込むシェリーのそばで支えるフリーダは、疲れてマリーの元に帰る。
そんな二重生活を送る毎日に、次第にマリーへの親愛が芽生えていった。
だがそれは、一方通行だと改めて思い知らされる。
「店……獣人との交流……」
先程明かされたマリーからの衝撃の真実。
知らない間にはじめていたお菓子屋さんパティスリィマリー。
獣人との交流。
なんで一言も教えてくれなかったのかと憤り、なんで夫がいるのに獣人と交流してるんだと怒りに震える。
獣人との交流とは、合法的な浮気だ。
そこに愛があり、子はできないから肉体関係があっても許される。
夫婦間で許可していれば可能なのだ。
フリーダはそれを許可した。誓約書もある。
だからフリーダが怒ることも止めることも出来ない。
そもそも、フリーダはずっと愛人を抱えている。していることは同族で子ができるフリーダの方がもっと罪深い。
それからは注意深くマリーを見た。
相談中でもたまに視線を向ける足元、動く足、伸ばさる手。
そこにいるのかと、目が鋭くなる。
そして、たまに下を見て柔らかく笑うマリーに衝撃を受けた。
ふたりの女性の間で揺れるフリーダ。
だが、最初からフリーダが選んだのはシェリーで、マリーは対外的な妻。
今更マリーに触れる資格はない。
震えそうな手を握りしめマリーと話をして、落ち込むシェリーの元へと向かうフリーダは今日も暗雲立ちこめる胸を抱える。
そして、2人が出会う日が訪れた。
婚姻してから3年。
伯爵家に尽くしてくれたマリーは名実共に伯爵夫人として支え現在では社交界でも名を通った女性だ。
そんなマリーと、平民となり働きに出たがまだまだ気楽でしたい事を我慢せず言葉にするシェリーの器の違いが表面化する。
分かりきったことだが、シェリーはマリーに劣等感を抱いた。そしてそれはフリーダも。
マリーの隣で輝く毛並みを見せるラーゼンとは数回本邸内で会っていたし、席を外していたマリーの机の下を覗いたこともある。
巨大な虎、強さの頂点のひとつにいる獣人の種族。
その虎が、まさかマリーの相手だと最初は驚き、そして今まさに獣人の中でも有名なラーゼン・シュバルツシルトだと初めて知った。
人格が、器が、全てが違いすぎる。
マリーをさらった憎い獣人と勝手に思っていたが、彼はただマリーに寄り添い大切にしているだけだった。
それなのに、自分はなんだろう。
シェリーを大切にしたいのに出来ず、不甲斐なさを妻に相談する夫。
こんな情けない夫にマリーが寄り添うはずがない。
今でもシェリーを愛してる。だが、その胸にマリーの存在がズドンと座り込んでいた。
ほのかに灯った恋の火を静かに消そうとするフリーダは、以前の自分のように強くも丁寧に現状を突きつけられて呆然とするシェリーを支えると気持ちを引き締めて新たに誓う。
まだまだこれからもマリーに寄りかかるだろう。
不甲斐ない当主はマリーがいなければ伯爵家を存続させられない。
わかっているから頭を下げて、優しく笑うマリーに助けを乞うのだ。
その横にラーゼンがいて、愛おしく撫でていようとも。
胸がチクリと痛もうとも、これがフリーダが決めた人生だからと自らを納得させながら。