番外編 フリーダの葛藤
フリーダは年若くして伯爵となった。
優しい青年だ。ただ、伯爵としてまだ若すぎて様々なことを1度に考えられない。
領地経営、運営。
それは当然しなくてはいけないもので、他にも妻を娶っていないフリーダは屋敷内での事も全てしなければならない。
使用人の様子確認、賃料の算出、家の修繕箇所があれば対応し他の貴族との連携。
他にもやることは山積みなのに体は1つだ。
レイモンドにも仕事を振り分け優秀な人材が領地を手分けして運営に携わってくれる。
ギリギリな精神状態でフリーダは仕事をこなしていた。
以前は城に仕えていた優秀なフリーダだが、現在は一人きりで全てを背負い無意識に自らを追い詰める。
どうすることも出来ないと頭を抱える日々が続いた時、舞踏会でキラキラと笑う男爵令嬢を見かけた。
可愛らしく笑みを浮かべているシェリーという女性。
フリーダよりも年上なのに幼い少女みたいなシェリーに強く惹かれたのだ。
なかなか話しをすることが叶わず、やっと話をできた頃にはシェリーの家は没落すると噂が流れていた。
そして、ある舞踏会の時の事、何かを言われたのかシェリーは泣きながら走り去った。
フリーダはいてもたってもいられず追いかけシェリーを止める。
大きな瞳に涙を浮かべ、キラキラと反射している。
可愛らしい顔は涙に濡れ絶望しているのにフリーダには魅力しかそこにはない。
無意識に掴んだ腕と、自らの高鳴る鼓動に息が止まりそうになるフリーダを見上げるシェリー。
「…………あの、ナデリスカ伯爵様」
「あ……すまない! 無意識に手が……」
「い、いえ!」
こうして出会ってしまった2人。
この出会いがフリーダの人生を一気に傾けるが素晴らしい出会いにも繋がるのは後に気付く事だった。
シェリーの家族は没落した。
貴族では無いシェリー、今更添い遂げたいと思ってもこの世界は貴族と平民の婚姻は認められていない。
ならば、シェリーをどこかの貴族の養子にするか。
だが、伯爵となりまだ若いフリーダはそのツテがない。
これではシェリーは愛人としてそばに居るしかない未来しかない。
だが、フリーダは伯爵だ。
今はまだいいがいつかは結婚して子をなすのも伯爵の仕事である。
どうすればいいんだろうと常に考えながら伯爵家の金銭を使って平民から逸脱した裕福な日常をシェリー達に与えていた。
それに感謝するシェリーや両親。だが、見た目はどんどんと薄汚れ、手入れされていた肌が荒れていく。髪が傷んでいく。
その姿を見て、平民に落ちてしまった実感を今更したのだ。
だが、あの日見たキラキラした目と笑顔は変わらなかった。
「フリーダ様」
「なんだレイモンド。もうこれ以上仕事を持ってこないでくれよ」
頭が痛いよ……と額に手をあてるフリーダにレイモンドはため息をつきたくなった。
彼が持つ帳簿には、必要以上に出費が嵩み伯爵家の財政が逼迫している現状が表示されている。
「何度も言ってますけど、もう余裕なんでないですよ。我が伯爵家が潰れます。これ以上の支援はやめてください」
何度と言われ続けた言葉にフリーダは手を振る。
「伯爵家の金がそんなに無いわけが無いだろ。シェリーとの付き合いをやめる気は無いよ」
「やめなくていいですから支援を切ってください。せめて家賃半分に……」
「そんな事をしたら生活が出来なくなるじゃないか!」
「貴族と平民の生活は違います!貴族の生活をベースに考えないでください! それに、そろそろ奥様を!社交界での噂も分かっていますよね?!」
「………………わかってる」
いつまでも貴族に近い生活を支援するのは良くない事も、それが社交界で噂になってきていることも。妻を迎えないのは平民となったシェリーにうつつを抜かして貴族としての矜恃を失ったのでは? と言われているのはフリーダも分かっていた。
だが、結婚したら愛人や不倫は貴族の中では恥となる。
シェリーがいるのに結婚などしたくない。
今の重圧になんとか抗っているのはシェリーのおかげなんだから。
そう悩むフリーダ。シェリーが没落してから2年半が経過していてかなり財政は傾いている現状に目を背けていたのだった。
だが、このままではいけないのはわかってる。
わかっているのだ。
「……シェリー、ごめん。伯爵として結婚しないといけないんだ」
「フリーダ……そんな」
平民となったシェリーだってわかっているはず。
だが、それを納得したくないまだまだお嬢様気質のシェリー。
貴族の中で未だにシェリーの名前が不名誉に出ていることすら知らない綺麗な場所にいるシェリーは、沼に足を踏み入れ抜け出せない心情のフリーダを理解できなかった。
「…………愛してるのはシェリーだけだ。本当に。だから3年まってくれ。第2夫人としてだが迎えに行くから」
「第2夫人……貴族に戻れるの?」
「ああ! こんなみすぼらしい生活から抜け出そう!」
みすぼらしい。2人がそう思っている生活は平民からしたら憧れるお金に心配する事のない充実した生活だったのだとまだ理解していなかった。