番外編 シェリー没落からの奮起
シェリー・ランドライト元男爵令嬢。
薄紫色のストレートヘア、サラサラの髪が自慢の小柄な少女だった。
何不自由なく生活していたシェリーは知らなかったのだ。
優しすぎる両親は知り合いの負債を抱え込んでしまいあっという間に没落の一途を辿る現実が目の前に控えている事に。
この時シェリー17歳。まだ世間の大変さを全く知らない貴族のお嬢様だった。
「まぁ、シェリー様ではないですか。もうすぐお家が大変だと言うのに社交に出ている場合では無いのじゃないかしら?」
クスクスと笑って言う令嬢たちに、シェリーは真っ赤な顔をして俯いていた。
シェリーの家の現状は次第に娘であるシェリーも知る事となって時期に貴族ではなくなるのを理解していた。
だから最後にと出た舞踏会だったが、ここでもシェリーは虚しい気持ちになるだけだった。
そんな姿を、なんどか舞踏会で会った男性に見られ真っ赤な顔をして走り出した。
恥ずかしい……恥ずかしい!!
最後に、思い出を作りたかっただけなのに! とシェリーは泣きながら静かな廊下を走り抜ける。
その後を必死に追いかけて腕を掴んだのが、後に懇意になるフリーダであった。
泣くシェリーの涙や、可愛らしい顔に全ての意識が吸い寄せられるように意識を持っていかれた。
そっと涙を拭うフリーダに、シェリーはさらに顔を赤らめた。
「…………あの、ナデリスカ伯爵様」
「あ……すまない! 無意識に手が……」
「い、いえ!」
こうして出会ってしまった2人。
運命的な出会いだと後にフリーダがシェリーに話ていたこの出来事は、シェリーが没落する前の男爵令嬢として出席した最後の舞踏会だった。
それから、シェリーの家は没落した。
平民落ちしたシェリーたち家族を助けたのはフリーダだった。
売り払った家財などで不積分を返金したが、その分領地経営に使う資金が底を尽き爵位は返還したシェリーたちは、フリーダに支えられる。
家だって平民よりもずっと良い一軒家に住めたのはフリーダの伯爵家の金を使っていたからだ。
良かったのは、家族3人働く事に苦は無かったくらいだろう。
よく働く3人。だがシェリーは生活の状況を下げる事は難しかった。
服の質が下がりツヤツヤだった髪のツヤが無くなってパサつきが出る。
毛先は枝毛すら出来ていて、シェリーは泣きそうになっていた。
処分したドレスの代わりにフリーダが新しくプレゼントしてくれたドレスを身に纏う。
姿見に映るシェリーは薄汚れて手入れされていない体に美しいドレスとアンバランスで全く似合っていない。
以前なら、似合っていただろうと手のひらに爪を立てた。
男爵令嬢。良い生活をしていたシェリーには天国から地獄だった。
「…………お金……お金さえあればこんな事にならなかったのに。お父様が肩代わりしなかったら……こんな事……」
「シェリー……」
「フリーダ! わたし、わたし悲しいわ! 苦しいわ!! こんな生活……こんな……」
泣き崩れるお嬢様だったシェリー。
平民の生活が辛いと悲しむシェリーを、そばで支えてきたフリーダがさらに支えると伯爵家のお金を放出する。
これで、シェリーの生活は潤ったが、伯爵家の財政は一気に傾いて行った。
可愛く優しい令嬢のように振る舞い笑顔を見せてフリーダの関心を離さないシェリーだが、父親が受けた負債のせいでという気持ちが深く胸の奥で澱んでいる。
だから、シェリーはお金に執着した。
フリーダへの愛は変わらず、だがそれ以上にお金に執着しているシェリー。
それにまったく気付かないフリーダはシェリーが没落してから3年後婚姻して妻を娶る。
だが、関係性は変わらない。
愛してるのさシェリーだけ。だが、平民の君を第1夫人にはできないと言われて悲しげに笑いながらも苛立ちが胸に広がっていた。
フリーダが結婚した。
相手はシェリーもかつてそうだった男爵令嬢だ。
愛しているのはシェリーだけ、白い結婚だ。3年経ったら結婚しようと言い切ったフリーダに、嬉しいと抱きついたシェリー。
そのままベッドになだれ込んだ2人は、幸せだった。
そう、支援金が減額されるまで。
不満だった。不満しか無かった。
男爵令嬢だった頃より贅沢はできないが、それでもまだ許容範囲の生活をしていた。
だが、一気に支援金が減り、プレゼントも目に見えてランクが下がった。
ドレスや宝石は今は使い所がないからいい。
だが、全て嫁を娶ってからの変化だとシェリーの怒りが再熱する。
どうして私だけ、こんなに惨めなの。
どうして!
お金に執着するシェリーには、フリーダへの愛が少しづつすり減っていく。
それでも、今フリーダがいなくなったら貧民のようになる。それだけは嫌だと、何かと悩む様子が増えたフリーダを慰めたシェリー。
フリーダが与えてくれる優しさや愛おしさより、目先のお金に意識が行くシェリーは自らを顧みなかった。
そんなシェリーの意識を殴り飛ばしたのは、フリーダの嫁となった恐妻の存在。
フリーダがお世話になっています。
それくらいの嫌味を言おうと思っていた。
だが美しいドレスに身を包み、背筋を伸ばして立つマリーの姿に圧倒されたシェリーは惨めさに唇を噛んだ。
私だって、男爵令嬢のままだったなら……そう思うが、どうしても惨めさは拭いきれなく、カーテシーをする手が震える。
そして完全にマリーに敗北したのは綺麗に整えてくれた別館に住み何不自由ない筈なのに、やはりネックになるお金問題で直談判しに行った日の事だ。
お金のせいで没落した。
シェリーはまた、不遇なのはお金のせいだと鼻息荒くメリーに言う。
だが、差し出された帳簿に書かれた数字の羅列。
そこには、以前のシェリーたちが使った伯爵家の財源について書かれている帳簿だった。
その使われている金額は膨大。
あのままだったら没落してもおかしくない状態だったと初めて知ったマリーは言葉を失う。
以前自らに起きた事をシェリーはフリーダにさせていたのだ。
マリーが何もしなかったら、伯爵家は今頃無くなっていただろう。
「…………ぁ……あぁ……」
話を終わらせたフリーダは、呆然と立ち尽くして泣くシェリーに驚いた。
慌てて近付き顔を見ると、顔をクシャクシャにして泣いている。
「ど……どうしたんだ?」
小さくつぶやくシェリーの声は、マリーとフリーダには聞こえていなかった。
言い合いのように話す2人はどこまでも仲良さそうで、現実を見せつけられたシェリーは今更ながらにフリーダに捨てられるのではないかと恐怖する。
大金があり頭も良くて伯爵家を支える良妻の存在は、シェリーがどんなに頑張っても越えられない壁だろう。
さらに、自分はかつてお金が無くなり没落した男爵家の娘であるのに、3年前莫大な資金を持っていた伯爵家を揺らす存在だったと今更知って恐怖する。
そんな私が第2夫人に収まっていいのだろうか……
一気に溢れる罪悪感と後悔。
だがフリーダは相変わらず愛を持って接してくれて、マリーはこの3年間シェリーが心置き無く過ごせる提案をし続けたと知り、惨めさよりもやるせない感情が大きくなる。
「……ごめんなさい……私……私……」
「何を謝るのかしら。貴方はこれからは第2夫人として子を産み育て跡継ぎを立派に伯爵にする大変な仕事があるのよ。適材適所と言うでしょう? 家計については私が、世継についてはあなたが。それだけの事だわ。私たちはそれぞれの立ち位置で伯爵家を支えるだけよ」
くだらないお金の執着に、マリーへの嫉妬。
今更自覚したシェリーは償いようもないし、恥ずかしくて今更言い出せもしない。
ただ、マリーが言ったように自分に出来ることを真摯に行い償おうと小さく頷いた。
かつての情熱的な愛は薄れてしたったが、シェリー家族を支え続けたフリーダには感謝しているし家族の愛がある。
心配するフリーダを見ながら微笑んだシェリーは、ナデリスカ伯爵第2夫人として自らの足で立つ決意を固めたのだった。