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マリーのお菓子屋さん準備が順調に進んでいる頃、フリーダは頭を悩ませていた。
企画書だとマリーに叩きつけてから2ヶ月が経過したのだが、マリーから言われた移動手段や貴族街から仕事に出る姿を見られる問題が解決しないのだ。
毎月家賃として払っている分を安い馬車を買い送迎費用に当てることは出来るが、その為の馬車の手入れや御者の手配に給料など馬車に係る金額は毎月の家賃を優に超す。
勿論それも知らなかったフリーダはマリーに言われて頭を抱えた。
別邸問題は困難を極めている。
マリーのように何かをなしとげ資金を増やしている訳でもないので、今以上に出費が増えればあっという間に自分が使える資金は底を突くだろう。
当主として領地経営は意外なほど成功しているフリーダ。
恋にうつつを抜かしても、領地は磐石で鉱山や貿易の拠点もある為資金は潤沢だ。
それらを担当している職員が優秀なのが1番の理由である。
だが、それすらも食い潰す勢いで使っていた以前のフリーダ。
今はその頃のように好き勝手お金は使えない。
1度それについて不満があるとフリーダはマリーに言ったことがあった。
その時もマリーは懇切丁寧に2日間かけて懇々と説明した。
顔は笑っていたのに目は笑っておらず光のない真っ黒な目で話されたフリーダは、話が終わった後、マリー怖い……マリー怖い……と呟いていたのを屋敷の使用人が見ていた。
そのため、領地経営で使う資金やそこから収益として上がっているお金は一切着手出来ないようになっていた。
もうどちらが当主かわからないマリー独壇場によるマリー帝国となっているが、以前より良くなっているので誰も口出ししない。
「…………どうすればいいんだ。俺としたら現状維持でもシェリーに会えるし大丈夫なんだが、やっぱりシェリーが不安になっているんだ」
「……今の状況を私に相談するのが1番愛人の方を不安にさせているのではないですか?」
「だって! 他にいい案を出してくれる人がいないんだ!」
ソファに深く座って頭を抱えるフリーダは、仕事中のマリーの部屋で話をしている。
書類を確認しながら判を押すマリーは顔を向けることなく返事を返した。
1度メイドとして住み込みで働かせたらどうだ? とマリーは提案したのだがフリーダは本館で愛人を働かせる事に納得していない。
「私からはもう提案は浮かびませんが」
「…………ただ一緒に居たいだけなんだ……なぁマリーわかってくれるよな」
「それを妻である私に言う貴方の神経が分かりませんわ」
判を推し終えた書類を集めて、トントンと合わせる。
書類を受け取りに来た使用人が肩身狭そうに立ち尽くし待ってるのを知っているマリーは、眉尻を下げて渡した。
「お待たせしてごめんなさいね……」
「い、いえ! それでは失礼いたします!」
頭を下げてそそくさと出ていく使用人をフリーダは横目で見ていた。
「…………はぁ。今働いている場所よりも伯爵家メイドの方がよっぽど待遇は良いと思いますけど、何が気に入らないのですか?」
「…………君とシェリーが会うの」
「会ってはいけないのですか? 2年半後には第2夫人になさるのに?」
「そうだが、今は伯爵夫人とメイドになるだろう。その格差は……その……」
「格差……元からあるのだからそれは仕方がないでしょう」
「君が色々命令するようになるだろう!! シェリーが可哀想だ!」
「…………では、他の使用人も可哀想ですか? 主人である私に命令されて従う使用人も、貴方は心から可哀想だと?」
「そんなわけないだろう。使用人なんだから」
「…………でしたら、愛人の方は伯爵家で働く訳にはいきませんね。同じ使用人の立場の方でこの方は良いけどこの方は駄目など差別は出来ません。たとえ後に第2夫人になるのだとしても今はメイドであるなら特別待遇はできないわ。そこは割り切らないと他の方達に示しがつかないもの」
はぁ……とため息を吐くマリーにフリーダは不満そうにしながらも言い訳や反抗は一切しなかった。
その通りだからこそ言い返せないし、言い返すと倍になって返事が返ってくる。
それは、結婚してから数ヶ月でよく分かったフリーダはちゃんと学習している。
だが、未だに足元にいるラーゼンに気付かないフリーダは、いつまでもマリーに興味はなかったのだった。
それが変わったのは、マリーがお菓子屋さんを開業して社交界に広まりだした頃である。
「ねえ、知っていましてパティスリィマリーの事!」
「えぇ、勿論!」
よく耳に入ってくるパティスリィマリー。
フリーダはお茶をしながらその話をしている女性に近づいた。
「失礼、最近そのパティスリィマリーという言葉をよく聞くのですがそれはなんなのでしょうか?」
「え? ……まぁナデリスカ伯爵ではありませんか! 嫌だわご冗談を。貴方の奥様のお店ではありませんか」
うふふ、いつもお世話になっていますわ
私、明日また行きますのよ
私の娘が好きなの
まぁ、私は夫も好きで! お茶の時間の彩にも最適ですわよね!
きゃあきゃあと笑いながら話す4人の女性たちの話を聞きながら、フリーダはマリーの店……? と呟いた。