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貴族の結婚は、家との結びつきや政治的戦略として結ばれることが多い。
両親が損得勘定をして、それに振り回されるのはいつも子供達。
貴族に生まれたのだからそれも仕方の無い事だと諦める人のなんと多い事か。
今ウェディングドレスを来ている伯爵令嬢であるマリー・モディカもその1人である。
真っ白なドレスは貴方に染まります、の意味合いがあり、美しいフリルやレースが施されたドレスのスカートをマリーは翻す。
長い赤い髪を片側だけ編み込み、右側に流している。
引きずる様なベールで顔を隠して、愛用している丸眼鏡のズレを直すと、ノックの音が響いた。
「マリーさま、準備は如何ですか?」
「…………はい、大丈夫です」
振り返り、美人でも可愛い訳でもない、至って普通の女性が笑った。
18歳、マリー・モディカ。本日、会ったこともない男性に嫁に行きます。
そうドキドキと高鳴る胸を抱きしめて、マリーは挙式をした。
始めてみる旦那様は一般的にかっこいいと呼ばる類の人で、目が合うと柔らかく微笑んでくれる。
好印象としか言えず、マリーは幸せな結婚生活が出来ると信じて疑わなかった。
「申し訳ないんだがマリー。愛せないので白い結婚をしよう」
「…………はい?」
「君とは夫婦となったけど、それは対外的なものだと忘れないで。私には愛する人がいるから個人的に君に愛を囁くことも、触れることもないから。人がいる時だけ妻として私の隣に立ってほしい」
結婚したその日の夜、扉に寄りかかり冷たい眼差しで言った旦那様をマリーは豪華なベッドに座り込んで聞いていた。
薄ピンク色の肌が透けるナイトドレス姿のマリーをまるで汚いものを見るかのように見てくる旦那様の言葉を理解した時、突然鈍器に殴られたような頭痛に襲われた。
顔をしかめて俯き痛みに耐えるマリーは、まだごちゃごちゃと何かを言っている夫となったはずの男の声はいっさい頭に入らなかった。
崩れ落ちそうになる体を必死に支えるマリーに、聞いているのか?! と騒ぐ声すらマリーには届いていない。
「…………い……たい……」
ふっ……と意識が途切れてベッドに倒れたマリーに仮病か? いや、初めての夜の異変を放置して後々面倒事は避けたい……と改めたマリーの夫は体調を確認することなく医師を呼んだ。
結婚初夜から伯爵家はバタバタと落ちつきなく過ぎていった。
「…………マリー・モディカ……マリー……なぁるほど?」
次に目を覚ましたのはもう日が昇っている時間で、天井を眺めながら呟いた。
マリー・モディカ。それは確かに彼女の名前で生まれてすぐはさすがに覚えていないが幼少期から育まれてきた記憶はしっかりとある。
だが、昨日の頭痛からの昏倒時マリーはある夢を見た。
黒髪の女性がエプロンを付けてお菓子作りをしている様子だ。
その傍らにはスマホがあり、そこから聞こえるのは読み上げ機能を使った小説の内容だった。
その小説のタイトルは覚えていないが内容は覚えている。
旧姓マリー・モディカ、現ナデリスカ伯爵夫人はその小説の番外編に登場する女性。
本編に出てくるキャラの亡くなった奥様である。
そう、本編前に亡くなるのだ。
「…………いや、誰が死ぬかって」
ベッドから起き上がり腕を伸ばして、んー……と声を上げながら伸びをした。
そのまま体をほぐすようにストレッチをして、ハッとする。
マリーはどちらかと言えば動きたくない子であった。
間違っても起きて早々にストレッチをするような子ではない。
どうやら、夢で見た黒髪の女性がベタだが前世なのだろう。
詳しいことはわからない。女性の記憶が一切ないからだ。
だが、小説の内容はしっかり覚えている。
あと、沢山のお菓子のレシピと味も。
「…………味を思い出したら食べたくて仕方がない。でも、この世界にはプリンすら、ないっ!」
デザートという概念がなく、茶請けなどはナッツ、チーズなど塩気の強いものが出るのだ。
焼き菓子すらないこの世界。
だが、材料が無いわけじゃないし、砂糖が高価な訳でもない。
つまり、作ればいいのだ。
その前に、マリーは昨日の話をしなくてはいけないなとベッドから出た。
まだいつもなら起きる時間よりだいぶ早い時間帯、マリーはいつもよりもスッキリとした気持ちで目が覚めたのだった。