表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

最終章 7年後ー交差点のその先へ

 Scene:自衛官採用面接/「守る力に、意味を与えたい」

 面接室の空気は、張り詰めたように静かだった。

 制服に身を包んだ面接官たちの前で、早矢は背筋を伸ばし、深く一礼する。

「では、佐々木早矢さん。志望動機を聞かせてください」

 一瞬だけ、言葉を選ぶ間があった。

 けれど、次の瞬間には、まっすぐな視線で前を見据えていた。

「私は、“守る”ということに、強く意味を感じています」

 自分でも驚くほど、声ははっきりと出た。

「私は中学時代、震災で父が災害派遣に出た経験があり、長く帰ってこなかったことがあります。母と二人で過ごす中で、小さかった私は“私が守らなきゃ”と本気で思っていました。今思えば、それは幼いなりの強がりだったと思います。でもその思いが、今の私の原点です」

 面接官の手が、静かにメモを取る。

「それから私は、自分の身体を鍛えることで、“誰かを守れる自分になれる”と思うようになりました。スポーツ科学を学んだのも、そのためです。筋力や動きの理論だけでなく、心の持ち方やストレスとの向き合い方も学びました」

 ほんのわずか、拳を握る。

「でも、“強い”というだけでは、人は守れないこともある。

 私はそれを、何度も思い知らされました。

 大切なのは、“何のために強くなるか”だと今は思っています」

 言葉に、一拍の重みが宿る。

「私は、自分の力で、誰かの不安をひとつでも減らしたい。

 戦うためではなく、“寄り添うための強さ”を、私は持ちたいと思っています」

 沈黙が流れた。

 けれどそれは、重苦しいものではなかった。

「以上です」

 深く一礼する早矢の姿に、面接官の一人が小さくうなずいた。

 もちろんです。では、面接官との質疑応答パートを追加して、早矢の人間性をより掘り下げていきますね。

 面接官の一人が、手元のファイルをめくりながら口を開いた。

「佐々木さん。あなたは“寄り添う強さ”とおっしゃいましたね。

 ですが、自衛官には時に厳しい決断や指示も求められます。

 その両立について、どう考えますか?」

 早矢は一瞬、静かに息を吸い、そして言った。

「“寄り添う”というのは、甘やかすことではないと思っています。

 苦しんでいる人を、ただ慰めるだけではなく、

 “その人がもう一度立ち上がれるように支えること”。

 私はそう考えています」

 そして、少しだけ笑った。

「中学の時、同級生が走れなくなったとき、私はその子の分も走りました。

 でも本当は――ただ走るだけじゃなくて、隣で“走り出す瞬間”を信じて待ってあげればよかったって、後悔したことがあります。

 だから今度は、待つことも、背中を押すことも、ちゃんとできる自衛官になりたいです」

 面接官が少し驚いたように目を細めた。

「なるほど。では最後に――佐々木さんが目指す“理想の自衛官像”を教えてください」

 早矢は、一瞬だけ目を伏せてから、ゆっくり顔を上げた。

「“誰かの光になる”人です」

 その言葉には、かつて誰かに支えられた記憶と、

 今、自分がなりたいと願う強い意志が、重なっていた。

 面接官の沈黙は、敬意と受容の静けさだった。


 Scene:再会の森/7年後の朝

 あれから、七年の時が過ぎた。

 凌は、母校での三週間の教育実習。その初めての土曜日を迎えていた。

 この日は、陸上部の生徒たちを連れて、裏山のランニングコースにやってきた。

「ここ、俺が中学生の頃、毎日走ってた場所なんだよな……」

 部活生たちがコースを走る間、凌は道の端に立ち、声をかけたり見守ったりしていた。

 風に揺れる木々が、当時よりも高く大きくなっているように見える。

 木漏れ日が、地面に優しく模様を落としていた。

(真帆も、早矢も……あの頃の全部が、この森にあった)

 そんなことを思っていた、そのときだった。

 風がふっと吹き抜け、奥の木々の間から、ひとつの足音が近づいてきた。

 誰かが、軽快なフォームで走ってくる――

 その走り方に、凌は目を奪われた。

(……まさか)

 ランナーは徐々に近づいてきて、凌の存在に気づき立ち止まった。

 凛とした眼差しが、まっすぐ凌に向けられる。

 信じられなかった。

 これは、夢じゃないか――そう思った瞬間、気づくと凌の目には涙が滲んでいた。

「……ほら、顔拭け、先生」

 そう言って差し出されたタオルを、凌は黙って受け取り、顔にあてた。

 懐かしい、あの日と同じ匂いがした。

「……早矢」

「おい、変態。お前は犬か」

 呆れたように笑う早矢。でも、その口元には、確かに微笑があった。

「今年からこっちで自衛隊勤務。毎日、このコース走ってるんだ」

「……マジかよ。そりゃ驚くわ」

 目を丸くしたあと、凌はふっと笑った。

「でも……お前がここにいても違和感ないわ。だって――」

 その先の言葉は出てこなかった。

 だけど、視線がすべてを語っていた。


 東屋で腰を下ろし、水を飲みながら話す二人。

「まさか、戻ってきてるとは思わなかった」

「宮古島、ほんとに最高だったよ。毎朝、海沿いの砂浜走ってた。……ほら」

 そう言って、早矢がジャージの上をめくると、セパレート型のユニフォームの下から覗いた腹筋が、光の加減でくっきりと浮かび上がった。

「うお……砂浜効果、やべえな」

「砂浜ダッシュの負荷、やべえぞ。毎日走ってたら、こうなる。」

 早矢がしなやかながらも引き締まった脹脛を見せる。

「……波打ち際、足とられてキツいけど、だからこそ面白いんだよね。呼吸苦しいし、脚パンパンだけど――あの感覚、クセになる。負荷がかかってる、ああ、私生きてるんだ、って実感できるの、好き」

 凌は、苦笑いしながらつぶやいた。

「お前、自分を追い込んで、苦しささえ楽しんでんだもんな……。ほんとマジで、鋼鉄の女。バケモンかよ、お前」

 早矢はくすっと笑う。

「バケモン上等。弱いより、いいでしょ?」

 そして凌の目をまっすぐ見据える。

「一緒に走るか?負けた方は、勝った方を背負って坂道ダッシュな」

 その挑発が懐かしくて、凌はふっと笑った。

「マジかぁ…。でも、こんなんで負けたら陸上部顧問失格だしな」

「いい返事」

 そう言って、二人の距離がふっと近づいた。

 交際のはじまりは、告白でもなく、約束でもなかった。

 ただ、「また並んで走ろう」っていう、ささやかな宣言だった。


 Scene:真帆のその後

 その日の夜。

 凌は、久しぶりに真帆にLINEを送った。

 >「早矢、帰ってきた。森で再会した」

 返ってきたのは、ちょっとだけ早い返信。

 >「あんた、またタオルの匂い嗅いだでしょ」

 凌は苦笑しながら、画面に打ち込んだ。

 >「……うん。やっぱ、変わんねぇわ。俺、犬だし」

 >「やっぱ犬だね、あんた。でも、おバカなシベリアンハスキーから、シェパードになったかんじ」

 「でも、それでいいと思うよ。二人がちゃんと並べたなら、それが一番」

 >「こっちはこっちで、“音”と向き合ってる。トランペット、まだ続けてるから。いつかまた、聴いて」

 >「おう、楽しみにしてる」

 交差点は、一度きりじゃない。

 いつかまた、別の場所で――

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


『Re:light』は、「誰かの心に火をともすような物語が書きたい」と思って生まれました。

走ること、音を奏でること、言葉にできない想い――

どれも不器用で、でも確かに“生きている”って実感をくれるもの。


真帆の葛藤や、凌のまっすぐさ、早矢の静かな強さは、私自身が人生の中で何度も向き合ってきた感情や問いそのものです。

「好きに理由なんている?」

「強くあるって、どういうこと?」

この作品を通じて、そんな問いを少しでも共有できたなら、とても嬉しいです。


そして、「Re:light=再び光をともす」というこのタイトルには、まだ終わらない物語、続いていく未来への願いが込められています。

またどこかで、三人に会っていただけたら幸いです。


最後に、ここまで読んでくださったあなたの心にも、

小さな火が――Re:light されていたら、これ以上の喜びはありません。


ありがとう。また、いつか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ