表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第6章 再び灯る、それぞれの未来

 1.真帆/「音で生きていく」

 進路希望調査票を前に、真帆は迷いなく一つの高校名を書き込んだ。

 吹奏楽の県立の強豪校。

 文化祭のあと、顧問の先生に勧められ、オープンスクールに行った。

 見学した練習は、音も空気も、すべてが“本物”だった。

(私も、あの音の中に入りたい)

 昔は、音楽で食べていくなんて無理だと思ってた。

 でも今は違う。

 “誰かの心に触れる音”を出せるなら、

 それだけで、私の人生は意味があると思える。

 推薦枠は一つだけ。

 簡単じゃない。でも――

(行きたい。あの人に届けた《Re:light》を、もっと遠くまで届けられるようになりたい)

 もう、誰かの陰で怯えることはない。

 私は、私の音で生きていく。


 2.凌/「誰かを支える人になる」

 夜の静けさが、部屋の中にゆっくりと満ちていく。

 凌は、自室のベッドに寝転びながら、スマホの画面を見つめていた。

 映っているのは、文化祭で録った真帆の演奏。音はまっすぐで、優しくて、どこか切なかった。でも、迷いがなかった。

「……すげぇな、真帆」

 ぽつりと呟いたあと、机の上の進路希望票に目をやる。

(俺も、俺なりに、“走り続ける理由”を見つけたんだよな)

 迷いはもうなかった。

 ペンを取り、強い筆圧でその欄を埋める。

「……よし」

 >【県立○○高校・普通科卒業後:教育学系進学志望将来の職業:中学校の体育教師】


 食器を片づけたあと、リビングのソファに腰掛けていた母の隣に、凌は進路票を差し出した。

「これ、書いた」

 母は静かに受け取り、目を通す。“体育教師”という文字に、少しだけ目を細めた。

「……先生になるの?」

「うん。なれたら、だけど。でも……誰かの夢を支える立場に立ちたいって、思った」

 母はゆっくりと頷いた。

「……偶然ね」

 母は封筒を取り出し、差し出した。

「私も、今日、学校の用務員の臨時募集に応募したの。午前中だけだけど、体もだいぶ良くなってきたし、子どもたちのそばで働いてみたくて」

「……ほんとに?」

 驚いた凌に、母は少し照れくさそうに笑う。

「清掃の仕事も好きだった。でも……“ありがとう”って言われても、誰かの人生には残らないって、どこかで思ってたのかもしれない。でも今度は……もっと近くで、誰かの“日常の中”にいたいなって思えたの」

「……それ、すごくいいと思う」

「ありがとう」

 母は静かに言った。

「人生って、思い通りにいかないことも多いけど……無駄なことなんて、きっと一つもないのよ。私がそうだったように」

 凌は、その言葉をじっと胸に刻んだ。


 夜も遅く、父は新聞を読んでいた。その前に立ち、凌は進路票を差し出す。

「……見てくれる?」

 父は黙って受け取り、目を通す。

 >【教育学系進学志望】

 読み終えても、すぐには言葉が出ない。やがて、新聞をそっと脇に置いた。

「……やってみろ」

「……え?」

 想像と違う反応に、思わず声が漏れる。

「思うようにやってみろ。誰に何を言われても、自分が決めた道なら、最後まで走れ」

 父の声は低くて、でもはっきりしていた。

「お前は、“できっこない”って言われた方が燃えるタイプだからな。俺が反対したって、意味がない」

「……」

「でもな、覚えとけ」

 凌の目が、父の顔に向けられる。

「自分で決めた道なら――苦しくても、倒れても、もがいても、また立て。それはお前が、陸上で一番よく学んだことだろ」

 言葉が、胸に深く刺さる。

 父の不器用なエールは、いつも遠回りだけど、誰よりも本質を突いてくる。

「……ありがとう、父さん」

 父は進路票をぽんと返しながら、立ち上がった。

「選んだなら、走れ。――それだけだ」

 去り際に、ふと付け加える。

「……母さんには、ちゃんと礼を言っとけよ。あいつが、誰よりお前を信じてる」

 凌は、静かにうなずいた。


(誰かの背中を押せる存在になりたい)

 そう思えたのは、あのとき“押してもらえた”からだ。

 早矢に憧れて陸上を始めて、

 真帆に言葉じゃない伝え方を教わって、

 母の静かな優しさに支えられて――

 だから、次は自分が“支える番”だと思った。

 「先生」なんて、ずっと先の話かもしれないけど、走ることも、人と向き合うことも、全部糧にしていく。


 3.早矢/「強さは、守りたいものがあるから」

 沖縄の環境にも、ようやく慣れてきた。

 制服は前の学校のものを着ている。新たに買っても残り半年しか使わないので、許可を得てそうしている。その制服を見ると、凌と真帆のことを時々思い出すが、それを吹っ切るように早々とジャージに着替え、部活の走り込みに集中している。

 空港で凌がくれた紙袋の中には、陸上部のみんなの寄せ書きを書いた色紙があった。部屋に飾った色紙の集合写真。合宿の夜、匂いソムリエ大会の後にみんなで撮った写真だった。怒りのあまり早矢にチョークスリーパーをかけられた凌の顔は、なぜかうれしそうだった。

 新しいノートの裏表紙に、自分の志望校を書いてみた。

 地元のスポーツ推薦枠がある高校。

 でも、進学実績も悪くない。

 大学でスポーツ科学を学び、心と体をさらに鍛え、いつかは自衛官になりたい。

 父と同じ道。

 でも、父とは違う形で――

 「誰かを守れる自分」になりたいと思った。

 真帆の音も、凌の真っすぐさも、全部、自分を動かした。

 離れていても、あの夏が、自分の原点になっている。

(また、どこかで)

 手紙はまだ出していない。でも、届く言葉を、少しずつ探している。

 3人は、それぞれ別の場所へ向かっている。

 でも、同じ時間を全力で生きたことは、誰にも消せない。

 それぞれの「Re:light」が、

 次の誰かの光になると信じて――

 今日も、走る。吹く。学ぶ。

 そして、

 いつか、また交差するその日まで。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ