#1 3人寄っても大して知恵は集まらない
タイトルは仮です。なにか良い案があったらつけてくれると嬉しいです。
「ダンジョン」という言葉は近年の漫画や小説で多用される構造物であり、古フランス語の要塞を語源とする。過去は宝物の貯蔵庫や避難場所という意味合いが強かったが、次第に地下牢の役割を持つようになり、拷問や殺し(処刑ではない)に使われた。我々の想起するダンジョンはどちらかと言うと「ラビリンス」の方が意味的には似ており、ミノタウロスを閉じ込める為発明家ダイダロスが造り上げたクレタ島のラビリンスが有名である。
創作物において古くは地下迷宮のことを指していたが、現在では複雑で人を寄せ付けない場所という広い意味で使われる。
さて、君はその上で「ダンジョン」という言葉を聞いてどのような場所を想像するだろうか。アンコールワットの様な古代遺跡か、九龍城砦のようなコンクリート迷宮か、はたまた巨大なドラゴンの棲む火山か。
「残念。答えは『有刺鉄線と高い塀の奥にあるコンクリ製の四角い建物』でした。」
1学期最終日、エアコンの効いた2階の教室で各教科の課題が山積みになった机で談笑しているのは華の中学2年生の加山、元木、そして僕、西川だ。元木はつまらない現実に、通知表を貰ってから相変わらず不満そうな顔をしながら続ける。
「折角、近くにダンジョンがあるっていうのに僕らとの生活に全くの無関係っていうのは何か違くね?」
「一応、市のマスコットキャラにその要素は入ってるよ。」
「あの"炭・ジョーン"だろ?ネーミングセンス酷いだろ!ただの炭鉱だった時の"炭っこ岳々君"の方が絶対面白かった!」
誰かに怒りをぶつける様に大声で話す元木に対し、加山は鞄に課題と配布紙を詰め、相槌をするに留めていた。元木の気持ちは顔ではなく言葉に出る。こんな些細なことすら加山の異議を認めないということは恐らく
「元木、通知表に2は幾つあった?」
「え?」
「予想は3個・・・かな?どう?」
「正解なんだけど」
ほら見たことか。うちの市は狭いコミュニティが故にクラスメイトは大体小学校からメンツを変えず、30人程度をキープする(たまに転校生が来るがレアケースだ)。だから誰がどんな性格か、どう扱えば良いのかをお互いに理解している。
「・・・今年は宿題を写させないからね」
加山のその一言は元木に効いたようで加山様ご冗談を、と急に下手に出始めた。僕も宿題を見せるつもりはない。自分が一生懸命に解いた問題を他人に簡単に移されるのはフェアじゃないと思っているし、そもそも僕も最終日辺りに慌てて処理するクチなので無い袖は振れないのだ。
僕らはダンジョンなんかに気を取られず、勉強と遊びに励まなくてはいけない。しかし、市のダンジョンの活用方法については僕もモヤモヤしている。
「でも、観光資源にも利用し辛いよね、麻岳ダンジョンは。日本唯一のダンジョンなんだから、お金取って遠くから見せたらここも有数の観光名所になって、近くにイオンも建ってミスドとイケアも来るだろうに。」
「まー、一応ダンジョンは"ランダムに発生する核ミサイルみたいなもの"ってことだしな。自衛隊が厳重に守るのは判るんだけど、麻岳市民としては物足りないよなー。」
5年前、僕らの町に突如出現したその「核ミサイル」は僕らの生活を一変させ・・・なかった。15年ぐらい前から現れ始めたダンジョンは各国1つ有るか無いかというペースで世界中に増え続け(アメリカ、ロシア、中国は例外として2つ以上ある)、日本にもそろそろ生まれると専門家含め、大体の国民は予想していた。そして、僕らが小学3年生の頃に炭鉱の入口にそれが出現した時にも、政府は事前に作成していたであろうプロトコルに従って素早く山自体を国有化、侵入禁止にし、ダンジョンの”ゲート”となった坑道の入口以外の侵入口を塞いで、基地を造り上げた。
世界各国がダンジョンを「核ミサイル」と称し、過剰なまでに管理しているのには勿論理由がある。そのダンジョンから生還したものには超自然的かつ強大な力が与えられるからだ。現在、ダンジョンを生還したことのある人物は只1人であるが、彼女1人でその荒唐無稽な話を全人類に信用させたというだけでどれほどの「魔法」が授けられたのか理解できるだろう。それを一個人が所有できるのだ。世界の均衡が揺らぐどころか、帰還者の気分次第で世界を滅ぼしかねない。それ故に国ごとが誰も立ち入れないようにその扉を固く閉ざすことにしたのだ(図らずも抑止力としての役割を持つようになり、核の脅威は弱まった)。
小学校2年生で社会科見学に行き、町のシンボルとして市民のアイデンティティになっていた炭鉱は今や僕らの手を離れ遠い存在になってしまった。麻岳市民としては寂しいが、ひんやりとしていた坑内も、オレンジ色のライトも、資料館で飼われていたカナリアの声も、そこの食堂のカツカレーの味も全て思い出として仕舞わなくてはいけない。僕らは中学生として青春を謳歌するのに全力を尽くさなくてはいけないのだ。
「夏休み、何しようか。」
加山の声に僕は志向を巡らせる。中学2年生の夏休みはこの3人が一緒にバカをやれる最後の8月になる。来年は受験勉強に集中したいし、高校で3人とも同じ学校に通えるとも限らない。特に、僕と元木は(自分で言うのもナンだが)偏差値に大きな差がある。どれ程この夏を充実させられるか、それが勉強への身の入り方、延いては人生の幸福度に直結するのだ。川に行くか、花火をするか、都会に行ってここらにないアクティビティに興じるか。そんなありきたりなアイデアを考える。
「西川はずっとハッキングするの?」
「しない。というかハッキングじゃない。お前らよりネット検索が上手いだけ。」
「昔ハッキングのやり方の動画を調べて実行なかった?」
「してない!駅前の中島のブティックのHPに試したら、よくわからないコードが流れてきて怖くなって閉じただけ。」
「半分してるよね」
加山とそんな軽口を叩く。結局、こんな風に去年と同じく駄弁るだけで終わりそうな気がする。しかし、元木は僕では絶対に思いつかない作戦を既に練っていた。彼は席から立ちあがり光り輝く目を僕らに向けながら、その後の僕らの人生を大きく狂わせる提案をした。
「ダンジョンを見に行こうぜ。」
*
待ってましたと言わんばかりに自慢げな顔で言う元木に僕と加山は呆気にとられた。そりゃあ、あんなに隠されていると見てみたいという欲求は生まれるが、自衛隊のセキュリティを掻い潜りゲートを目指すのか?着いてからはどうするんだ。『こんな感じなんだー』って"ゲート"を見られるリターンとリスクが釣り合ってないぞ。
「まぁまぁ、俺の話を聞いてくれ。絶対安全でダンジョンを見ることが出来るぞ。」
元木は俺らの不安を和らげる様に話し出した。
元木家はこの土地を収めていた武家の家系であり、江戸時代に藩がお取り潰しになった後は地主として麻岳に根を下ろしていた。それ故に彼の亡き祖父の家には大きな蔵があり、その中にダンジョンのある鉱山に続く秘密の通路があるのだという。
「小さい頃、爺ちゃんが父さんに内緒で教えてくれたんだよ。ダンジョンが出現した時にはもう爺ちゃんは認知症が進んでて、それを自衛隊に言い出すことはなかったし、爺ちゃんと父さんはあまり仲良くなかったから伝えられていないか、とうの昔に忘れていると思うぜ!」
つまり、自衛隊の管理する”ゲート”を見ることは出来ずとも、鉱山の中にあるダンジョンの外壁を見ることは出来るという事だ。なるほど、これなら自衛隊に喧嘩を売ることなく計画を遂行することが出来る。
「ダンジョンって昔のニュースで”ゲート”だけ見たことあるけど、他はどんななのか一切知らないんだよ。外壁は煉瓦か、コンクリか、未知の金属って可能性もあるぞ。それをちょーっと見るだけ。中に入るわけじゃないから命の心配もないし、バレないから怒られることもないぞ。」
「ちょっと面白そう」
先に反応したのは加山だった。僕らにとって、いや世界中の人間にとってダンジョンはロマンの塊だ。それに近づける、触れられるのは宇宙に旅立つのと同じぐらいワクワクするのだ。
「僕も、行こう!楽しそう!」
ちょっと見るだけ。近づいて、何が素材なのか確認するだけ。それでおしまい。でも、もし外壁が純金とかで出来ていて、その破片が散らばっていたら大金持ちになれるのかな。その前に出どころを問い詰められそう。または、実は壁に古代の文字が書かれてて世界の真実に気づいてしまうかも。はたまた、ツタのモンスターが守ってて追いかけられるんじゃないか。気分は世界の秘密に挑むチャレンジャー・・・だったのは否めない。
この話をした翌月、加山と元木が死ぬことを、僕らは誰も予想していなかった。
これは、僕の数奇な、そして忘れられない夏休みの話。
ダンジョンの外壁を見る為の準備に勤しむ3人。しかし彼らの想像以上に秘密の坑道は長い。徒労に帰すかと不安になる中、目に入ってきたものとは・・・