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第9話 決断

(取り敢えず,俺も自分で出来ることを,だな)


 敢えて,戦闘に加わるのではなく傍観を選ぶ。

 前世の知識を利用することで湊斗はこの年齢の一般的な魔術師に比べても優秀な力を発揮している。本人としては,ちょっとしたアドバンテージに過ぎないので,気を抜けば抜かれるものでしかないと考えているのだが,少なくとも現時点ではクラスでもトップクラスだ。更に言えば,2週間程度で十分に魔術を扱えるようになることは基本無い。魔術とはそこまで優しいものでは無いのだから。


(望月以外は戦力外な気もするんだがな)


 実際はアルトゥールが想定以上に活躍し,驚くと共に,喧嘩慣れしていることを確信することになったのだが。

 そんなことを考えながらとある人物の前に向かう。ノエル・フランソワ──壁を崩すきっかけとなった生徒。


「ツァオ,どんな感じだ?」


「藤室君? まあ,貴方の想定通りでしょうね」


「当然と言えば当然か」


 ケアに当たっていたシーハンにひと声かけてからノエルに向き直る。


「──フランソワ,聞こえるか?」


「……うん」


 小さく,消え入りそうな声。先程のような様子は無い。


(恐怖だけじゃないな。安心感と罪悪感か)


 死の寸前にいた恐怖。目の前で命が失われる光景を見て,すぐに自分の番になった。

 助かった安心感。有栖の魔術によって一命を取り留め,死をもたらす存在から離れることができた。

 自分のせいという罪悪感。不用意に壁に手をかけ,結果としてクラスメイトを死に追いやった。


(であれば俺に出来ることはこれだけか)


「立て,フランソワ」


 無理矢理手を引き立ち上がらせる。


「ちょっと!?」


「優しい慰めはもう十分だろう?」


 抗議してくるシーハンに向き直ることはない。もっともその発言はノエルとシーハンの2人に向けたものだ。ノエルの様子を見れば分かる。それが優しい言葉による慰めだったことなど。


「お前にも働いて貰うぞ」


 言葉に魔力を乗せ,希望を失ったかのような空虚な顔に語りかける。


「お前にしか出来ないことがあるからな」


「あれからまだ1分も経っていないのよ!?」


「あの女が言うには,になるがな。お前は全員が犠牲になるところをたった1人に抑えたんだ。誇っていい,フランソワ……だが,現状は拮抗している。何かの拍子に望月かペレイラのどちらかが崩されれば致命的だ。──だから最後の一手を打つ。協力してくれ,お前でないとダメだ」


 視線が交錯する。ノエルが目を逸らすのを湊斗は許さない。


「お前が罪悪感を抱いているのなら,アームストロングに言葉にできない想いがあるのなら,この手を取れ」


 そう言って,手を差し出す。


「……うん,わかった」


 普段からは信じられないような弱々しい返答。だが,了承は得た。湊斗の目論見までもう1ステップといったところだ。


「既に道は用意してある。いくぞ。既に【虚無境界】を使っているから気づかれる心配はない」


 ノエルに話しかける前から既に【虚無境界】は用意済みだった。誰に気づかれることもなくドアに向かっていく。


「えっと……それで何をすればいいのかな……?」


「確か,お前の魔術適性はまだ分かっていなかったな。だが,俺の魔術ならそれを知ることができる」


 魔術適性が不明なままの4人はノエルの他にノア,レティシア,シャルロッテ,有栖。

 有栖は明かしていないだけだろうが,他は訳あって明かしていないのか単に測定できなかっただけか不明である。シャルロッテなど,測定の場にすらいなかったのだから。


「それが鍵になるってこと?」


 ドアを抜け,ホールからの脱出が完了する。

 周りを確認すると,湊斗は頷いて言葉を続ける。


「お前の魔術適性は『分裂増殖』だ」


 湊斗の魔術適性『情報統制』は相手の情報を見抜くことも出来る。有栖や他の誰にも明かしてはいないことだが,実は初めての魔術教室の時点で湊斗はノエルの魔術適性を知ることができていた。


「それにこの作戦がかかっている」


「で,でも私,初めてなんだけど」


「心配しなくていい。取り敢えず屈め。まあ強要はしない,別のプランもあることにはあるからな」


「うん」


 ノエルは協力を選んだ。もう引き下がれない。彼女の本能がそれを認めないだろうから。湊斗は屈んでいるノエルの後ろに回ると手を背中へと触れさせる。

 ノエルの抗議の声をひとまず無視し,魔力を循環させる。湊斗もこのような経験が無い,つまり変に反応すれば平静を失う──つまりは魔力の制御を失う事が目に見えているからだ。


「──っ!?!?」


「【我を写す裏の顔よ,異なる位相に顕現せよ──存在分裂(そんざいぶんれつ)】」


 寸分違わぬ2人が向かい合った先に現れる。ノエルの赤くなった表情も完全再現されているようだった。


「ど,どういうこと!?」


「簡単に言えば,俺の魔力を使ってお前の魔術適性に沿った魔術を発動したと言う訳だ。──っ」


「湊斗くん!?」


「悪い……かなり無理をした」


 湊斗はバランスを失い倒れそうになる。無理矢理が過ぎる魔術行使だ。当然,魔力を供給する側もされる側も本来より遥かに高い負荷がかかる。分身体を作るための負担は他の魔術を行使するよりも基本的に大きい。今回に限ってはノエルの負担分も全て湊斗が引き受けたのだから,立っているのすら大分おかしなことである。


「まぁいい……いくぞ」


 作られた分体を裏口に行かせ,湊斗たちはエントランスに向かう。道中,職員にも警備員にも合わなかった。余程徹底しているのだろう。

 入り口に辿り着くと1人の人影が見えた。


「? どうしたんだ,わざわざ直接」


 その男は携帯端末をポケットに仕舞いながら聞いてくる。


「内側は通常の電波が飛んでいないらしい。それよりも急いでくれ,ちょうどこの上の3階だ」


「詳しい話は後で,だね。了解」


 そう言って男は3階へ飛び上がっていく。すぐに窓ガラスの割れる音がする。


(破片……地味に危なかったな)


「それで? あの人は誰?」


「1つ上の三上晴哉先輩だ。失踪した先輩の知り合いだ」


「そういえば分身の行った先って……」


「そっちも似たようなものだ。俺たちもホールに戻るとするか」


 歩き出す……が湊斗はふと足を止める。


(フランソワの調子はだいぶ戻ったな。ここは出来るだけアームストロングからは遠ざけるべきか)


「どうしたの? 戻るんじゃないの?」


「計画変更だ。先に理事長室に向かってくれ」


 何か疑うような視線を向けたあと,表情を崩し致し方なしとノエルは了承する。


「──理由は聞かないよ。何となくだけど,分かるから」


 2人で階段を上がっていく。

 3階に行き着いたところで別れる。理事長室は理事棟の最上階である5階に位置している。敷地面積を考えればおかしい程に広い。3階のホールもかなりの広さだったのがいい証拠だろう。

 ホールのドアに手をかけたとき,湊斗はふと気配を感じた。


「お前は……シャルロッテ?」


「お久しぶりです,ミナト」


「一体何処に行ってたんだ?皆心配しているぞ」


「その皆に果たしてミナトは入っているのですか?」


 イタズラっぽい問いかけだが,揶揄っているような響きは無い。むしろ,本気で気にしているかのようだった。


「少し意地の悪い質問でしたね。失礼しました。ボクが声をかけたのは少しお付き合い頂きたかったからです」


「……質問には答えてくれないんだな。で,何処に行くと言うんだ?」


「それは勿論,この理事棟の地下ですよ」


 湊斗には,シャルロッテを後ろから照らす夕闇の光がやけに恐ろしく感じられた。











「貴方は……?」


 窓ガラスを割って,突如現れた謎の男。相手にしている女たちもその正体は謎。謎の人物が些か多すぎる現状だ。正直,有栖にこれ以上の余裕は無い。どうにか何も考えなくていいような味方であることを祈る。

 見れば,その女たちも驚いているようだった。


「安心して,少なくとも1-Sの味方だよ」


 そう言って男は魔術を発動させる。その実力は正直なところ要求したかったレベルに比べて3つ以上下の水準。

 ではあるが,有栖やアルトゥールより下といえども他よりは戦えそうではあった。


「俺は三上晴哉(みかみせいや),去年失踪したバカの親友ってやつさ」


 ようやく合点がいった。ただ,何故このタイミングで彼が来たのかは不明なままだ。

 だとしても,今はそんな疑問は捨てて共闘するべきだろう。


「三上先輩,合わせてください!【猛る北風】フローシャスノースウィンド!」


「タメ口でいいよーっと,ほらっ【突風】(ふきすさぶもの)!」


 風が穿つ。起きたのはただそれだけのことだ。だがその結果は上々,これで取り巻きのうち2人は片付いた。

 いつだってノリの軽いチャラ男は有栖的に苦手だ。こういったシリアスな場面には相応しく緊張感を持ってほしい。


「うおらっ」


【水流】(おしながすもの)!」


 アルトゥールが吹き飛ばしたもう1人を晴哉がピンポイントで水を当て窓の外に押し流す。水の量こそ平凡だが制御能力は見事なものだ。もう1人の対処も完了したようだ。

 残すはあと1人。首魁と思わしき女。いや,首魁とは限らない。小隊長程度の可能性もある。その場合,援軍が来れば突破は絶望的。


「思ったよりやるのね。キミたちのこと,少し見くびっていたようね」


 空気が変わった。明確にその変化を感じる。まさか,今までは本当に遊んでいただけだったのか。そのような疑念が頭を過ぎる。


「でも,残念ね。これで終わりというのが」


 魔力量が膨れ上がるのを感じる。このままでは誰も助からないだろう。というか,このフロアが,最悪理事棟自体が吹き飛ぶ。

 考えろ,と自分を鼓舞しながら突破口を探る。それでも何も出来ることは無い。魔力の奔流に対して物理的な攻撃は効き目が薄い。

 そもそも,物理に成しえないことを可能にするのが魔力なのだ。にも関わらず,同レベルの物理に手も足も出ないのならそれは魔力を扱うのが下手なだけ。どれだけ鍛え抜かれた肉体だろうと,どれだけ強力に作り出された合金だろうと,魔力を内包しないなら,魔術師にとってカモでしかない。

 対して,魔術をぶつけた所で何か効果があるようにも思えない。魔力同士なら当然強力な方が優先される。要するに完全な手詰まりだ。


「これは……どうしたものかしら」


 防ぐ方法が思い当たらないでもない。可能性は低いが試して見る価値はあるだろう。1つ覚悟を決める。

 だからだろうか,目の前で女の首が飛んだとき,まるで事態が呑み込めないまま呆然とするしかなかった。


「誰っ!?」


 後ろから聞こえた足音に有栖は反射的に反応する。魔術式を隠しながらも展開しているあたり,抜け目がない。


「私は陸軍第五遊撃隊の小隊長,峰岸と申します。突然で申し訳無いのですが,この状況について説明して頂きたく」


 半開きになっていた扉を押し開け,新たに男が入ってくる。


「どう言っても,既に発砲したあとじゃあな」


 晴哉が呟いたその1言が今の状況を物語っている。


「私たちの事情は説明するので,貴方たちについても教えてくださいね」


「しかし,どっと疲れたな」


 ボヤいている晴哉は放置し,有栖は視線を峰岸と名乗る男の後ろに向ける。軍服を着た男女が合わせて3人。

 部下に指示を出し終えた峰岸が尋ねてくる。


「えっと……お嬢さんが代表,的な方で良いのかな?」


 峰岸はこの場に学生しかいないと気づいたからか,口調を崩して話しかける。それが,目の前で射殺シーンを見た有栖たちへの配慮なら意外と優しい人物なのかもしれない。実際,彼の部下は倒れた女とハリソンの遺体に布を被せているようだ。


「まあ,そんな感じね」


 正直,ここまでの事態になるなど有栖も予想していなかった。峰岸と話をつけるのも億劫だったがおそらく自分以外に適任はいないだろうと判断する。

 軽く後を振り返れば極度の緊張状態から解放されたばかりの生徒たち。人死を目の当たりにした実感が伴ってくれば,落ち着いてはいられないかもしれない。


「じゃあまずは……ここにいる……生存者は26人でいいのかな?」


 かなり気を遣っているのだろう。相手は15歳,それも有栖に至っては13歳だ。高校生になるとはいえ,未だ中学生と何も変わらないのだから。同時に峰岸がこのような事に慣れていないのも何となく察せるというもの。


「え……? 28人のはずよ」


「いや,26人しかいないん……ですが」


 そう言われて後に集まっている生徒を見やる。


「湊斗くんがいない!?」


 こういう場なら湊斗も場を収めるために動くはずだ。湊斗はこういった他人とのコミュニケーション力が高い。社交的という意味ではなく手慣れているという意味でだ。それをコミュ力と言えるかはまた一考の余地があるというものだが。


「ん?あぁ,藤室なら俺を呼びに下まで来たんだよ。お陰で間に合ったんだから感謝した方が良いよ? そういえば,もう1人女子もいたな,あっちは誰か知らないけど」


「先輩の言ったことは本当よ。もう1人の女子っていうのはノエルちゃんね,私は止めたんだけど……」


 取り乱しかけてしまった有栖だが,晴哉とシーハンの言葉を聞いて何とか落ち着きを取り戻す。

 しかし,まだ戻ってないのはおかしいという思いは消えなかったが。


「湊斗くんなら平気だと思うわ,何か考えがあってのことだったっぽいし」


「そう……」


 曖昧な返事になってしまったが,ビジョンがあると言うのなら何も問題はないだろう。気掛かりなのは,さも明確なビジョンがあるフリをして実際は行き当たりばったりなことが時々ある……ということだろう。


「それで,峰岸さんたちはどうして?」


「私達は名誉隊長の指示でね。強権発動ってやつかな。割と強引にここまで来たんだ。この銃も彼女から渡されたものでね。持ち手が光っていたらこちらを使うようにと言われたんだ」


「──その銃,1発しか撃てないのか……」


 割って入って来たのはジョバンニ・ジョルジアンニ。意外とこういうのに詳しいのかもしれない。有栖から見たジョバンニは単なる軽い女好きだったのだが,少し見直すことにする。


「そうだけど,よく分かったね。君の言うとおり,1発きりと聞いているよ」


 もしかしたら対魔術用の特別性だったのかもしれない。そうなのだとしたら,あの女を1発で仕留めたのも,そもそも1発しか打てないのも納得だ。


「はい,こちらは峰岸です。……はい! すぐに向かいます」


 峰岸はトランシーバーのようなもので指示を受けると,驚きの表情と共にその指示を受け取る。


「上からの指示……?」


「ああ,理事長室へ急げ,とね。緊急につき全員で行けとの指示だよ。君たちは安全に気をつけて脱出するようにね」


 峰岸はそう言って他の陸軍を引き連れてホールを出て行ってしまった。


「どうも俺が動けなかったのは麻痺毒のせいらしい。軍の人が薬を持ってて助かったよ」


「そうだったのね……私たちも上に行くべきかしら?」


 クリシュナが動けなかったのは麻痺毒のせいらしかった。魔術に依ったものであればその治療薬を陸軍が持っているはずは無いのだが,名誉隊長は魔術師,或いはそれに造詣が深いとみて間違いない。名誉職の時点で普段から軍にいる人物では無いはずだが。


「それはまた,どうして?」


 シーハンが問いかけてくる。


「2人を見つけねぇとだしな」


「オレも賛成。あの人に銃の話聞きたいし,何よりノエルちゃんを放っておけないからね!」


「空気読めないのかしら?」


 アルトゥールとジョバンニは賛成の意を示す。ジョバンニの理由には多少思うところがないでもないが。


「敢えて読まなかったんだよ,空気を軽くするためにってやつ? まあノエルちゃんが可愛いと思ってるのは本当だけど……勿論有栖ちゃんも!──まあ,オレだってもう人死は見たくねーよ。理事長との敵対は避けられないけどさ,何か出来ることはあるはずだし」


「ジョルジアンニ,お前……!」


 普段と違って真面目な顔を覗かせたジョバンニ。アルトゥールも驚いているが,おそらく有栖含めだれにも彼にこんな一面があるとは思わなかっただろう。やはり再評価が必要そうだ。


「と言う訳で,作戦立案は頭脳派の皆様にお任せするよ」


 前言撤回,ジョバンニはこんなものだ。


キャラクターメモ

『ジョバンニ・ジョルジアンニ』

よく目立つ赤い髪の少年。表面上はレインと似た印象だが,その中身はまるで別物。無論女好きであることに変わりはないが……

また、銃などの兵器にも多少知識がある。理由は不明。

魔術適性『道具製造』を持つ。材料があれば、あるいはなくとも簡単なものは作れる便利系な魔術適性。


─────────────────────────


朝方の集会が終わった後ふらりと姿を消した湊斗は先輩方に手を回していた訳ですね。

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