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第39話 神々の加護


「えーと,あー,こほん」


 861918Aが軽く咳払いをし,状況を説明し始める。

 簡単な話が,ある目的のために異世界人にはさる脅威と戦って欲しいということらしい。


「それでですね……1度あなたたち全員にここまで来て欲しいのです」


「加護を授かるにはここでないといけないのね」


「あぁ。元々の計画では貴様らの体に神を降ろす計画だったんだが……邪魔が入ったかんな」


「それってあたしたちの意思どうなるの?」


「無視に決まってんだろ。成功すればそんなもん消えるしな」


「横暴が過ぎるよ! そういうの良くないと思うな!」


 憤慨するノエルは今のSクラスの心情を大いに代弁してくれている。


「ま,まぁ結果的にはこのように丸く収まるということで1つ……」


 その気迫に861918Aもたじろいたのか,実力で大きく勝るはずの相手に対して下手に出ている。


「話を戻すけど,さる脅威というのは何なのかしら?」


「あ,えーと……それは……」


「明かさずに協力を要請するのは流石に厳しいわ」


 神々が直接動く脅威ということは粗雑なことでないことは確かということだ。湊斗も内心で同意しつつ,天使たちの次の言葉を待つ。


「先輩?」


「良いんじゃないか」


 やむ無し,という表情で頷く2010E6。


「それでは──我が主は基本的に地上への直接干渉ができません。それは他の神々も同じなのですが,とある神が地上に直接干渉する力を得たのです。そしてその神──いえ,邪神はもともと私や先輩の主どころか,ほぼ全ての神々とも仲が悪かったからか,神々の駆逐を目論んでいるのです。仮に多くの神々が滅べば,この世界の行く末も保証できません」


「主たちを滅ぼせるような存在とはいえ神であることには違いねえ。地上にいる間は相応に弱る。そこでなら貴様らにも勝機はあんじゃねえか?」


「んな適当な……」


「仕方ないだろ。俺らも勝算あって動いてる訳じゃねんだ。んでそいつの名前だが……転生神ファズってやつだ」


 転生を司る女神ファズ──湊斗たちSクラスが転移時に接触した存在だ。その時の感触としては大勢の神を敵に回すようには見えなかったが,やはり神ということなのだろう。表面上でその意図を計れる訳は無いらしい。

 湊斗としては,クラスメイトの1人である花山清和(はなやまきよかず)が犠牲になった事情を鑑みても気分屋で場当たり的な要素が強いように感じただけだ。


「如何にしてそのような力を手に入れたかは不明なのですが……」


「1つ確認したいことがあるのだけど?」


「は,はい。何でしょう?」


「転生神ファズは本当に他の神々を滅ぼせる程の力を持っているの?」


「はい,私たちの安全のため伝えられないとは聞いていますが,確かにそのような手段があると」


 地上に知っている者がいれば真っ先に消される可能性が高い,ということらしい。


《湊斗くん》


《分かってる》


 アリスと861918Aのやり取り。単なる確認作業である。矛盾,不整合,食い違い。そのようなものがあるかどうか把握するためのもの。


「俺からも1ついいか?」


「はい」


「神々が選んだのは確実と安全,どっちの択だ?」


 そして,確実を選んでいたのなら──


「……確実です」


(女神ファズは神に対する絶対的な力も手にした可能性が高い,か)


 要するに,絶対的な神特攻を有するファズを倒すには神以外の手によって()()()()をなさねばならないということだ。


「なら,俺は受けても良いと思う」


「……本気!?」


「加護の力があれば,目先の選択肢を増やしたい俺たちの目的と一致する。少なくとも,神を倒せる程の力何だからな」


「あぁ,流石に日頃は制限がかかるがな。世界が壊れる」


「加護の効力はステータスの増加と成長率の増加です。加えてそれぞれの神に応じた補正がかかります」


「十分だ」


 加護について補足する天使たちにそう答える湊斗。他のメンバーはその意図を計りかねているようだが,それも当然だ。湊斗が彼らの提案を受け入れた理由はそれだけではない。むしろ,決定的な部分を伏せているとも言える。


「私も,コイツに賛成」


 そのような状況で湊斗に賛成の意を表したのはレティシアだ。


 ──とにかく,力が欲しい。


「ここまで犠牲者がいないなんて奇跡のようなもんだしな」


 アルトゥールもそれに続いて賛成する。常に戦闘に出てきた彼だからこそ思うところもあるのだろう。


 ──これは,生き残るために必要な力だ。


「俺も賛成だぜ」


 ──ただで力が手に入るのなら。


「あぁ,俺も」


 ──Sクラスと暮らすこの生活を脅かさせない。


「あたしだって反対する理由は無いよ!」


 ──無駄に失われる信念の無いように。


「そこまで言うなら私も異論は無いわ」


 次第に賛成票が増え,最後にアリスも賛成の意を表し,この場にいる全員が天使たちと,神々と手を組むことに賛成する。


 ──勘でしかないが,神々だけではファズに敗北するから。


「じゃそこに並べ。始めんぞ」


「え? もう?」


 早い方が良いだろ,と2010E6は湊斗たちを急かす。861918Aはその横で神に祈っているのか,全身から神秘的な光が溢れている。

 魔法陣が湊斗たちの足元に浮かび上がる。その色が違うのは加護を授ける神の違いだ。


(それにしても遠いところに来たものだな)


 光に包まれていきながら湊斗はそう思う。

 隠すような事情があれど,1ヶ月前までは一般的な高校生だったのだ。それが気づけば神を倒すよう仕向けられている。

 今,神から加護を得たとて,神を打倒するには遠く及ばないだろう。湊斗の見込みではあるが,天使たちですら全てのステータスはAを超える。神ともなれば原則全ステータスが評価不能(EX)であることも視野に入る。今の段階で,果たしてどれ程通用するかなど,考えるに値しない愚挙でしかない。


「これで,加護は与えられました。期待していますよ」


「期待ねぇ」


 光が薄まっていく中,天使たちの声が耳に届く。


「一体どんな加護が……」


「貴様らん中にそういうのが得意な奴がいんだろ」


 2010E6の言葉にリチャードの視線が湊斗に向く。

 湊斗は【情報開示】をリチャードに向け,その状態欄に加護(記憶神)の表記を見つける。


「お前についたのは……記憶の神らしいな」


「凄いのか!?」


「知らん」


 現時点の【情報開示】ではそこまで把握することはできない。存在すら感知できないものもあることを考えればまだまだ発展途上だ。そのうちどんな個人情報も暴けるようになるのかもしれない。


「記憶神の名はオモイだな」


 2010E6によれば世界中で起きた出来事を記憶しているらしい。リチャードにはよく合っていると言えるだろう。


「その他は……」


 湊斗は他のメンバーたちにも目を向ける。

 ウォン・アジュンは天父神。

 アリス・モチヅキは魔法神

 アルトゥール・スズキ・ペレイラは戦神。

 レティシア・ヴィレガスは技巧神。

 ノエル・フランソワは地母神

 最後に湊斗は──


(なるほど……ある意味当然,なのかもしれないな)


「あっ」


「どうした?」


「えっとですね……迷宮が……消えます」


 申し訳無さそうに答える861918A。

 その言葉に戸惑っている間にも迷宮は段々と崩れていくのを感じさせる。


「は──走れぇ!!」


 迷宮ナビゲートは湊斗とアジュンの仕事だ。アイの煤闇を浴びてから例の不調は無い。それよりも──


「帰り道,ちゃんと復活してるね」


 最大の懸念点はクリア。そうなれば問題となるのは時間だ。加護を授かったとはいえ,楽勝と言える程の余裕もないだろう。


「げっ,魔物」


「貴様らはそのまま走っとけ」


 4階層にはいなかった魔物のご登場。本来はいるはずだったのが,天使たちによって妨げられていたのだろう。5階層での目的が果たされたことにより,迷宮本来の活動が再開されたと見るべきか。

 走っている隣を魔物の死体が飛んでいく。目で追うのも厳しい程のスピードで天使たちが魔物を殲滅している。魔物が弱いのと,天使が強いの,両方だ。


 瓦礫で道が塞がれるというハプニングもあったが,天使たちによる華麗なゴリ押しにより事なきを得た。天使様様だ。

 帰り着いた元の平野でそのようなことを考える湊斗。

 眼前では固定された馬車に繋がれたままの馬が雑草を食べ漁っている。どうも誰かの目に付くこともなかったらしい。流石,付近に何も無いだけはある。


「私たちはあまり人前にでることもできませんので……何か良い隠れ場があればこれで連絡してください」


 そう言って861918Aが差し出したのは通信用の魔導具だ。1目で上等と分かる代物だ。渡したことを確認すると天使たちはどこかへと飛んでいく。真っ直ぐ,そして微かに光の尾を残して姿は見えなくなる。


「取り敢えず……帰りましょう」


 アリスが促し,馬車に乗り込んでいく1行。


「隠れ場所なんて……なにか当てはあるかしら?」


「まだ待ちに来て数日だぜ? そんなのある訳──」


「一応,候補はあるな」


「マジかよミナト!?」


 湊斗が思い浮かべたのはシンシアを買った奴隷商が根城にしていた地下空間だ。トリオ商会があのあと如何したかについて聞き及んではいないが,簡単に手を付けられる場所でもない。


「確実な保証はできないけどな」


「それでも何も候補が無いよりはマシね」


 その後は改めて加護に関する話題となる。


「よし,ミナト。誰がどんな加護を授かったのか発表してくれよ。俺が記憶の神ってことしか言ってないじゃん?」


「お前自身が記憶の神って訳じゃないけどな……まぁ,順番に発表しますか」


 どの神によって加護が与えられたのか。それに対する反応はそれぞれ違うが,おおよそマイナスな反応は無かったと言えるだろう。

 アリスに魔法神,アルトゥールに戦神というのを聞き,リチャードが悔しがっていたといったことはあったが,平和であることに違いない。

 つい先程まで命の危機にいたことなど感じさせない雰囲気だ。


「ところで地母神ってどんな神様なの?」


「あぁ,俺の天父神もどういうのか分かる人いないかな?」


「地母神は土地の生命力を象徴する神だったと思うわ。天父神の方は──イマイチピンとこないけどその逆なのかしら?」


「いや,天父神なら神々の長という側面もあるんじゃないか? 主神クラスの力はありそうだが」


「実は結構凄いのかな……?」


「多分だが」


 アジュンと湊斗の受け答えの隣では何かショックを受けたノエルをアリスが宥めようとしている。「あ,あはは」と乾いた笑いが漏れている。おそらく地母神と自身の魔術適性『分裂増殖』に妙な関係でも想起したのだろう。


(おそらく何も無い──無いよな?)


 他愛のない雑談の中,再びトルボスの城壁が見えてくる。


「おや,早かったですね」


「えぇ,予定より早く済んだのよ」


「……確認できました。どうぞ」


 トリオ商会の前につくと,各々が自由に行動を開始する。仲間内で加護に関することを隠す必要はないが,外部には漏れないよう最大限気を使う,という方針が守られるかはそれぞれを信じるしかなさそうだ。

 そんな姿を見送り,最後に馬車に残ったのは湊斗とアリス。湊斗はアリスの様子を見ると【情報遮断】を展開する。


「やっぱり,皆自分の加護を気にするわよね。上手く話を逸したみたいだけど……湊斗くんの加護はどんな神なの?」


「悪いが答えたくない」


「散々他人のを覗いておいて?」


「そうしないと俺以外自分の加護を把握できないだろ?」


 断る湊斗と食い下がるアリス。


「お前の魔術適性と引き換えなら教えてやっても良いが」


 交換条件を突きつける湊斗。おそらく隠す重要性はアリスの魔術適性の方が強い。加護による強化に神ごとの個性はあまり出ないからだ。どの神から授かろうと性能上の差は基本的にないとも言えるだろう。

 ただ魔術適性は違う。本人の得意とする魔術なのだ。隠しておくことができれば情報戦において大きく有利となる。原理の推測が困難となるのもプラスポイント。


「情報の価値を……分かってない訳ないわね。釣り合っていないと理解していてその取引を持ちかけるの?」


「魔術適性は生まれ持った因子に強く影響を受ける。気質,才能,稀にだが家柄もある。アーキルとかアルトゥールとかは特に分かりやすい」


 アーキルの学力は高い。ならばその学力を,知識の集積が要となる魔術適性を持っていても不思議ではない。アルトゥールにしても同じ。あの高い戦闘センスを独学で身につけたかどうかは不明だが,あれ程にまで動けるのなら戦闘の才能を映した『身体狂化』という魔術適性はピッタリだろう。


「お前が魔術適性を隠しているのはそれが原因だな。自分の知られたくない1面が魔術適性に表れているんだろう」


「……それは否定しないわ。けれど人は変わることができる……いえ,むしろ特定の方向には簡単に変わる。そうでしょう?」


「俺が言いたいのは俺の加護も似たようなものだからだ」


 神により授けられた加護はあまり大きな性能差がない。ならば何故様々な神からの加護が与えられるのか。答えは神のエゴ。神様だって自分のお気に入りに加護を与えたい,ということなのだ。戦の神は戦いに秀でたものを気に入り,魔法の神は魔法に秀でたものを気に入る。自らの司るものとのシンパシーが重要なのだ。


「……分かったわ。加護の話は置いておきましょう」


 諦めたように,そう口にするアリス。


「あぁ,正直助かる」


 これは湊斗の本心だ。時々,アリスは湊斗に対して踏み込んでくる。それが湊斗の異常性に気づいてのことなのかは不明だが,その時は毎回尋問のような状況になる。今回はまだ軽い方。それでも,関係に決定的な亀裂が入らないようにしているのは感じ取れる。無理矢理情報の開示を迫られれば恐らく隠しきれないため,湊斗としては心底ありがたいことなのだ。


 湊斗に加護を授けたのは──殺戮神。必要,不必要問わず他者から命を奪わんとする行為を司る神だ。

 そして,湊斗の在り方に最も近似の神でもある。


「ねぇ,ところで……湊斗くんが天使の誘いに真っ先に乗ったのは何故?」


 静かに馬車を降りようとした湊斗にアリスはその疑問を投げかける。否,それは正しくない言い回し。


「やっぱり,セイに何か感じたのね?」


 確認作業。本人の口から聞かねばならないこと。

 どこか,そう,雰囲気の話だ。アリスはセイと湊斗に共通の雰囲気を見出していた。そして付け加えればシャルロッテにも,だ。

 アリスはこれを3人が深い隠し事をしているからと睨んでいる。たった1つの目的の為に行動する者たち。一般的な存在だと己を偽る第3陣営。


「ただ実益があると判断しただけだ」


「その言葉に嘘が無いことは分かるわ……でも,それだけ」


 湊斗のことは何年も見ている。今の彼の言葉に嘘が無いことは分かる。それでも隠されたもう1つの理由は分からない。


「──分かった。認める。俺は確かにセイに感じたものがある。そいつの提案に乗ったのは俺やシャルロッテとやり口が似ている可能性が高いと踏んだからだ」


「途中までは絶対安全,ということね」


「それはシャルロッテのやり方だが……そうだな」


 湊斗とシャルロッテがよく使う方法,それは使われる側の安全に配慮する方法だ。両者の間に色々な差異はあるものの,そこは概ね一致している。

 感覚での判断はリスキー過ぎるが,今になっては湊斗の目を信じるしかない。


「今日はここまでだ。俺も今日中に隠れ場候補の今を確認しておきたいからな」


「……そうね」


 【情報遮断】を解除し,馬車から降りていく湊斗。

 その背中をアリスは静かに見送る。

 藤室湊斗とシャルロッテ・アドラーは第3陣営,故に早めに排除すべき存在である。理性はそう言っているかもしれない。もしかしたら,彼らの望みが叶う時には全てが手遅れになっているかもしれない。

 ──だとしても。ココロはそれを望んでいない。

 2人のやり口が似ているのは単なる偶然だろうか,それとも。仮に偶然でなければシャルロッテを排除する選択は取れない。

 偶然だったとしても,湊斗を遠ざけることはできない。


 自分の望みはきっと,彼らの目的に比べれば余りにもちっぽけで価値の無いものだ。確信をもってそう言える。でも──それが,今のアリスが生きる意味。


 ──今や遠い過去にも思えるあの日以来,アリス・モチヅキは何も変わっていない。


ワールドメモ

『天使』

神の使い。地上に干渉する手段の限られる神の代行者。平たく言えばパシリ。現状登場しているのは861918Aと2010E6のみである。

一応、かなり高い戦闘能力を有しているようである。


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