第34話 城塞都市トルボス
トルボスは城塞都市とも呼ばれる都市である。帝国──キャリアザルド帝国には城塞都市都市と呼ばれる都市がいくつかあるが,現存する中で最新の都市がトルボスである。建設は200年前,大陸東端に魔王が現れたことに由来する。それゆえ,最も堅牢とされる都市である。
その都市が今,湊斗たちの眼前に広がっている。
「城壁から妙な魔力を感じるわ」
「そうー? 私には全然だけどー……」
「いや,そっちのお嬢ちゃんの言うとおりだ。この城壁は特別製らしい」
御者台に座る商人のおじさんともそれなりに打ち解けた。少なくとも普通に話をするくらいには。出発してすぐは仕方なくだからな,という態度を貫いていたのだから良い傾向である。
都市の門に辿り着いたところで,湊斗は商人の1人が警備兵と話しているのを見る。少し時間がかかっているが,いきなり大量の人を連れてきたとなれば問題にならない方が不自然だろう。
湊斗は馬車の中にいるクラスメイトの方へと視線を戻すと小さく呟く。4日目の馬車にはリチャードとアジュンがいる。湊斗にとって過ごしやすい友人たちである。
「帝国入りしたあとは平和に過ごせると良いんだが」
「どうだろうね」
「街中でお姫様と出会っちゃうかもな!」
「「それはない」」
「夢くらい見てもいいだろ!!」
「「ないない」」
リチャードの夢は叶わない。絶対に。
その理由は,常識的に考えてお姫様に自由が与えられているとは思えないといったものではない。それは──
「帝国に皇女様なんていないぞ」
「トルボス辺境伯家にもいませんわ」
ということである。女子2人──アイリーンとアイビーに無情にも夢を完全破壊されたリチャードは突っ伏してしまう。ちなみに,悪いのは事前に話を聞いていなかったリチャードである。
そんなところで,馬車が再び動き出す。どうやら,無事に通過できるようだ。
「ここは?」
再び馬車が止まったのは,やたらと大きい建物の前。
「商館みたいだね」
「ご明察です。ここは私たちの経営している店舗の支店となっています」
馬車4台が余裕で座れるスペースはある。ちょっとした貴族の邸宅レベルではないだろうか。
そのまま建物の中を案内される。中は綺麗に管理されており,高い財力が伺える。商品の展示も行っているようで,やたら値段の高そうなものから庶民でも手に取りやすそうなものなど多岐にわたる。
「あ,これ」
リチャードが指差した先にあるのは魔茨棘を加工した武具である。勿論,矢も展示されている。
「確か魔茨棘だったな。大怪鳥を仕留めるのに使ったってやつか」
「実はとんでもなくすごい素材だったのかもな……」
「値段は……10本で金貨7枚」
「いや高すぎだろ!?」
「そもそも私たちって無一文でしたわよね?」
「そうだぞ。生活が危ぶまれる現状……未来は暗いぞ」
湊斗たちが話す隣でそんなことを話す女子2人。もしかしなくても大問題だ。
ミラビリス王城から持ち出した武器たちは王城所有ということもあり見逃されたが,Sクラスが持つほぼ唯一の資産というのが現状である。上手く使わなければ生活が危ぶまれる。
「最悪ミラビリスに戻れば問題ありませんわ」
惨め過ぎる出戻りである。
アイビーがそう口にした直後,部屋の扉が開く。やってきたのはアリスだ。
「ひとまず管理局に向かうことになったわ。もう出発するから早めに準備しておいて」
聞き慣れない単語に内心首を傾げる5人。ちなみに馬車は各7人なので全員で行動している訳ではない。2人はいつの間にか居なくなっていた。
準備といっても特別なことをする必要がある訳ではなく,すぐにロビーへと戻る。
「管理局というのは──」
ロビーでアリスから管理局に関する説明を受ける。ファンタジー世界観に合わせるなら謂わば冒険者ギルド,というものに近い。ほぼそのものと言って差し支えないだろう。
違いといえば冒険者でなくとも利用可能という点だ。身分証の発行,実力の証明という面が強い。とはいえ冒険者ギルドが転じたものらしいので一般人からは敬遠傾向にあるのもまた事実らしい。
「今の俺たちは身分証のない不審者だもんな」
そんな不審者が28人も集まっているなど領主にしてみれば発狂ものだ。公権力を前に吊り回避のための役職獲得は急務なのである。
身分証の発行は滞りなく終了した。ステータスプレートのようなファンタジーアイテムではなくただのカード。定期更新もいる。「何か急に現実に引き戻された気がする」とは湊斗談。実力証明のための戦闘評価はかなり時間を要し,気づけば日が沈みそうである。
「試験官倒しちゃったイベントは起きなかったなー」
「ガルムさんだったか,ちょっと前に勇者にボコされてから鍛錬を積み直しているらしいな」
「どおりで強い訳だね」
アリスですら殆ど手も足も出なかった。アリスも持てる力を全て発揮して,という雰囲気ではなかったが異常な強さと言えよう。一撃入れることができたのはシャルロッテただ1人だった。
「いや,あのオジサンをボコったとか勇者おかしくね? ひょっとしてチート持ち?」
「ありえなくはないかもね」
──ガルムおじさん40歳,伸び代はまだまだあります。意味の分からない話だ。
湊斗をはじめ,誰も気にしてはいなかったが,ここまでの大人数が一度に押しかけるなんてことは普通ない。
……これがきっかけで面倒事が諸手を上げて走り出すのだが,そんなことはどうでもいいだろう。
──4月13日,初めての仕事の日がやってきた。この世界は15歳が成人とされているようだが,未成年の労働を禁じてはいない。労働力が圧倒的に足りていないから,当然といえば当然なのかもしれないが,ともあれアリスが年齢詐称しようとした件に触れなくて良いのは僥倖だ。
なお,仕事が見つかるまでの2日間は商館で居候である。
「さて,俺たち特技の無い凡才たちは町の外で魔物討伐だな」
「悲しいこと言わないでくれよ……」
実際は特技がない訳でも無いが,街の中では要求されようのない技能だったり,町の外でないと輝けなかったりする。
肝心の魔物討伐だが,実入りはあまり良ろしくない。正しくは湊斗たちの戦闘能力があまり高くないため,稼ぎの良い相手を倒しにいけないのだ。
定例のごとく,冒険者にはその戦闘能力を概算してランクが定められる。Sクラスは誰もが魔術適性を持って入るものの,実戦経験のなさからおおよそステータスどおりのランク……D〜Eとなっている。例外のCは3人だけである。
「こんなもんかよ」
Cランクの1人,アルトゥールがそう呟く。側には大きめの牛のような魔物が倒れている。1人で倒したと思われる。
残りのCランクはというと,1人は街の中で配達の仕事をしている。本人曰く情報収集にもなるとのことだ。もう1人は図書館で,同じく情報収集だ。
「あぁ……その牛はさすがに厳しそうだね」
魔術適性が『空間把握』であり,収納系魔術を扱えるアジュンが運び手も兼ねている。ただ,容量に制限もある。魔術で作り出した仮想の空間なので本人の魔力がないと大きくできないのだ。
「なら,ここで食ってかねぇか?」
魔物の肉,食えます。
勿論,処理は正しくしないといけないが,変に有害ということは基本的にない。沸き立つクラスメイトを余所に,湊斗は街の中に連絡をとる。
《調子はどうだ?》
《順調だよ。帰ってきたら共有するから》
《あぁ,頼む》
連絡を取った相手はアーキル。彼らには調べものをしてもらっている。この世界について少しでも知っておくのは重要,という訳で図書館に行かせたのだ。図書館の入館料が高かったため2人のみだが,成果を心配することはないだろう。
「何してんだ?」
「いや,ちょっとした定時連絡だ」
後ろからきたリチャードに湊斗はそう返す。リチャードの隣にはアジュンやノエルの姿もある。そして,もう1人。
「アナスタシアのナーシャちゃんだよ!」
「その紹介やめて……!? 馬車の中でも言いましたよね。ペットみたいだからやめてくださいって!」
「犬の……ポチ,そういうことか」
「無駄な分析やめてください……」
アナスタシアの顔には疲労の色が浮かんでいる。1日外で魔物相手に戦っていたのもあるが,精神的な疲れは大方ノエルのせいである。翻弄されているらしい。
「おーい! 誰か料理できるやついないかー?」
「あっ! ナーシャちゃんできるよー!」
「!?」
「連れてきてくれ!」
「任せてよ!」
「!?」
アナスタシアはノエルに連行され,そのまま肉の元まで連行されている。
湊斗は災難がまだまだ続きそうなアナスタシアに心の中で手を合わせる。
(多分休みたかったんだろうな。可哀想に)
魔物牛の味だが,悪くはなく食べられはするという結論になった。ただ焼いただけではあるが。
肉の処理に関してはなぜか優太──守山優太が詳しかったらしく,それに救われた模様だ。もし彼がいなければ,食べられたものではなかっただろう。何しろ血抜きの必要性すら他の誰も知らなかったのだ。なぜ優太がそれを知っていたかは不明だが,役に立ったのだから問題はないだろう。
その日の夜,男は目の前の女に悪態をついていた。椅子に座り,机を挟んで1対1,その机には普段ないはずのグラスと空いたワインボトルがある。
「確かにそうかもしんねぇけどよぉ……流石にありゃねぇよぉ……」
「はいはい,私もそう思うわよ」
「ちゃんと聞いてくれよぉ……!」
普段より酒に酔ったあとが面倒だと女は思う。目の前の既婚中年男性に呆れながら,女は口を開く。
「とはいえ,ウチでできることもないの。総督の名前をそう簡単に出せる訳ないでしょう? わかるでしょ,ガルム」
嘘だ。事態は既に重くなりかけており,”総督”が動いても何もおかしくはない。そんなことを言うのは以前この女が総督に私的な迷惑をかけたからである。
しかしながら,ガルムはそんな事情は何も知らない。ただの……とは言えないが,腕の立つ敏腕管理局員であるだけなのだ。
「ギルマス……いや,局長ならなんとかなんねぇんすか?」
「無理」
ガルムの言葉を雑に切り捨て,退出させる。酔っているが,ガルムに絡むような馬鹿はいないと判断し,放っておく。ガルムから絡むケースを想定しないのは単に面倒だからである。
1人になった執務室で女──管理局支局長ジリアンはガルムの言葉を思い起こす。
『今日,ヤケに大人数の新規登録者が来たんですよ。卒業生ではなさそうなんですけど,年齢も近そうでして』
冒険者ギルドの実力をランクで区切るシステムは帝国において,冒険者でなくとも利用できるようになっている。騎士や専属護衛が実力の証明として持ちたがったのが始まりだ。
以後,騎士養成学校の卒業生が毎年春になると管理局にやってくるのだ。
「今年はもう来てるからねー……」
記録には28人の名前がある。Cランクが3人。Dランクが11人。残りがEランクだ。
『全員が魔法を使ったっぽいのは分かりました
『どの魔法か分からないわけ?』
『生まれてこの方見たことない魔法でして……』
『特筆すべき人はいるの?』
どうせ,大したことはないと思っていたジリアンだったがガルムが発したのは予想外の返答だった。
『何人かいますよ』
1人目,アルトゥール。実戦経験を積んでいるように感じたという。それだけなら気にする程でもないが,他の者に誰も実戦経験豊富と言えそうな者がいないという点を顧みれば,十分に不審だ。
2人目と3人目はアリスとレティシアだ。どこか手札を隠しているように感じたとのこと。冒険者としては正しいかもしれないが,それだけではなさそうだったらしい。ガルムの勘をどこまで信じるかという話だろう。
4人目,シャルロッテ。戦闘技術においてガルム以上だったらしい。素の身体能力の差が無ければ負けていたとまで言わせた。更に戦う意思のようなものが感じられず,不気味とも。
「ふぅ……」
ジリアンの吐く息が机に置かれた灯りを揺らす。未だ蝋燭を使うのはジリアンがその古さを好んでいるから。懐古趣味という訳でも無いが,蝋燭の灯りが子供の頃から好きだった。
「どうしたものかなー……」
管理局トルボス支局に連絡が入ったのは今日の正午過ぎ。
『皇帝陛下より勅命が下された。管理局トルボス支局にて登録を行った特定の人物を引き渡し願いたい』
皇帝陛下はお世辞にも良い皇帝とは言えない。民のためを思って行動しているというのも怪しいとジリアンは思っている。だが,帝国の法に背く行為──正当な理由のない拘束を命じる程に身勝手ではないというのもジリアンの考えなのだ。
先程までのガルムとのやり取りはどこかでそれを聞きつけたガルムが執務室に入り込んできたからだった。どこから聞いてきたかは分からないが,ジリアンも試験官としての意見が聞きたかったため,渡りに船と話を聞こうとしたのだ。
「私は法を守るよ,皇帝さん」
ジリアンと皇帝は帝都にある魔法学院の同期である。特に面識がある訳でもなく,まして話すことすらなかった。ただその姿に憧れるだけの端役だった。
瞼を閉じれば,ジリアンの脳にその頃──20年以上前の光景が浮かび上がる。
『もし,俺が道を踏み外したとき,それを止めてくれるのはこの学院で共に学んんだ同胞だと俺は信じている』
卒業式で当時皇太子だった者が発した言葉。
ジリアンは愚かな少女だった頃の記憶を胸に,席を立つ。
「私がその1人だなんて笑える話だけどさ」
窓の外を見る。その日の月はいつもより綺麗に見えた。
キャラクターメモ
『ジリアン』
管理局トルボス支局長。管理局の前身は冒険者ギルドであり,業務もそれに準じている。現皇帝と同年代で学院では同じ学年だった。
なお,今後暫く出番がない。




