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第28話 霧の中の戦い(下)

 獣人の里,南部。

 相対するのは多数のお供を引き連れた1匹の巨大蛙と10の生徒。アーキル,アルトゥール,アナスタシア,レティシア,シーハン,七海,澪,優太,瑞希,誠一郎。

 ちなみに事実上1vs10の戦いである。何せ変異蛙が引き連れていたのは魔物でも何でもないただのカエル。やたらと鳴き声が煩いだけのカエルたちなのだ。致し方ない。

 とはいえ,変異蛙自体はツノ,キバ,ツメを拵えた危険な存在なのだ。既に消耗していることもあり却って不利な戦いを強いられていた。


「GURORORO……」


「ッチ,やりづれぇ」


 ツメを伴った腕が大きく振りぬかれるが,アルトゥールは後ろに飛んで回避する。手甲で防ぐのではなく,回避を選んだのは後ろからの援護があるから。

 とはいえ,巨大な蛙と戦う経験など元の世界では考えられないため,動きが少し鈍くなる。あるいは人同士の喧嘩に慣れすぎた弊害かもしれないが。


「今よ! ほら早く!」


 レティシアが指示を出す。人の上に立って動くとなれば,彼女の魔術適性『陣頭指揮』は極めて有効な札になる。『陣頭指揮』は人の無意識に働きかける精神干渉術であり,人を使うのに適した魔術へ適性を持たせるものだ。自身で判断したと信じるそれが他人の制御の元,という少々恐ろしいものでもあるが。

 もっとも,本人を除きこの場に彼女の魔術適性を知るものはいないが。

 いくつもの魔弾が炸裂する。しかしその数は人数と比べれば可愛いものだ。既に消耗しているという事実が足を引っ張っている。


「ほんっと最悪……」


(お供のカエルが何もしないだけマシだと思うケド)


 そう零すレティシアから離れ,戦場の1隅で地面に手をつけるのは瑞稀。

 彼女の──紺野瑞稀の魔術適性は『地形操作』である。周囲の地形を弄れるだけといえばそれだけだ。礫を飛ばしたり土塊を落としたりもできない。一見すれば土系の魔法や魔術に劣るが,本質はそこではない。彼女自身がそれを十全に活かせる実力を持っている訳ではないが,それでも盤面を動かす一手になりうる。

 地面に手を添えたのもその一環。その方が彼女にとってやりやすいから。


(ッシ,やるだけやってみるか)


 地面に干渉するため,瑞稀は地面に魔力を流し,意識を集中させていく。

 アルトゥールが幾度目かの退避をするも,魔弾が打ち込まれる前に変異蛙が動き出す。その先にいるのはシーハンだ。


「シーハン! そっち行った! 早く!」


「分かってるわ〜」


 レティシアにそう返すシーハンだが,速度においては変異蛙の方がずっと速い。シーハンは躱しきれず……腕のひと振りを受け吹き飛んでいく。

 シーハンの隣で変異蛙と相対していたアナスタシアは直感する。これはマズい,と。


(これ以上は流石に……)


 10人の内,魔弾を撃ち込んでいたのは5人。アーキル,アルトゥール,レティシア,瑞稀,そして回復役として待機している澪を除いた5人だ。今は1人減って4人となった。ギリギリの前線維持が不可能に──


「うらぁ!」


 ならなかった。

 突然飛来した塊に変異蛙が大きく仰け反る。かなりの衝撃にも関わらず目立った傷がついた様子は無いがそれでも有効打ではあったのだろう。変異蛙の意識は飛来した()()に意識を集中させる。


「へぇ,マグナムラナかい。懐かしいね,昔はよく狩ったもんだ」


「え? え? ファムべさん? どうしてここに!?」


 突如隣に現れたファムべに誠一郎が問いかける。

 平時ならともかく,今,獣人の里には有毒の霧が立ち込めている。それも獣人に対してのみ効果を発揮する類のものだ。


「外に出るなとは言われてたんだけどねぇ。近くで戦いの気を感じたらいても立ってもいられなかったのさ」


「えー……」


「毒も気合いで何とかするさ。少なくともあのカエル野郎をぶちのめすまではな」


 言い終わるやいなや,ファムベは変異蛙に突っ込んでいく。

 変異蛙はそれを体を捩り回避した。そう回避した。今まで特段の回避行動を取らなかった変異蛙が,である。


「おかしいな……やっぱり毒のせいってのかい?」


 当の本人は気にも留めていないようだが。

 全盛期を過ぎ,体力においてはただ衰えるのみとなってもその戦闘能力はこの場のよりも高い。先の攻撃は後ろにいる煩いだけの蛙を何匹か吹き飛ばしただけ。今度こそは変異蛙に当てる,とファムべは変異蛙に向き直ろうとする。


「……ゴホッ」


 しかし,この霧の中では十分に動けない。極力吸わないように呼吸を控えてはいたものの,ファムべ自身が侮っていたが故のこと。


「村井!」


 優太が声をかけたのは回復役として待機していた澪。ファミリーネームを隠す方針も緊急故に忘れられていることには触れないでおこう。


「分かった!」


 澪はすぐにファムべの治療に取り掛かる。解毒というよりは『生命増幅』による生命力の増強で毒を無理矢理抑え込むと言った方が相応しくあるだろうが,一時的な解毒処置はできたと言えるだろう。


「隙あり!」


 アルトゥールが拳を打ち込む。依然としてファムべに意識を向けていた変異蛙はアルトゥールの攻撃に反応できない。命中,しかし効果は薄い。大した反応もない。だが,アルトゥールは攻撃時に違和感を抱く。


(なんだ? 殴った感覚が違ぇ……)


 違和感をいだきながら後方に跳ぶ。

 すぐさま援護の魔弾が変異蛙に撃ち込まれる。魔弾は変異蛙の表皮に傷をつけ,僅かに血が滲む。効果は薄いがまるでない訳ではない。

 ファムべが再び変異蛙に接近する。迎え撃たんとする変異蛙のツメを軽々と回避し,その体に連続して拳を打ち込む。


「ははっ,そんな仕組みだったなんてな」


 転がっていく変異蛙。巨大とはいえ1m程度の変異蛙と熊の獣人ともあって巨体を持つファムべでは体格が違う。ファムべが本領発揮できる状態にないとはいえ,一見すれば弱い者いじめである。

 ともあれ,おもむろに笑い声を上げるファムべにまわりの意識も引っ張られる。


「周りの雑魚どもを殲滅しな!」


 ファムべの声が響く。顔色は決して良くないが,それでも声は力強く意図を皆に伝えていく。


「こっちだ!」


 アルトゥールが誘導をかける。やっていることは変異蛙に攻撃を断続的に入れながら引き下がっているだけだ。しかし,知能の薄い変異蛙では罠と疑うこともできない。

 まんまと誘い出されたところで突然地面がウネリを上げる。


「チョ……何コレ……」


 それを起こした本人──瑞稀が状況を飲み込めずに呟く。

 辺り一帯の地面が蠢き,地の隙間に蛙たちが巻き込まれていく。瑞稀の全魔力で賄えるはずのない程の規模で広がるそれは,クラスメイトをも巻き込まんと地を揺らす。

 それはそれとして,後方で戦闘を遠巻きにしながらもただただ騒いでいた蛙たち。彼らは何もしていなかった訳ではないのだ。

 すなわち,声による援護。べステの『盛福呪歌』に近い性質と言えるか。これが変異蛙の身体強度を高めていた。


「巻き込むなよ!」


「ゴメン……ムリ……」


「おいいいい!!」


 優太が声を上げるも,瑞稀から返ってきたのはまさかの返答。それもそのはず,瑞稀は残っている全魔力を全力でつぎ込んでいたのだ。当然,精密な範囲指定などできない。それどころか彼女自身すら巻き込まれる側である。

 暴走状態に入り,周囲の空間にある魔力すら食らい尽くさんとしている魔術式。術者が死亡すれば効果は消える,などという都合の良い段階はもう過ぎた。術者が死ねばそれで良しと言える状況でもないが,だとして助けに行けるものもいない。

 毒霧により動けないファムべ。澪の治療がなければ彼女は既に死んでいてもおかしくはない。

 誘導によって離れすぎたアルトゥール。近くにはいるが,助けられる程の身体能力が無いアーキル。他の面々も,自分の安全確保で精一杯といったところだ。たった1人を除いて。


「ここまでか……」


 瑞稀は不思議と恐怖を味わぬまま自分の終わりを感じ取っていた。そのまま目を閉じて──


「ミズキちゃん!」


 自分の名を呼ぶ声と不意の衝撃に再び目を開く。


「大丈夫そうね〜」


「え……シーハン?」


 土煙が晴れる。瑞稀の目の前にはシーハンが確かにいる。吹き飛ばされたまま,誰も助けに行けなかったシーハンが。


「大丈夫か!?」


 誠一郎の声が聞こえる。残念ながら,霧のせいでその姿が瑞稀に見えることはない。


「無事なら早くそこから離れろ! 俺たちの方に来ればいい!」


「分かったわ〜!……っ!」


 弾けとんだ塊の1つが2人に向かって飛散する。単なる土塊の威力ではない。一般人なら大怪我まである代物だ。

 そんな塊が直撃したのにも関わらず瑞稀もシーハンも目立った外傷はない。シーハンが瑞稀を庇い,代わりに土塊を受けたからである。

 意識状態の彼女に,生半可な攻撃では通用しない。それが魔術適性『堅守城塞』の力の一端である。

 だが,瑞稀はシーハンに庇われたとはいえ完全に無傷とはならなかったらしい。瑞稀の足に鈍痛が走る。


「私がいるわ。ほら,ちゃんと掴まってね」


 シーハンに肩を貸され,瑞稀は何とかその場を離脱する。


(ハァ……まだ余裕があるなんて……)


 瑞稀は自分を弾けた地面から自分を庇ったとは思えぬ程にピンピンしたシーハンの様子に心の内で呆れる。


「よし,もういいぞ! やってやれ,アーキル!」


 再び誠一郎の声。瑞稀も何が起こるのかを察する。これで決着なのだと。


「【燃え盛る大獄よ,我らが敵を燃やしつくせ──インフェルノ】!!!」


  巨大な火球が変異蛙の居た位置に着弾し,炸裂する。即座に熱風が吹き付け,辺りの家屋を倒壊させていく。本人の魔力量の関係で城で受けたとき程のサイズには到底及ばないが,彼の魔力残量を全て込めた一撃だ。周囲の霧や瑞稀の展開した術式ごと燃やし尽くしていく。


「自分でもここまでとは思わなかった,な……」


 火球の炸裂を見届けてアーキルがそう呟く。

 王都守備隊長レイバーに向けて撃った時とは話が違う。そう,魔力を限界まで込めた訳でもなく,魔法の名前すら知らず放った時とは違うのだ。城前のジャイアントマジカルベア相手に残った時,メリナにどんな魔法か聞いておいて正解だったと思いながら,アーキルは意識を手放した。


「倒せた,か」


 見通しが効くようになると各々の視界には地面に黒ずんだ塊が映る。

 ここに変異蛙の討伐は完了した。











 獣人の里東部,故ケレス宅周辺。

 地泳怪魚の群れが跋扈する。彼らの獲物は視界に入った動くもの。すなわちアジュン,カタリナ,シャルロッテ,裕信,アイリーン,クリシュナ,ミンナ,ノエル,さくらの9人。

 群れを率いる一際大きな個体──ボスはとある理由で気が立っていた。いきなり現れた謎の存在に手傷を負わせられたのである。挙句,自らの意思に反して敗走させられた。必要もなく獲物を甚振っているのも八つ当たりのようなものである。


「こっちだぞ! 援護して欲しいぞ!」


「任せてください!」


「裏だ! 合わせろ!」


「了解っ!」


 その結果,怪魚の群れ少しづつ数を減らしていた。戦闘能力で言えば怪魚の群れはその個々が高い力を有している訳ではない。しかし,その身に合わぬ鋭い牙と高い咬合力を持っている。加えて,地泳怪魚の名に恥じず誰にも気づかれることなく獲物に襲いかかることができる。誰にも感づかれぬ暗殺に近い方法で狩りを行うのが地泳怪魚という魔物である。

 それが上手く機能しない最大の理由は声を張り続けている1人の少年によるものだ。


「ノエル,右! 裕信は左! ミンナ,下から来る!」


 ウォン・アジュン──彼が自身の魔術適性『空間把握』をフル活用して怪魚の位置を叫び続ける。存在の座標を見ているため,霧によって地泳怪魚の奇襲を防ぎづらくなることも殆どない。

 初めは手傷を負う者も多かったが,回数を重ねて慣れていけば,怪魚を倒し数を減らすことができれば対処は楽になっていく。次第に怪我人も減っていく。


「あと3匹だよ」


 探知による魔力消費はあるものの,アジュン自身は一切攻撃に魔力を使わずに節約している。途中,集中砲火されることもあったが,それは何とか乗り切った。

 アイリーンの魔弾が命中する。


 ──残り2匹


 目の前に飛び出してきた怪魚を裕信が咄嗟にナイフで斬りつける。


 ──残り1匹


 ミンナの背後に現れた怪魚をクリシュナが撃ち落とす。


 ──残り0匹


 本当に?

 アジュンは自身の魔術に向けていた意識を戻していく。魔術も万能ではない。届かない領域というものは行使者の力量に大きく依存する。


(ボスの居場所はどこだ……反応がない……)


「なっ!?」


 辺りを見渡しボス怪魚の位置を探っていたアジュンを突風が吹き飛ばす。

 瞬間,アジュンが立っていた位置を怪魚が呑み込んでいく。


「下がっていろ」


 アジュンの知らない声だ。その直後,周囲の霧が急速に濃くなっていく。そして,聞こえてくるのは肉が絶たれる音。その斬撃音の傍ら,アジュンのすぐそばにも血が飛散する。

 数秒と経たず音が止み,再び突風が吹く。それは周囲の霧を吹き飛ばし,再びある程度の視界が取り戻される。


「これは……何だ?」


 アジュンの後ろから声が聞こえてくる。クリシュナのものだ。他の生徒たちも驚愕の表情になっている。

 それもそのはず,ボスだったと思わしき怪魚は綺麗な三枚卸となっていたのだ。驚くなという方が無理である。


「一体誰が……」


 既に三枚卸を生み出した犯人は姿を消しているらしく,周囲にその姿は見えない。

 こうして怪魚の群れとの乱戦は謎の介入者によって終わりを迎えたのだった。


キャラクターメモ

『ツァオ・シーハン』

紫がかった赤色の髪をしており,魔術適性『堅守城塞』を持っている。常にマイペースを維持しており,焦らず慌てずな少女。ちょっとやそっとでは傷つかない(物理的)。

一方でバックボーンが不明であり,理事棟でハリソンが殺されたシーンでの振る舞いなど謎に包まれた面も。


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