第27話 霧の中の戦い(上)
霧の中現れた二足歩行のトカゲを相手に3人で相手取ることを余儀なくされた湊斗たち。当然,村長は当てにできない。この霧は獣人にとって強い害をもたらすことは既に分かっているのだ。
『プライムリザード(改造)』
体力:C
魔力:D+
筋力:D+
敏捷:D
耐久:D-
魔力抵抗:D-
技能:霧喰Lv-,自動治癒Lv.4,地形操作Lv.2
状態:精神操作
「やつの力自体は大したことなさそうだが……」
湊斗の目に止まったのは改造と精神操作の文字。おそらくは霧の聖獣の仕業。霧喰のレベルが消えているのも関係があるかもしれない。
「ひとまず,警戒は強く持った方が良さそうですね」
それについて説明した湊斗にノアが返す。
「個体としてのステータスは俺たちより高い訳だしな。技量は分からないが……」
プライムリザードが足を上げ,勢いよく下ろす。『地形操作』の効果なのか,揺れとともに地面がデコボコした状態に歪んでいく。
「これで……!」
湊斗はそう口にしながら魔弾を飛ばす。消費する魔力に比して高い効果が得られるという訳ではないが,純粋な攻撃指向の魔力塊なので使い勝手が良いのだ。
「一応,効いてはいるみたいですね」
プライムリザードは呻き声を上げながら立ち上がる。傷自体は大したこと無さそうではあるが,自身に攻撃を行った対象への反撃の意思はひしひしと感じられる。
「【臨時立法】──肯定,異形狩り」
ノアが魔術を行使する。
「【我ら,法を成すもの】」
間を空けない連続の魔術行使。即座に異なる魔術を展開するには瞬時に術式を切り替えなければならない。かなりの技術が必要になってくる。湊斗もできないことはないが,ノア程のスピードは出せないのだ。
「タイミングを合わせましょう」
「了解した」
2人の様子から何かを察したのか,プライムリザードはまっすぐノアに向かって突撃していく。
「今!」
2種の魔弾がその体に吸い込まれるように飛んでいき,顔と胴に命中する。鼻先と脇腹から血を滴らせながらプライムリザードは転がっていく。
「普段より威力が高い……?」
「僕もサポートができない訳ではありませんからね」
「支援特化の私と同じくらいの効果……」
(何なら,支援中他のことができないべステよりよっぽど……っと集中集中)
益体もない思考は時に致命傷を招くのだ。今回は何も無かったから良かったのだが。
意識を切り替え,湊斗は立ち上がるプライムリザードを見据える。
「───!!!」
いきなり叫び声を上げるプライムリザード。最悪の展開を想定し,湊斗は再び魔弾を射出する。
「急いでトドメを!」
「任せてください」
湊斗の魔弾が足に当たりよろめいたプライムリザードめがけノアも魔弾を放つ。軌道は正確。確かにその頭を直撃する。
「よし,ひとまず倒せたが……」
「やっぱりそう一筋縄では行かないですね」
揺れる草むらの先から先程とは別のプライムリザードが現れる。
その数,9体。
「……こんなに多いなんて……」
湊斗とノアの言動からまだ何か来ると感じていたべステだったが,その多さに声が漏れる。
ここにいるのは4人。うち1人──村長には戦いに貢献できる見込みがない。つまるところ,3人は格上9体を同時に相手取る必要があるという訳だ。
「策は──」
「あれば苦労しないんだがな」
逃げる……のは厳しい。村長を囮にしたとて如実に出る敏捷の差を埋めるのは厳しいだろう。
(何より……時間を稼げさえすれば何とかなるはずだからな)
湊斗は王城を抜け出して書店を訪れたことがあった。そこで見た図鑑によればプライムリザードは本来温厚な種という。
「死なないことだけを考えるべきか」
湊斗はタイムリミット──プライムリザードにかけられた『精神汚染』が術者の死亡による解除を迎えるまで耐える選択を下す。守勢を以てプライムリザードたちを迎え撃つ,これはあくまでも必要のない戦いなのだ。そうである以上,積極的に殺してまわるつもりなど湊斗には無いのだ。
「いやーこれは参ったなー」
「飛ばれるとどうしてもねー」
「やっぱ当たんねーわ!」
獣人の里外部,西。大怪鳥に対峙するのは──5人。里外部には霧が出ていないため,獣人であるラキも戦力として数えられる。というより,主戦力と言った方が良いだろう。
「KUEEEEEEE!」
だが,今のラキに遠距離攻撃の手段は取れない。単体のスペックがラキと同等以上である大怪鳥を相手取るには不安が残る。
「本来の得物が使えんてのもきっついわ」
ラキが本来得意とするのは弓である。なぜ使わないのかといえば──
「しょうがないだろ,遠距離攻撃無効とか聞いてないんだし!」
その羽の特異な特性により弓矢が通じないのである。いち早く気づいたのはリチャードだった訳だが,気づくのが遅れていれば致命的だった可能性もある。これも,転移前からサブカルチャーに慣れ親しんでいたアドバンテージなのだろうか。
「まあね,でも弓矢を破壊されたってのはキツイわ」
「何とか地上から届く位置に留まってくれればな」
エミリオがそう呟く。彼の魔術適性は『空中闊歩』。それを利用し,足場がない地点を足場として何とか撹乱させる。そして,地表付近に誘き寄せるのが彼の役割となっていた。
効果が無いわけではないが,速度の差がある以上あまり近づきすぎては撤退できないので,あまり有効な一手にはなっていない。
「KUEEE……!」
せめてもの救いは,無効といえど不快なのか遠距離攻撃を放ったものにも注意を向けることだろう。魔術を,矢をと順々に放っていき,何とか状況は拮抗している。なお,ラキの弓は破壊されているため,矢を普通にぶん投げているという形だ。どことなく槍投げを彷彿とさせる。
「攻撃せずに,かー」
空を飛び回り,機を見て攻撃する。相手が攻撃できない位置に居座るというのは至極単純でありながら絶大な効果を発揮する。
「罠とかに嵌められればー,とか?」
「それだ!」
「誰かできる人がいればいいんだけどねー」
葵はラキに視線を送る。
「期待してくれるのは良いけどそんな何でもかんでもできんから……」
「──私なら……できるかもしれませんわ」
葵が諦めかけたその時,アイビーが声を上げる。
「できるのー?」
「蔦を使った拘束魔術ですわ」
アイビーの声にエミリオとリチャードはなるほどと頷く。葵とラキにはいまいちピンとくるものではなかったのだが。
「じゃ,頼んだよー!」
「分かりましたわ」
アイビーの眼前では今もエミリオとラキが大怪鳥を足止めしている。
《エミリオ,あの高い木の隣まで誘導してくれ! そこまで行ったらアイビーがヤツを拘束するってよ》
《分かった》
エミリオからの返答は短いがキチンと伝わっているはずだ。ラキには伝えていないが,エミリオの動きから意図を察したのか,誘導を進めていく。
大怪鳥がエミリオに飛びかかる。エミリオは背後の木の影に回避。その直後,ラキの短剣が背中に当たる。
「こっちだ!」
大怪鳥はラキの声を聞き忌々しげに振り返ると翼を大きくはためかせその後を追おうとする。その瞬間──
「【拘束蔦】──これ詠唱どうにもなりませんの……?」
アイビーが使ったのは【拘束蔦】。名前の通り相手を拘束する蔦を生やす魔術。だが,その効果は通常のそれでは考えられない程に太く,長く,多い。
親和性は魔術の構成要素に数えられている。生まれながらにして”一部の人”が持つ『魔術適性』もその1つ。だが,”全ての人”が持つ親和性の素もある。すなわち名前である。
魔術適性として『植物使役』を持ち,自らの名としてアイビー──『蔦』も持つ。厳密には名前に由来する魔術を誰しもが使えるわけではないが,それはさておこう。
「KIEEE!?」
蔦が大怪鳥を拘束し,翼を封じる。アイビーの魔力と技術では到底拘束できるはずのない大怪鳥にこれが通用したのは単に親和性のおかげである。
「危ない!」
魔術の行使でその場を動けないアイビーをリチャードが突き飛ばそうとする。
大怪鳥は翼を拘束され,地面に墜ちるのみと思われた。しかし,そう甘くはないものだ。アイビーが封じたのは翼のみ。長い首と嘴はフリーだったのだ。
「リチャードさん!?」
リチャードが何をするのか察したアイビーが叫ぶ。庇おうというのだ。このままではリチャードが怪我をする。軽傷で済めばいいが重症,あるいは致命傷だってありうる。
「これで!」
ラキが持っていた最後の短剣を投じる。短剣はその首筋に深々と突き刺さるが,大怪鳥は意に介さない。刺さった勢いで多少ぶれただけである。
その嘴はそのまま獲物を捉えるか──といったところで奇跡が起こる。
リチャードがアイビーを押し倒したのである。
そのおかげで頭を確実に潰さんとしていた嘴は空を切るにとどまる。
「【拘束蔦】!」
その体勢のまま再び拘束蔦を放つアイビー。狙いを外した大怪鳥は四方から襲い来る蔦から逃れられず頭を空中に固定される。
「いってて……まさか転ぶなんてよー」
「とはいえ助かりましたわ。──それと……早くどいてくれませんこと?」
「っとと!? わ,悪い」
リチャードが直前で躓き,倒れ込んだおかげで両者軽傷で済んだのである。もっともアイビーとしては別の意味で傷を負ったと思っている可能性もゼロではないのだが。
そして,体を持ち上げ立ち上がろうとするリチャードに赤い液体が降りかかる。
「……」
赤い液体──血を被ったのはリチャードがゆっくり立ち上がろうとしたからだろう。何故ゆっくりかはリチャードの名誉のため黙秘するとする。
リチャードは顔にかからなかっただけましと言えるだろうが,アイビーは仰向けだったこともあり抵抗もできずに浴びた。血を。
「なんなんだ……よ!?」
リチャードが顔を上に向けると血の持ち主の顔が視界に映る。大怪鳥の後頭部には矢が突き刺さっており,そのまま貫通している。突き抜けた鏃が紅に染まり,禍々しさを放っていた。
「よっし!」
「何がよっし,だよ。俺ら思いっきり血をかぶったんだぞ?」
リチャードはラキに胡乱げな目線を向けながらそう返す。
「あっはっは。いや悪いね,チャンスだったからつい」
悪びれることもなく笑ってのけるラキに毒気を抜かれ,リチャードも小さく息を吐く
「一体どうしたんですの?」
水で顔の血を粗方流し終えたアイビーが会話に加わる。ラキの弓は破壊されていたのだ。それ以前に大怪鳥は遠距離攻撃に高い耐性を持っていた訳であって。
「俺の作品って訳さ」
そう言いながら赤髪の少年が近づいてくる。赤い髪の少年──ジョバンニ・ジョルジアンニである。
「どういうことですの?」
「アリスちゃんに預けられてた素材から作ったんだよ。マシキョク……とか言ってたっけ,その棘でね」
どうやら,霧の中で右往左往していたところ,仕事を押し付けられ何とか完成させたということらしい。
「魔茨棘……あ,村長が言ってたっけー」
「1人なのに俺たちより早いって,ちょっと複雑だな」
話しているアイビーたちに葵やエミリオも合流する。全員,多少の怪我はあっても死者や重傷者はいない。
「ま,ソイツを受け取った俺が後頭部から突き刺したって訳さ」
「矢単体で!?」
「そのとーり!! じゃ後始末は俺がやっとくから,里の様子を見てきてくれないか? あの霧,獣人にとっては毒っぽくて」
ラキがそう言い,休憩を取ってから里の中に向かうことに決定。いそいそと大怪鳥の死体を処理しているラキを傍目に束の間の穏やかな空気が訪れる。
「そう言えば獣人の里と言いながら村長って呼んでるのなんでだろー」
「「「?」」」
葵の疑問は他の誰にも通じなかった。メンバーがメンバーだ。ここに日本語が達者なクラスメイトはいない。
ともあれ,ここに大怪鳥との戦いは終結したのだった。
キャラクターメモ
『ラキ』
獣人の里に住まう猫の獣人。年齢は30程。明るく振る舞うムードメーカータイプだが決して弱くはなく,里全体で見れば上位の実力者である。メインウェポンは弓。




