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第19話 投げられた賽

 

 第2ラウンドが始まって数十秒と経たないうちに,レイバーの部下は全滅した。もとより人数で下回っていた訳だが,人が減るほどに対処のスピードは上昇していくのだから当然と言えば当然かもしれない。だが,1対多にも限度がある。無論相手の数が増える程に1人側は加速度的に不利になる。しかし,過剰に人数が多ければ同士討ちのリスクも上がる。1vs28などそのリスクを顧みれば行えるはずも無く,余力のある一部の生徒が相手をするに留まっている。


 《何をしても良いので城門の下まで追い込んで下さい》


 湊斗の脳内に直接語りかけるような声が響く。シャルロッテの声だ。


(どうしろと……? ……これ一方通行か)


 念話らしき魔術は一方通行らしく,返答は出来ないようだった。シャルロッテには思念伝達系の魔術を教わっていた湊斗だったが,着信拒否されているのだろう。自分で頭を使えということか。


【刑罰執行】タンフィドフ・エーレアクーウバ


 湊斗が考えている隣でノアが副隊長を倒した魔術を放つ。レイバーの足元から巨大な針が飛び出る。それをレイバーは体を横に捻り回避する。


「串刺しの刑にしたのですが……隊長さんは悪人では無いようですね。副隊長がアレだったので期待しましたけど……残念です」


「……仮にその副隊長レベルならどうなっていたんだ?」


「周囲から数十本は出てたはずです」


「……えげつないな」


 レイバーの回避隙を狙い,【調律連合】ハーモニアススクワッドによって呼び出された動物たちが一斉に飛びかかる。横に逃れようとしたレイバーだったが,空間に違和感を感じ,後ろに逃れよることを余儀なくされる。

 レイバーは知る由もないがウォン・アジュンの『空間把握』によるちょっとした妨害である。


「チッ,今度は何の真似だ……?」


 レイバーが不機嫌そうに大剣を振るい,動物たちを一掃する。しかし,1-Sによる連携攻撃はレイバーに落ち着く暇を与えなかった。既にレイバーの目の前には巨大な火球が迫っている。躱す時間は……無い。直後,爆音が鳴り響く。


「……上手くいったか。かなり疲れたけど」


 その火球を放った人物──アーキルが呟く。

 彼の魔術適性『記憶書庫』は自らの記憶を媒体とした魔術の行使が可能になる。自らの記憶を参照する以上,当然明瞭な記憶が必要だ。記憶が薄れればポテンシャルを引き出すのは困難を極めるが,幸いアーキルたちは今朝あわや全滅の大魔法を目にしている。……実際に大魔法かは不確定なのだが。

 ともあれ,今朝方食堂裏にいる生徒たちを襲った大火球が不完全ながらも再現されたということだ。


「ぐっ……痛ぇじゃねえか」


「あれを耐えるか……」


 ノアの魔術と有栖の動物たちでレイバーを動かし,アジュンの空間把握でそれを妨害,アーキルによる締めの大火球。一連の攻撃は狙ったものではないが,それでも奇跡的な噛み合いと言えるだろう。

 この世界に魔術適性に該当するものを持つ人間種はいない。魔術適性を活かした見知らぬ初見殺しは理不尽そのものだ。最初から種が割れていれば悪人をノアに前に出すことも,アーキルの記憶に残るような攻撃など仕掛けなかったはずなのだから。


「にしたって面白えガキ共だ。個々の力は大したことないが,妙な技を幾つも持ってやがる。流石は異世界からの珍客ってところか?」


 だからこそ,初見殺しの嵐を耐え抜いたレイバーの実力は圧倒的とも言える。


「だが,そろそろ策が尽きると見た。どうも俺を門の下に誘導しようとしてたみたいだが,無理な話だったな。そろそろ──」


 降参したらどうだ。その言葉は紡がれない。レイバーは正面に微かな気配を感知し,反撃の構えをとる。長年の剣士としての勘で,視界に映ってこそいないが敵の存在を確信していた。奇襲は相手の意識外から,備えを用意される前に行うことに意味がある。しかし,レイバーに視界にいない相手で今この時仕掛けてくるであろう人物に1人だけ心当たりがあった。先程まで地面に転がっていたが,いつの間にか姿を消した少女。

 だからこそ,双眸にその少女──有栖を捉えたとき,迷い無く大剣を振るわんとする。


「残念だ」


 目の前の少女はただ必死なのだろう。だが,その必死さが仇になったなとレイバーは思う。将来,大物になるであろう相手を斬り捨てる罪悪感を押し切り,大剣を振り切る。

 レイバーはもともと反撃で相手を屠る剣士だ。格上と評されていた相手でもカウンターで退けてきた。


「──っ!」

 

 だからこそ,反撃として振るった横薙ぎが空振った事実を呑み込めない。

 避けられた。その事実がレイバーの心に暗い影を落とす。

 その要因は目の前の少女の推進力が急激に失われたから。1-Sにかかっていたバフ効果が切れたから。しかし,レイバーがその理由に気づける理由もない。


「はぁ……はぁっ……そ,んな……」


 足元にはレイバーの横薙ぎを避けた少女が息を切らして膝をついている。

 レイバーは許せなかった。レイバーは王都守備隊長の任に就いてから一切の傷を追ったことがなかった。巨大な魔獣も,元騎士の山賊にも掠り傷の1つも負わなかった。だからこそ,自らの守りがこのような形で,本来遥か格下の相手に突破されたことが許せなかった。

 そこに騎士である誇りは無い。ただ燃え上がる感情が目の前の命を奪いたがっている。

 目の前の少女は顔を上げ,レイバーの顔を見ていた。その表情は死を目前にした絶望に,恐怖に染まっていく。


「あ……」


「……」


 レイバーはただ,剣を振り上げる。


「そこまでですよ! 一体何をしているのですか,レイバー」


「……」


「王さまからの指示でもありましたか? ならわたしから,それを無視するよう”()()”しますよ!」


「姫様……? あいや……これは……」


 レイバーの煮えくり返るような感情は一瞬にして霧散していく。さながら最初から存在しなかったように。その人物の言葉にはそれだけの力があった。


「いいわけ無用!」


 メリナ・レグニア。城の側から現れた戦場に似つかわしくない幼女。レイバーも状況が理解できていない。


「とにかく解放しなさい!」


「お,おう!?」


 1歩下がり,剣を降ろし,戦闘は完全に終了。

 遅れて,レイバーは自らの足にレイピアに刺された痛みを感じる。どんな形であれ,鉄壁が突破された証だ。


「メリナ,助かった。もう少し遅れていたら手遅れなんてものじゃ無かっただろうからな」


 やってきたメリナに謝意を伝える湊斗。

 1-Sの他の誰も予見できなかった攻撃。知らされることも無く,シャルロッテの策も最終フェーズにあっての独断だ。当然湊斗も反応が間に合わなかった。


(あの一瞬でどんなやり取りがあったかは分からないが……良いものでは無かっただろうしな)


「いえいえ,むしろ謝らなければです。けっこうどうでもいい寄り道してたので……」


「……そうか」


 湊斗の表情が複雑なものになったのも当然だろう。文句を言いたいが言える状況では無いのだから。


「なぁ……俺ぁどうすりゃいいんだ? 姫様と陛下で言ってること逆なんすけど……」


 そんな2人のもとにレイバーが申し訳無さそうに声をかける。だが,その返答を待たず,咆哮のような音が空気を震わせる。


「みなさま,結界を! ふせいでください!」


 その言葉の真意を確かめる間もなく,辺りに落下音と衝撃波が放たれる。湊斗は何とか身を守ると,他の生徒に視線を向ける。


(半分くらいやられたか……死んでいないだけマシだが,このシーンの脱落は痛いな……)


「っ!? アリス,上です!」


「──え?」


 連携攻撃でレイバーを後退させたその位置はまさに城門の下。シャルロッテが城門を崩し押し潰そうとした場所。生徒たちが何時でも落とせるよう極限まで脆くした箇所。

 当然,その衝撃波は致命的だ。大きな音を上げながら城門が崩れ落ちて行く。


「チッ,やってやらァ!!」


  レイバーが有栖に覆い被さるように寄り添う。土埃で周囲の視界が遮られる。


「GAAAAA──GUGYAA!!??」


(しまった原因への意識が外れていた……痛がってる?)


「落下の衝撃が強すぎたとかかな?」


「流石にないだろ」


 湊斗はアジュンにそう返す。アジュンは動ける側のようだ。改めて降ってきた原因くんもとい10m級の魔物に意識を向ける。

 魔物や魔獣といった存在がいるとは誰も聞いていない。しかし,動揺は走っていない。ここまでファンタジーワールドしてるならいるだろうと皆考えていたという訳だ。


「!? ちょっと! あれ”国宝”じゃないですか!」


 メリナの指差す先は魔物の額。小さなナイフが刺さっている。


「あれか?」


「はい。刺すととてつもない麻痺毒の効果があるのです」


「すみません。もしもに備えて回収させていました」


 謝る気のない謝罪をしたのはシャルロッテ。一体いつ国宝を盗み出していたというのか。


「シャルロッテさん!? いつの間に……」


「それよりミナト,鑑定をお願いします」


「だな」


『ジャイアントマジカルベア』

 体力:S-

 魔力:A+

 筋力:A+

 敏捷:C+

 耐久:B+

 魔法抵抗:A+

 技能:(?)

 状態:強化暴走


「ジャイアントマジカルベア……」


「何ともふざけた名前だね」


 アジュンの言うことももっともだ。全身ピンクで他は只の熊である。デカイのだが。


「魔法戦士系の能力で……あと暴走してるみたいだな。そのせいで普段より強いんだと」


「おいおいマジかよ……そいつぁかなり不味いぞ」


 瓦礫を押しのけて城門跡からレイバーが現れる。有栖を小脇に抱えながらの颯爽登場である……颯爽かは要審議として。


「そこの坊主,嬢ちゃんは任せるぜ?」


「あぁ……もしかして戦う気か?」


 有栖を湊斗に引き渡し,熊に大剣を向けるレイバーに問いかける。


「当然。俺は王都守備隊長レイバー・オルコットだ。……坊主達はさっさと逃げな」


「いやいや,たたかってもらいましょうよ! わたしたち2人では戦力が足りませんよ?」


「悪いな,強化用の魔導具が壊れたから足手まといにしかならない」


「むぅ……致し方ありませんね」


「倒れてる奴を回収して俺たちは先に逃げるぞ!」


 撤退が決まり,有栖を肩に乗せて湊斗は指示を出す。


(ここ最近有栖と関わる機会が多かったからか,指示がすんなり通りそうで助かるな)


 実際のところあまり関わりは無かったのだが,湊斗は有栖の昔からの知己で側近のようなイメージを持たれていたのである。


「それならボクも残りましょう」


「戦力にならないのでは……」


「ボクは戦っていませんから余力は残っています。それに……何も正面から戦うつもりはありませんから。2人とも,構いませんね?」


「お前が決めたなら文句は無い」


「……私もよ」


 メリナの懸念を晴らし,湊斗と有栖の承諾を得てシャルロッテは再び戦場に立つ。


「おい,バーン。起きろ」


「う,うーん……隊長!?」


「命令だ。アイツらを教会まで護衛しろ」


「え? でも始末するのでは……」


「それは無かったことになった」


「そ,そうでありますか……」


 バーンは敵ではなく味方として,湊斗たちと同行する。


「それからキース,お前もついていけ」


 レイバーは更に1人へ声をかけ,巨大な熊へと向かっていく。


「先の”しょうげきは”で傷ついた皆さまはかいふくしておきました」


「何から何まで助かる」


「おきになさらずです」


 一瞬で全員を動ける程度以上に治療するとなるとかなりの荒業にも思えるが,追及できる状況ではない。


「それなら,俺たちも行動開始と行くか」


 湊斗たちも歩き出す。ひとまずは”協力者”のいる教会まで。そこから先はケースバイケースとなるのだが。


「ところで,何故あんな所に魔物が? 王城の敷地内だと思うが……ざる警備?」


 戦場を離れ,協会へと向かう道すがら湊斗は案内人兼護衛のバーンに訊ねる。


「い,いやいや違いますって! 侵入者を取り逃がすことも滅多にありませんよ!」


「シャルロッテには良いようにやられたみたいだがな」


 湊斗の言葉に反論できず,バーンは黙ってしまう。


「いえ……建国されてから100年が経とうとしていますが取り逃がした侵入者は2人です。その2件も同じ勢力下と見られていますし,警備レベルが低すぎるということは無いかと」


「キース先輩……!」


 もう1人の護衛であるキースの助け舟にバーンが目を輝かせる。既に警戒の必要は周知されているようであり,道に人影は無い。


「キース先輩,魔物です!」


「任せろ」


 だが,魔物の影はある。メインストリートを避けるように教会へ向かっているのも,魔物を避けるためである。

 キースは瞬時に狼のような魔物を3体まとめて斬り捨てると,警戒しているのか辺りに視線を向けている。


「よし,敵影無し」


「いつも王都に魔物が出るの?」


「いえ……そんなことは無いのですが……」


 周囲の確認を終えたキースにノエルが話しかける。


「心当たりはある,ということか。できれば教えて欲しいが……」


「ええまあ,話さない理由もありませんから」


 そしてキースは話し始める。王都には結界があり,外部からの魔物の侵入は建国以来確認されていないことを。そして,王都に魔物がいる唯一と思われる理由を。


「この国の王族は魔物を従える力を持っています。外部から召喚,或いは生成することが出来るのです。勿論,理由無くその力が振るわれることは無いのですが……今回は理由になり得る事態が起きていますから」


「その事態って何なの?」


「皆さんのことですよ。この国は国王派と貴族派という2つの派閥があるのです。仲がいい訳では無いのですが……国王派が処刑,貴族派が協力と言った具合に意見が割れているのです」


「穏やかじゃなさ過ぎるな?」


「うんうん。望んだわけでもないのに召喚されて処刑しますー何て納得できる訳無いもん」


「俺が仕えるレグニア公爵家は国王派筆頭だったのですが……王家の親族だとかえって反りが合わないことも多く,今回の件で貴族派に乗り換えています」


 よくよく考えれば,然程高いレベルでもない魔術師が王城内で自由にできるとは考えがたい。レグニア公爵家をはじめとした貴族派が手を回していたと考えるのが自然なことだろう。


「だからこそ,王都守備隊として見れば今の状況は難しいんです。仕えるべきは国王ですが,資金供出は全てレグニア公爵家ですからね。……まあ,資金だけでなく,隊員個人にまで気をかけてくれる側につくのは自然でしょうけれど,外から見れば関係ないことですから」


「そうか……そこまで話してくれた訳だし,ひとまずは信用しておこう」


「これは手厳しいですね」


「ねえ……」


 湊斗の耳に今まで会話に参加しなかった人物の声が届く。その人物がいるのは湊斗の肩の上。頭を背中に向けて担がれているのである。


「そろそろ降ろしてくれないかしら……」


「お前の出番はもう少し先にもあるだろうからな。もう少し休んでおけ」


「湊斗くん,降ろしてあげたら? 本人がこう言ってる訳だし,降ろしてあげた方が良いんじゃないかな?」


 湊斗が有栖を担いでる反対側からノエルは話しかける。


(確かに,本人の意思を尊重するべきか……)


 そう考え,湊斗は有栖を降ろすことにする。決して,ノエルの語気が心なしか強かったからではない……はずだ。


「分かった。目的地までもう少しだが,スピードは緩めないぞ」


「助かるわ……」


 有栖はどうにも疲労困憊といった様子だ。湊斗としては多少無理をしている感が否めなかったが,本人が望むのなら致し方なしなのだ。

 程なくして教会に辿り着く。中に全員が入るとキースとバーンが扉に鍵をかけている。当然ながら内鍵である。1-Sの面々は2階で休憩することとなった。すぐに思い思いの会話が聞こえ始める。なお,有栖は上に上がる体力も使い果たしていたのか,1階の長椅子に向かうと,その上で眠り始めた。湊斗が思うより緊張状態が続いていたのだろう。


「話を戻すが,王都に魔物を放ったのは王家が俺たちを処分するため……ということでいいのか?」


「はい。少なくとも俺はそう見ています」


「自分も異論はありません」


 湊斗は祭壇近くの椅子で守備隊の2人と話し始める。


「このままでは内乱になりかねませんな」


 そこに現れたのは教会で大司教を務める人物。


「だ,大司教様!?」


「あまり畏まらなくて結構ですよ。大司教とはいえこの国では女神教はあまり信仰されておりませんからな。当然と言えば当然ですが」


「そ,それは……」


「……」


 女神教──この世界で最大宗派となっている宗教で,女神ファズを祀っている。何故,主神ではなく転生神ファズ祀られている宗教が広く信仰されているのかは湊斗には分からない。

 分かっていることと言えば,かつて女神ファズは,「”怪物主(モンスターロード)”として魔物を率い大陸全土を支配しようとした人間」を討伐するよう神託で神敵と定めたこと。その結果怪物主は討たれたのだが,怪物主の末裔が治める国,即ちミラビリス王国と仲が悪くなったのだ。隣国である帝国に領土の大半を奪われ,大陸東部の半島に追いやられている。その原因が女神教にあると思えばそんな宗教がこの国で信仰されることなどないだろう。

 この国の大司祭であるパラスが左遷されてここにいるのが良い証拠だろう。


「で,今後の方針についてだが,うちのリーダーが就寝中だから,話し合いには代理で俺が参加するということで良いな?」


「良ければ僕も参加させてください」


「ノアか」


 そこに現れたノアが静かに話し合いへの参加を表明し,周りもそれを拒否しない。彼を含めた5人で行われた話し合いは暫く続くこととなるのだった。


キャラクターメモ

『レイバー・オルコット』

王都守備隊隊長。若き勇士。防衛戦や迎撃戦を得意とする大剣使いの男。戦いになると性格が変わる。どんな事情か,メリナには頭が上がらない様子である。

湊斗にも鑑定しきれない何かしらの力を持っている。


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