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第16話 新たな関係

 織原葵は今日もいつも通りに過ごしていた。正確に言えば,そのいつもはつい最近大きく変わったものなのだが。


「えーっと,あの人は確かー……」


 その男の姿を見て,昨日の出来事を思い出す。昨日の朝,食堂に現れた兵士の男。湊斗とのやり取りで彼が仕えているのは貴族サマと言うことは理解できた。

 だが,今はその湊斗と何か話している様子。その会話が終わり,湊斗が姿を消すまでは隠れて待機。その兵士が1人になったのを見計らい,声をかける。


「兵士さーん,どうしたんですかー?」


「ああっ,おはようございます」


 声をかけると慌てた様子で挨拶を返してくる。


「うん,おはよー。それで? 誰と話してたのー?」


 見ていたことは隠す。この問いかけは有栖に指示されたから。きっとこの関係は今後も続いていくんだろうという思いと,それを終わらせたいという思いが胸中に渦巻く。


「え,えぇ!?見ていたんですか!?」


 分かりやすく取り乱す兵士の男。こうなると分かっていれば,あの指示も納得である。有栖も昨日食堂で行われたやり取りを見ていたのだ。葵としては湊斗が動くなど考えもしなかったが,有栖にはどうもこうなることすら考慮していたらしい。


「じ,実は……昨日のトラブルのせいで上司というか……隊長に怒られていまして……そこを湊斗さんにとりなして頂いたのです」


(情けない話だなー。着任してから日が浅いのかな)


 葵は内心を隠しつつ,目の前の兵士に対応を続ける。


「まあまあ,失敗は誰にでもあるしー?」


「そう言ってもらえるとありがたいです……」


「ところでその隊長さんってどんな人なのー?」


「伯爵家の三男ですね。ミスにはうるさいですけど王国想いの素晴らしい方です」


 ちょっと妄信が入っているのでは?と考える葵。そういうのは遠慮願いたいというのが葵個人の考えである。とはいえ,葵自身がどうと問われれば分からないのだが。


「ところで名前はー?」


「レイバー・オルコット様です」


「そっちじゃ無くて兵士さんの名前だよー」


「バーンです」


 兵士の男と隊長と呼ばれる人物の名前。聞き出したい名前はだいたい聞き出せたと判断する。有栖は他にやることがあるとかでこの場にはいないため,自由時間の始まりである。有栖がこの情報を何に使うのかは葵に知ることなどできないし,現状は知る必要もない。


「ありがと,また今度話そうねー。それじゃー!」


 手を振って別れを告げたはいいものの,取り立ててしたいこともないため,部屋に戻ることにする。

 その途中,たまたま見かけた見慣れた後ろ姿に話しかける。


「瑞稀ー」


「ン,葵か」


 紺野瑞稀(こんのみずき),体育祭の実行委員会をきっかけに仲良くなって,今は親友とも呼べる間柄。お互い望んで実行委員となった訳ではないためなかなかの奇跡である。


「お昼食べに行こー」


「はいはい」


 2人の視界に食堂前であまり見ない組み合わせが1つ入ってきた。黒髪に白い肌と白髪に茶褐色の肌。色だけなら似合ってると言えるかも,というのが葵の感想。


「見ない組み合わせじゃない?」


「確かにねー。でも2人とも仲のいい人少ないでしょー?」


「あァ,あぶれ者同士って訳」


 辛辣なコメントだが,2人とも何かのグループに入っている印象は無い。

 アーキルは張り出される定期テストで良く名前を見たが,日本語も普通に話せる割には浮いているような感じだったっけ。話しかければちゃんと反応するけど,自分から話しかけたりはしないタイプ。要するに典型的な陰キャ。

 シャルロッテは誰が相手でもあの態度を崩さない。特段成績が良い訳でもないし,運動能力に秀でている訳でもない。むしろ運動能力に関しては悪かったというのが葵の微かな記憶。その異質さからなのか,留学生という扱いも相まって知名度はかなり高かった。いつも1人という訳ではないが,葵の見る限り隣にいる人は男女学年問わず違う人だった。


(今更だけど留学生って違くない?)


 そんな事を考えているとこちらを向いていたアーキルが葵たちに気づく。


「あ……」


「何話してたのー?」


 瑞稀の手を引きつつ小走りで近寄る葵。話すには遠い距離がサクッと縮まる。


「有意義なお話,です。こちらにも太陽と月に相当する天体があるのは驚きでしたね。月は3つあるようですが……」


「なにそれ?月が3つ?ホンキ?」


 まさかの話に瑞稀が疑問をぶつける。葵もまるで理解できなかったため,心の中で瑞稀に賛同しつつアーキルの説明に耳を傾ける。


「月齢は地球とズレているみたいだ。一昨日は丁度新月だったみたいなんけど,昨日は月が出てたから観察したんだけど,連星になってるのとその3時間くらい前に──」


「ちょ,ストップストップ! もう少し分かりやすくプリーズ」


「2つ重なって登ってくる月たちとそうでない月がある,ということです」


「「なるほど?」」


 2人の声が被った。少し置いて葵は疑問を口にする。ここで聞いておかないとマズイと直感が囁いてきたのだ。


「もしかしなくても学年随一の秀才と張り合えるくらいにはさー,頭良いんじゃないの?」


「手を抜いていたのは事実ですね。目立つ真似はしたくありませんでしたので」


 それが当たり前とでも言わんばかりに返してくるシャルロッテ。


「もしかして,魔術師だから……?」


「最低限,頭は回るようですね。アリスが目をかける訳です。……彼女があそこまで目立っているのは異常なのですよ? 最もあそこまで行けば逆に安泰かもしれませんが」


 流石に安易な返答はしづらい。

 この様子からシャルロッテはただ変わっているだけの存在では無さそうと判断し,有栖にちゃんと伝えておこうと決めた葵だったが,既に有栖はそのことを把握している。

 要するに葵の判断は正しかったが無駄でもあったのだ。


「せっかくだし,皆でお昼食べないー?」


 太陽──推定太陽の位置から今が昼時だと言うことが分かる。親睦を深めるための提案にシャルロッテは隣のアーキルへと視線を向ける。


「それで良いですか? アーキル」


「構わない」


「せっかくですし,景色の良いところに案内しますよ。ボクはまだやることがあるので一緒には食べれませんが」


 葵にとってその提案は願ってもないことだ。無論,シャルロッテをハブりたい訳ではなく,単に景色の良いところが知りたいという意味で。


「じゃー,案内よろしくねー」


 そんなこんなで,案内されたのは食堂の裏。一見何かあるようには見えない。


「ここにボタンがありまして」


 そう言って,シャルロッテがそのボタンを押す。壁に同化していてパッと見では気づかないようにされていたようだ。

 階段が現れ,食堂の上に登れるようになる。葵にしてみれば音の類も無いというのが不思議で仕方ない。割と技術は進歩してるのだろう。


「それではボクはここで」


 そう言うシャルロッテと別れ,3人は階段を登る。


「まさかこんなとこがあるなんてね」


「これは驚きだねー」


 葵たちの前に広がるのは王都ティユール。王都を囲む城壁の高さを実感できる。事実上の軟禁状態にある今,こういった外を感じられる光景は何か心を満たすような感じがするのだった。


「これ」


 先程まで言葉を発することの無かったアーキルが短く声をかけてくる。アーキルは同時に持ってきていたサンドウィッチをバスケットごと差し出す。


「ありがと。それじゃ,皆で食べよー」


 王都ティユールはその中心に城を戴く城塞都市。城の反対側は見えないが,活気のある街の様子を感じることはできる。さながら世界遺産を見てる気分になるというもの。


「いい景色だねー」


 ぼんやりとそう呟く。この平穏は続かない。そう直感が囁くが故に葵は()を存分に享受する。


「そういや何話してたの?」


 おもむろに瑞稀が口を開く。


「……シャルロッテとはこの世界と地球の違いについて話してた。基本的なところは変わってない。けど,細かいところは結構違う」


 静かにアーキルは答える。そこに,新しい声が聞こえてくる。


「まさかこんなところがあるなんて,思いもしませんでしたね」


 階段を登る足音を聞いてシャルロッテが上がってきたのかと考えた1行だが,どうにも違うらしい。目立たないところのはずなのに他のクラスメイトがやって来るというのもまた,予想外というもの。


「ま,待ってよー! ナーシャちゃーん!」


 人数は2人。5人も屋根の上にいたら目立ち過ぎるような気がする。

 やってきたのはアナスタシア・ガウリーロヴナ・キキモヴァとノエル・フランソワ。

 この世界来る直前,ノエルは色々と不幸に見舞われていたみたいだが,すっかり回復している。特に空元気という感じもしない。


「はいはい。それで,何の話ですか?」


 アナスタシアはノエルに軽く返事をすると,葵たちに問いかける。


「この世界と地球の違いを聞き出してたって感じかなー」


「聞き出してた?」


「僕が昨日と今日の午前中に色々と調べてたから」


「アーキルくんが?」


「……シャルロッテと協力したけど」


「そこまで成績が良いイメージは無いんですけど……? 」


「まぁ,いろいろと。多分僕より頭良いよ」


 シャルロッテが自身の学力を隠してるのかもと考え,口を噤んでいた葵だったが,その意味はなかったらしい。


(言ってよかったのかアーキル君よ……)


「え,そうなのー?」


 いかにも「驚き」といった様子でノエルが呟く。


「確証がある訳じゃないけど,なんというか何を聞いても答えてくれる的な感じかな」


「まさかそんな事実があるなんてビックリだね」


 すっかり納得したのかノエルはうんうんと頷いている。


「あ,そうでした。ノアくんから言伝があるんでした」


「言伝?」


 アナスタシアの発言にノエルが聞き返す。


「あなたも居たでしょうに……」


 一緒に来たのに知らされてないのかという疑問はその言葉で氷解する。葵の中でノエルは残念な子認定せざるを得なくなった瞬間である。

 バツの悪そうに俯いているノエルを傍目にアナスタシアが話し出す。


「──王国が私たちの排除に動くそうです」


「マジ?」


 いきなりの展開に瑞稀が疑いの声を上げる。葵も内心では同じだが,瑞稀が反応したことで変に口を挟むタイミングを失ったというべきか。


「こちらの世界に来たとき私たちは外から隔離された部屋に入れられていました。今の食客のような扱いは一見悪いものではありませんが,事実上の軟禁状態には変わりありません」


 それに,と一息入れて続ける。


「事情の説明も無く外部との接触を頑なまでに禁じているのはおかしいはずです。私たちの”ステータス”を計測したのも,排除の為の戦力を割り出すためかもしれませんよ」


「いや,どーすんのよ。なかなかに手詰まり感あるけど」


「どうでしょう。一部の方が対策に動いているようですが……」


 有栖の言っていたのはこの事だったのかもしれない。そう考えると有栖に対して素直に感心できる葵だったが,にしても不親切過ぎるという思いの方が強い。もう少し教えてくれても良い気がするけど,と心の中で悪態をつく。


(それにしても私たちの排除かー)


 理事長を退け,部屋に魔法陣が浮かび上がり,気づいたらこの世界。勝手に異世界から呼んでおいて何様だと言いたい。初めから召喚などする必要なかっただろう,と。


 空を見上げれば快晴が広がっている。


 しかし,今の葵の心は雨雲に覆われた曇天のような不穏な気を感じていた。


キャラクターメモ

『織原葵』

有栖のパシリみたいな扱いがないでもないが、別に盲目的に従っている訳ではない。色々な事情からそうなっていた,という面はあるが。

魔術適性『仮想会話』は異言語交流や異種族交流,自我付与の他にも思念伝達系魔術にも適正を示す。


─────────────────────────


視点役=キーパーソンの法則、成立するかは今後次第。

……なのですが、葵は少なくとも重要人物です。

今のところは(小声)

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