第14話 異世界の王国
「王城……?」
時刻は不明だが夜の闇に閉ざされているのには変わりない。月と星の光に照らされてボンヤリと浮かび上がっているだけだ。
「あまりよく見えないが,確かに城だな」
有栖の呟きにそう返しながら,湊斗は周囲にも目を向ける。王城方面には付近のみ街頭のようなものを確認できた。反対方面にはその類はなく,夜目が効かなければ歩くこともままならないだろう。
「それより貴女は……?」
「申し遅れました。私,この王城でメイドを務めております,ミィナと申します。このまま王城へとご案内します」
案内人の女性──ミィナに先導される形で,湊斗達は進んでいく。分かったことは建物から推測するとよくあるファンタジー異世界,つまるところ中世ヨーロッパ風の世界観に近いこと。王城の周囲は貴族街となっており,城に近づくに連れ豪華な街並みに変わっていることくらいだろうか。
門に辿り着いたところで,案内人が門番と軽く言葉を交わした。振り返ると湊斗たちを呼び込み,いよいよ王城内部へと進んでいく。
城の中は今までとは大分雰囲気が変わっている。夜にも関わらず,照明に照らされていて明るさを保っている。どうも直接火を灯した訳ではないようだ。何らかの魔術が使われているのか,このような世界観にも関わらずトンデモ技術でも持っているのか。
「何があると思う?」
先頭付近を歩いていた筈の有栖だったが,いつの間にか湊斗の居る最後方までやって来ていた。
「何らかの取引が丸いと思うけどな」
人質なら自由に出歩かせない。案内人の女性も余程の実力者という訳では無さそうだ。
歩き方を見ても仕草の1つをとってもあくまでメイドの範疇を出ない。
(俺たち全員を問答無用で抑えられるなら話は変わるが)
「そうよね……? 何か裏があるようにしか思えないけど」
「消去法で導いた結論だからな。不用意な監禁は普通に考えて不利にしかならない筈だ」
「何にせよ情報が足りないわね」
小さく溜息を吐き,そう告げる有栖。
「ちょっといいー?」
速度を落とした来客が横に並ぶ。実際は来客というより生徒なのだが。
「織原か。どうしたんだ」
織原葵──魔術適性は『仮想会話』。平たく言えば動物と会話出来ると言うものだ。無論会話できる相手は本人の習熟度合いに応じて変わる。需要はさておき無機物,非生命との会話も夢ではないと言うことだ。表園学園は1年おきのクラス替えは無いが初等部と中等部の変わり目などにはクラス替えが行われる。湊斗と葵は3年間同じクラスで,むこう3年もクラスメイトの1人,というだけのはずが,無視できない存在になろうとしているのを湊斗は感じていた。
「……俺は聞かない方が良さげだな」
葵がすぐに話し始めないのを確認すると歩調を速める。
(俺には話しづらいこととなると,花山たちの動きか? 林田の様子は気にしておくか……)
花山とは幼馴染だった林田誠一郎。傍目に見る分には軋轢も無く,良い付き合いだった。清和が誠一郎を率いているという印象こそ強かったが,ブレーカーでもあった。残ったのが逆であれば面倒事を生むのは目に見えていたが……誠一郎が残った場合の想定は困難だった。ちなみに魔術適性は『好個一体』。別のものの融合を主としたものだ。
(最悪のケースは想定しておくべきか。この環境がどんな影響を与えるかは不明だしな。──と,どうしたんだ?)
ふと,少し前の人影が目に入る。正しくは意識の中心にきた。
「何かあったのか」
「どうでしょう」
シャルロッテとの会話は異世界に来てから殆ど無かった。もっとも普段から話していた訳ではない。学園内で見かけることも稀だったように感じる。だが,それでも湊斗はどことなく感じた違和感を信じることにする。
「はぐらかすな」
「いえ……そうではなくて。ボクも詳しいことは分からないのです。異様に体が重いのです,その上思考もノイズが走るようでして」
「普通に歩くのは……いや,厳しそうか。かなり無理をしてる。違うか?」
「違わない……ですね。極力早く休むようにします。どうやら転移の負荷が強過ぎたようですから」
「そう言えば目覚めたのも最後だったか」
その表情”は”変わることがない。声の調子は変わるのに,表情は変わらない。湊斗はそんな不気味さを感じながら隣を歩く。
「こちらです」
ミィナがとある部屋の前で足を止める。
「ここで私は失礼させて頂きます。ここからは中の者に任せるようにとの指示なので」
申し訳ない,とそう言いながらミィナは去っていく。
「ようこそおいでくださいました」
扉を開けると,部屋の中にいたのは幼女だった。
「わたし,メリナ・レグニアといいます。本日はみなさまの能力を調べるためによばれました」
目的……とは別口と言う訳ではないだろうが,コレが目的ではない筈だ。湊斗は念の為,自身の能力をある程度隠蔽しておく。
「ふむふむ……なるほど……」
そう呟くとメリナと名乗った幼女は机の上に置いてあった紙にペンを走らせていく。湊斗にはメリナが楽しんでいるように感じた。仕事に楽しいというイメージを一切持ち合わせていない湊斗には信じられないような事だったが。
「な,何を書いてるんだよ?」
部屋に案内されたと思えば,ひたすらに立たされるのみ。そんな状況に苛立ちを覚えたのか。クラスメイトの中でも日本出身組の1人,落合裕信がそう問いかける。
「ん? あー……みなさまは知りませんよね。このセカイには魔力があるのです。そして,他にも”身体能力”をはかる必要があります」
そこまで口にしたところで,メリナは不思議そうに異世界人達を眺める。
「あれ? おかしいですね。こういう時はもっと何か,反応があると聞いたのですが」
「まあ……いろいろあったのよ」
「そうですか?」
いつの間にか前に出ていた有栖がそう返す。そんなやり取りの間もメリナは作業の手を止めない。
「えっと……で,俺たちも見れるよな?」
再び問いかける裕信に,もちろんですと答えるメリナ。湊斗は隣にいたシャルに話しかける。
「所謂ステータス,というやつか」
「そうですね。まあ,ミナトの方が正確でしょうけれど」
『情報統制』による情報収集能力には目を見張るものがある。今の湊斗には扱えないものも多いが,仮に全て使うことができれば相手の思考や,その場所の過去も正確に把握できるようになるとか。
今の湊斗の実力は相手の概要に加え,能力値が大まかに分かる程度である。まだまだ道半ば,というものだろう。
その後もこの推定異世界──ほぼ確定しているが──について話していると,おもむろにドアが開けられる。
「お部屋の準備が整いました。メリナ様,もう少しお待ちしましょうか?」
「問題ありません。もうおわっていますから。……あ,そくてい結果は明日の朝おとどけしますね!」
そう言って,小動物のように部屋を駆け出していくメリナ。
「改めて,お部屋が準備整いました。ご案内します」
ドアを開けた女性──ミィナに連れられ,城の離れに案内される。生活感は薄いが,手入れは行き届いているようだ。
「まさか全員分の個室があるとはな」
「かつては100人規模の召喚もあったと伺っています。もしかしたら,その結果建てられたのかもしれません」
ミィナ曰く,この世界では定期的に異世界人の召喚が行われているようだ。100人ともなると学年ごとだったり,教師陣をごっそりとだったりするのかもしれない。
「おいおい!見ろよコレ!相当いい部屋だぞ!」
そんな会話の折,真っ先に部屋に入り,一瞬で飛び出てきたジョバンニがテンション高めにやってくる。それに何人かの男子が付いていき,再び歓声が上がる。女子達もそれぞれ部屋を選んでいく。割り振られた訳では無いので早い者勝ちだ。結果,男女が完全に分けられているのは当然と言うべきだろうか。
部屋に1人になると湊斗はベッドに仰向けに倒れ込む。当然ながら危険がないことは事前に確認済みだ。ベッドが脆くなっていることも無ければ,罠が仕掛けられていることも無い。
(今のうちに確認しておくか)
湊斗が魔術として扱う情報は大自然に根ざす広義の情報というよりは狭義の意味での情報の方が近い。つまるところ,個人が持つ情報として広く共有されていないと他人から情報を引っ張ることが出来ないのだ。メリナとの会話を経て,クラスメイトにステータスという概念が共有されることにより湊斗もステータスを引っ張ってこれるようになった。
無論緻密な術式構成が必要ではあるため,自身はともかくクラスメイトの情報を覗けるようになるのは明日の朝,メリナからデータが届けられた後になりそうだが。
ちなみに,逆もまた同じである。この世界には携帯端末……所謂スマホが存在しない。メールアドレスも存在しない。その結果,今の湊斗はクラスメイトの所持しているメールアドレスを覗けなくなっている。隠そうという意識が対象にあれば覗くのは不可能だが,四六時中そんな事に意識を集中する愚か者もそういない。
視界に自分自身のデータを浮かべる
『藤室湊斗』
体力:E-
魔力:D
筋力:E
敏捷:E+
耐久:E-
魔力抵抗:D-
技能:情報統制Lv.?,基本■■Lv.3
状態:-,■■■■,(?)
どうも,Dというのがこの世界における一般下級兵士/魔法使いの一般的な数値らしい。部屋に入る直前までミィナを質問攻めにしたかいあって,知識はそれなりに手に入った。基本評価として的にSとA〜Fの7段階にプラス,マイナスをつけたものと,例外評価であるFF(致命的欠陥),EX(計測領域外)を含む計23種によって構成されるようだ。
(俺のステータスとやらは魔法型,という訳か? そもそも魔術と魔法の違いとか分からんが。というか一般兵でDか)
湊斗は元の世界──湊斗にとっては2つ目の世界の一般人と比較することにする。
元の世界の方が有利に働くのは栄養・衛生状態。部屋の軽食は長持ちしそうなものではなく,味も微妙。部屋の状態も整えられているが,便利な機器があるかは分からない。”生活魔法”のような便利な存在を果たして期待できるものだろうか。
逆にこちら側が有利に働くのは魔力が生活に浸透していることと全体的に肉体労働が多そうなところ。魔法を利用すれば怪我による雑菌の侵入や病気にも対処可能とみられるところだろう。なお,実情は不明のままだ。要検証である。
次に技能を見る。
(情報統制はここにはいるんだな。レベルが”?”になっているのは置いておくとして……魔術の字が読めなくなってるな)
この世界では魔術ではなく魔法として広まっているようなので,おそらくその影響と考える湊斗。後々調整することにし,次の項目を確認する。
最後に状態。
(意味不明,だな)
ハイフンが入っているのは正常な状態と見て良いのだろうか? 特筆すべき点が無い故のハイフンであればむしろ歓迎すべきことかもしれない。だが,後ろに続く読めない文字がそれを不穏にしている。
(この世界に来てからすぐ確認したときはそもそも状態の欄すら無かったはずだが)
『藤室湊斗』
正常
魔術適性:情報統制
…………
……
その時の事を思い出してみても状態欄は無かった。恐らくこの世界特有のものなのだろうが,情報が足りなすぎるのだ。明日,情報を集めようと考えて,その日は意識を投げ出すのだった。
キャラクターメモ
『織原葵』
湊斗とは中等部ではクラスが同じだった。別にクラスを率いるタイプではいなが,自分のグループではかなり元気。魔術適性『仮想会話』を持つ。
『仮想会話』では言語が通用しない相手や意思無きものとの意思疎通が可能になる。その内容が高度になるほど,その相手が意思の弱い相手であるほど難易度が上がる。
なお,翻訳魔術の存在があるため残念なことに出番が半減している。




