第12話 異世界投棄
気がつけば湊斗たちは真っ白な空間にいた。いや,実際には空間かも分からないが,湊斗の知る尺度では空間と言うしかなかった。
「ここは……」
「訳の分からない場所ね……アジュンくん,何か分からないかしら?」
「うーん,悪いね。俺にも何がなんだか……空間じゃない可能性もあるのかな?」
アジュンの魔術適性は『空間掌握』。名前はまあ恐ろしいものだが,今の彼にはたいそれたことは出来ない。せいぜいがその場所について知ること……いわばマップ機能である。
「全く困ったものですね,女神たる私にこのような雑事を押し付けるとは……契約を変えられるか打診した方が良いでしょうか」
「誰だ……?」
白い空間に体が浮かび上がる。女神を称するに相応しい容姿ではあるが,口にしたことは人間味のある──ギリシャ神話的性格を感じさせるようなものだった。
「私に誰かと問うたものよ,先に名乗るのが礼儀ではありませんか?」
(やはり何か人間味を感じるな。俺の思ってた神とは言葉にしづらいが何か違う)
「俺は花山清和だ。で,あんたは誰だよ」
清和らしいといえばらしい答え方だ。女神を名乗る相手にも態度がいつものそれだ。確かに日本人的外見ではないが,恐れ多いのではないだろうか。
「私はファズ,女神ファズです」
周囲の反応は疑念が一番多い。流石は思春期といったところだろうか?
次に多いのは驚き。湊斗はそれもまた妥当だろうと考えながら成り行きを見守る。
「それで──」
「私が女神と知ってもなおその態度……気に入りません。消えてもらいます」
空間が割れる。奥に星空にような景色が広がっているその先に清和は吸い込まれていく。
「な,何を! 女神だか何だか知らないがこんなことして──」
言葉が最後まで発せられる前に光があたりを包む。
「ふん……」
光が収束したあと,その場に清和の姿は無く,割れた空間も修復されている。
(花山……まさかの退場だな。だがこれで,1-Sは完全に望月1強になるだろう。少なくとも表向きは)
有栖の存在を快く思っていなかった清和。一応,ではあるが,清和は有栖が飛び級してくる前は学年のまとめ役にいることが多かった。彼の損失がどのように表れるのか,湊斗にも分からない。ただ,清和は良い隠れ蓑になっていた筈だ。仲間こそ碌にいない清和だが本人に自覚は無くとも悪目立ちしていたのだから。
(他の連中が目立つようになるか。目立たないよう,より陰湿になるか。杞憂なら良いんだがな)
湊斗がそう考えている間も誰も言葉を発さない。下手な発言が命取りであると目の当たりにしたのだ,当然とも言える。
「偉大なりし女神ファズ。貴女のように公明正大な女神であれば契約が成立しているうちは反故になどしない筈でしょう。迅速丁寧に転移を済ませれば,何も禍根は残りません。転生神様?」
1歩前に出て沈黙を破ったのはシャルロッテ。この空間において1歩前に出ることに意味があるかは不明だが。
「ふん……貴方の口車に乗りましょう。ですが1つだけ。何故私が転生神だと分かったのですか?」
「使われた術式を分析して何が起こるのか分かっていましたから。このような事に関わるのは主神を除けば転生神が殆どでしょう」
「ですが,他の神が担当することもあり得るでしょう?」
(『お前は主神に見えない』と言われてるのにキレたりしないんだな)
湊斗にはコレが少し意外だった。先程の清和の例を見る限り,短気なものかと思っていたが,やはり神とは全く理解の及ばない存在である。
(いや,理解が及ばないからこその神か)
「分析はそれなりに得意ですので」
「っとと,それでは転移と行きますよ。どこか適当に行きなさーい!」
密かにもっと神秘的なものを期待していた湊斗だったが,叶わないようだ。
「ここは……」
暗闇に包まれている周囲。冷たい空気。
「誰か──いや,まだ誰も目を覚ましてないのか」
周囲を見渡しても何かが見える訳ではないが,湊斗なら話は別だ。視覚に頼らずとも知識という形で情報は手に入る。その結果分かったのは,理事長室よりも狭い部屋に,自分含め28人おり,目を覚ましているのは自分だけということだ。
(あの感じなら,ココは異世界というやつか)
暫く待っているとクラスメイトの情報に変化が出る。
(ようやく次の起床者……と言っていいかはともかく,目を覚ました奴が出たようだな)
「ん……ここは……?」
「目が覚めたか」
「その声は……フジムロくんか」
そう声を上げたのはアイリーン・ディアマンディス。湊斗としては意外と落ち着いているようで安心した訳だが,当の本人にしてみれば,混乱すら追いついていない状況だ。
「少し話さないか」
アイリーンの隣に座る。見えてはいないが,場所が分かるというのは便利だとつくづく思う。
「ここはどこか,心当たりはあるか?」
「いやいや,ここは真っ暗なんだぞ? 何を期待している──」
「ただの導入だ。適当に聞き流せば良いものを」
「フジムロくんには心当たりがあるんだ?」
「そうだな」
そう短く返しながら顔を上げる。他のクラスメイトが目を覚ます気配はない。湊斗は目を閉じ,1つ息を吐くと話を続ける。
「まず,恐らく閉じ込められている」
隣の気配が固くなった気がした。実際,当然ではあるか。
「月も星も見えない。その光を含めてな。勿論周囲に仄明の類も感じられない。更に空気の流れも感じない。余程俺たちを此処に留めたいみたいだな」
「それ,本気? 皆起こした方が良いと思うぞ?」
「やめておけ」
「もしやスケープゴートにするつもり?」
アイリーンの疑問に溜息で返す。この空間,出口を認識できない。視覚を奪われたうえに出口も隙間なく塞がれているようだ。内側から取れるアクションは限られる。
(外部からは何もないようだな。どれくらい眠っていたかは分からないが,俺達を始末したいなら早々に済ませている筈だ。取引か,人質か……)
「起こすリスクの方が高いんだ。止めておけ」
立ち上がり,動き出そうとするアイリーンを止める。
「なんでだぞ」
「俺たちがここにいる経緯を忘れた訳じゃないだろう。まず間違いなく混乱するぞ」
「う……それは……」
アイリーンは口ごもる。その場に座り込む音が聞こえたところで,次の起床者を確認する。
「どうやら起きたみたいだな,エルマス」
「分かるのか?」
「俺の魔術適性はそういうのができるんだ」
「……知ってる訳無いぞ」
不貞腐れたような声を上げるアイリーンをスルーし,ベステの方へ歩く。無論,足元には細心の注意を払って,だ。何となく相手の居場所が分かるとはいえ,体勢まで正確に把握できる訳ではない。手や足を踏みつけていらぬトラブルを生みたくなかった。
「……あ,フジムロくん……」
「無闇に動く必要はない。何があるか分からないしな」
「……えっと,この状況は……」
「悪いが詳しいことは不明だ。確かな事はここに閉じ込められているという事だけ。相手方に俺たちを害する意思は無いだろうが」
「……」
湊斗の説明に返答は無かったが聞いていないと言うことは無いだろう。付き合いが深い訳ではないが,何だかんだ良く聞いている筈だ。
理解できているかと問われれば当然答えはNoなのだが。形だけの中等部卒業式後,彼女と話した数は極僅かだ。だがそれでも中3の1年間より交わした言葉は多い。それ程までに接点は無くなっている。
「随分と丁寧じゃないか」
ベステとの会話を終え,その前を去るやいなやアイリーンから話し掛けられる。
「どういう意味だ?」
どういう意味なのかまるで分かっていない分かっていない訳ではないが,一応そう尋ねる。
「──初めて話す相手だったから何を話せばいいか分からなかったんだ」
「理事棟でも話したはずだぞ」
「あれはカウントしないものとする」
「何を──」
アイリーンの言葉が中断される。原因は外から光が差し込んだこと。壁の一部が横にスライドする。そこに居たのは兵士のような男。ようなと表現したのは纏う雰囲気が兵士のそれではなかったから。実際の兵士がどうかは知らないが,何か異様に感じた。
「目が覚めたようだな。これを渡しておく。魔導具だ。全員の目が覚めたらこれを使って呼ぶと良い」
そう言って立ち去っていく。直後,部屋も再び閉ざされていく。しかし,暗闇に戻ることはなかった。天井に謎の光が灯っている。
(あの男が何かしたのか……?)
同時に床に転がっている生徒達の姿もハッキリする。思ったよりも狭い部屋だからか,湊斗には窮屈に感じられた。
「それ,どう使うんだろう?」
「さあな」
正に問題はそれだった。兵士の格好をした男はこれを使えと言っていたが,その使用方法は一切不明である。迂闊に触って起動させるのも避けたい以上,試してみるといった真似もしづらい。
「あの人,なんだったんだろ……」
そう呟くアイリーンを傍目に湊斗は今ある情報を整理する。
隔離している理由,高圧的な兵士然とした格好の男,その時に見えた外の壁──。顔を上げ,改めて周囲を観察する。
「ディアマンディス」
「何だぞ」
魔導具を観察していたアイリーンに声をかける。
「髪色」
「髪がどうかした──え!?」
髪の色が変わっている。元の色を基調により鮮やかというべきか,彩度が上がっているというのが相応しいだろうか。
「でもアンタは変わってないぞ」
「そんなことあるのか? ……あるな」
目線を上に向ければ相変わらず黒い髪が視界に映る。その理由も分からないまま,結局湊斗達は全員が目覚めるまで何もすることは出来なかった。
その後で無事道具の起動には成功したのだが,何か釈然としないような気分は変わらなかった。
「まだ来ないのかよ」
生徒の1人,ジョバンニ・ジョルジアンニが呟く。起動から1時間が経過しようとしている。不満を口にしたのもジョバンニだけではない。
暗闇から解放されたとはいえ,窓1つ無い部屋の中から出られないのに変わりはない。湊斗は魔導具の状態を眺めながら思考を続けていた。
(何度見ても魔導具は起動状態から変化無し,起動出来ていない線は無いだろうな)
部屋の中にいるクラスメイトたちは当初こそ雑談が続いていたが,会話が飛び交う頻度は減っている。湊斗としてもそろそろこの状況は終わって欲しかった。
再び,壁が横に動く。先程の男ではなく,女性。
「大変お待たせしました。こちらへどうぞ」
そう言って外へ出るよう促してくる。ともあれ,ここから出られるのなら歓迎すべきだろう。
他の生徒たちも考えると事は同じなのか,特に抵抗なく,外に出る事を選択する。全員が目覚めてから外に出る方策が無いのは分かりきっていた事。拒む方が難しい。この女性の態度が丁寧だったのも理由の1つになるだろうか。仮に先ほどの高圧的な男なら警戒し,断る生徒が出る事も否定できない。
「それで,どちらに向かっているのですか?」
移動中,そう問いかけたのはノア・カッバーニー。よくよく考えれば不思議だが,目的地を聞かず見も知らぬ人物についていく選択を誰も不思議に感じていないようだった。
(自分含め,かなり心労があったということか)
人の心は疲労を感じる程に働きが鈍っていく。それを改めて実感しながら後を追う。湊斗にはここで変に問いかける事をするつもりなど無い。自らの現状を探る手立てになるのは確実視していたためだ。
その女性が答える前に目的地が目に入る。彼女は立ち止まると振り返り,言葉を発す。
「皆様をお連れする先は,王城です」
その言葉を聞いて,城の存在が目に入らなかった生徒も唖然とする。夜,暗がりの中確かな輪郭が見えた訳ではなかったが,そこには確かに,城と呼称すべき建物があった。
キャラクターメモ
『ウォン・アジュン』
顔面偏差値が高い青髪の少年。魔術適性『空間把握』を持つ。
『空間把握』を用いた魔術は現状マップのようなものしかないが,将来的には収納系や転移系,空間破壊による攻撃魔術などが使えるようになる見込みだという。
─────────────────────────
始まりました第1章!




