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第11話 それも計画の内


 ただ,前方に魔弾を放つだけ。

 目の前の生徒達を排除するだけ。

 何も意識せず,魔力を込めるだけ。

 今まで通り,異分子を排除するだけ。


 結局のところ,それだけだった。誰も阻むことは出来なかった。

 彼女は,1-Sの生徒”総勢30人”を消し去ろうとした。そのために,理事棟内にトラップを仕込んだ。ゲーム好きなら「死にゲーかよ」と突っ込みたくなるようなそんな量のトラップを。仲間内の結束を砕くため,少しずつ追い詰めることにした。前々から雇っていた暗殺者の女を仕向け,徐々に原因不明の死体が増えるホールで追い詰めることにした。”良い塩梅”になったら自ら出てトドメを刺そうと考えていた。


 だが結果はどうだ。死んだのは3人だけ。最初に1人入ってきたときは他の生徒は全滅したとばかり考えていたが,湧いて出る虫のようにその生徒たちは現れた。


 本当に3人も死んでいるのか?


 理事長は実際に遺体も見ずにただこの場にいる生徒たちだけで3人死んだと判断した。つまり,その問題を無視していた。


「ずいぶんあっさりと終わったな」


「隠し玉には警戒しておきましょう」


 頭骨を砕き,脳幹と小脳を貫いてその弾丸の如き魔針は霧消する。

 理事長が死んだと勘違いしていた2人が盤面をひっくり返したのだった。人間として致命的な傷を負った──一般人なら即死は免れないような一撃を受け,理事長の体は崩れ落ちる。


「湊斗くん!? それにシャルロッテも……?」


「間に合ったみたいで何よりだ」


「──えぇ,そうね。助かったわ」


 有栖は安堵の息を吐いて,手頃な椅子まで歩いていく。いくらこの部屋が理事長の専用部屋と化していても,多少余った椅子というものは存在していたようだ。


「お前達の話はあとで聞かせてもらうとして,だ。これで,終わったんだよな?」


 クリシュナがそう言って近づいてくる。


「そうね。湊斗くん,リチャードくん,何か仕掛けられてないか確認して貰えるかしら?」


「任せてくれ!」


「分かった──お前も悪事の証拠品を探しておけ。このままだと俺たちがただ殴り込んだだけだ」


 実情は違う。1-Sは呼び出されただけであり,ここまでの大半は正当防衛と言えるものだ。だが,外面はどう思われるのか。1-Sの生徒が今日この理事棟内で接触したのは案内人1人,暗殺者計4人,陸軍の軍人たち峰岸を含め4人,そして理事長だ。このメンバーが1-Sの正当防衛を認めさせる,或いはそのために動くことができるのか?と聞かれれば当然Noだろう。

 そんな訳でそれぞれ行動を始める。


「これじゃないか!?」


「この紙は……行方不明者リスト? ……というより始末された人の名前,だろうな」


 何故かは分からないが理事長の印が押してある。


「取り敢えず確保でいいよな?」


「そうだな」


 食い気味に聞いてくるリチャードに短く返し,後ろで指揮を取っている有栖を見やる。


(本当に,新中2とは思えないな。実は望月も転生者だったとかもありえるか?)


 ……目が合った。有栖が口を開こうとするのを察知し,湊斗は前に向き直る。


「連れてきてくれるかしら?」


 向き直ったせいで,そして意識を逸したことによって,有栖がとなりの生徒に囁いたことも,その生徒が誰かも湊斗には分からなかった。

 突然体が後ろから抱き上げられる。


「!? お前,ペレイラか? どうして──」


「悪いな。まあ悪く思わねぇでくれよ」


 それ,何かおかしくないだろうか。


「おい,みな──なんでもない」


 リチャードにも見捨てられ,無情にも面倒事に巻き込まれる。

 そこにいたのは有栖,ノア,そして湊斗を連れてきたアルトゥール。


「ふふふっ,快く来てくれて嬉しいわ」


「何かあれば駆けつけるのは当然だろう?」


 なんという皮肉の応酬か。お互い皮肉であることを隠そうともしていない。湊斗を連行したアルトゥールも呆れ顔だ。


(だが望月,笑った時点でお前の負けだからな)


 内心でそんなことを考える湊斗。

 なお,夕暮れの中,沈んでいた空気が幾分かマシになっているのだが,当人たちに自覚はない。


「それより,これですよ」


「これは……布の袋か? ずいぶん固く縛ってあるようだが」


 ノアの催促により,湊斗は自分が呼ばれた理由を理解する。これは一体何なのか。その意見が聞きたいと。


「中に何か入っているみたいだな」


「その袋が開けられないみたいなんですよ」


「多分,呪いに近い性質を持っているのだと思うけど」


 有栖のその言葉に,手を伸ばしていた湊斗は手を止める。


「触ったら手遅れなんてことは無いよな?」


「それは問題ないわ。私も触ってるもの。ま,遅効性だったら一緒に呪われましょ?」


「よし,触るのはお前だけでいいな」


「正論は時に人を傷つけるのよ……?」


 そこにシャルロッテが歩いてくる。手にはいくつかの小物を抱えている。ここが理事長室であることと,シャルが持っているということは,おそらく危険物だろう。特級呪物的な。


「それからは人を感じますね」


「待った……人?」


 湊斗の問い掛けを無視し,シャルロッテは布袋に手を当てる。


「この中にいるのは人,或いは人のようなものでしょう」


「生きてるのかしら?」


「生きてはいます。それも複数人。状態は保証しませんが」


「代わりに捨てておいてくれると助かるかなぁ」


「「「!?」」」


 その突然の声にこの場にいた5人以外にもクラスメイトの全員が注意を向ける。声の主は間違いなく死んだと思われていた人物。理事長だ。


「脳幹を破壊したはずなのによく生きてますね。どのようなトリックですか?」


「あっはっは! 君ごときには理解できまいよ?」


「……」


 理事長は布袋の方へと歩を進める。


「まあこれは回収していくよぉ。()()()()は君達の勝ちだからねぇ」


 そう言い残し理事長はドアに向かっていく。


(あの布袋,かなり重そうに見えたけどな。サイズも大きいし,まさか本当に?)


 湊斗が理事長の担いでいる袋を眺めていると横から呟きが聞こえる。


「私はまるで持ち上げられなかったわ」


 ドアの前で理事長が立ち止まる。


「私は本物の天才だ。そして君達の中にも天才が数多くいる。本物も偽物も。……私も出し抜かれたことに苛立っていてねぇ。本来ならここまで優秀な種を集める予定ではなかったんだよぉ……わかるねぇ?」


 理事長は1-Sを用意する気が無かった。正しくは()()()()優秀な素質を持っている子供達を欲していなかった。

 ドアが閉じる音を残して,あたりは静寂に包まれる。外は暗くなり一番星が輝き始めている頃だ。その輝きを見たものはいなかったが。


「──これから,どうなるかしらね」


「彼女のことです。ボクたちを利用する方に舵を切ると思いますが」


「排除の危険は無いと,そう言い切れるのか?」


「理事長の思考は理解できますがボクは理事長ではありませんから」


 湊斗の問いに否定を返しながらシャルはその場に座り込む。


「少し疲れましたね。休める環境でないのが気掛かりですが」


(俺には休んでいるように見えるが)


「何かあるのかしら?」


「3方向の窓全てから夕陽が差し込んでいたこと,5階の床面積よりこの部屋の方が広いこと……おかしな点は幾らでもあります」


 5階,つまるところこの理事棟の最上階にあるのは理事長室だけではない。その上,理事棟は階を登るごとに狭くなっている。襲撃されたホールより広い訳ではないが,それでも同等に近い広さというのはありえない話だった。


「嵌められましたか」


「は?」


 直後部屋の床が光り輝く。見たことのない魔法陣が浮かび上がる。部屋はパニックに包まれた。何が引き金だったのか,知るものはいない。


「理事長が私たちの排除を諦めていなかったと?」


「転送術式の応用,禁忌の類ですね」


「どういうことかしら!?」


 有栖の叫び声に近い声が聞こえる。禁忌がいかに禁忌かを知っているがゆえなのだが,クラスがパニックに包まれているせいで,殆ど聴き取れやしない。それを境に意識が途切れる。


 終幕/事端の時は──すぐそこに──






「誰かと思ってたけど桑田先輩だったとはね」


「……今どういう状況?」


 三上晴哉は理事長室で倒れていた女性──1つ上の先輩である桑田一花(くわたいちか)を運んでエントランスまで降りてきていた。


(謎のトラップに足を取られたけど,理事長のあの様子を考えれば,本気で止める気なんて無かったような気がするね)


 目を覚ました一花に晴哉は状況を軽く説明すると,抱えていた一花を降ろす。


「誰?」


 一花が突然疑問を投げかける。晴哉にではない,目の前の誰もいない空間に。


「いやー,気づかれちゃったかぁ」


「えーと,貴方は……」


 そう言って姿を現した人物に晴哉は意外そうな表情をする。


「久しぶりだね,2人とも!」


「いや,フリスハイラー先輩,なんでココに?」


「初歩的なことだよ,後輩たち」


 わざわざカッコつけて告げるレインに2人の視線が冷たくなる。本人には気にした様子など無いのだが。


「いや禁忌の術の1つ,【オーバーリング・プレゼンス30】が使われたのが気になってねー」


「何よその中二病全開の名前」


「この術の始まりは妖精の──」


「今そういうのいらない」


 一花のバッサリとした切り捨てにさしものレインも口を噤む。


「それで,その魔術ってどんなものなんスか?」


「簡単に言えば,肉体ごと別世界に送りつけるのさ」


「よく知っているねぇ」


「「「!?」」」


 突如,この場にいない者の声。その声の持ち主は晴哉のすぐ後ろから現れる。


「「……理事長」」


「「真似すんな」」


「「仲が良いんだねぇ」」


「チッ」「ふん」


 意図せず言葉を重ねた晴哉と一花をおちょくろうとしたレインが理事長と同じことを口にし,機嫌を悪くする。理事長も同じようだ。


「まぁいいか。ついつい本気で天才を集めるのに躍起になってしまってねぇ。あの場にいた少なくとも半分は私を超えうる才能を持っているのさぁ」


「マジか……トンデモない奴らだとは思ってたけど」


「あたし,何かやる気無くなっちゃった」


「……」


 三者三様の反応に満足そうに頷くと理事長は続ける。


「そのせいで各国の組織に目を付けられちゃって,ねぇ! お陰で目を付けられてしまった訳だよぉ。急いで始末する必要が生まれちゃったのさ」


 それが何でもないことかのように笑ってみせる理事長。晴哉も一花もそれに納得することはできない。しかしながら,食って掛かることもできない。2人共理事長の強さを知っているからだ。晴哉はその圧力に,一花はノエルとタッグを組んで戦いに挑むも一瞬で決着がついてしまったことによって。

 だが,レインだけは違う。


「こうなった以上は仕方ないかなー」


「何が?」


 のんびりと呟くレインに理事長が短く返す。その口調に遊びが無いことからも分かるように,レインを最大限に警戒している。


「雪降らせているかも分からない俺を遠ざけたのは褒めてやる。でも,ここまであの方の計画通りだかんなー,俺も動こうって訳。……理事長,アンタを引きずり下ろす」


「貴様……」


「いや何,そう今からやろうってんじゃない。そうだな……来年の今日あたりにするか。精々抗ってくれ」


 そう言ってレインはその場を去る。歩いてではなく魔術による転移だ。詠唱も何もなく,忽然と姿を消したのである。その脅威を正しく理解したのは理事長のみ。彼女の頭痛の種は取り除いても消えやしないのだった。


キャラクターメモ

『シャルロッテ・アドラー』

多くが謎に包まれた中性的な黒髪の少年。少年? 今回の件で性別も本当に男なのか疑わしくなっている。

魔術適性は不明。湊斗の魔術でも判別できないため,何らかの手段で妨害しているか,そもそも持っていないかのどちらかである。

血の文化祭事件だったり,情報売買だったりで,湊斗や有栖とは関わりがある。


─────────────────────────


舞台はいよいよ異世界転移へ──!


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