戦士パルマの旅立ち-2
特訓。戦士になる為の特訓。……パルマがそれを受け始めてから優に二週間が経とうとしていました。これを長いと思うか短いと思うかは人によるでしょう。しかしその内情を見て過酷だと評さない人は恐らく極小数かと思われます。弱めとはいえ魔物が徘徊する森の中を戦わずに駆け巡ったり、かと思えばまた魔物が徘徊する森に入って魔物を尽く打ち倒して戻ってくる事を命じられたり、大人たちと多対一の模擬戦を命じられたり。そしてその合間合間に礼儀礼節の抜き打ちテストがあったり、すれ違った村人に地図の読み方をチェックされたり。これがほとんど毎日です。さすがのパルマもやや口数が少なくなってきました。
しかしそれでも彼女が戦士となる為の布石は着々と打たれていました。……ある日、長老に連れられて村の武器庫までやって来た日のこと。
「パルマ。お主はどんな武器を使いたい?」
「私?じゃない、私ですか。えーっと……」
「ゆっくり考えるといい。何れ壊れるがお主の将来を左右しないとも限らぬからな」
長老は悩むパルマへとそんな声を掛けました。
武器庫は文字通り様々な武器が納められている倉庫です。とはいえさほど大きな村でもないので、多少なりとも整然と、そして整備が行き届く程度の量しかありませんが。
パルマは武器庫の中に入って周りを見回します。彼女にとっては初めて見るような武器がいくつもありました。中には、あの日見た英雄譚の戦士が扱っていたような武器まで。
「握って扱いをイメージしてもいい。……あぁ、危険だからくれぐれも振り回さないようにな」
「長老、この武器に名前はあるんですか?」
「あぁ、これは槍……スピアとも言うな。……だがお主の膂力では少々持て余しそうだな。どう考える」
「突き刺す感じかぁ……そうですね、確かに振り回す方が好きです」
彼女はそんな具合に気になった物の名前を尋ねつつ武器庫を探し回ります。そして最終的には三つの武器を手元に寄せました。
「大きな剣……大剣!それとメイス!あと大槌!長老はどう思いますか?」
「問題は無さそうだな。明日からは貸し与えた長剣の代わりにこのどれかを使ってもいい。自分に合った武器を見付けるんだ」
その次の日、パルマは言われた通りにメイスを携えて魔物が徘徊する森に突入しました。そしてすぐ、駆ける彼女の目の前に羊が二足歩行になったかのような魔物が立ち塞がります。……練習用の長剣は彼女にとって軽すぎ、扱いにくい代物でした。しかし今、その手には棍棒を改良して打撃力を高めた武器・メイスが握られています。
パルマは魔物より先に動きました。身体だけ鍛えていた頃とは比較にもならないような速さで地面を蹴り、敢えて真正面から魔物の頭蓋骨を砕きに行きます。……と、
「おい!防がれていたらどうするつもりだ!」
彼女の耳に不思議な声が届きます。慌てて飛び退きましたが、魔物は頭蓋を割られて倒れたところでした。第一、彼女は言葉を話す魔物など会ったことも聞いたこともありません。
「だれ!?どこにいるの!?」
それならば多分近くにいる誰かだろう、と思い大声で呼び掛けました。呼び掛けてすぐ、長老の誰かだったらどうしよう、と彼女は思いましたが返答は長老の誰かのものではありません。先ほどと同じ、聞いたことのない声です。
「質問に答えろ!防がれてたらどうするつもりだ!?」
「防御ごとかち割ります!」
やや棘のある返答————いや、質問に対してパルマの答えはいかにも彼女らしいものでした。本当にやりかねない、というかおそらく実行するあたり性質が良いのだか悪いのだかわかりません。
「……じゃあお主でも破れない防御を固めた敵がいるとしよう。どうやって切り抜ける」
「それは……」
口篭ります。そのような考えはまるでしていなかった、と言わんばかりに。しかし謎の声は語調をやや緩めました。
「お主の力でも破れない相手などそうは居ないだろうが……仮に力で押し切る事が出来ない時こそ『技』が役に立つのだ。例えば……そうだな。そこから前に五十歩、左に七十歩進んでくれ」
「……」
「罠ではない。其処にいい例がある」
パルマはおずおずと声に従い小走りで移動します。しかし歩数の指示は無視して、左斜めの方向に突っ切る形です。謎の声がそれを見たのかは分かりませんが、少なくとも何も言いませんでした。
パルマが蔓を払いつつ指示された場所に辿り着くと、そこには小さな広場がありました。奥行きも幅もさほど広くはありませんが、まるで誰かが手入れしているかのような空間です。少なくとも素振りするには十分でしょう。
……そこには、石で組まれた台座のようなものがありました。細長い石が絶妙なバランスを保ち、上の平らな石を支えています。もう少し補強すれば椅子かテーブルになりそうだと彼女は分析しました。そこへ、再び謎の声が響きます。
「パルマ。お主はこれをどのように破壊する?……と言っても」
「上の部分を割って……」
「……だろうな。ではやってみるといい」
謎の声に試すような響きが加わります。パルマが見たところ、この台……は、確かに硬そうな石ではありますが道具さえあれば割れそうです。そして彼女の手には道具かどうか怪しいものの、メイスが握られています。となればすることは一つ。
「やーっ!」
彼女はそれを力いっぱい振り下ろしました。そして、
「うっ……!?」
呻き声。……ガキン、という音と共に振り下ろしたメイスが弾かれました。そしてそれは反動で飛んでいきかけ、パルマは慌てて跳んでキャッチします。
「そうだ。その台には特別な魔法をかけている。……とはいえ怪我は防いだか。握り続けて腕を痛めてもおかしくないものだが」
「……」
彼女は謎の声に耳を傾けつつ、壊そうとして失敗した台をまじまじと見詰めます。よく見ると、石には稲妻のようなヒビが入っていました。しかし、完全には割れていません。……正直なところ、もう一度殴りつけるなり折り曲げるような力を加えるなりすれば割れそうではありますが、謎の声はそれに気付いていません。パルマは空気を読んで乗ってあげることにしました。
「さて、もう一度聞こう。それを破壊するにはどうすればいいと思う?」
「もう一度全力で叩く……のはダメなんでしょうね」
彼女は台座を持ち上げようとしましたが、動きません。脚の部分である細長い石はよほど深く刺さっているか、それとも────これ自体が地中に埋まった大岩の一部か。パルマは深く考えるのをやめました。
しかしメイスは振り下ろしません。代わりに、台座を改めて観察します。くまなく。彼女は熊を素手で倒せるので、熊なく、です。とは言っても文字が違うのですが(そしてこの世界には熊よりも強い魔物がそれなりの数存在します)。……しかし、熊と対峙した時の事を思い出したのかどうかは定かではありませんが、彼女は上からではなく横から台座を見詰めました。
メイスが握り直されます。一瞬予備動作を右からにするか左からにするか迷う素振りを見せましたが、右に構えてからはもう迷いません。……姿勢を落として、まるで薙ぎ払うかすくい上げるかのように、右から左への一閃。
────脚の部分である細長い石たちは嫌な音を立てて砕け、そして台の部分であった平たい石は吹っ飛び、先程パルマが入れたヒビの部分から空中で真っ二つに折れました。数秒置いて、それらの分解された部品達の落ちる音が響きます。木々は不平を訴えるかのように、そこを激しく揺らした後静かになります。枝に引っかかりでもしたのか、地面に落ちた時の重い音は聞こえてきません。
そして、それらの現象を引き起こした張本人には、音を追跡するより先にすることがありました。
「……!!」
パルマは目を見張ります。確かな手応え。正面から振り下ろした時とは大違いの感触。その感覚を完全には呑み込まないうちに、また謎の声が割り込んできました。
「……素晴らしいな。そうだ、全ての場所が防御されているとは限らない。そこを見極め、正確に打撃を加える。それが『技』だ」
「技……」
パルマは分かったような分かっていないような調子で呟きます。しかし彼女は頭脳よりも肉体で覚えるタイプです。まるで筋肉のように、今の記憶が肉体へと刻み込まれます。もしかすると持ち主よりも頭がいいかもしれません。
「真っ二つになってるな……もしかしてヒビが入っていたのか?あの時……」
不意に謎の声がそんな事を口走りました。パルマは満面の笑みを浮かべて、石が吹っ飛んで行った方向へ足を向けます。
「……ありがとうございます。ところで、そろそろあなたが誰でどこにいるのか教えてくれてもいいんじゃないですかね?」
「……恐ろしいな。しかし誇らしくもある。……パルマ!そろそろ長老達が心配する頃だろう。村の方へ戻りなさい」
謎の声に若干の焦りが芽生えたようでした。正体については気になるところですが、生憎彼……の言う通りであり、パルマには自由に使える時間がありません。
「はーい」
彼女は見当違いな方向へ向けて手を振り、再び蔓や蔦を掻き分けて小さな広場を後にしました。……そして、彼女が居なくなった後。草木がゆっくりと辺りを覆い、広場の存在を歴史から掻き消していきました。